ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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人を育成しようとするなら、その人の家庭、家族を大切にすることである。

『発言者未詳』


68.深根固柢

 平田と軽井沢が別れた話題が出たその日の午後。ちょうど孔明が坂柳と一緒に動画撮影をしている時間帯、綾小路は自分の友人グループと過ごしていた。今や懐かしいペーパーシャッフルで交流を深め、友達と言えるような状況になっている。

 

 Bクラスでは堀北などと同様に高い学力を持つも、その性格ゆえに交友関係が少なく、勉強一辺倒だったためにこのクラスになった幸村。それなりに荒れていた中学時代を持っているが、今は物静かな弓道部の三宅。グラビアアイドルだったが、学校生活では引っ込み思案かつ学力的にも下位だったためにこのクラスとなった佐倉。最後に人とのかかわりがそこまで好きではないため、割とあけすけにモノを言うので交友関係に乏しく、それが理由でこのクラスになったであろう長谷部。そこに綾小路を加えたBクラスのある意味あまりものメンバーだった。

 

 しかし、普段は穏やかにしているメンツが揃っているので、特段問題もなくゆるゆるとした友人グループを形成していた。綾小路からしてみれば、ちゃんとした意味での()()は彼らが初めてであり、そういう意味でも人選的には問題のない面子だった。攻撃性がない、脅してこない、気遣いもある程度出来る、自分の事情を勘案してくれる。こういう基本的なことをしてくれる友人に欠いていた時点で、綾小路の悲しさもうかがえる。

 

 普段、何も予定がない時はこうしてゆるゆると集まっていることのある五人だが、今回は幸村が集まってほしいとお願いしたがゆえに集合していた。堀北との予定は、幸村との先約があったために後回しにされたのである。

 

「どうしたのゆきむー。急に集まってほしい、なんて」

「真面目な話だ。それも、俺たちの今後を左右する」

 

 幸村は眼鏡をくいっと上げて、四人を見つめた。その瞳には真剣さがある。いつにない真面目な空気に、佐倉と長谷部はごくりと唾を呑んだ。

 

「みんな、今日の朝の時間はいただろう」

「軽井沢さんの話してた時?」

「そう、その時だ。そこで諸葛が来ていたのを覚えているか。愛里は話しかけられてたから覚えてるとは思うが」

「私は覚えてるけど」

「俺もだ」

「オレも見てはいたぞ。堀北に話しかけられながらだったが」

 

 全員あの場にいてちゃんとやり取りを見ていたことを確認して、幸村は小さく息を吐いた。

 

「諸葛は優秀だ。それも、俺たちでは比べ物にはならないくらいには。その証拠に、俺たちはBクラスだがcpの差はこんなに開いている。正直、五月に聞かされたクラス間闘争の形は事実上崩壊しているとみていいと思う。なにせ、最初の俺たちとAクラスとの差は1000弱だったが、今や3000弱だ。この一年ほどで、俺たちは差を詰めるどころか三倍に離された。これはもう、無理だと思う」

「……だな」

「確かに、そうかもねぇ。私はあんまり興味ないけど」

「私は、その辺の役には立ててないから……」

 

 綾小路は内心でこれがリアルな意見だと感じていた。彼自身としても、諸葛孔明とやり合いたくはないしやり合うメリットもない。一対一の肉弾戦ならまだ勝機はあるかもしれないが、そうでない場合は明らかに将兵の差が大きすぎる。百回やれば九十九回は負けるだろう。残りの一回は引き分けに持ち込めるかどうか、というのが彼の所感だった。

 

「そこでだ。今後俺たちは身の振り方を考えないといけない。状況を整理すると、AクラスとDクラスは完全に一心同体だ。一之瀬は事実上、Aクラスの生徒として動いている。Cクラスは不明だが、混沌状態らしい。そして俺たちBクラスだ。このクラスは幾つかの派閥がある。まずは積極的にAクラスと迎合していく軽井沢派、そこまでではなくとも自己研鑽をしようと呼びかける櫛田派、徹底抗戦の構えであると俺が考えている堀北派、現状維持の平田派。この辺りが主な勢力だろう。その中で俺たちはどうするべきか、というのが今後の課題であり、今日集まってもらった理由なんだ」

 

