ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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生徒の学ぶ意欲を高揚させずに教えようとする教師は、冷たい鉄をつち打っているにすぎない。

『ホレース・マン』


71.指導

 様々な経緯を経つつ、一之瀬家の問題に関しては概ねの解決をすることが出来た、と認識できた二月の中旬。私はその結果に非常に満足していた。坂柳は一之瀬の精神状態に関して懸念を示していたが、多分考えすぎだと思う。私も一応観察はしていたが、特段変わった様子は見られない。それどころか、これまで以上に積極的にDクラスの教導に協力してくれるようになった。

 

 そんな中、私は職員室にいる。別に呼び出されたとかそういうわけではない。私はこの学校内で、少なくとも上がどう判断するかは置いておくとして優等生として振舞っている。成績優秀、運動に問題なし、素行も優良。何にケチを付ければいいのか、という生徒像を見せていた。なので、この状況は私が計画したものだった。

 

 学校である以上、職員会議は開かれる。毎朝の軽い連絡事項の確認だけの時もあれば、それなりに時間を取って行われるときもある。先の混合合宿などのように全校を巻き込んだ行事がある際は、学年間を横断して行われるのだと、真嶋先生から聞いていた。逆に言えば、招集することも可能という事である。かくして二月中旬の放課後、私は職員会議の招集を願い出た。無論、真嶋先生経由ではあるが。

 

 やることは一つしかない。先日行った面談の結果に関して、一応正規の指導者たちである教職員に共有する作業だ。本来、面談というモノは教師が個人で抱えておくものではない。特段問題のない生徒ならば担任教師で処理してもいいが、そうではない生徒の場合は学年団や学年主任、場合によってはより上の役職であったり他学年の教員とも情報共有を行い、連携して対処していくモノなのだ。まぁこの学校にそんな()()()()は期待できないけれど、そのままで良いわけでもない。これを機に、という思いもあった。

 

 他に言えば、一之瀬の件はデリケートな問題なので、これが他クラスに利用されたりあらぬ風聞を立てられる事を避けたいという思いもある。ここで情報共有したんだから、適切に対処しないと苛めの放置ですよと圧力をかけられるようにする、という目的もある。なんで教職員にいじめ問題を放置しないように圧力をかけないといけないのかとため息を吐きたくなるが、こればっかりは仕方ない。

 

「本日はお時間を頂きまして、誠にありがとうございます。他学年の先生方に自己紹介を致しますと、1年Aクラスの諸葛孔明です。本日は皆様に共有したい情報がありまして、お集まりいただきました。お手元の資料をご確認ください」

 

 会議に参加している人用に、事前に面談報告書を作成しておいた。これまでの事の経緯が全て網羅されている。

 

「まず、本案件は生徒のプライベートな問題であります。本案件で知り得た事実は、教職員の皆様には釈迦に説法であると存じますが、他言無用にてお願い致します。では、まずは事の経緯から説明させていただきます。資料の最初にも記載しました通り、本案件は1年Dクラスの生徒である一之瀬帆波さんの過去と現在に関するモノであります」

 

 一之瀬が万引きを行ったこと、その後刑事問題には発展しなかったこと、罪悪感を抱えたまま引きこもりになったこと、その末にここにたどり着いたことなどを時系列順に整理して記載している。これを見れば、一之瀬帆波の中三から今に至るまでの行動が理解できるはずだ。

 

「一之瀬さんはこの件に関し、深い罪悪感と自罰観念を持ち、自傷的なまでに集団の模範たらんとしていました。これは、青少年の精神の健全な成長において大いに悪影響であると考え、当人と面談を行いました。そのあらましは資料の第二項に記載されている通りです。彼女は自分で自分を赦せないでいることが最大の精神的負担として存在していました。それは本人の自覚しない領域でのことでしたので、まずはそれを自覚してもらうところから始め、その後どのように贖罪の道を歩んでいくのか、今後の彼女自身の生き方について検討してもらう方向に指導を行っています。詳細は大体お読みいただけば分かるように記述したつもりではありますが、ここまでで何かご質問はありますか?」

「本案件に関して、一之瀬さん本人に情報共有の同意は行っていますか?」

「坂上先生よりご質問の同意に関してですが、本人に了承を得ています。資料に記載するのを失念しておりました。ご指摘ありがとうございます」

 

