『山本五十六』
77.委託
「昇進するのか?」
「はい。おめでとうございます」
「どうも。全くお前の口ぶりは嬉しそうじゃないがな」
黄雹華の不機嫌そうな声と顔に、諸葛孔明は怪訝そうな顔をした。
「何かあったか?」
「……いいえ。申し訳ありません、しばらくはご尊顔を拝するとこういう感じになるかと思いますが、ご自身の所業に対し、胸に手を当ててよくお考えてくださると幸いです」
「何言ってんだお前」
「ともかく! 閣下は4月1日付で中将にご昇進です。上はホワイトルームなどの件、大層お喜びですよ。また、国家主席閣下は他の幹部の方々より閣下の方が信頼できるとお考えのようです」
「中央政府を脅して軍閥化したのにか?」
「それでもマシなくらいには、腐敗が進んでいるようで」
「救えないな、まったく」
「しかし、今回は我らに追い風です。閣下の御祖父君を中央に戻し、閣下を西部軍区の司令官とする考えのようで」
「そうか。まずは来る日に備え、西部軍区を完全に抑える期間となるだろう。しばらくはお前が代理だ。引き続き、よろしく頼む」
「それは無論です」
「後、4月の16と17にメッセでライブがあるから、チケット取っておいてくれ。なるべくいい席で頼む」
「心得ました」
じゃあ、よろしくと言って諸葛孔明は通信を切った。日本のコンテンツの何がそこまで自身の敬愛する指揮官を惹きつけているのか、雹華にはよく分からない。ただ、クーデターで勢力を確立させた頃の冷徹な機械の如き目よりは、今の方が随分と魅力的に思えるのも事実だった。その弊害に、彼の部屋は青いタペストリーやらで染まっているのだが。
「作品とは、時に不思議な力を持つこともあるのでしょうか。或いは、これもまた愛?」
雹華は小さく呟く。凍てついた心を溶かしたモノが自分ではない事が、彼女にとっては無性に悔しかった。いくら役立つ右手として信頼を得ていても、愛情は得られなかった。サイリウムを振る時のあの熱気のある顔を、或いは横入りした小娘に向けているであろう優しい笑みを、自分はさせられなかった。
「悔しいなぁ、私の方がずっと、前から一緒なのに」
雪山の中、死にかけていた自分に彼は見捨てず手を差し伸べた。あの時の温かさが、雹華を突き動かす原動力だった。例え、その愛が自分に向けられずとも、永遠に。
――――――――――――――――――
「コスメ?」
クラス内投票試験を棄却させ、意気揚々と勝利の凱旋をした、その日。坂柳は彼女の自室兼撮影部屋で問うた。先ほど私が伝えた今後の展開について、彼女なりに整理したのだろうけれど、やはりそこは引っかかっている部分だったようだ。
「はい。コスメです。コスメとはコスメティックの略で」
「それは知ってます。ただ、私の活動と結びつかなくて」
「なるほど、そうでしたか。単純な話ですよ。新規層を取り込むと共に、多角的な事業展開をしたいだけです。まずはこれをご覧あれ」
私は机の上にドン、と大きなケースを置いた。
「これは?」
「私の商売道具です」
「随分とまた、沢山ありますね……」
驚いた様子で坂柳は開いたケースの中を覗き込む。そこには私が仕事で使う無数の化粧品が入っていた。大抵は変装用である。普段使いするのはこの中のほんの一部だけ。口紅だけで数十色入っている。そこいらのスタイリストには負けない自信があった。
「ご覧のように、こういうのは多種多様あります。逆に言えば、新規開拓も不可能ではないという事。そしてあなたは全国津々浦々を見ても中々いないレベルの容姿をしています。まぁこの学校はそんなのが多いですけど。これを活かさない手はない。容姿と言う分を押し出しつつ、あなたの持っているオーラやカリスマ性を添付するならば、これが一番良い分野であると考えました。私も多少は詳しいつもりですし」
容姿が日本規模で見ても、という話に全く謙遜するつもりが無いのは彼女らしかった。逆にここで謙遜していたら何か悪いものでも食べたのかもしれないと心配になるまである。
「それに、この学校にはモデルになれる生徒が多い。一之瀬さんなんかピッタリでしょう。あの辺を上手く使いつつ、あなたがリーダーとなってカリスマ化すればいい。狙いは女子高生です。同じ女子高生と言うことで、ブランド化してしまうのです。なるべく高級志向は避け、少し頑張れば手が届く価格帯にすることで、ステータスにすることを計画しています」