 綾小路グループにとって、これは大きな課題だった。このグループは全員少しずつ個性が違う。綾小路は言わずもがなであるが、世間知らずなところがあり、一般常識や社会の流行りには疎い。佐倉はコミュニケーションが苦手だが、プロポーションではピカイチだし、芸能系の繋がりがある。長谷部には取り立てての特技はないが、時折りハッキリと発言することから気の弱い佐倉のマネージャーとしては活躍できる可能性を秘めている。幸村は学力的に秀でており、三宅は弓道が得意という属性があった。

 

 このグループをAクラスに売りつけることが出来るのか、或いは徹底抗戦をするのか、それともゆるゆると現状維持を続けるのか。それは差し迫った喫緊の課題だった。

 

「言い出しっぺというか音頭を取った俺としては……軽井沢と協力したいと思っている。ただし、五人全員の庇護が第一条件だ。そして、出来ればAクラスに移籍したい」

「まぁ、ゆきむーはそうだよね。前からずっとAクラスになりたいって言ってたし」

「他のみんなの意見を聞きたい、どう思う?」

 

 四人はそれぞれの表情を浮かべる。綾小路にとってもこれは悩みどころだった。現状維持を続ける選択肢も悪くはない。小遣い程度のppを貰いながら、楽しく学生生活を送れる。それくらいの行動を許さないほど、諸葛孔明は鬼ではない。軽井沢に迎合するのもまた彼にとっては比較的理想のルートだ。Aクラスでなら隠れ蓑は多いし、治安も良い。それに、諸葛孔明にホワイトルーム関連で守ってもらえる可能性もある。

 

 徹底抗戦はこの中では一番選びたくない選択肢だった。如何せん、平和とは最も程遠いのだから。

 

「俺は現状維持か櫛田に近いな。どっちにしろ、勉強はしないといけない。どうなるにしても、Aクラスに勝つよりは楽だし現実的だと思う」

「私もそうかなぁー。私、諸葛君が引っ張り上げてくれるくらいの才能とかないし」

「わ、私も……」

「清隆はどうだ」

「オレは……」

 

 綾小路はしばし沈黙した。彼にしては珍しい悩みによる沈黙だった。

 

「すまないが、まだ何とも言えない」

「まぁ、そうだよな。急に言われても難しいと思う。とはいえ、答えを出さないといけない日はそう遠くないだろうから、考えておいてほしい」

「分かった」

 

 今後を考えてため息を吐いた幸村は、ふと思い出したような顔で佐倉を見る。

 

「そういえば、愛里はAクラスの生徒と交流があるな」

「う、うん。五月くらいに色々あって、それで神室さんと諸葛君に助けてもらったの」

 

 例のストーカー事件の際、諸葛孔明と綾小路がストーカーと対峙し、一之瀬が退路を塞いでいる中、神室が今にも犯されそうになっていた佐倉を保護して庇うようにしながら守っていた。乱れていた衣服を直し、自分の上着を着せて、泣いている彼女を落ち着かせ、警察との対応も一部やってくれていたのである。それに対し、佐倉は大きな恩義を感じていた。それ以来、交流は続いている。

 

「俺たちなりのアドバンテージはこれだと思う。現状、諸葛や神室とコンタクトの取れるBクラスの生徒は少ない。軽井沢と山内と、今日外村が加わったか。後は櫛田もそうかもしれないが、とにかくこれくらいしかいない。そんな中で、Aクラスのトップと直接回線があるのは大きいと思う。もし、今後俺たちがAクラス移籍交渉をする場合には、特に。愛里の持っている交友関係を利用する形になることに抵抗はあるが……」

「ううん、何か役に立てるなら、喜んでやるよ。お話ししてもらえるようお願いするくらいしか出来ないと思うけど」

「それで十分だ」 

「じゃ、じゃあちょっと今聞いてみる?」

「今?」

「うん。神室さんに連絡するのなら、いつでも出来るから」

「そうか……どう思う?」

 

 幸村は他の三人に意見を聞く。

 

「まぁ、聞くだけならタダだしいいんじゃない?」

「そうだな」

「オレとしても異存はない」

「分かった。じゃあ愛里。悪いが、繋いでくれると助かる」

「うん」

 

 ちょうど坂柳が諸葛孔明に演技指導を受けている時間であり、カメラ係(暫定)の神室は暇をしていたため、レスポンスは相当に速やかだった。

 

「電話でよければ今すぐにでも話が出来るって。どうする?」

「お願いしてくれ」

 

