ようこそ孔明のいる教室へ   作:tanuu

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強い者が勝つのではない。勝った者が強いのだ

『フランツ・ベッケンバウワー』


76.戦勝

 日本国尖閣諸島近海。

 

『中国艦隊に告ぐ! 貴艦らは現在我が国の領海を侵犯している。直ちに進路を変え、本海域より退去せよ!』

「と、言っていますが……」

「構いませんわ。しばらくお相手してあげましょう」

『繰り返す、ただちに退去せよ!』

 

 尖閣諸島。中華人民共和国と台湾に逃亡した中華民国、そして日本国の三国が争う係争地である。人民海軍所属の巡洋艦五隻と空母一隻からなる艦隊が現在同海域に侵入していた。無論、本気で事を構える気が無い。元々定期的にやっている威力偵察兼示威行動であり、むしろ今回は大人しい部類だった。

 

 冷戦が終わらないまま時代は既に21世紀に突入した。国境こそ辛うじて開かれ、貿易や旅客者、留学生などの交流はあるものの、日中両国の関係性は冷たい緊張を保ったままだった。

 

「主砲は動かさないように。あと、レーダー照射もやめなさい。向こうは先制攻撃出来ないという大きな弱点を持っていますから、それを突いてわざわざ大義名分を与えることほど愚かしいことはありませんもの」

「了解しております、殿下」

 

 巨大な空母の艦橋には、館長席よりも上位の場所に司令官用の席がある。金髪の麗人が足を組んだまま座っていた。白帝会所属艦隊は、人民海軍の演習中にそこから一時離脱し、普段よりも大規模な示威行動をしていた。理由は無論、総司令たる諸葛孔明からの命令によるものだった。

 

 内閣の目をこちらに向け、その間に月城を落とし、交渉を成功させることを目的としている。当然高度育成高等学校内のゴタゴタと国防を考えれば後者が優先だ。であるからこそ、艦隊はずっと日本の領海内をうろうろしていた。そして、撤退を命じられるまでの数時間、艦隊は海域に留まり続けることになる。

 

――――――――――――――――――――――――

 

 

 作戦は成功した。おおよそ考える限り最上の結末を迎えたと考えていいだろう。夕方に月城から連絡が来て、発表は明日行うが要求が全面的に通ったそうだ。総理が珍しく慌てていたと、やや愉快そうな声音で言っていた。彼からすれば雇い主のはずだが、同時に恩師の作品をぶち壊した憎むべき相手でもあるのだろう。だから、どうなろうと知ったことではないのだと思う。

 

 私は成功を知っているが、はっきりと公式に発表されるまでは公にしないことにしていた。明言されるまでは事実ではない。この学校を全く信用できないので、ここから百八十度裏返る可能性もゼロではないのだ。そんなことをした日には本当に全校生徒が退学してしまうので、流石にないのとは思うのだが、戦争に絶対はない。坂柳も言っていたが、これはある種の戦争だ。であればこそ、最後の最後、勝利するその瞬間まで油断は出来ない。

 

 そして、生徒たちは不安な感情を抱えたまま就寝し、翌日を迎えることになる。朝のHRにおいて、教室の空気はどこか浮ついていた。本当に勝てたのか、本当に上手く行ったのか。それを誰もが気にしていた。しかし私に聞きに来る生徒はいない。交渉はした、あとは向こう次第であるという風に説明しているからだ。人事を尽くしたので天命を待つしかないというのが生徒たちの心情だろう。私もまだ確実性が持てないので緊張感はある。

 

 真嶋先生はやや駆け足気味に教室にやって来た。本来のHRの時間まではまだ数分あるが、今日はどのクラスも静かに席に座っていた。その表情は柔らかく明かるい。その意味するところを察した生徒たちの興奮が教室中で湧き上がる。

 

「朝のHRを始めたい。まず最初に大きな連絡がある。今朝、職員会議にて月城理事長より正式にクラス内投票試験の撤回を通知された」

「「「うお~ッ!!」」」

 

