駄文ですがよろしくお願いします。
眼下に広がるは高層ビルの群れ。コンクリートでできたガラス張りの摩天楼が屹立する中を、車輪がついた鉄製の箱ーー要するに車が行き交い、その横の歩道を老若男女様々な人間たちが闊歩している。それ以外にはカラスや鳩等の鳥類が時折飛んでいるくらいか。まさに大都会の様相、俺が何万年も前には見慣れていた景色だ。
夢にまで見た光景に、懐かしさとともに口角が上がる。気分的には小躍りでもしたいところだ。何せこちとら、うんざりするくらい宇宙の果てからようやっと探し当ててやってこれたのだから。苦節……何年かかったのやら。裏の世界を通ってかかる時間を大幅に短縮できるミニマムシェルに乗ってなかったらとっくに諦めていたところだ。
地球よ、私は帰ってきたー!……なんてな。
叫びたくなる気持ちを抑え、俺はどこぞのビルの屋上から歩く人々の会話に耳を傾けた。
ところで、お前誰だって人もいると思うからそろそろ説明しようと思う。
俺はニトロ。……キラキラネームとかじゃないぞ。これは種族名!何を隠そう、今の俺は人間じゃないのだ。
ニトロってなんだよって人に説明すると、『トリコ』というグルメバトル漫画の中に登場する、羽毛が生えたリザードマンのような生き物だ。自分より大きな獲物にも躊躇なく襲いかかる獰猛さと、特殊な手順を踏まないと食べられない【特殊調理食材】という食材を独力あるいは他者の手順を見ただけで習得する程の高い学習能力をもつ、謎の生物。その正体はグルメ細胞の食欲が具現化した存在、怪物トロルと呼ばれる【グルメ細胞の悪魔】の1種だ。
そんな怪物同然の肉体が、俺の第2の生を生きる体だった。そう、俺は実はもとは人間だったのだ。サラリーマンの父と専業主婦の間に普通に生まれて、普通に学校に通い、普通に就職して普通の会社員として普通に暮らしていた、The普通のパンピーこそ、前世の俺だった。唯一前世で普通じゃなかったのは居眠り運転で信号無視したトラックに轢かれたこと。そんでもって気が付いたらこんな鳥人間みたいな姿でどこぞの森の中に放置されてるんだから、最初はめちゃくちゃ混乱した。
まあすぐ慣れたけどね!俺が前世で愛読書にしていた漫画こそ、『トリコ』だった。だからこの姿がニトロだということもすぐ気づけたし、前世の肉体は恐らくぐちゃぐちゃだろうから元の体に戻ることもすっぱり諦めた。自分の死って、案外簡単に受け入れられるのね。この体になって初めて知ったわ。
さらには、この星の生物のあまりの美味さに前世への郷愁なんてあっという間に吹き飛んだ。というかニトロの食欲に半ば意識を乗っ取られた。森の中にいた生物を湧き上がる食欲に従って手当り次第狩っては口に放り込んだのだが、どれもこれも大変美味しゅうございました。今となっては前世での食事情がものすごく貧相に思えるほどだ。野生の白毛シンデレラ牛はただ丸焼きにしても美味しかったです。
それからは溢れ出る食欲に従って、ひたすら移動してはその地の食材を平らげ、猛獣を捕食し、特殊調理食材をあれこれやって調理し、グルメ界特有の荒れ狂う気候に適応する野性味溢れる生活を送った。我ながらド派手に動いてたんでIGO(世界グルメ機関)なり美食會なりネオなりに目をつけられるかなーと思って自制しようとはしたんだけど、うん。食欲には勝てなかったよ……。
それにまあ、結果的には杞憂だったんであんまり意味なかったし。というのも、俺がいる世界、人間の文明圏がひとつも存在しなかったのだ。いけどもいけども野生の世界ばかり。近代的なビルはおろか、妖食界も、ブルーグリルも、大昔にニトロが建築したはずのグルメピラミッドすら見つからない。人間は愚かブルーニトロなどのグルメ界の悪魔にすら出会うことは無かった。必然、美味い飯が独り占めできることに俺の食欲が喜んでたね。俺自身はトリコたち美食四天王に会えないとわかってちょっと悲しかったけど。
