放課後になってからの、お茶は思ったより遅い時間になった。
原因は焚実の宿題を忘れたからだ。
さとみ曰く、毎回毎回宿題を忘れるから先生も説教が長くなったのだと。
待っていた私達二人も、空が赤く染まる夕方まで待たされたわけで…。
言い争いをする二人を見ながらも、喫茶店までの道を歩く。
「もちろん、今回のお茶は比嘉くんのお・ご・り・で。」
「本気かよ…。」
「とーぜん。終わるのひーちゃんと待っててあげたんだから。」
「悪いね、ご馳走様です。」
「うゥ…。今月、金ないのに…。」
情けない声を出す焚実に、ついさとみと二人で笑ってしまう。
しばらく、三人で話しながら歩いていると、思い出したようにさとみが声を上げる。
「比嘉くんって莎草くんと話をしたことある?」
その言葉に、今朝の事を思い出してドキッとする。
焚実も、嫌な予感がしたのか顔を曇らせる。
大した交流がない事を言ってから、理由を聞くと少し言いにくそうにしながら。
「今日の昼休みなんだけど、莎草くんがあたしの席まで来て「俺の女になれーー」って。」
「はァ?」
間の抜けた声を出す焚実と、口を大きく開ける私。
まさかの、さとみに告白?
話した事もないのに?
「ないないない!論外!!一目惚れだとしても、流石にない!」
「うん、そうなの。あたしも、あんまり莎草くんの事知らないから、オッケーはできないけど、ごめんね…って。」
「玉砕か…。まッ仕方ないな。」
私の言葉に、さとみが同意して断った事を話す。
焚実は、安心したように笑いながらもさとみを気にする。
告白を断った話だとしても、さとみの顔は暗い表情だ。
「でも、そしたら…。そしたら、すごい形相で睨みつけられて、」
「……。」
「「俺から逃げられると思ってるのかーー」って。あたし、すごい怖かった。」
「何だそれ?…どういうつもりなんだ、莎草の奴。」
断られて逆上したとしても、脅す様に言って、怖がらせるのは良くないな。
なにより、今朝のように男生徒を複数人連れていたら大変だ。
三人で少し考え込む。
「明日にでも、俺が話してみるよ。」
「でも…。」
「いったい、さとみのどこが気に入ったのか、興味あるしな。」
ふざけながら言った言葉にさとみは怒るけど、安心したような表情だ。
やっぱり、幼馴染って分かり合えるのかな。
「それじゃあ、おススメのお茶を飲みに行こうか。」
「うん、まかせて。」
「おいッ、あんまり高いのは無理だぞ!!」
1997年12月17日
明日香学園中庭 昼休み
今日は朝から、どの教室でも騒がしかった。
理由はすぐにわかった。
昨日の放課後、とある女子生徒が自分の手で、自分の瞳にボールペンを刺した、という話だ。
受験ノイローゼではないか、との噂が広がっているが私には信じられなかった。
何故なら、被害者である女子生徒が昨日助けた子だから。
あの後、クラスでも声をかけたけど、普通の反応だった。
それなのに、受診ノイローゼ?
原因不明だとしても、可能性としては低いと思う。
むしろ、絡んでいた男子生徒達に脅されて……。
いや、それでも、自分で自分の瞳を刺すなんて猟奇的な事はしないだろう。
考えながら、お昼を食べ終わりボーッとしている。
そういえば、鳴滝さんから言われたっけ。
ここ数日で何かが怒る、それはコレの事なのかな。
制服のポケットに入れっぱなしにしていた、鳴滝さんに渡された地図を触って確かめる。
「緋勇ーー。おすッ。」
声をかけられて、振り向くと焚実が立っていた。
不安そうに、少し眉間に皺を寄せた顔をして、近くに来た。
「昨日の話…聞いたか?」
「うん、ウチのクラスでも朝からその話ばっかり。」
「何で、彼女が一人で体育館裏なんて行ったんだろうな。でも、自分で瞳を刺したのは間違いないらしい。」
体育館裏なんて、良くない噂を持つ生徒の溜まり場だった。
それを、女子生徒一人で行くのも怪しい。
二人に首を傾げていると、焚実が気付いたように前を向く。
見ている方向に目を向けると、転校生…莎草が立っていた。
「おいッ、莎草ーー。」
呼び止めると、睨みつけながらも立ち止まる。
そのまま、莎草の元へ歩いていき、昨日さとみから聞いた話を切り出す。
「その、さとみにアプローチしたんだって?見掛けによらず勇気あるじゃない。」
チャイムの音が鳴り始めたが、焚実はそのまま続ける。
さとみにも莎草にも配慮しつつ、注意するような言葉を。
「…うるせェ。」
一瞬、誰が言ったのか分からなかった。
その一言が、初めて聞いた莎草の声だったからだ。
聞こえづらかったのか、聞き返す焚実。
「うるせェって言ったんだよォ!!」
「莎草…。」
「ベラベラ、一人で喋りやがってッ。ムカつくんだよッ、比嘉ッ!!」
「あ…悪かったよ。そんなに、怒らないでもーー。」
激昂した莎草は、動揺する焚実を置いて、話し始める。
「人形って知ってるか?」
何を言っているのか、焚実の側で聞いていた私も分からなかった。
いきなり、キレて、人形の話を始める莎草。
人形とは人の形と書くのに、どうして動物の人形は鳥形や獣形とは言わないのか。
そんな言葉を並べて叫ぶ莎草は、異様としか思えなかった。
焚実も莎草の様子に焦ったように、肩に手を置く。
落ち着かせる為だった。
「糞みたいな汚ェ手で俺に触るんじゃねェッ!!」
その瞬間、空気が変わった。
莎草から目が離せない。
あぁ、コレは危ないモノだ。
どこか冷静な自分が、自然とそう考える。
「イイ気になるなよ、…比嘉。」
「うッ腕が…動かない。」
焚実から離れた莎草が余裕をもちながら言う。
焚実は莎草に触れようとした手をそのままに動かなかった。
いや、動けなかった。
そして、莎草はこちらを向く。
「そっちのお前も俺をナメんじゃねェぞ。」
「……ナメる程、価値のある人間だったかな。」
「…何だ、その態度は…。てめェ…ナメやがって。」
そうだ、こちらに集中しろ。
訳はわからないけど、焚実が解放されるように莎草の注意を引く。
正直、恐くて仕方ない…けど。友達を見捨てる訳にはいかない。
莎草が私の方に、一歩近づこうと動き出した。
「おいッお前ら何やってんだ?もう、授業が始めるぞ。早く教室に入れ。」
先生の声だった。
先生の方を見て、莎草は舌打ちをしながら去っていく。
私達に対して、操り人形だと言い残して。
莎草が去ってから、焚実は動けるようになったが、私達は莎草の不気味さにしばらく動く事が出来なかった。
莎草の転校前の学校は、魔神学園なので、もしかしたら生徒会長である美里さんは知ってるかもしれませんね。