マーケティングはしやすい。私が株を持っている中華系の会社もあるし、日系の会社もある。そこら辺と提携すればいいのだ。後は、坂柳を代表取締役社長にして法人化してしまおう。雑務はそこの社員に任せればいいのだ。上手く軌道に乗れば、学校の生徒を自社モデルにして色々出来る。一之瀬には金策になると言えばいいし、実家に送金も出来ると言えば喜んでやるだろう。他にも容姿だけなら良い生徒は多い。真澄さんは言わずもがな、白石や森下だってそうだ。櫛田も金を積めばいけるかもしれない。
「どうでしょうか。ある程度具体化する方針はありますが、あなたがどうしても嫌だというのなら別の手段を考えます」
「あ、拒否も出来るんですね」
「無理強いしても続きませんから。プロデューサーとして、それは避けたいです」
「あなたはプロデューサーというよりフィクサーな気がしますが……まぁいいでしょう。やるだけやってみたいと思います。折角ですし、私も新しいことをしてみたいという思いはありますので」
「それは良かった。では早速話を動かしていきます」
乗り気になってくれて助かった。これで上手く行けば金策がより進む。企業経営ともなれば、この学校のコンセプトとも合致しているはずだ。エリート育成教育上も有効と思われる。後は大陸から経営顧問を招聘すれば完璧だろう。じわじわと食い込んでいく方針は既に立てていた。
「――――では、これより1年度の最終試験の発表を行うが、その前に1つ連絡だ。冬休みに行われた絵画コンクールにおいて、我が校美術部より優秀成績者が出たので表彰状が来ている。文部科学大臣特別賞、1年Aクラス、神室真澄。おめでとう」
大きな拍手の中、顔を真っ赤にした真澄さんが表彰状と盾みたいなものを受け取っている。冬休みの間に勉強しつつも頑張って描いていたのは知っていたので、その結果がちゃんと評価されたのは嬉しい。私は絵に関しては門外漢なので、純粋に彼女の努力によるものだろう。
これは大変誇らしい事だ。流石私の恋人。非常に優秀である。明らかに照れているのがまるわかりな表情で、あわただしく拍手に応えて礼をし、席に戻って来た。
この前の誕生日で希望の進路をきいている身としては、これが第一歩になってくれればいいと切に願うばかりである。最近は部活にもしっかり顔を出しているようで、美術部の顧問からも謎にお礼を言われてしまった。当然ながら何の工作もしていない。
「なお、これは大変素晴らしい事である為、Aクラスにクラスポイントと彼女にプライベートポイントが学校側から授与される。部活動で優秀な成績をおさめた生徒には褒賞が出る。皆も励むように」
先生も軽く拍手をしてから、特別試験の話をする態勢に入った。ポイントが入るというのはありがたい話だ。どれくらいの量なのかは分からないが、成果を出せば報酬が出るというのは大事な要素。最初の方に説明はされているけれど、正直不確定要素が強すぎてそこまで当てにしてはいなかった。だが、今後はもう少しそちらにも注力していいかもしれない。
坂柳もチャンネル登録者数が伸びているし、収益化もされた。立派なYouTuberを名乗っていいと思うのだが、学校側は何かしら褒賞をくれるのだろうか。だとするのならば、早急に頂きたいものである。この前のクラス内投票試験破壊の学生運動により、現在学校を運営している月城、と言うよりその背後にいる総理陣営は非常に慎重な姿勢を見せていた。藪をつついて蛇を出したのを自覚したのだろう。
この体制ならば、生徒に甘いため、今までよりは羽振りの良い支援が期待できるかもしれない。
「1年間を締めくくる最後の特別試験は、これまで学んできた集大成を見せてもらう事になる。知力、体力、連携、或いは運。いずれにせよ、お前たちの持つ様々なポテンシャルを発揮する必要があるだろう。今回の試験は『選抜種目試験』。ルールに従って対決クラスを決めて行われることになっている」
ペーパーシャッフルの時と同じような形だと想像がついた。様々なポテンシャルと言うからには、単純に運動や学力だけではないのだろう。
「分かりやすくするため、これらの白いカードと黄色のカードを用いて説明していく」
先生は10枚の白いカード、クラスの人数分の黄色いカードを黒板へ貼っていく。トランプのようにカードは並べられていた。ただし、黄色いカードは1枚少ない。