 幸村の指示に従って、佐倉は神室の携帯に電話をかける。数コールの後、電話は繋がった。

 

『もしもし、幸村君が私に何か話があるそうで。どのようなご用件でしょう』

「急に時間を貰って済まない。単刀直入に言えば、今Aクラスが進めている作戦についてだ。俺と友人たちを移籍対象にしてもらえないか、という交渉をしたい」

『なるほど。メンバーは?』

「俺、綾小路清隆、三宅明人、佐倉愛里、長谷部波瑠加の五名だ」

『我々も決して余裕があるわけではありませんが、私の知る限りあなた方五名はいずれも問題行動等は見受けられない生徒であったと記憶しています。Aクラスのルールに従い、自ら自己研鑽に励み、自主性を持って思考と行動が出来る方は歓迎したいところではあります』

「じゃ、じゃあ……?」

『ですが、一之瀬さんとも相談しないといけないので、確約は出来ません。それに、二つだけ質問をさせてください。これが問題ないのならば、前向きに検討します』

「分かった。質問というのは?」

『あなた方五人は、何のためにAクラスに来るのですか?』

「なんの、ために……? 俺は、Aクラスになることで将来的な保証を手に入れたいと思っている。他の五人も、大なり小なり根底にはこれがあるだろう」

『なるほど。では、Aクラスになって、そのあとは?』

「後……?」

 

 Aクラスになるために必要な条件を聞きたかった幸村にとってすれば、それは想定外の質問だった。スピーカーにして聞いている残りの四人からしても、想定外の質問であった。成績はこれくらいを、とか運動はこの程度、とか一芸に秀でている事な度が求められると思っていたのである。

 

 しかし、聞かれたのはAクラスになった後の事。幸村はそこでふと気づいた。自分は、自分たちは、Aクラスになることだけを目標にするように学校側に誘導されていたのではないかと。Aクラスになることが目的となっていた。だからこそ、その後どうするかなど全く考えていなかったのだ。勉強して好成績を取って、みたいなごく普通の事しか出てこない。Aクラスになって、どうするのか。思考の外から降ってきた命題だった。

 

『Aクラスは目的ではなく手段です。まずは、それを探すことですね。その答えが出ない間には、あなた方を受け入れることは出来ません』

「わ、分かった」

『では、ごきげんよう。真澄さーん、これ切っていいの?』

『切らないで渡して』

『はーい』

 

 少しばかりのやり取りがあった後、電話が神室に返還された音がする。

 

『まぁ要するにさ、将来どうすんのかちゃんと考えてねってのと、移籍した後自分なりに出来ることとかやりたい事を探していってほしいってこと。元からウチのクラスだったりしたらその辺未定とかフワフワしていてもウチの人がちゃんと見つかるまで面倒見れるんだけどね。Dクラスでギリギリかな。あの人も人間だからさ、キャパシティーってのはある。だから、もし本気で来たいならその辺はちゃんと固めてから来てほしいってことなんだと思うよ。お互いに、ね』

 

 諸葛孔明にもキャパシティーはある。既に79人の生徒の面倒を見ながら、山内などとも交流している。かなり忙しくしているのは、彼女である神室のよく知るところだった。79人分の将来像やこれからの学校生活などに向き合いながら、時には悩み相談をし、時には生徒指導をし、お料理教室や作文、各種課題などで生徒と向き合い続けている。そこにこれ以上加わるとなると相当な負荷がかかるので、ある程度指導しなくてもいいようにしておいてほしい。それが諸葛孔明の意図であり、神室はそれを斟酌して話していた。

 

『学力が足りなくても伸ばせばいい。動けなくても活躍の場はある。だから、そういう部分じゃない場所に目を向けて、考えてみて。それで、納得してくれた? 今ちょっと取り込み中で、あの人若干言葉足らずだったからさ。あ、勘違いしないでほしいけど、佐倉がいるからこういう風に言ってるんであって、残りの四人には興味ないから。じゃ、そういうことで』

「うん、ありがとう神室さん」

『別に。また何かあったら相談しなさいよ』

 

 そういって、電話は切れた。

 

「ツンデレだね、神室さんって」

 

 そんな長谷部のぽつりとした呟きが場に満ちる。しかし、重苦しくなりそうだった空気に対する清涼剤としては最適だった。

 