 Aクラスにしては珍しく、大きな声での歓声が響く。勝利の喜び、誰も退学しないですんだことや誰かに票を投じるという行いをせずに済んだことへの安堵。そういう様々な喜色に満ちた感情が空間を満たしていた。

 

「これにより、学年末の特別試験が今年度最後の試験となる。クラス内投票試験に関するお前たちの抵抗は、確かに学校上層部、それこそ理事長を飛び越えた存在をも動かした。おめでとう、本当におめでとう!」

 

 真嶋先生の言葉からは本心からの称賛が感じられる。他クラスからも相次いで歓声が聞こえてきた。作戦成功は今頃全校に広まっているのだろう。自身の進退をかけた二三年生もこの結果に安堵している事だろう。同時に、学校を動かすことができたという感覚は、今後の在校生に大きな精神的影響をもたらすと思われる。

 

「先生、よろしいですか」

「あぁ、構わない」

「ありがとうございます」

 

 私は一番後ろの席からゆっくりと前に歩いていく。私に向けられる視線はすべて歓喜や優しさ、感謝に満ちていた。教壇に立って見回せば、皆良い表情をしている。真澄さんが私に優しい笑顔を向けていた。春には険のある顔しかしていなかった彼女も、一年経ってまた春が来ようとしている今、随分と優しい顔をするようになった。この事実が、今年のAクラスの成長を象徴しているのかもしれない。

 

「皆さん、見事にこの結果を掴み取ることが出来ました。皆さんが私の意見に賛同し、協力してくださったからこそこの結果を得ることが出来たと確信しています。本当に、ありがとうございました」

「「「ありがとうございました!」」」

「今回の一件はこの学校に大きな変革の風を吹き込んだと思います。この調子で、我々は我々のやり方で、前に進んでいきましょう!」

「「「はい!」」」

 

 返事は前向きだ。あちらこちらでこの結果を喜ぶ声が聞こえる。性格もこれまでの人生も様々な集団だけれど、それでも今この時の思いは同じだった。

 

 

 

 

 

 

 

 各クラスでも同じように発表がされている。喜色満面のAクラスやⅮクラスに対し、BクラスやCクラスはやや様相が異なっていた。

 

「以上により、クラス内投票試験は中止となりました」

 

 坂上教諭が静かに話す。Cクラスではこの決定に安堵する声が漏れる。大っぴらに騒がないのは、龍園に遠慮しての事だった。誰が切られるのかと戦々恐々していたクラスメイトにとって、龍園が諸葛孔明の提案に乗ってくれたことは命拾いしたという感覚である。

 

 坂上自身も自分の首がかかっていたので安堵するところが大きい。しかしそれを生徒には見せず、あくまでも伝達役と言う職務に徹していた。

 

「坂上、本当に中止でいいんだろうな?」

「敬語を使いなさい、龍園君。本当に中止です。もう開催されることはありません」

「そうか、ならいい」

 

 龍園は立ち上がり、ツカツカと歩き出す。その足先は教室の隅で縮こまっていた真鍋の席だった。足音にビクッと肩を震わせる彼女を見下ろしながら、龍園は酷薄に笑う。

 

「命拾いしたなぁ、真鍋。あの野郎がこんな提案をしてこなかったら、俺は真っ先にお前を切るつもりだったぜ。坂柳に踊らさせれて無様に内部分裂したお前が一番退学になる可能性が高かった。せいぜい感謝するんだなぁ、おい」

 

 机の脚を蹴っ飛ばす龍園。しかし、彼に対してマイナスな感情を向ける視線はほとんどない。なにせ、真鍋が相当傍若無人に振舞っていたことは事実であり、にも拘らず自分のグループすら制御できずに内部崩壊したというのは有名な話だったからだ。当然、Cクラスの生徒は伊吹や椎名を筆頭にその迷惑を被っている。男子も例外ではなく、金田や石崎は色々と言われていた。

 