そんなわけで孤独なグルメを展開することウン万年。俺はアカシアのフルコースの1部すら食覇するほどに成長し、実力をつけていた。といってもエアとペアだけだ。エアは原作通り熟して落ちてきたところをなんとかぶち抜いて空気を抜き出し調理完了。ペアは源泉がキンタマントヒヒに飲み干されておらず、比較的簡単に捕獲成功。しかし光速を超える速度で移動するアナザは俺には捕まえられず、さらには捕まえても調理には60万年と膨大な時間がかかる上、それ以降のフルコースはアナザを食わないと実食不可能ときたもんだ。小松くんさえいれば……!と思ったが、いないものは仕方ない。さらに言えばセンターはそもそもグルメ細胞の悪魔には食えず、必然ニトロである俺もアウトという。GOD?見たことねえよ!俺の食運は残念ながら小松くんほどはなかったようである。
そんなこんなで長い間サバイバル生活を送ってきた俺氏。ある日、ふと思い立ったことがあった。
猛烈に和食が食いたい。
いやね、作れはするんだ和食自体は。なんせ時間だけはあったし、今の俺は食を探求することには全力を注ぐグルメ細胞の悪魔。オマケにニトロの高い学習能力も相まって独学でも調理技術はプロ並みに成長した。食義も習得してるので特殊調理食材も御茶の子さいさいです。フグ鯨なんて欠伸してても捌ける。
でもね、俺が作る和食って結局のところ本場のものじゃないんだよね。俺は!本場の!修行した人が作った日本の和食が食いたいの!
とはいえ、現在地はどこともしれないトリコ世界の惑星。日本はおろか地球の影も形もない。じゃあ無理じゃんって思うだろ?
日本がないなら、探して行けばいいじゃない。
マリーアントワネット的発想により、俺は元いた地球を探すことにした。幸い方法はトリコ原作で示されている。トリコと小松は、最終回にて七獣の一角ジャイアントシェルを宇宙船として品種改良した生物ミニマムシェルに乗り込み、宇宙にまだ見ぬ食材を求めて旅に出ていた。俺も同じ方法で太陽系を探しに行けばいいのだ。
ただまあ、言うは易し行うは難し。まずジャイアントシェルを品種改良しなきゃ話にならんし、品種改良の仕方もようわからん。俺は文系なんだ。……今じゃバリバリの体育会系だって?やかましい!
あとはうまく品種改良出来たとして長旅に備えて食料の補充と、万が一に備えて食没もしておかねば。ーーとまあ、やること目白押しになって忙しくなってたのがざっと1000年は前。
そうしてなんやかんやしてなんとか品種改良してミニマムシェルを生み出せた俺は、大量の食料を乗せて旅に出た。広大な宇宙の中から太陽系第3番惑星を見つけるなんざ広大な砂漠の中からダイヤモンドの粒を見つけるような至難の業だったけど、どうしても本場の和食を食べたいという俺の執念が実ったのか。
本日ようやく地球型惑星を発見し、昔は地図でよく見た日本列島を見つけて喜び勇んで上陸したわけだ。
そして冒頭に戻るわけである。いやー長い旅路だった。裏の世界経由でもこんだけ時間かかったのだから、それ無しだったらたどり着けなかったに違いない。どんだけ離れたところに転生したんだ俺は。
それにしても良かったー、この地球が俺が記憶する前世と同じような発展具合で。何せ準備期間に1000年もかけてしまったので、まかり間違えば人類が亡びた後に見つけちゃったりとかそういう状況も想定していたのである。ほんと良かった滅んでなくて。これで本場の和食が食える!