 それならば問題ないと、彼は眼鏡をくいっと上げた。他の教職員は特段言う事がないというか、こんなことになっていたなど全く知らなかったのか目を白黒させている。真嶋先生には軽く説明はしていたが、それでもやはり驚いているようだ。本当は一之瀬の担任にも報告するべきだったのだろうが、何を言われるか分かったものではないのでこうして全体の場で報告している。周囲の目は抑止力になるはずだ。

 

「特段ご質問等無いようですので、次に行かせていただきます。一之瀬さんの意識に関してはある程度改善を行い、未来志向を抱かせることに成功しましたが、依然として家庭の問題は深く存在していました。この学校はどうも家庭環境を軽視しておられるようですが、私の素人意見ではありますけれど家庭環境は生徒個人の人格形成と成長過程に大いに関係してくるものであると考えます。故にこそ、一之瀬さんを真の意味で健全な成長に導くには、存在している家庭の問題、つまりは母親との間に生じてしまった溝を取り除く必要がありました。そのため、先日一之瀬さんとそのお母様と私とで三者面談を実施致しました。資料の第三項をご覧ください」 

 

 そこには先日の三者面談の経緯や話した内容などが細かく書かれている。

 

「自身が苦労しながらも育ててきた娘の非行にお母様も大変戸惑い、自身を否定されたような感覚に陥っておられました。故に、一之瀬さんのこれまでの学校における態度とそれに対する周囲の評価などをお話しし、決して彼女自身の持っている善性が消えたわけではなく、またお母様のこれまでが否定されたわけでもないという趣旨の話をしております。また、根本的な問題を解決するべく、行政機関への相談や下の娘さんへの教育の相談などの窓口となれる旨をお話しし、三者面談は概ね良好に終了しました。お母様も、少しずつ一之瀬さんの事を再度受け入れて、新しく親子の形を形成していくことを約束してくださっています。さて、ここまでが本案件に関しまして、これまで私が行ってきた指導のあらましです。何か、ご質問は?」

「質問させてもらおう」

「どうぞ」

「内容は理解できた。だが、どうして一介の生徒である君がこれを行っている?」

「他に出来る方がいらっしゃらないので。或いは、やってくださる方がいなそうなので。これで質問の回答としてご納得いただけますでしょうか?」

 

 相手は三年の先生だ。他学年の状況にはそこまで興味がなかったのだろう。それでいきなりこんな話をされて、というよりは私の存在に違和感を感じているのだと思う。

 

「いやしかし、指導というのは教員が行うものだ。生徒の君が行うべきではないと思うが」

「この学校のルールに生徒が生徒を指導してはいけないと、そう書いているのでしょうか。そうであるのならば、ご教授をお願い致します」

「そういう事ではなくて」

「では、どういう事なのでしょうか。生徒を指導するのに資格は確かに必要であると考えます。仰るように、皆さまは教員免許をお持ちですが私は持っていない。ですので、その観点から見ると私は指導にふさわしくない存在でしょう。しかし、大事なのは真に生徒が実力者として成長する事であって、その過程ではない。私はこの学校はそういう組織であると認識していますが。法に反しないのならば、何をしてもいい。他者を蹴落としても、他者を退学させてもいい。違いますか? であるのならば、指導したって良いではありませんか。何か、この理屈に不備がありますか?」

 

 相手は押し黙ってしまった。これまで、私のような生徒が出てこなかったのだから無理はないと思う。確かに、教員免許を持っていない存在が指導という言葉を使うのは不適格なのかもしれない。しかし、実力者を育てるというこの学校の目的と、私のやっていることは矛盾しない。何故なら、一之瀬の不安要素を取り除くことは彼女が羽ばたくために必要なことだからだ。

 

「私は指導において大切なことは、生徒個人の未来を考えることであると思っています。資格の有無は確かに必要なことかもしれませんが、それは絶対に必要なことであるとも思いません。生徒を導く気のない有資格者より、導く気のある無資格者の方がマシだと私は愚考する次第です。無論、あなたが前者であるというつもりはありません。誤解があるといけませんので、念のため申し上げました。他に何かある方は?」