 事実、クラス内投票試験が開催されていたら真っ先にやり玉に挙げられただろう。そうならなかったのはひとえに龍園が彼女を切らないで学年で団結する方に利を感じたからだった。

 

「は、はい……」

「それだけか、言う事はよぉ。散々迷惑かけて、色々やって来たよなぁ。その分の落とし前を求めてる奴は結構いると思うぜ。どうだ、お前がこいつらの立場だったらいの一番に謝罪を要求してたんじゃねぇか? 俺は声高に叫んでるお前の姿が容易に想像できるぜ」

「……はい」

「あぁ? 聞こえねぇよ」

「申し訳、ありません、でした……」

「何がだ、おい。もっとはっきり言えよ、自分の罪をよぉ」

「これまで、色々酷いことして、申し訳ありませんでした……!」

 

 もう泣きだしながら震える声で頭を下げている真鍋に、男子はまぁもういいかという空気になる。一方女子からは泣けばいいと思ってんのかよという声が漏れる。こういう時に怖いのは同性の方だった。

 

「反省したな? お前の愚かしい行動をよ。俺がいない間に音頭取るなとは言わねぇ、だがな、上に立つなら立つなりの態度をしろ。もしあそこで上手く立ち回れてたら俺が戻ってくる場所なんてなかったぜ」

「……はい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「挙句、それを坂柳に突かれてるんだ、世話ないぜ。おい! 知らん顔してる真鍋とつるんでたお前らも同じだぞ。なぁ、山下に諸藤。お前ら二人、どっちも坂柳に唆されてその気になって揉めてんだ、真鍋に原因があるから深くは追及しねぇが、悔い改めろ」

「「は、はい……」」

「坂柳は自分で戦えないが口も悪知恵も上手い。隙を見せたら付け込まれて、あっという間に崩されるぞ。んなの、見りゃ分かるだろうにこの間抜け共は見事に引っかかりやがった。お前ら、将来詐欺師には気を付けた方が良いぜ」

 

 前の龍園ならば問答無用でぶん殴っていたかもしれない。しかし、今の龍園にそうするつもりはなかった。如何せん拭えない暴力の匂いはあるけれど、それでも大分マシな方だった。真鍋にも直接的に攻撃を加えるつもりはない。その代わりではあるが、蛇のようにネチネチと口で攻めていた。

 

 真鍋が酷かった分、龍園の方が全然マシだろという思いがCクラスの中に存在しているので、ある意味で真鍋のおかげで龍園の復帰はスムーズだった。中々酷い話ではあるが、Cクラス内には唆した坂柳よりも唆された面子の方が悪いという扱いになっている。

 

 内乱は鎮まった。Bクラスは全然頼りにならないし、そもそも今回の試験対策で堀北は完全に省かれていた。これは前途多難だと思いながらも、龍園は学年末試験に思考を向け始める。まだCクラスにはAクラスに勝てる力などない。それをどうにか、自分たちに最大限優位な舞台で戦えば五分に持っていけるくらいにはしたいという想いがある。自分についてくると言っているクラスメイトに、一回くらいは勝利の味を。それが今の彼の中にある大きな願望だった。

 

 

 

 

 

「やったぜ!」

 

 ひと際大きい山内の歓声がBクラスの中に響いた。彼の声が一番大きいが、しかし他の生徒も同じような感情を大なり小なり抱いている。このクラスが一番資金力に乏しい。Cクラスのような強制徴収も出来ないし、Aクラスのような貯金制度も存在していない。しかも自分の財産もあれば使ってしまう生徒が多いため、正直資金は無かった。

 

 なので、この試験では誰かが消えることになると思っていたのだが、Aクラスの提案によって九死に一生を得たのだ。

 

「これにより、明日学年末試験の説明を行う。今回の件はお前たちの力を示した。これまで災害を除き特別試験が中止されたことは無い。今回がこの学校始まって以来初めての出来事だ」

 

 茶柱の言葉にBクラスの生徒は沸き立つ。その歓喜の中で一番喜んでいるのは学力下位の生徒だった。彼らは退学者のやり玉に挙げられる可能性があったのを十分に理解している。だからこその安堵だった。