「まずは白い方からだ。ここには、お前たちが話し合いをし、好きに決めた『種目』を全部で10個書き込んでいく。この種目は、あまりにマイナーであったりしない限りは極論何でもいい。スポーツ、テスト、ゲーム……色々だ。ただし、マイナー過ぎる或いは長時間かかる、設備が大掛かり過ぎるなどの種目は却下される。また、絵画や演奏のように審査員を必要とするものも却下だ。あくまでもはっきり結果が出るものに限定される。また、勝敗のつけ方やルールなども決めて構わない。しかしながら引き分けは許可されない。必ず白黒つけられるようなルールが求められる」
凄まじくマイナーな中国の遊戯とかはダメみたいだ。まぁ仕方ない。この試験では、クラスの面子の能力を把握し、かつ適切に配置しないといけない。ただこの1年見てきた私に言わせればこの程度さしたることでは無い。得意不得意は把握しているつもりだ。
黒板には3つの日付が書かれていく。今後の予定だろう。
3/8 特別試験発表日
3/10 対決クラスの決定
3/15 10種目の確定。対決クラスの10種目及びルールの発表
3/22 試験当日
「そして決めてもらう種目は10種類だが、3月22日の試験当日にその内の5種目を『本命』として提出してもらう。つまり、相手のクラスの5つと自クラスの5つ、合わせて10種目で勝負をしに行くという事だ」
残りの5つはブラフ。情報戦であり、相手の思考を読むことも必要な訳か。そしてこの10個の中から学校側が抽選で7つを選び出し、それで戦うという事であった。
「7種目の内、途中で勝敗がついたとしても最後の1種目まで争われる。クラスポイントの変動にかかわってくるからだ。つまり、勝敗が確定しようとも競い合わねばならない。10種目の受け付けは14日いっぱいが最終受付になる。これを過ぎると学校側が適当に作ったものを割り当てることになる。尤も、そんな失敗をする事は無いと思うが……念のためだ」
決める作業にはそれなりに時間を割きたい。取るべき戦略にかなり密接に関連する部分だ。また話し合いなどをするべきだろう。ルールの理解に苦しむ生徒がいない以上、この説明が終われば次の作業に移れる。それでも明後日くらいまでには決めてしまいたい。そうすれば特訓が必要ならば伸ばせるはずだ。
「また、同一クラス内では種目が同じものは2つ登録できない。例えるならば2点先取のサッカーを種目にしていれば、PKルールのサッカーは登録できない、という事になる。そして1度決めた種目は取り消せない。慎重に選ぶことが要求されるだろう。更に言うのであれば、原則1人1種目にしか出場できない」
突出した個が無双するのを防ぎに来た、という訳だ。その姿勢自体は良いモノだと思う。
「そしてお前達には種目以外にも『司令塔』という役割を1人用意しなければならない。司令塔は種目に直接参加できないが、大人数を束ね臨機応変な対応が求められる重要な役割だ。解けない問題を解いたりなどが出来る。その介入方法もルール内で定めて貰う事になるだろう。これになるメリットは勝利時にポイントがもらえること。デメリットはもし万が一7種目において全敗した場合のみ、退学してもらう事になる」
流石に負けたら退学、みたいな訳のわからない試験にはしてこなかった。敗北から学ぶこともある。敗北しただけで殺されていては、軍人なんてやっていられない。我が先祖が馬謖を切った理由を敗北したからだと誤解している人間も多いが、実際は部下を見捨てて敵前逃亡したからだ。曹操だって
<学年末特別試験・要綱>
・各クラスは10種目を選び出す。その際、マイナー過ぎるもの、勝敗のつかないもの、時間や設備が大掛かりなものは不可。
・選んだ10種類の内、本命は5種目。残りの5種目はブラフとなる。これは3月22日に提出する。
・途中で勝敗がはっきりしても、試験は最後まで続行。
・同一クラス内で同じ種目は2つ登録できない。
・原則1人1種目まで。
・司令塔が存在し、臨機応変に対応できる。この介入方法もルール内として定められる。
・司令塔は勝てればポイントを得るが、敗北すると退学となる。
・種目、司令塔、いずれも選べなかった場合は学校側がランダムに指名する。
「司令塔になった生徒には今日の放課後、多目的室に集まってもらい、くじ引きで選ばれた1人にクラスを選んでもらうことになる。くじに勝った時にどのクラスを選ぶのか、クラス全員でよく相談して決めておくように。なお、肝心のクラスポイントの変動に関してであるが、1種目につき30ポイントが勝ったクラスに移動する。そして最終成績で勝利したクラスに学校側から100ポイントが与えられる」