「諸葛君、君の理屈は理解しました。そのうえで、この指導が一之瀬さんのためになることだという事も、同時に理解しています。私はこの指導を良いと思いますし、存分にやればいいとも思います。けれど、腑に落ちないのはどうして我々他学年の教職員にも情報共有をしたのかです。そこを聞いても?」

「……」

 

 私は少し唖然とした顔で、質問をした二年Bクラスの担任の顔を見つめた。多分、ぽかんとした顔をしていただろう。それほどまでに衝撃だった。確かに、この学校の教員は皆生徒に対し積極的に関わろうとしない。それどころか、助けようともしない。助けられても応えてくれるとは限らない。ある意味で、教員という名の装置のような存在だ。

 

 けれど、だとしても。それまでに教師になるための教育は大学で受けているはずなのだ。そこには当然生徒指導に関する授業だって存在していたはず。Bクラスの担任はそれなりに若い。ある程度現代の教育に関する知識を習っているだろう。その中に生徒指導に関するモノが無いわけがない。どんなしょうもない大学の教職課程にだってあるはずだ。真面目に話を聞いていなかった可能性もあるが、仮にも国立のエリート養成高校がそんな人材を雇っているとは考えたくもない。

 

 生徒指導に関する授業では必ず言われるはずだ。配慮であったり事情のある生徒に関する情報は、学年団を飛び越えた情報共有をするべきであると。そうやってチーム学校で動いていくべきなのだと。理想論かもしれないけれど、他の学校より余裕のある高度育成高等学校ならば、教職員の労働時間的にも十分可能なはずだ。だから私は情報共有をした。にも拘わらず、こんな大前提の質問が来るとは思いもしなかった。

 

「学年団を飛び越えた情報共有を行うことで、今後一之瀬さんの指導に関してお力添えを頂くか否かに拘わらず認識していただき、万が一の事態の際に対処を速やかに行えるようにするためです」

「万が一の事態とは、具体的には?」

「彼女に関する無根拠な噂の流布や、いじめにつながる行為などです。彼女の犯した行為は犯罪行為ですが、警察などの認知するところではなく、既に被害者側との示談は済んでいます。これを掘り返し流布することは誹謗中傷に該当します。今後、そういう事がないとも限りませんので。なにせ、これは非常にデリケートな問題ですから。ご理解いただけましたでしょうか?」

 

 どんどんと自分の声が冷たくなっていくのを感じる。もしかしたら私は、この学校の先生という存在にまだ何か期待していたのかもしれない。最低限、教師としての職責くらいは持っているだろうと。基本的な知識はあるだろうと。学校の方針だからやらないだけで、こちらからのアクションには応えてくれるだろうと。星之宮教諭や茶柱教諭が異端なだけで、他はまともに応答してくれるだろうと。

 

 それらはすべて、幻想だったのかもしれない。

 

「繰り返しますが、本案件は大変デリケートな問題です。ご存じとは思いますが生徒の中には様々な家庭環境を抱えている子がいます。中には本来ならばこちらが対処するべき案件も含まれています。しかし、それを生徒が望んでくれるかはまた別問題です。他者に知られたくないと抱え込んでしまっている生徒もいることでしょう。皆さまは立場上それを知ることが可能とは思いますし、本案件のように共有される情報もあるかと思います。この学校は些か特殊ですが、その特殊性のために生徒の個人情報を利用したりすることは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()存在などするはずがないと思いますが決して行わないよう、失礼を承知の上で改めてお願い致します」

「それは当然のことだ」

「そのお言葉に感謝いたします」

 

 真嶋先生がすぐにそう言ってくれたのはまだ救いだった。多少なりとも希望はある。そう思えてくる。そうでも思わないと、目の前にいる大人の振りをした何かたちに対して今すぐ鉛玉を撃ち込んでしまいたい衝動にかられるのだ。

 

「ご存じの通り、高度育成高等学校は大きく変化の中にあります。理事長も更迭され、生徒会も活発に活動しています。生徒だけではなく教師の皆様も実力主義で評価される時代の到来も、そう遠くない未来ではないかと思います。これまで生徒指導などは自力救済を基本とし、教師は介入しない方針でしたが、それも見直しを迫られる可能性があります。皆様におかれましては、今後どうするのか、考えて頂くのがよろしかろうと愚考ながらも具申致しまして、私の報告を終わります。ご清聴ありがとうございました」