 

 喜びに満ちるクラスの中で、堀北は沈黙しながら座っていた。こんなわけの分からない試験をやらずに済んだことは彼女としても良い結果だった。しかしこれを機に、諸葛孔明はより一層支持を広げている。Bクラスの中で中立的だった生徒も、今や彼の方に傾きつつあった。それに伴い、軽井沢派が権勢を増している。一方の平田派はやや権勢を落としていた。彼の対応がイマイチだったのが原因だろう。

 

「マジで良かったぜ! 高円寺もありがとな」

「大同団結の輪を乱すほど、私も愚かではないからねぇ」

 

 山内が感謝を述べた通り、一番こういうのに協力してくれるのか分からない高円寺は、櫛田たちからAクラスの考えを述べられた時、賛意を示していた。彼が実力者であることは多くの生徒が理解している。その彼が同意しているのだから、決して悪い選択肢ではないだろうとBクラスの生徒の心を動かす要因の一つとなっていた。

 

 堀北はその事実にも愕然とするしかなかった。ここで抵抗した日には、全校から狙われることは容易に想像できたので賛意を示したが、自分には大人しく誰かを犠牲にする以外の選択肢が出てこなかった。その発想の差から既に負けている。堀北の心は折れかけていた。綾小路にはけちょんけちょんに言われ、味方はクラス内にいない。もうこうなってくるとCクラスに移籍したい。今までは絶対に抱かなかったであろう考えを抱き始めていた。

 

 そんな惨めなさまを見ながら、櫛田は内心でほくそ笑む。堀北の味方は順調にいなくなっていた。半面、自分は諸葛孔明に協力したことによりその評判を保つどころか上昇させた。平田が優柔不断な態度を取ってくれたおかげで、彼への求心力の一部が自分に流れている。

 

「ちゃんと団結すれば何とかなるんだ。俺の言ったとおりだろ! 師匠はちゃんと成功させたぜ!」

「なんでお前がそんなにドヤってんだよ」

 

 突っ込む池の声に笑いが起きる。お前よりは活躍してるよ、と櫛田は内心で池に毒づいた。事実、山内はBクラスの方針決定に寄与していた。櫛田と軽井沢が中心になって説明したAクラスの案を聞き、クラスは半信半疑になった。疑う声が幾つも湧き上がっていたが、それに対して大きく反論したのは他ならぬ山内であった。

 

 彼からすれば混合合宿で世話になった恩人への恩返し的な行動に過ぎない。しかし、最近成績が向上し始めている彼の言葉はいい具合にクラスメイトに響いた。飾った言葉は知らないが、逆にその真っ直ぐかつ単純な言葉の数々が全体の空気を大きく動かしたのである。

 

 なんだよ結構役に立つじゃん、と櫛田は内心で少しだけ山内の評価を上昇させた。顔は全然よくないが、そのままの調子で成績を向上させ、態度が良いまま続けば、その辺の適当な女子や後輩となら付き合えるかもしれないと思っている。自分が付き合う気は全くもって全然天地がひっくり返ろうとありえないとも思っているが。 

 

 彼の動機はモテたいである。そのためには非常に長期的な視点が必要で、かなり時間のかかるプランである。彼はそれを公言していたが、その辺はいつもの事なので流されていた。しかしちゃんと実績になりつつあることで、Bクラス内の見る目も変わっている。マイナスだった評価が裏返りつつある理由は、不良が犬に傘をさしている理論である。女子からも多少好意的な声をかけられる事も増えた。

 

 歪な形かもしれないが、Bクラスの生徒も幾人かが少しずつ前に進んでいた。外村も趣味が合う諸葛孔明という友人を得た上にYouTubeの動画編集という仕事が出来て充実している。変革の風は、ここでも確かに吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 朝のHRの後、一時間目を削って全校集会が行われていた。私は生徒会長に呼ばれて生徒会メンバーと同じくクラスの列から外れて舞台袖で待機している。南雲からは、お前が始めた物語なのだからは幕引きをしろ、というお達しを受けた。まぁその通りではあると思うので、その要請を受けて話をすることにしている。