と、思ったんだけど、よくよく考えるとこの地球の日本が俺のよく知る日本だという保証はないわけで。もしかしたら細部が違っていたりする場合もある。最悪和食が存在丸ごと消滅してたりする可能性もある。それだけは勘弁して欲しいのだが。
というわけで、情報収集開始だ。俺は耳をそばだてて、眼下を行き交う人々の会話に集中する。普通は高層ビルの屋上から耳をそばだてても人の会話なんて聞こえるわけが無い。だが、こちとらグルメ界育ちの鳥人間。聴覚に限らず、五感が人間のそれを遥かに超えている。というかはっきり言おう。俺の五感は『トリコ』原作の美食四天王並だと自負している。何せトリコたちの技まで使えちゃうからな。残念ながらサニーの技は触覚がないから無理だったが、ほか3人の技は再現可能だった。確かトリコのゲームに登場したニトロはトリコ・ココ・ゼブラの1部の技を使っていたはずなので、必然同じニトロである俺が使えるのもうなずける。ココは毒人間故の技ばっかで再現不可能かと思いきや、ココと同じ手法、短期間に多くの毒を取り込むことで毒人間化出来たのでなんとかなった。はれて毒を持った危険生物と化した訳だが別に後悔はしていない。むしろ生存競争の激しいグルメ界では非常に役に立ちました。毒があるってだけで襲ってくる猛獣は格段に少なくなるしね。まあ俺から襲うんだけども。
閑話休題。
そんなわけでゼブラ並みの聴覚を持つ俺の耳に、非常に多くの情報が入ってくる。鳥の鳴き声や飛行機のエンジン音といったあんまり意味の無いものから、友達と会話する高校生やおしゃべりするママ友、はたまた裏通りで怪しい会話をしている後暗そうな連中の話まで。その中から有益そうな事を話している会話を取捨選択して頭に叩き込んでいく。こういう時ニトロの高性能な頭脳は便利だ。スポンジが水を吸うかのように情報が頭に入ってくる。
ふむふむなるほど。使用言語は日本語で、前世のそれとはほとんどーーというか全く変わらないみたいだ。国の名前は日本。これほんとに俺がいた地球と同一なんじゃなかろうか、と思ったのもつかの間。首都は東都と言うらしい。いやどこだよ。東京都じゃないの?あと今いる場所は米花町という街だそうだ。いやだからどこだよ。前世では聞いたことない街の名前に思わず首を傾げる。
ま、まあいい。せいぜい首都の名前が違っていて、見知らぬ街が増えてるくらいだ。想定よりも乖離は酷くない。人類が滅んでる場合に比べれば余程マシだ。時代も俺の前世とほとんど変わらないみたいだし、これは念願の本場の和食にはかなり期待できるんじゃないか。寿司とか食べたいな〜!うまい飯屋の話とか誰かしてないかな?と、さらに聞き耳をたてたところで。
ちょっとばかし不穏な会話が耳に入った。
「……」
思わず目を細め、声が聞こえた方へ振り向く。視線の先にあるのは恐らく営業なんてしてないであろう、色あせたビル。
ここからはかなり距離があり、人間には望遠鏡がないと見ることは厳しいであろう位置だ。しかし、ココ並の視力を持つ俺には関係ない。ここからでもくっきりはっきりビルの様子がよく見える。ビルの中にいる生き物だって電磁波が見えているためバッチリ捉えている。……ふむ、電磁波の大きさ的に、人間の大人3人に子供が1人。繰り広げられている物騒な会話から察するに家族ってわけじゃなさそうだ。
今の俺には特に関係はない。だから無視してもいいんだが……
前世からの癖で、ついポリポリと頬を掻いた。
※※※※※※
「まだ身代金は用意されねえのか!」
ドンッと、男は拳で壁を叩いた。掃除されていないせいか、少しばかり埃が舞う。
「へ、へえ。どうも渋ってやがるみたいで……ひっ!?」
小男がへこへこと頭を下げるが、その胸ぐらを男が掴みあげる。
「時間をかければかけるほどこっちが不利になるんだよダボが!!さっさと身代金を渡すように言え!」
小男を脅しつけた男はさらに自身の後ろを親指で指して「多少痛めつけたって構わねえ、次郎吉の野郎にでも電話で悲鳴を聞かせろ。すぐ言うことを聞くようになる」と付け加えた。
男の後ろには、一人の少女が縛られ転がされていた。身につけているスモックは長時間ホコリだらけの床に転がされているせいか、酷く汚れてしまっている。少女はこれから自身に降りかかる凶事を考えてしまったのか、酷く怯えて震えていた。
彼女の名は鈴木園子。今年5歳になる、この日本で五本の指に入る巨大財閥【鈴木財閥】の会長夫妻の間に生まれた愛娘である。しかし、その出自が災いし、今回誘拐されてしまったのだ。