 

 重苦しい沈黙の中、私は頭を下げる。これで多少なりとも何かを考えるきっかけになってくれれば良いと、そう思うしかない。子供の意見など、彼らにとっては傾注するに値しないのかもしれない。それでも誰か一人でも、本当に一人でもいいのだ。まだ本当の意味で生徒の未来を考えて動き続ける教師たらんとするのを諦めていない人がいるのなら。その人に届いてくれるのなら。それでこれを行った意味はある。

 

 私一人の力には限界がある。無論、全力で努力はするつもりだ。しかしそこに本来そういった業務を行ってくれる教職員の協力があるのなら、もっとより良い指導を行える可能性が高まっていく。それは生徒たちの未来をより良い方向に導くのには有効な手段のはずだ。目的のためなら、手段は多種多様に考えていかなければならない。

 

 今さらながら、研究授業とかちゃんとしているのか不安になってくる。していて欲しい。文科省の方針とかにアンテナ張っているのだろうか。色々な取り組みがあるので、そういう教科指導法の学会とか教育効果系の学問学会報告とか見ているのだろうか。見ていて欲しい。国立なんだし、その辺の教師よりよほど高い金を貰っていて、かつ部活の指導もほとんどないのだ。それくらいは頼むからしていてくれないと本当に困る。

 

 大きなため息を吐きながら、私は職員会議を後にした。

 

「諸葛」 

「真嶋先生、どうかしましたか?」

「先ほどの件に関してだ。星之宮には悪いが、そのうち一之瀬もAクラスに移籍させる予定なのだと考えている。つまりは、俺の受け持つ生徒になるということだ。正直一之瀬に関しては何も知らなかったので、先ほどの情報は大いに助けになっている。Aクラスを含め、指導の多くをお前に丸投げしてしまっていることに関して、思うところはあるのだが……」

「分かっていますよ、ルールですからね」

 

 それだけじゃないだろうとは思うけれど、自分の担任を敵に回すのは得策ではない。なので、理解のある生徒の振りをすることにした。私の優しく穏やかに見える微笑みに、真嶋先生は安堵したような顔になる。男を騙すのは簡単だ。みんな、この顔と仕草に引っかかる。その裏にある感情に、気付きもしないで。

 

「諸葛の言う通り、職員室やさらにその上でも色々と改革の動きがある。お前や生徒会に触発されて、高度育成高等学校も重たい腰をあげ始めた。これからルールが変更されていけば、俺にも出来る事が増えるだろう。そうなった時には、力になりたいと思っている。今更かもしれないが、出来る事があれば言って欲しい」

「それはありがたいお言葉です。ぜひ、その日が来るのをお待ちしていますね」

「前にDクラスとの話し合いがあった時、お前に言われた言葉をずっと考えていた。信頼できないという言葉を生徒から貰う重み、そして本当に生徒の未来を考えて向き合ってくださる日という言葉。そして生徒たちを導こうとするお前の姿。そういうモノを見て、このままではいけないと思っていた」

「そうでしたか、それは……嬉しいことです」

 

 なんだかんだで担任として一年間を共に過ごしてきた。クラスの運営に関して、一応教職員に話したくない事以外は報告している。坂柳のYouTuber計画などもそうだ。特別試験などでも生徒との関係性を築けるようにはしてきたし、彼自身もAクラスの生徒に対する感情は良好だろう。私と触れる時間が長かった分、何か響いてくれたのならば私の存在意義もあったのだと思う。

 

「当然先生は英語科教育のプロフェッショナルであらせられるわけですので、英語科に関してなど大いに知見を頂きたく思います。私もまだまだ指導では若輩の身。ご教授をお願いしますね」

「き、期待に応えられるように努力する。坂上先生も色々と思うところがあるようだ。クラスは敵対関係でも、教師とまでそうなる必要はない。何か声をかけられたら、応じてやって欲しい」

「分かりました」

 

 ちょっとずつでも、本当に少しずつでも変化している。学校も、生徒たちも、そして教師たちの中にも。そういう変化の輪が徐々に徐々に大きくなって、やがてもっと大きなものを動かせるようになる。そうであって欲しいと願いながら、私は今後の対教職員用の計画を考えた。真嶋先生がこちら側についてくれる可能性が高くなったのは僥倖だ。私も一年間付き合った関係性を切るのは心が痛む。