「これは……体よく断られたのか?」

「いや、多分そうじゃないな。諸葛は本当のことを言っている。ただ、前向きに検討する、とだけしか言っていないのも事実だ。口約束を避けたのだろう。だが、本当にオレ達が今後の身の振り方を考え、諸葛の質問への回答を用意したのなら、もしかしたらあり得るのかもな」

 

 綾小路の分析は正しかった。約束は避けている。あくまでも優先するべきはDクラスの併合であり、それを反故にすることは出来ない。よほどの事情があれば一之瀬も曲げてくれるかもしれないが、彼女もクラスの代表者である以上、自クラスの生徒を優先するように要求するのは当たり前のことだった。一之瀬目線ではこの闘争はほぼ終了している。後は速やかに全員を契約通り移籍させるのが最大の課題なのだ。

 

 綾小路清隆という存在は不安要素が大きい。それは諸葛孔明も承知の上。であるならば、彼がまだ社会性を維持している間に限っては、友人関係で縛るのが有効になる。友人たちがAクラスに迎合する姿勢を示しているのに、彼だけ敵対というのも難しかろうと踏んでの行為である。無論、綾小路の善性や友情を重んじる心に期待したのではなく、あくまでも天秤にかけている間はという前提であった。いざとなれば、友人など切り捨てるだろうと考えてはいる。その「いざ」が来るまでの保険だった。

 

「はぁ……取り敢えず希望は見えてきた。まずは学期末試験に向けての勉強をするしかないな」 

 

 状況をまとめる幸村の言葉に、全員が頷く。どんなに改革が進もうと、赤点即退学のルールは現状残っている。というより、改革の推進者たる南雲も1年Aクラスも、赤点を心配している生徒がいないのであんまり気にしていないというのが現状だった。しかし、それは元DクラスであるBクラスの生徒には結構大きな事象。それを気にしなくていいレベルになることが、綾小路グループの今の目標だった。

 

 未来を考えるのは、まず足場を固めてからなのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 一月も後半に入り、バレンタインが迫っている。この閉鎖的な高校においては、そういうイベントですら生徒たちの楽しみだった。あちらこちらでピンク色の空気感が漂っている。色ボケしているなぁとは思うけれど、私自身もあまり人のことは言えないし、こういう風にのんびりと年中行事を楽しめるのも余裕の表れかもしれない。

 

 我々AクラスとDクラスを合わせた男子の一番人気は一之瀬だった。彼女からチョコを貰いたい、とぼんやり思っている男子は両クラス合わせて枚挙にいとまがないだろう。これまでの人徳を考えても、その性格を考えても、容姿を考えても無理はない話だと思う。当人がそれをどう思っているのかはわからないが、彼女自身は人気の生徒だった。

 

 うちのクラスにも綺麗どころは集まっている。女子だけ顔採用なのではと元理事長を疑うくらいには、容姿の良い生徒が揃っていた。とは言え、一之瀬ほど圧倒的な一番人気と呼べるような生徒はいない。坂柳は恋愛対象としては不人気のようで、ちょっと笑ってしまった。

 

「はい、採点しました。コメントは書いておきましたので、後で確認してください」

「はい、ありがと~」

 

 最近は生徒指導に追われる日々だ。しかし、それくらい生徒たちがやる気になって頑張っているのだから、教師役である私が音を上げるわけにもいかない。睡眠時間は日々減っている気がするが、まぁまだまだ元気なので異常はない。それに、休む時間を作っているので、割かし元気だった。教材作成も授業中にしている。どうやら、授業中に遊んでいるとcpが引かれるけれど、内職していても引かれはしないらしい。

 

「しっかし、浮かれてんねぇ」 

「まぁいいじゃありませんか。楽しそうなのは良いことです。西川さんも、どなたかに想われているかもしれませんよ?」

「えぇ、迷惑なんだけどなぁ」

 

 タイプじゃない存在に好かれても迷惑、というのもリアルな女子の声なのかもしれない。うちのクラスの清水が彼女のことが好きだというのは知っている。しかし、この調子では叶わない恋に終わりそうだ。個人の事ではあるが、恋愛でクラスが揺らぐのもあまり好ましい事態とは思えない。橋本あたりに対応をお願いするのも選択肢の一つだろう。

 