勿論、鈴木財閥側もこう言った輩に狙われることは分かっていたし、だからこそ警備は厳重にしていたはずであった。しかし、保育園の送り迎えの隙を突かれてしまい、バイクに乗った誘拐犯たちに強引に拉致されてしまったのだ。
そして今に至る。万が一にも逃げ出せないよう固く縛られ、園子はとある廃ビルの隅に転がされていた。
「そ、そういや兄貴。身代金が来たらこの娘はどうするんですかい」
嫌がる園子を押さえつけつつ、小男が男に尋ねる。
男はニィッと歪な笑みを浮かべた。
「殺すに決まってんだろ。こいつには俺らの顔を見られてるんだ。金が来たら用済みだ」
「そ、そうですかい。へへ……じゃあ、殺す前にちょっとお借りしても?」
「あぁ?……好きにしろ」
「ありがとうごぜえますだ」
胸糞の悪くなる会話をしながら、小男は園子の保護者に悲鳴を送り付けるための準備を進める。どうでもいい話だが小男は少児性愛者であった。どうでもいいことだが。
園子はまだ幼いため会話の内容こそ分からないが、それでも自分がこのままだと死ぬことは本能でわかった。死にたくないと無茶苦茶に暴れるが、所詮は5歳児。「こいつ!大人しくしろ!」と頬を殴られる。
どうして?私なにか悪いことしたの?あまりの理不尽さに涙がボロボロとこぼれる。声は出さない。また殴られるから。
(パパ、ママ。いままでわがままいってごめんなさい。じろきちおじさまもごめんなさい。いいこにするから。だからーー)
「たすけてぇ……」
少女の悲痛な叫びは、誰にも届かない。
男たちとしてはそのはずだった。
「聞こえるか、鈴木さんよ。オタクが金を出さないとこっちも殺すしかーー」
バゴォーンッ!
突如、天井の1部が崩落し、そこから何かが降ってきた。
※※※※※※
ビルの屋上からダイナミックエントリーをかました俺は、もうもうと立ちこめる土煙の中から周囲を確認した。
このビルの中にいるのは全部で4人。子供が1人に大人が3人。大人のうち1人は目の前に、もう1人は子供の隣。最後の一人はビルの入口を見張っていたが、今の轟音を聞きつけて下の階から登ってくるだろう。だいたい到着までそうだな……5分ってとこか。充分すぎてあくびが出るな。
「な、なんだ!?何が起きた!?」
携帯片手に電話をかけていた男が慌ててその場から飛び退く。いや、危機を感じて動くまでがおっっっっっそい。そんなんじゃグルメ界では3秒持たんぞ。
「け、煙が酷くて前が見えな……」
俺は呆れ返った。こいつら、煙が濃すぎて俺が見えてねえ。この程度の煙で撹乱されてるようじゃ話にならない。ひょっとすると捕獲レベル1の獣にも負けるんじゃないのか?人間ってこんな弱っちかったっけ?
正直隙だらけなのでこれに乗じて仕留めてもいいのだが、冥土の土産代わりに姿くらいは見せることにする。
ブォンッと腕を一振るい。それだけで、風圧により煙が吹き散らされた。
「ひいいいぃぃぃぃっ!!??ばばば、化け物おおおぉぉっ!!??」
俺の姿を一目見た小男は腰を抜かしてへたりこんだ。そのままズルズルと後ろへ下がっていく。その隣にいた女の子も潤ませた大きな目をまん丸に見開いている。
この場にいるもう1人の大人の男は、懐に手をやったまま固まっている。……ふむん、音の反響で掴んだ輪郭的には拳銃だな。モデルガンかなって思ったけど装填されてる弾の大きさからして実銃っぽい。確か日本は銃規制国家だったはずだが、どこで手に入れたのやら。
というかこいつらビビりすぎだろ。確かに俺は人間の容姿してないけどさ。そこまで驚くことか?俺よりも化け物然としたやつなんてごまんと……あ。しまった、こいつらグルメ界の猛獣知らないわ。長年グルメ界で野生生活送ってたからうっかりしてた。そらそうだよな、この地球にグルメ界の生物がいたら今頃全人類パックンチョされてるわ。
そうか、人間ってこんなにも弱い生き物だったんだな……などと考えているうちに、俺の見た目の衝撃から復帰したのか、男が懐から黒光りする拳銃を抜き放つ。
「おいそこの着ぐるみ野郎!どっからどうやって来たのか知らねえがな、こいつを見たからには生かしちゃおけねえ!死ね!」
パァンッ!
発砲音と共に銃弾が撃ち出される。堂々とした構えっぷりと引き金の軽さからして撃ち慣れてそうではある。銃にはあまり詳しくないが、少なくとも前世で警察が使ってたようなリボルバーじゃなくオートマチック拳銃だ。ほんとどこで手に入れたのそれ?