現在のクラスポイントに関しては、
A……3391
B……317
C……253
D……0
となっている。全敗しても落ちるという事は無いとが、負けると金策に支障が出る。勝てるに越した事は無いだろう。配られた細かいルール表にざっと目を通す。
<マイナー過ぎる種目や複雑すぎる種目、及びそのようなルール設定の制限>
極めて細かなジャンルなどは不許可の可能性がある
筆記問題などを種目にする場合、学校側が問題を作成し公平性を保つ
基本ルールを逸脱し改変する行為は禁止
演奏や絵画など、美的感覚の問われる試験は公平性を確保できないので禁止
<使用できる施設に関して>
試験当日は多目的室にて司令塔が種目進行を行う。学校内の施設は体育館、グラウンド、音楽室や理科室などは使えるが、例外はある。(他クラス・他学年の教室など)
<種目制限、時間制限に関して>
同じ内容と判断される種目は各クラス1つまでしか採用できない。また、種目の消化にかかる時間が長すぎる場合や、時間制限の無い種目は採用が見送られる可能性がある
<出場人数>
種目に参加する人数は交代要員を除き申請する10種目で全て違っていなければならない。最大人数は20人(交代要員を含む)で最少は1人。
必要参加人数が10人以上の種目は2つまでしか登録できない。また、種目の人数が同じものは設定できない。
<参加条件に関して>
各生徒が出場できる種目は原則1つまでだが、クラス全員が種目に参加した場合は2回目以降の参加を許可する。
<司令塔の役割>
司令塔は7種目全てに関与する権限を持つ。どのように関与するかは種目を決めるクラスが定め、学校側が承認して初めて採用される。
参加人数が1人から20人と幅広い。20人必要な種目などそうそうないが、もし作れれば精鋭を二周目に持ってこれるという事か。とは言えいろんな条件も考えるとそう簡単にはいかないだろう。
司令塔だが、これも誰にするべきかは話し合うべきだと考えた。私がやるのは簡単だが、他に出来る生徒がいるのならばどんどんと任せてしまいたい。そうやって経験を積むことで、私がいなくても機能する組織を作ることが出来るのだ。それに、そうすれば大抵のことは出来る私を主戦力にして、危なそうな戦場や絶対勝ちたい戦場に投入することもできる。
一通りの説明を終えて、先生は教室を後にした。入れ替わるように私が壇上に立つ。書記役はいつも通り真澄さんが務めてくれる。彼女は静かに黒板の前に立った。
「試験について疑問のある方は? ……いらっしゃいませんね。分かりました。では、これから幾つか話し合いたいことがあります。1つ目は誰を司令官にするのか。2つ目はどこと戦うのか。3つ目は何の種目を選び、そのうちどれをブラフにするのか。以上の3点です」
黒板に流麗な文字で3つの事項について記された。これに関して議論を重ねていかないといけない。
「まず、1つ目はこの場で決めてしまいます。次に2つ目と3つ目ですが、これは大きく関連しています。BクラスとCクラスでは当然メインにするべき種目なども変化してくるでしょう。敵の属性に合わせてこちらも手を変え品を変え挑むべきだと考えます。ですから、本日の課題としてまず自分ならどの種目だったら勝てそうか。また、クラスとして勝負するならどういう種目にするべきか。その他アイデア等々を送ってください。これを集計し、明日の話し合いに使用します。明日は集計したものを公開しますので、それを基にしてペーパーシャッフルのようにグループ分けをしますから、それぞれの担当クラスと戦う際にどういう種目を選ぶのか考えて頂こうと思います」
とはいえ、実質BかCを狙うことになる。Dと戦って八百長するというのもアリではあるが、それでは金策上あまり良い手段とは思えない。それにDクラスとて、我々にサンドバックにされるのは嫌だろうし、彼らにも勝利の経験を与えて自信を持ってほしいという思いもある。また、一応BとCは敵だ。敵からポイントを奪うのはこの学校の元来からあるシステム。賛同はしないが、我々の安全と勝利のためにはやむを得ない。
「何かご質問は? 無いようでしたら早速1つ目の司令塔決定を行いたいと思います。私は準備段階での音頭は取りますが、この試験における多くの部分はこれを担う方に任せることとなるでしょう。決め方は何でも良いと思いますが……まずは立候補か推薦にしますかね。何かある方は、挙手をお願いします」