「あまりこっぴどく振ったりしないようにしてくださると助かります」

「そこはちゃんと配慮するよ。別に、孔明せんせーに迷惑をかけたいわけじゃないし」

「助かります。あなたの恋路、と呼べるのかは不明ですが、あなたの想いの成就は中々難しいとは思いますが、頑張ってくださいね。私は他人に迷惑をかけない限り、いかなる想いも応援していますよ」

「なんのこと?」

「気付いていないと思いましたか?」

「……何でも知ってるんだねぇ」

「何でもではありません。知ってることだけです」

 

 クラスのことは、生徒のことは基本的に把握している。私は生徒を信頼しているが、生徒を野放しにしているわけではない。情報は逐一仕入れている。それとわからないように婉曲に、或いは自分の目で以て。誰と誰が仲がいい、誰と誰が相性がイマイチ、誰が誰のことを好いている。そんな情報はすべて、頭の中に入っていた。部下を把握しない名将がいないように、生徒を把握しない名教師はいないと思っている。

 

 西川亮子は彼女の友人である白石飛鳥のことを好いている。それも、友人としてではなく恋愛的に。別にそれがおかしいと言うつもりはないし、誰を好きになるのかは彼女の自由だ。ただ、大変な道だとは思う。少なくとも日本では同性愛は法的な保護が弱い。世間の目も、否定的とまではいかずとも好奇の目で見られるのは事実だ。

 

 彼女の想いに気付いたのは、去年の終わり頃だった。体育祭の前後から、白石飛鳥の周囲にある噂が出ていたのだ。曰く、「多くの異性と性的な交流をしている」と。百人斬りと言われていた。それに対する反応は様々だ。男子の中には軽蔑する人もいるし、逆に俺にもチャンスがあるのかもと思う人もいる。女子も軽蔑する人もいたし、気にしていない人もいる。

 

 しかし、これには違和感があった。その噂は、急に沸き上がったのである。まるで、人為的に燃え上がらせようとするかのように。これでも諜報機関の指揮官だ。噂の立て方くらいは熟知している。その目線で見ると、あまりにも人為的過ぎた。それに加えて言えば、その性的な関係性が中高にかけてだとすると、高校時代に誰かしら彼女と関係を持った生徒が複数いることになるが、そんな話は聞かない。それも、一切だ。冷静に考えると、その他にも違和感や粗が幾つも存在しており、嘘或いは誇張された話と断じた。

 

 そんなことをするメリットがあるのは、白石と接近していた西川くらい。異性を遠ざけて、自分だけが彼女と接する状態にする。そのためにやったのだろうと考えていた。

 

「白石さんの噂も、あなたが流したものでしょう?」

「バレてたんだ」

「色々と違和感がありますからね、あの噂には。それに、性的に奔放な人は大体わかります。しかし、彼女にはそういう雰囲気がなかった」

「そんなことも分かっちゃうんだ」

「それなりに、人生経験を積んでいますので」

「それで、私をどうするの?」

「どうもしませんよ。同性相手の恋愛は、相手が同性に対する恋愛感情を持っていない場合、意識させる必要があります。自分を好きにさせるか、或いは異性愛を常とする価値観をゆっくりと壊していくか。まぁ、問題にならない程度に健全な関係性を続けてください」

 

 私の言葉を聞いて、意外そうな顔をしながら西川は私を見つめた。私の真意を探るような目をしている。

 

「白石さんは物腰柔らかで問題行動を起こさない点では優秀な生徒ですが、今後についてのアンケートには未定と書いていました。あまり将来に関心を持っておられないようなので、あなたのと関係性の中で何か変化があればいいなと思っています。私も、生徒のことはもっとしっかりと知りたいと思いますので」

「私が飛鳥と仲良くするのにも、メリットがあるってこと?」

「はい。ですから本来は生徒指導の観点から確認するべき彼女の噂についても、あまり流布しないようにと男子内で警告するくらいに留めました」

 

 将来の希望などについてのアンケートをこの前の読書感想文の課題を出した際に同時に配った。将来の大学、職業、理想、やってみたい事、相談したい事、困っていること、等々色々書いてくれと言って、AクラスとDクラスに配布した。これは割とすぐ終わるので、八割方が翌日までの間に出してきている。その中で、白石は空欄と未定が多かった。

 