そんなことを考えつつ、俺は迫り来る銃弾を見つめた。びっくりするくらい弾速が遅い。ちょっと体をずらすだけで簡単に避けられるだろう。まあ避けないんだけどね。だって避ける必要性ゼロなんだもの。
キュインッ!と音を立てて俺の体の表面で銃弾が弾けた。潰れた弾頭が地面に跳ね、あらぬ方向へ転がっていく。
沈黙がビルの一室に舞い降りた。男は信じられないものを見たと言わんばかりに目を丸くしている。俺?頬を掻いている。ポリポリ。
しばらくして見間違いだとでも思ったのか、男がもう1発撃ってきた。当然、弾かれて終わる。
必死になってきた男が弾のある限り撃ち続ける。その全てが俺の体を貫けず潰れて床に転がっていく。やがてカチカチとしか音がしなくなった。弾切れだ。
「このバケモンがあああぁぁっ!!!」
役立たずになった拳銃を男が投げつけて攻撃してくる。当たり前だがノーダメージ。いい加減うっとおしくなった俺は一気に男との距離を詰めると、黙らせるために拳を振るった。
2連釘パンチ!
派手な音を立てて男が吹き飛び、壁に激突する。それでは終わらず、再びの轟音と共に男は壁にめり込んだ。壁に亀裂が走り、男を中心としたクレーターが形成される。
今使ったのは美食四天王トリコの技のひとつ、釘パンチだ。釘を打ち付けるかのように数回のパンチを同時に打ち付けて放つことで、パンチの回数分破壊が奥へと突き刺さる、トリコの代名詞の技のひとつである。
俺が放った2連は、グルメ界ではまず使わない、威力としてはゴミカスの部類に入るが、人間相手だとそうでもなかったようだ。パンチが打ち付けられた箇所を中心に骨が粉々になってしまっている。
「う、うわああああああぁぁぁお助けえええぇぇ!!!」
男がやられたことで精神がへし折れたのか、小男が逃げようと出入口の扉へ走り出した。
「おい!?なんの騒ぎだ!?」
タイミングがいいことに、ビルにいた最後の一人が扉を開けて入ってくる。ちょうどいいところに。これ忘れ物ですよー。
壁にめり込んでいた男を引き剥がして、扉に向かって投げつける。投げられた男は直線上にいた小男と扉を開けた男を巻き込んで吹っ飛び、向かいの壁に衝突した。……全員気絶したっぽいな。ではトドメをさそう。手負いの獣ほど恐ろしいものは無いからな。下手に生き残らせるとあとあとが怖い。俺はゆっくりと団子状態になった男たちに近づいていく。
その途中で、視線を感じて振り向くと、そこには縛られた少女の姿が。あ、やっべ。とどめさすことに夢中になって忘れてた。
とりあえず右手の五指を束ね、手刀を形成して軽く振るう。すると、少女を縛り付けていた縄のみが断ち切られ、バラバラになって床に落ちる。
これぞトリコの代名詞その2、ナイフだ。自分の体を金属の食器に見立てた攻撃方法で、右手がナイフ、左手がフォークになる。ナイフの切れ味は今見た通り。縄も切れるし、なんなら金属もぶった切れる。
しかしどうするかね。ついさっきまでトドメ刺す気満々だったんだけど、子供の前で同族を殺すのはさすがになけなしの良心が痛む。俺の良心なんて長きに渡る弱肉強食サバイバル生活で失われたと思ってたんだけど、そうでもなかったようだ。じゃなきゃこんな事件にも首突っ込まなかったと思う。
……よし、男どもは放置すると意識を取り戻した時、骨が砕けたやつを除いて逃げ出しそうだし、警察署の前にでもほっぽり出しておこう。少女の方は家に帰した方がいいな。大丈夫、固有の電磁波は血縁関係で似通ってくるのでこの娘の家族がどこにいるかは街を見渡せばわかる。
方針を固めた俺は改めて少女に近づいていった。少女は縄が無くなったにも関わらず、震えるばかりで動く様子がない。どうしたのかと見ていると、鼻に響くアンモニア臭。スモックの腰部分が濡れていく。……あー、うん。そうだな。怖かったもんな。うんうん大丈夫だよー怖くないよー。
力加減に注意して、頭をワシワシと撫でる。少女の震えがより酷くなった。……これ、もしや俺に脅えているのでは?