 

 これで上にまともな理事長が来て、まともな運営を行ってくれるといいのだが。未だに新理事長の選定には苦労しているらしい。混乱状態はこちらの要求を押し通すのには役立ったが、長続きされるのも困る。来年度からは改善されることを期待していた。

 

 取り敢えず、色々と考えて疲れた。家に帰ろうと、足を自宅に向ける。多分夕食はまだかと思いながら彼女が待っている。その顔を想像すると、少しだけ気分が楽になった。

 

 

 

 

 

 

 諸葛孔明が職員会議を開いている頃、彼に対抗する勢力も手をこまねいてぼーっとしていたわけではない。龍園は瓦解しかかっていた真鍋一派を完全に解体し、それぞれを再度服従させることに成功した。かくして、Cクラス内に龍園に対する抵抗勢力は消滅し、彼に反感を抱く者も勢力と呼べるほどの大きさではなくなっていたのだ。

 

 比較的順調なCクラスは、独自の姿勢を打ち出し、AD連合に対抗する方針を打ち出していた。Cクラスの生徒の大願のある者はいないし、未来をそこまで真剣に考えている生徒もいない。目の前の龍園の行く道に、取り敢えずは付いていこうという考えのモノが多かった。自分たちがAD連合のお眼鏡にかなうとは、彼らにはどうしても思えなかったのである。

 

 一方の堀北は、決して順調とは言い難い状況の中にあった。彼女は自派閥と呼べるものが非常に少なく、まずはその形成から始める必要性があったのだ。今、学年は二つの派閥に分かれつつある。すなわち、AD連合とその敵対勢力である堀北・龍園同盟だ。そのどちらにも属さない中立派はBクラスの中核をなす現状維持グループだった。つまり、堀北のするべき行動は現状維持グループを龍園との連携に誘導する事である。

 

 そんなことは彼女とて百も承知であり、故にこそそうするべく努めようとしているのだが……現実は中々上手くはいかないものだった。

 

「単刀直入に言えば、その提案には乗れない」

 

 綾小路清隆。堀北にとっての隣人であり、これまでなんだかんだと色々なことに協力させていた相手でもある。底が知れない部分もあるが、それでも真摯に頼み込めばこれまでの仲だ、或いはと思っていたことの間違いを堀北は思い知らされている。

 

「龍園と組んでいく。それは良いと思う。というより、諸葛に対抗しようと考えた場合、BCで連合を組むしかない。妥当な判断だ。だがな堀北。それにオレが協力するメリットは一切ない」

「……まだ、こちらが提示できる条件も話していないけれど」

「聞く前から分かる。お前たちに提示できる条件は、精々ポイントかクラス内での地位、或いは自分自身くらいだろう。そのどれも、オレには不要なものだ。しいて言えばポイントはあっても困らないが、そもそもお前も龍園も資金力ではAクラスに大きく離されている」

「そう、ね」

「これ、見たか?」

「何、それは? YouTubeかしら。私はそういうモノには疎くて……」

「そうか。後でリンクを送っておくから見てみると良い。坂柳のチャンネルがあるぞ」

「……えぇ? 坂柳さんが?」

「これは中々興味深いコンテンツだと思う。現役女子高生の目指せチェス世界レーティングナンバーワン! だそうだ。結構名の知れたプロのプレイヤーとも対局している。今のところ勝率は七割五分。かなりいい勝負をしているな。こういう世界もあるのかと、勉強になった。投稿開始して半月ほどだが、チャンネル登録者は伸びているぞ。もうすぐ八千人だ」

 

 坂柳有栖の活動はそれなりに順調だった。滑り出しとしては上々である。動画編集は外村に半分ほど外注し、AD連合内でもそれなりに知識のある層を使って行っている。サムネイルのレイアウトなどは神室の担当であり、総監督を諸葛孔明が務めていた。

 

 アリスと名乗る動画内の坂柳は、ミステリアスな女子高生キャラでありながら結構スポコンな目標を掲げており、そのギャップや即意当妙な話術なども相まって人気が出つつある。教育的コンテンツなので子供が見ても問題ないのも大きいかもしれない。事実、子供向けにチェスの指南動画なども出していた。

 