「ふーん、そっか。まぁ邪魔しないなら、何でもいいよ」

「それは助かります。お互いに、上手くやっていきましょう。私からすれば、あなたも気にかけている生徒なのですよ。あなたも未定や空欄が多かったので。」

「……」

「困ったことがあればいつでも言ってください。同性を落とすのは、業腹ながら比較的得意なので」

「それ、どういう……」

「孔明先生ー、一之瀬さん来てるよー」

「はい、ただいま。ということで、西川さん。あなたも想いに正直なのはいいですが、将来についてもよく考えておいてくださいね」

 

 私に用事があるであろう一之瀬の相手をするべく、立ち上がる。顔に疑問符を浮かべながら、西川は曖昧に頷いている。Aクラスは一見すると穏やかで民度の高い生徒が多い。それは事実だが、蓋を開けて内実を見れば個性的な生徒も多い。坂柳を筆頭に、森下や白石、山村、橋本、鬼頭など癖の強い生徒が揃っている。変人を統率するのには慣れている。しかし、それには情報が必要だ。相手のこと知らないと、統率しようにもできない。

 

 クラス間闘争にある程度片が付いた今、今後考えていくべきは生徒個々人にどう向き合っていくかだろう。教師という存在に信頼を置いている生徒もいれば、そうではない生徒もいる。一之瀬のように過去に問題を抱えた生徒もいれば、真澄さんのように現在進行形で家庭環境に問題のある生徒もいる。そういうモノを解消していく必要があるだろう。

 

 それに、綾小路のような特殊な存在が一人だけとは思えない。国家主席からはホワイトルームに関連して、同組織と同じようなものがないのかを探るよう命令が下っている。主席は外交カードで日本に優位に立ちたいらしい。台湾進攻強硬派に比べれば随分マシなので、協力する必要がある。いずれにしても、足元をもっと固めるというのが短期的な目標だった。

 

 

 

 

 

 

「お待たせしました、一之瀬さん」

「ううん、急に来たから」

「いえいえ、私たちは最早クラスメイトも同然。いつでも好きにいらしてくださいね。さて、どうしました?」

「まず、うちのクラスの課題をまとめてきたから、渡しに来たよ」

「ありがとうございます」

 

 Dクラスの強化プランは順調に推移している。その結果が大きく出せるのは、次の学年末の定期試験だろう。しかし、私も分身は出来ないので、計画は私が作成し、遂行に関しては一部一之瀬に委託している。彼女ならばできるだろうと判断してのことだった。それに、彼女は入試成績は私に次いで次席。面接などもあるだろうけれど、入学時点では二番目に優秀な生徒だった。現に、計画遂行に際して期待に応えてくれている。

 

「皆さん、あなたも含めて日々実力が向上しているようで何よりです。何か困ったことはありませんか?」

「うーん、特にはないかな。細々したのは、こっちで対応できるし」

「そうですか、何かあればすぐに仰ってくださいね」

「うん。でも、まずは私たちで何とかしてみるよ。何でもかんでも諸葛君におんぶに抱っこじゃダメだと思うし」

「その精神性は非常に大事だと思いますし、私としても自助努力をしてくださるのはありがたいですね」

 

 まずは自分で何とかしようという姿勢があるのは素晴らしいことだ。何でもかんでも私に頼っているのでは成長しない。Dクラスは一之瀬に何でもかんでも頼ってしまうきらいがあったので、一之瀬にもっとクラスメイトに自助努力させるように促した。彼女は逡巡していたが、最終的に受け入れて自助努力させるようにした。元々民度は高いし、決して無能ではないので、徐々に一之瀬依存体制からの脱却が図られつつあった。神崎が協力してくれているのも大きいかもしれない。

 

「もうすぐバレンタインですね。一之瀬さんにご予定は?」

「私はないかなぁ」

「おやまぁ、クラスの男子たちが血涙を流してしまいそうです。まぁ私は貰えるのでどうでもいいと言えばどうでもいいですが」

「神室さん、くれるといいね」

「……急に不安になるのでやめてください」

「あはは、まぁ大丈夫じゃないかな。それで……ちょっとここからまじめな話、いいかな」

「はい、大丈夫ですよ」

 

 一之瀬が真剣な顔になったので、私も真剣な顔で対応する。

 

「この前の混合合宿が終わって、と言うよりはその前からそういう動きはあったけど、特にBクラスで私たちに協力して、Aクラスに移籍したいっていう声が出てるのは知ってるかな?」