ここで誰か手を挙げるかどうかは、自主性という観点から見れば非常に重要な事だ。立候補するにしても推薦するにしても、自分の意見を指名されずとも言えるというのは今後のクラス運営に大きな影響を及ぼす。出来れば、ここで複数手が挙がるような環境になり、手を挙げられる生徒になってくれると良いのだが。
そんな私の思いを知ってか知らずか、一名が手を挙げる。その姿に、クラスが少しざわめいた。司令官というポジションは基本、私がやるものと言うのがこのクラスの通例だった。無人島の頃からそうである。男女別にならないといけない時を除いて、基本がずっとそうだっただけに、恐らく立候補であろうその挙手はこれまでの体制に変革をもたらすものだった。
「私が、立候補致します」
「分かりました。坂柳さんのほかにどなたかいらっしゃいますか? ……いらっしゃらないようですので、立候補の理由をお聞かせ願えますか?」
「はい。私の立候補理由は幾つかありますが、まず一つ目は大きいのは私が動けないという点です。ご存知の通り、私はこの身体ゆえに動けません。体力の必要な種目を敵が、特にCクラスなどはメインとしてくる可能性が高い以上、有効ではない戦力は司令塔として座っている方が有益と判断しました」
確かにこれは事実だ。彼女は動けない。相手が体力勝負の試験をメインに据えてくる可能性は十分にある。その場合、こちらは後手に回る可能性がゼロではない。絶対使用できない戦力が手札にいるよりもプレイヤー側に回った方が良いというのはその通りだと思う。
「次に、一つ目と関連しますが、大抵のことは何でもできる存在への対抗策を用意したいという点があります。Bクラスと戦う際には、そういう存在を相手にしないといけません。我がクラスの対抗馬が誰であるかは言わずともお分かりとは思います。対抗策があるだけで抑止力になりますので、そういう存在をプレイヤーにしてしまうのは惜しいと考えました」
彼女が言っているのは高円寺と綾小路の事だろう。高円寺は私が相手だと本気で来る可能性が高い。綾小路は分からないが、坂柳としては警戒対象なのだろう。心理状態が不明なので、何をトリガーにしてやる気を出してくるのか不明だからだ。
「最後に、いつまでも諸葛君頼りではなく、クラスに所属する人間として代理となれるだけの経験を積みたいと思っています。今後、場合によっては彼が動けないことも考えられます。その際に代理になって指揮を執れる存在は大いに越したことがないと考えます」
実際、言っていることは正しい。司令塔の役割は臨機応変に対応することと、基本は頭脳戦になる。その辺は坂柳の得意な分野になって来るだろう。チェスの腕も上がっているし、思考力にも磨きがかかっているはずだ。今まで鈍らになっていた部分が最近動き出している。
「以上の理由を主な部分として、立候補しました。是非お任せしていただきたく思います」
「なるほど……」
さて、どうするのかは悩みどころだ。確かに自主的な行動という観点からは大いに歓迎するべきだろう。ただし、人間性に問題がある存在だ。真面目に取り組んでくれるとは思いたいが、綾小路などが出てきた場合に予想外の行動をしかねない恐ろしさもある。また、司令塔はそれ以外と分離されるようなので、実質密室になる。誰の監視も無い中で自制心を持って行動できるかは未知数なところがある。
だがここで断れば、折角協力的になっている彼女の不信感を買う恐れがある。へそを曲げられてしまうと色々面倒だ。やってみせ、と言う言葉もある。その辺りを加味すれば、今後のことも考えて彼女に当日の指揮権を渡してしまうのが良いのかもしれない。真澄さんはどうするの? というアイコンタクトを送っている。私はそれに応え、口を開いた。
「分かりました。私としてはそれでも構いません。他の皆さんに異論がなければ、当日の指揮はすべてお任せしましょう。無論、それまでの準備段階は私も参画しますが。Dクラスの方も手伝わないといけませんし。皆さん、何かありますか?」
坂柳はこれまでの試験、特にペーパーシャッフルと混合合宿ではしっかり成果を出した。ペーパーシャッフルでは案こそ採用されなかったが、論客としての才能は十分に示したし、混合合宿では女子のリーダーとして勝利に貢献しCクラスを攪乱させた。金庫番だけには収まりきらない才覚を見せている。それもあってか、反対意見を言う者はいなかった。私の相方たる真澄さん、生徒会役員である葛城と並んで、Aクラスの指揮官となれる存在として全員から正式に認められた瞬間と言えるだろう。