 チャンネル登録者は日々増えており、三月までには一万人を目指せる位置にまで来ている。切り抜きを使った拡散、孔明の指示によるネットでの諸々の宣伝、不自然にならない程度に盛り上げつつのトレンド化、急上昇ランキングに入るように裏工作などしっかりやることはやっている。諜報機関にプロパガンダ流布はお手の物。そのノウハウを発揮し、トップYouTuberへの道を歩ませていた。アイドルマスターで学んだ手腕を使いつつ、坂柳の持っている強みを引き出している敏腕Pが現在の諸葛孔明の仕事でもある。

 

「そ、そう……」

「なんでそんなものを見せるのか、という顔だがな堀北。Aクラスは坂柳のような幹部陣でも積極的に金策に協力しているという事だ。逆に言えば、性格に難のある坂柳を上手く操縦できているという事だ。これだけで、お前と向こうの戦力差は十分だろう。幹部でも金策をするという目的へのスマートだが泥臭い手段がお前には足りない。綺麗なところに座って指示だけして結果を持ってきてもらおうなんて、虫がいいんじゃないのか」

「……あなたに、そういう風に思われてしまうようなことをこれまでしていたのは、私の問題点だと自覚しているわ。龍園君にも、彼に言われるのは非常に業腹だったけれど、指摘は受けたし納得はしている。だから、その点はごめんなさい。あなたに協力を依頼する時に、もっと違うやり方があったと今なら分かるわ。特に櫛田さんなどを見ていれば、猶の事」

「そうか。それにもっと早く気付いてくれれば、オレも楽だったんだがな」 

 

 その言葉に、堀北は唇を噛み締める。全てが正論だった。そして、全てが後の祭りだった。後悔したとてもはや現実は覆らない。

 

「お前はオレと高円寺を味方に引き入れ、Bクラスの現状維持派、特に櫛田と平田を巻き込みつつ龍園との協力路線を作る計画だろう?」

「そうね、それを計画していた」

「まぁそうなるだろうな。だが、軽井沢たちはどうする。説得するのか、それとも切り捨てるのか」

「それは……」

「そこで即答できない時点で、お前にリーダーは向いていない。成長するのを待つのもいいとは思うが、そんな時間はお前にはないだろうし、もし成長したいなら今すぐ山内みたいに諸葛に頼むべきだろうな。そうすれば、お前の将来を考えて最適な道を提案してくれるかもしれないぞ」

 

 綾小路にとって、目の前で縮こまる堀北は特段どうでもい存在に近かった。どういう風な姿になっていくのかの興味は一応あるにはあるが、それも決して大きくはない。むしろ、ホワイトルームとそれにどちらかと言えば近い高度育成高等学校とは全く違う教育思想や行動を行う諸葛孔明とそれがもたらす効果の方が興味深い事象だった。

 

「一応隣人として言っておくと、お前はリーダーにならない方がいいと思うぞ。もし仮に本当に龍園と組んで色々するにしても、龍園に任せるか誰か別の奴をリーダーにするべきだ。せめて平田か櫛田を担いで、お前はそれを支える。それが一番いいんじゃないか。お前には、受け入れられない話かもしれないが。上に立つだけが実力者ではないと、オレは思うぞ」

「……あなたのように?」

「オレはただの、事なかれ主義者だ。だから、巻き込まないでくれると助かる」

「私は……申し訳ないけれど、まだ諦めたくない。あなたに協力してもらえるよう、お願いは続けるつもりよ」

「そうか。まぁオレにそれを止める権利もない。迷惑にならない程度にしてくれ」

「えぇ、そうさせてもらう。あなたが振り向いてくれるように」

 

 そんな日が来るとは思えないが、と言わないでおいたのは綾小路なりの配慮だった。堀北をここで論破したとしても意固地になるだけ。ならば、諦めたくないというその想いが燃え尽きるまで待つのが得策と判断した。それに、どこからそういう感情が湧いて出るのかに興味もある。理性的に考えれば、AD連合に与するのが最善。それは当然堀北も理解している。ならば、どうして諦められないという感情が生まれるのか。それを、綾小路は知りたいと思った。

 

 だから、少しの間堀北の面倒な勧誘も見逃すことにした。感情というモノとそれがもたらす諸々の事態について、学習するために。

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