「えぇ」

 

 ついこの前も、真澄さんを経由して綾小路のグループから接触があった。

 

「それでなんだけど、私も含めてクラスで不安の声があってね。他クラスの方を優先されてしまうんじゃないかって」

「あぁ、なるほど。それは確かに大事なお話ですね。結論から申し上げますと、例外でもない限りDクラス優先を崩すつもりはありません。もしそれを曲げるとすれば、今後私たちに凄まじい利益をもたらす可能性のある生徒だけであり、その可能性がある生徒は片手の指で足りるほどしかいません」

「信じて、大丈夫だよね?」

「もちろんです」

 

 安堵したように、彼女は気を緩めた。間もなく昼休みが終わるので、一之瀬は軽く会話をした後クラスに戻っていく。確かに彼女の不安は理解できるところだった。Bクラスを懐柔するため、あえてこの説を流布してきた。それを約束したのは軽井沢だけだし、それもDクラスを優先することを納得させた上だった。そうすることで、希望を与えつつ、我々に対する敵対性を削ぐことが出来る。

 

 一之瀬はクラスの代表である以上、非常にこの辺は気にしているのだと思う。そうする責任があるからだ。本当は代表とかをやるより参謀役くらいが向いていると思うのだが、彼女は義務感と責任感が強く、過去の後悔から正しく生きようと自らを縛っている。あのままでは、いつか壊れてしまう可能性があった。高校時代は大丈夫でも、社会に出た後が心配だ。生徒の将来に明らかな不安があるのを放置はできない。

 

 しかし、これは彼女個人というよりは家庭の問題でもある。調べた限り、万引き事件の発覚後彼女は家に引きこもっていた。母親や妹との関係が修復されないまま、逃げるようにここへ来たのだと想像される。だとすれば、ここを解消しない限り彼女の問題は消えない。

 

 私はそれをどうにかするべく、職員室に来ていた。情報を教えるのに金を要求される動きは抑えられているので、今なら答えてくれるだろう。職員室に行けば、真嶋先生はいない。いるのは星之宮……教諭と茶柱……教諭だった。ある意味丁度良いかもしれない。星之宮教諭はDクラスの担任だ。本当は彼女が協力してくれれば一之瀬のメンタルケアも出来るかもしれないが、彼女にそんなことをするつもりは多分ないだろう。生徒のことを考えているとは感じられないからだ。頼るだけ無駄だと思っている。

 

「星之宮先生」

「何?」

「お忙しいところ恐縮ですが、一つご質問を」

「……どうぞ」

 

 態度悪いなぁと思いながら、内心で眉を顰める。私のことは多分確実に嫌いだろうけれど、それにしたってもう少し隠す努力はした方がいいと思う。

 

「この学校に三者面談はありますか?」

「三者面談? 一応あるけど。問題行動を起こした時、退学する時に」

「そうではなく、普通の学年行事として存在しませんか?」

「直近だと二年生の終わりにある。それがどうしたの?」

 

 二年生の後半では遅すぎる。そんなにこの問題を長く引っ張ることは出来ない。一年に一回くらいはあるだろうと思っていたが、無いなら仕方ない。ならば、次の手を打つしかないだろう。幸い資金はこの前の試験のおかげで存在しているし、そうでなくてもこの問題解消のためなら金庫番の坂柳も許容してくれると思う。

 

 坂柳をこの問題に関与させるのには不安があるが、クラスメイトには協力する姿勢を見せているし、一之瀬への態度も悪くない。多少は信頼してもいいかもしれない。

 

「この学校ではポイントで買えないものはない。そうですね? であれば、私の要求もポイントにて行えるはずです」

「何をしようとしてるの……?」

「簡単ですよ」

 

 生徒指導を学校がしないなら、私がするしかない。家庭問題に対して対処をしないのならば、こちらでどうにかするしかないだろう。学校の改革は進んでいるが、まだ道半ばだ。生徒の将来を考える、真なる教育機関には程遠い。その現実にため息を吐きながら、私は要求を伝えた。

 

「面談を行います。ですので、一之瀬さんの保護者を呼んでください」





【挿絵表示】


支援絵を頂きました。YouTuberやってる坂柳さんの姿、こんな感じでしょうね。私もAI絵とか使ってみたいんですが、イマイチよく分からないので、くださったののんさん、ありがとうございます。
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