「特に無いようですので、当日の指揮は坂柳さんにお任せします。勝利を得るべく、その力を発揮してください」
「ご期待に沿えるよう努めます」
「よろしくお願いします」
彼女は静かに礼をした。その目の中に猛禽類のような鋭さが隠れていることを私は見逃さない。最近は凄く大人しくしていたが、元々彼女は人の上に立ちたいと思うタイプの人間だ。私に下克上をする気はないにしても、評価を高めたいと思っているのは明白。ここでまた戦果を重ねて私と対等な存在に、というのが彼女の狙いだろう。ある意味で、巻き返しとも言えるかもしれない。
だがまぁ、それでも良いとは思っている。私の姿やこれまでの経験は、彼女の性質を少しずつだが変化させている。配信活動は戸惑いもありつつ楽しいようだし、他者の気持ちを考えつつそれをどう動かすかという方針にシフトしている。駒の動かし方が洗練されてきたというべきだろうか。
一気に成長し変化することは求めていない。堅実に、着実に、彼女らしさを失わない程度に成長していけばいいのだ。
「さて、では次に移ります。先ほども申し上げましたが、まず自分ならどの種目だったら勝てそうか。また、クラスとして勝負するならどういう種目にするべきか。その他アイデア等々を私に教えてください。これをまとめて明日、話し合いを行いたいと思います。グループ分けはランダムなので、お楽しみに。それでは本日は解散とします。折角ですので、自分と向き合って特技などを考えてみましょう。よろしいですか?」
「「「はい!」」」
「では、解散です」
私がパンと手を叩くと、生徒たちは周囲と話し始めた。どんな種目なら勝てそうか、自分に何が出来るのか。意外な才能が活躍するかもしれないし、趣味程度だと思っていたものが学校内で稀有な才能だったりするかもしれない。そういう部分を引き出せるという意味では、この試験も意味はある。自分探し、という部分に寄与してくれるはずだ。
「ホントに大丈夫?」
「そこは信頼している。この状況下でやらかすことは無いだろうからね。そんなことをした日には、もう二度と指揮権を握れないし、それ以前の問題になってしまう。そんなことは彼女とて百も承知のはずだ。それに、ありえないとは思うけど全敗したら退学だからね」
「ま、混合合宿では大人しくやってたし、信じてみるしかないわね」
「そういうこと」
真澄さんは少しだけ不安そうだったが、それでも坂柳の能力自体は疑っていない。最近は配信活動を手伝っている兼もあって話している姿をよく見かける。また、真澄さんのTwitterアカウントは絵師垢なのだが、そこでYouTuber坂柳の絵を描いて投稿しているらしい。それ以外もやっているそうだが、それなりに人気だそうだ。
坂柳のTwitterアカウントなどは私が管理している。彼女に渡すと炎上させる可能性が高いので、パスワードすら教えていない。悪名は無名に勝るとも言うけれど、長期的なスパンを考えれば悪名なんて無い方が良い。
「勝てそうな事、か」
「真澄さんはどう?」
「私は……うーん。美術史なら負けない自信はあるけど、高円寺とかは教養ありそうだし。本気で来られたら無理かも。そっちは?」
「あるよ、絶対負けないってのは」
本当は射撃が出来れば絶対に外さない自信があるのだが、流石にそれは許可されないだろう。安全性の問題もあるし、そこら辺は学校だって考えているはずだ。それ以外となると、中々表に出せるものは少ないが、無いわけでもない。
「具体的には?」
「カラオケ」
「あー、確かにいつも満点か悪くても99点とかね」
「でしょ? だから、私が出るならこれで出たいかも」
「良いんじゃない? 演奏系はダメとは言ってたけど、カラオケなら点数が出るし。何の曲を選ぶのかとか、そういう戦略要素も無いわけじゃないし」
真澄さんの言う通り、点数が出るというのが大きい。曲が同じでないとフェアではないのなら、それでも構わない。六曲勝負とかにして、三曲を自分が指定、残り三曲を相手が指定とかにすればいい。それに、別にフェアである必要もないだろう。自分の土俵に引きずり込むというのだって大事な事のはずだ。
どのクラスが相手だろうと、これなら負けるつもりはない。採用されるのかは不明だが、もしされたのなら本気で歌うだけだ。如月千早ソロ曲メドレーで迎え撃ってやる。
昔は指揮官としての振る舞い方のモデルケースを探して