 

 一応各クラスに通達はしたものの、詳しくは改めて月城が話すことになっている。彼がこの学校の責任者なので当たり前の話ではある。演台に月城が立った。途端に二年生などから大声のブーイングが起こる。無理もない話だろう。むしろ、物が飛んでこないだけまだマシだと考えるべきだ。月城は若干の苦笑いをしながら立っている。

 

「皆さん、初めまして。このような形でお会いするのは不本意ではありますが、まずは自己紹介を。解任された坂柳理事長の後任として赴任しました、月城です。どうぞよろしくお願いします」

 

 全く拍手が起こらないのが凄い。舌打ちする声すら聞こえてくる。私のせいではあるけれど、相当煽ったためか学校へのヘイトと不信感が高まっている。上級生の担任達も困っているようだが、その辺は自業自得だと思ってもらうしかないだろう。これまでちゃんと生徒と関係を築けなかった反動なのだから。

 

 しかし月城もメンタルは強い。全く歓迎されない空気の中ではあるが話を始めた。

 

「既に先生方に伝達していただきましたが、ご存知の通り、クラス内投票試験は撤回致します。生徒の皆さんには、多くの不安や不信感を与えてしまったことを真摯に謝罪致します。誠に、申し訳ございませんでした」

 

 これは上手い手段だ。この学校の教員は、と言うか一般論としてあまり教師は謝らない。なのでちゃんと最初に謝罪をすることで、これまでとは違うのではないかと思わせるための根を植えている。

 

「私は、かつて私の師である鳳統元教授と共に、この学校の創立に携わりました。しかし、これまでの学校は私たちが夢見ていた環境とは大きく歪められてしまったのです。今まで皆さんが受けていた教育は、私や教授が願った教育の在り方ではありませんでした。不完全な形で歪な形で、実行されてしまったのです。私は赴任して、この学校をかつて願った形にしようとしました。しかし……その結果は知っての通りです。私を派遣した者たちは、それを許可せず、逆にクラス内投票試験を押し付けてきました」

 

 この男、完全に責任転嫁しやがった。まぁ実際問題、月城の言っていることほとんど嘘が無いわけではあるが、それを実行しようとしていた時点で彼にも罪がある。しかし、そこを上手く塗り隠して上層部に責任を投げた。

 

「私も全力で抵抗しましたが、衆寡敵せずでした。職を辞することも考えましたが、上層部はより多くの退学者を出すことを望んでいましたので、せめて各クラス一人ずつで済むようにと、あさましくも理事長職に残り続けたのです。しかし、結果として皆さんに精神的苦痛を与えたことは事実です。理事長として、真摯に謝罪致します。申し訳ありませんでした」

 

 本当の黒幕は違うよと訴えたうえで、それでも責任者だからと頭を下げる。これで彼へのヘイトが少し薄れる。むしろ、本当に願う教育のために抵抗し、なんとか足掻いていたという風な見方がされていくだろう。そして多分この後に生徒にとってかなりプラスになる改革案を発表するはずだ。そうすることで自身への印象を塗り替えることが出来るからだ。

 

「しかし、私は感動し、希望を見出しました。皆さんの戦いにです。皆さんは私が屈してしまったこの理不尽に対し、毅然と立ち向かった。そしてその強い意志は、しっかりと上層部を動かすに至りました。皆さんの力が、文字通りに学校を動かしたのです。これはかつて、私と教授が願っていた真の意味で社会に貢献できる生徒の姿、自ら進んで問題解決を行う生徒の姿でした。学校がこれまで強いてきた歪みにも負けず貫いた皆さんに、私は大いに敬意を払います」

 

 よく言うよ、とは思ったが黙っておく。彼からしてもここでクビになるのは都合が悪いから、何とかして生徒からの支持を確保したいのだろう。私としても全然私と関係のない人が派遣されるより、月城のままの方がやりやすい。両者の利害は今だけ一致しているのだ。