このままだと少女が恐怖でおかしくなりかねないと思ったため、急いで少女を家に返すことにした。ヒョイッと震える体を抱えあげ、大穴を開けた屋上へ跳び上がって外に出る。外は夕焼け空が綺麗な時間帯だった。グルメ界も地球も夕焼けが綺麗なのは変わらないんだなあと、オレンジ色の空を懐かしさと共に眺めつつ、周辺に目を凝らす。この少女と似通っている電磁波は……あった。似た電磁波が3つ。他にもかなりの数の電磁波が周囲に固まっている。住宅街かな?
とりあえず目的地を見つけたので、少女を落とさないようにしっかり抱え込んで……俺は廃ビルの屋上から跳び出した。向かいのビルの屋上に着地、そこからさらに跳躍して別のビルへ。そんな風にビルの屋上伝いに移動していくと、似通った電磁波が集まる場所が見えてくる。おお、すげえ立派な豪邸。なるほど、実家がこんだけ金持ちならそら誘拐もされるわ。住宅街と勘違いするほどに集まっていた電磁波たちの正体は、警備の人間と警察であった。これは、下手なところに着地したら大騒ぎになるな。
空中で身をひねり、警備の人間が巡回しているところを避けつつ、豪邸の敷地内に着地する。俺の重量に地面が耐えきれずヒビが走り、土埃が巻き上がる。直に警備の人間が何事かと向かってくるだろう。
抱えていた少女を下ろす。ペタンと座り込んだ少女は呆然と俺を見上げている。……空中散歩は刺激が強すぎたかな?ポリポリと頬を掻くも、グズグズしてると警察やらなんやらに見つかってしまう。誘拐犯たちを適当な警察署に置いてくる仕事も残っているため、これ以上の面倒ごとはゴメンだ。
踵を帰して立ち去ろうと足に力を込めたその時「ま、まって」と声をかけられる。振り返ると、少女が震えながらもしっかりとこちらを見すえていた。
「た、たすけてくれて……ありがとう」
……なんて育ちのいいお嬢さんなんだろうか。まるでコンソメマグマを飲んだかのように心がポカポカと暖かくなる。返事代わりに目を細め、首をもぎとらないよう注意しつつ頭を撫でる。茶髪のボブカットがさらさらと指の上でこぼれる。
「一体何事だ!?……お嬢、様?」
警備の人間が到着する寸前、俺は跳躍しその場から離れていた。俺の姿は誘拐犯と少女以外には誰にも見られていない。俺に表に出る意思がない以上、今回の事件は解決しながらも細部は迷宮入りするだろう。誘拐犯たち事情聴取とかどうすんだろ?鳥人間に襲われたとか言っても信じて貰えないだろうし。少女も同じことを言う以上は多少なりとも信じて貰えるのだろうか。でも子供の言うことだし一蹴される可能性が高いよなあ。
まあそんなことはどうでもいいんだ、重要な事じゃない。これからやるべき事に俺は思いを馳せる。
といってもあとは誘拐犯たちを警察に突き出すだけの簡単なお仕事だ。その後は1000年待った念願の和食を食べに行くとしよう。戦闘とも言えない何かだったが、体を動かしたことで腹が減ってきた。寿司にラーメンに、他にも沢山!楽しみだなあ。
じゅるりと溢れたヨダレを拭ったところで、ふと水たまりに映った自分の姿に目がいく。全身白い羽毛に覆われた、鳥頭の怪物。……。
あれ、これもしかして外見的に店に入れなくね?
やっべーと内心で冷や汗を垂らす。今の自分の外見の問題を忘れていた。誘拐犯に化け物と呼ばれるような見た目だ。このまま姿を表したら店の人が気絶してしまう。かと言ってさすがに変身能力は持ってないし……。
わざわざ時間かけて地球に来たというのに結果がこれか!と俺は地団駄を踏んだのであった。くっそ、俺は諦めないぞ……何とかして和食の店にお客さんとして入って……そういえば金もねえわ。
ないないづくしの現状に俺は1人ため息を吐くのだった。
支部との変更点
・主人公の弱体化。サニーの触覚が消えた。まあなくても問題ないから……
・園子ちゃん酷い目にあうの巻。なんか書き直してたら前よりピンチ度がアップしちゃった。すまんね。