放課後になり、教室で帰る準備をしていると、声をかけられる。
振り向くと、ドアの所にさとみが立っていた。
荷物を入れた鞄を持ち、さとみの方へ向かう。
「…あの、ちょっと、話があるんだけどいい?」
「もちろん、私も話したい事があったからね。」
「ありがと…、知り合って間もないひーちゃんにこんな事、相談するのは気が引けるけど、他に相談できる人がいないの。」
不安な表情を隠せないでいるさとみの手を引く。
着いたのは、人通りの少ない、少し薄暗い水道が並ぶ場所。
「ここでいいわ。…話っていうのは、比嘉くんの事なの。」
「うん、私の話も関わってると思う。昼休みの事なんだけどーー。」
私は隠さずに、昼休みにあった事をさとみへ伝える。
さとみは、納得したような顔で頷いた後に、私の顔を見る。
「ひーちゃん、比嘉くんを救けてあげてーー。比嘉くん、凄く苦しんでる。」
莎草の事を相談した事を後悔しているのか、暗い表情で続ける。
私の手を取り、お願いーー、と。
「……知り合いに、今回の事を詳しく知ってそうな人がいるから、聞いてみる。」
「…うん、ありがと。ひーちゃん。」
ポケットの中の地図を再確認する。
あまり遠くない位置に、道場はあるらしい。
今からでも、行ってみるか…。
拳武館 支部道場
地図に書いてあった道場は、思っていたよりも大きく立派だった。
入口で少し迷っていると、私に気付いたのか扉が開く。
「…そろそろ来る頃だと思っていたよ。」
そこに立っていたのは、あの時公園で話していた鳴滝さんだった。
この道場は鳴滝さんが、校長を勤める高校の道場だと言う。
中に通され、お茶を出される。
「話をする前に君に聞きたい事がある。…君は<人ならざる力>の存在を信じるかね?」
「そ、れは……。」
それは、昨日の放課後の事件や、今日の昼休みの事だろうか。
あれは確かに、人間の〈力〉とは思えなかった。
言葉の詰まり、考え込む私を見て、鳴滝さんは続ける。
「今年の初めから猟奇的な事件が東京を中心に多発している。君が体験しているような事件がね…。」
今回、この街に来たのもそういった事件に関わっているであろう少年を追ってきた、と。
その瞬間莎草を思い出す。
莎草は、常人とは異なる〈力〉を手に入れた可能性が高いらしい。
だが、そこまで調べても鳴滝さんが手を出せないのは、莎草に対抗する術を持っていないから。
斃す術が見つかるまでは、私も莎草を刺激せずに大人しくしろ、と言われた。
「いいねーー。」
「ですが、私はもう目をつけられてると思いますし、友達は被害にあってます。」
「…君は平穏な一生を送るべきだ。それがーー君の御両親の願いなのだから。」
私に強く言い聞かせるように鳴滝さんは続ける。
私が護身術を習っていても、…父さんの血を引いていても。
それだけで斃せる相手ではない。
「敵わない相手に闘いを挑むのは勇気ではない。……。それは…犬死だ。」
確かに、正しい事を言っている。
でも、どうしてか鳴滝さんにはそんな事言ってほしくなかった。
返事のない私に鳴滝さんは苦笑いをする。
「私の言うことが間違ってると思うかね?よく聞きたまえーー。」
鳴滝さんの声に顔を上げる。
武道の行きつく先は禅と同じ境地であり、精神を磨く事で、手を合わせずとも勝敗が決する。
武道の極意を悟った者同士が立ち合えば、一切の術技を排した状態になり瞬時に勝負がつく。
「わかるかね、龍麻さん。武道の極意というのは、精神にあるといっても過言ではない。精神を制御するんだ。」
「精神を制御……。」
「今は斃せなくても、いずれ斃せる日が来る。」
でも、斃すのが遅くなった分だけ被害が大きくなり、大切な人を失ったら。
私は精神を制御なんて、できるのかな…。
鳴滝さんはぐるぐる考え込む私を見た後に、腕時計を見る。
時間はいつの間にか深夜になっていた。
「もう時間も遅い。奥に休める場所がある。今日は道場に泊まっていくといい。」
「うぇ、あ、はい。お言葉に甘えます。」
急な申し出に、驚いて変な声を出しながらも甘える事にした。
鞄から携帯を出して、親に連絡をとる。
途中、叔父さんから鳴滝さんに代わるように言われ、二人は静かに話していた。
電話が終わった後に、鳴滝さんが苦笑いで、怒られてしまった、と話していたのがどこか嬉しそうだったのを感じた。
明日も、何事もなく終わって、莎草の事も対処してくれればいいな。
鳴滝さんと叔父さんの会話は簡略すると、
「ちょっと、関わるのはいいですけど、ウチの娘女子高生なんですからね!?気をつけてくださいよ!!」
「わかった、すまない。」
みたいな会話してました。