 

「今回の件を受け、この学校をより良い方向に持っていくことが出来るよう、そして生徒の皆さんへのお詫びも兼ねて、より多様な事を行える学校にしていきたいと考えました。現在、今の二年生と一年生を対象に、修学旅行を計画中です。また、海外研修なども視野に入っています」

 

 これで会場内に大きなざわめきが起きた。閉鎖的な学校で修学旅行なんてあるわけもないと思って諦めて来た生徒が大半であろうから、これに驚くのは無理もない。事実、私も驚いている。まぁ豪華客船を貸し切れるくらいなので、それくらいの資金は余裕なのだろう。どこ行けるんだろうとか、海外がいいなぁとかの声が聞こえる。ソ連に行きたいと言ってる人は何をしに行きたいんだろうか。私がいるとクレムリン宮殿の中に入れるけれども。

 

「また、次年度の秋には外部の方々を招いての文化祭の開催も予定しています。また、そのほかにも生徒の皆さんから企画が提出された行事に関しては実行する用意があります」

 

 ざわめきはさらに大きくなった。文化祭に、他の行事の可能性。少なくとも特別試験よりは楽しそうと言うのが全校生徒の感想だろう。三年生は後輩に大きな置き土産を残せたことを割と好意的に捉えているようだった。私としても、文化祭などの日本の高校文化を体験できるのは楽しみである。入学するにあたって普通の高校生活は諦めていたが、やっと体験できそうだ。

 

「三年生の皆さんにはあまり恩恵がありませんので、最後の特別試験が終わり次第何かしらの用意をしたいと思っています。次に、長期休みにおいて事前申請をすれば一時的な自宅への帰還を認めようとも考えています。現在整備中なので、次年度の夏休みより適応できるでしょう。それに合わせ、ポイントで購入できる商品に平常時の外出許可証を加えることも検討中です」

 

 相当大盤振る舞いだが、多分これは月城だけのアイデアではないだろう。元々私が要求していたことではあったが、総理陣営は今回の件をかなり重くとらえているのだと思う。万が一にも全校生徒の退学を本当にされてしまうのを防ぎたいのだと感じられた。飴と鞭で言えば飴を配っているのだ。そうしないといけない状況に追い込まれているとみるのが正しいはず。

 

「生徒会長よりの要望があったクラス間移動の活発化も、前向きに検討を開始しています。これから、学校はより生徒の皆さんに寄り添い真の意味での実力者とするための教育を展開していく予定です。最後になりますが、退学者を出すことを企図した特別試験の実施は今後二度と行わないことを誓い、私の話を終えたいと思います。今後とも本校の教育にご理解ご協力をお願い致します」

 

 月城は静かに頭を下げた。先ほどまで飛ばしていたブーイングはどこへやら、生徒たちは大きく手を叩いている。自分たちにかなりの利益がもたらされ、最初月城に抱いていたマイナスな感情が上書きされたのだ。これが月城の狙いだったのだろう。上手く行ったという顔をしている。流石は教育学者の弟子。生徒の心理を動かすのは慣れたものだった。

 

 これにより月城は高育内での自分の立場を守れたことになる。今後、今言ったことが実行されれば、今回の試験での悪印象は薄れるだろう。私が煽った生徒たちの不信感を少しでも解消させる狙いもあったのだと思う。月城に促され、私は彼と交代する。上手くやりましたね、と小さく呟いたところ、彼は薄く笑って舞台袖に消えていった。

 

「皆さん、こうして再び演台に立つ機会を貰いました。1年Aクラスの諸葛孔明です」

 

 先ほどの月城と違い、歓呼の声が響き渡る。喝采と歓声の興奮が私を出迎えた。勝利に浮かれる視線が幾つも私に向けられた。月城の出してきたものは、学校側の事実上の敗北宣言であることは間違いない。

 

「我々は一致団結し、戦いました。皆さんがともに戦ってくれたことに感謝します。そして、我々は勝利しました!」

「「「オー!」」」

 

 拳を天に突き上げると、いくつもの拳が天に突き上げられる。

 

「我々一人一人は決して大きい存在ではありません。しかし、ともに戦えば大きな力となることが出来るのです。この成果は、我々にとって、大きな財産となるでしょう! この結果はひとえに皆さんのご協力によるところが大きいですが、中でも献身的にご協力をしてくださった方々にここでお礼したいと思います。まずは前生徒会長堀北先輩、そして現生徒会長の南雲先輩には、それぞれ三年生と二年生の説得にご協力いただきました。また、葛城君と一之瀬さんには、このお二人の説得にご尽力いただきました。特に一之瀬さんとBクラスの櫛田さんは上級生の皆さんへの情報提供と事情説明に大きくご貢献頂きました。この場を借りて、特に御礼申し上げます」

 

 生徒会の面子はともかく櫛田は驚いた顔をしていたが、周囲から向けられる感嘆と賞賛の声に頬が緩んでいる。彼女の求める承認欲求が学校中からの称賛で満たされている顔だ。実際彼女は上級生にも顔が広く、その容姿もあってかなり情報提供や説得に貢献してくれた。またBクラスの方針誘導にも尽力してくれている。問題のある生徒だが、貢献してくれたことには感謝を言うべきだと思っていた。

 

「この勝利は、決して私一人の力では得られませんでした。共に戦ってくれたことに感謝を申し上げ、結びと致します。最後になりますが、我々は決して誰かの奴隷ではありません。我々は、我々自身の意思で未来を選び取る権利があります。それを、これからも守っていきましょう!」

「「「オー!」」」

「ありがとうございました!」

 

 万雷の喝采に見送られながら、私は静かに演台から降りた。自分のクラスの場所に戻ると、興奮気味の生徒たちが話をしている。

 

「お疲れ様でした」

「どうもありがとうございます。あなたも色々とありがとうございました。諸々の連絡役をお願いしてしまいました」

「いえ、これくらいはさしたることでは」

 

 坂柳はBクラス関連の連絡役をお願いしていた。Bクラスは如何せんまとまりに欠けるので、統率させるために彼女をご意見番と言うか見張り役としていたのだ。その役目はきちんと果たしてくれている。今後しばらくは彼女がBクラスと対立する際の参謀になりそうだ。

 

「ともあれ、中々面白い方向に向かっていると思います。新理事長の言う通りに事が進むのならば、計画の方も……おや」

 

 彼女の携帯が小さく震えた。メールが来たのだろう。この時間に来るという事は、生徒や教師ではない。どこからだろうかと思っていたら、読んでいた彼女が少し楽しそうに口を開いた。

 

「収益化通りました」

「おぉ、本当ですか」

「なに、やっと通ったの?」

「はい、神室さんもこれまでありがとうございました」

「まぁ大したことはしてないけど、良かったじゃない」

 

 朗報は続くという事だろうか、これでAクラスの資金力がより強化された。資金なんていくらあっても困ることは無い。

 

「ですが、このまま上手く行くとは思いませんし、より大きなコンテンツにするにはどうすればいいのでしょうか」

「安心してください。既に考えてあります。本題のチェスはメインコンテンツとして続けますし、前にお話しした通りある程度の段階からはゲーム配信などもしようと思います。ですが、その前に発信力を活かした事業展開をします」

「具体的には?」

 

 私は自分の唇を指す。薄い桜貝色の口紅がそこにはしてある。ナチュラルメイクだけれど、私の容姿は少しだけ作ったものである。

 

「コスメです」

 

 女子高生というブランドを大きく活かす。韓国・中国に跨るメーカーがあり、それが私の組織のフロント企業になっている。これは使えると踏んでいた。

 

 諸々の事が上手く進んでいる。春の風が吹いてくると共に、学校もクラスも個人も変わろうとしている。後は学年末の特別試験を終えるだけだった。

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