ガールズ&ファイター 聖グロリアーナのエース   作:ゲオルギーJr

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天才がゆえに

「このプリンス・オブ・ウェールズ、かなり上等な茶葉だな」

 

聖グロリアーナ女学院の会長室で、紅茶を飲みながら座る女性―――。

生徒会長の幸子は珍しく、静かなひと時を過ごしていた。

 

「会長、ウェリントンの件ですが―――

 

そこへ生徒会メンバーが、報告のために入室してくる。

しかし……。

 

「もう結構。今は、その話を聞く気分ではないのでね」

 

幸子はウェリントンに関する報告を突っぱねて、レコードをセットして音楽を流し始めた。

こうなると会長に対する文言は物理的に封じられてしまう。大音量のロックミュージックで、声がかき消されるからだ。

 

♪ Bandits at 8 o'clock move in behind us ♪

(8時の方向より敵機、頭上からだ)

♪ Ten ME-109's out of the sun ♪

(10機のメッサーシュミットが太陽を背に奇襲を仕掛ける)

♪ Ascending and turning our Spitfires to face them ♪

(スピットファイアを旋回させ、狙いを定めろ)

♪ Heading straight for them I press down my guns! ♪

(そして真っすぐ、機銃を撃ち込んでやれ!)*1

 

「ちっ、黒森峰……。西住か。どうもあの家系の人間とは相性が悪いな」

 

土砂降りの外景を眺めながら、彼女はそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

 

「まったく、びしょ濡れになったわ。早く止まないかしら、この雨」

 

艦上から下って、艦内を歩いていくサザーランド。傘をさしていたのにもかかわらず、全身ずぶ濡れ状態である。そもそも雨風が強すぎて、傘などあっても無くても同じような結果になっていたであろうが。

バッグからタオルを取出して、濡れた髪を拭く。独特なあの雨の匂いが、彼女の鼻を通る。

 

「服は……どうしようもないわね。帰ったらシャワーでも浴びましょう」

 

聖グロリアーナ女学院指定の、あの青い制服もびしょびしょだ。ちなみに今の時期は夏季仕様の半袖スタイルである。日本の夏特有の、身にまとわりつくようなジメジメとした湿気は、誰だって嫌なものだ。

ちなみに太平洋戦争中にも、東南アジアに配備されたスピットファイアが湿気のせいで、本来の性能を出しきれなかった事があったらしい。一応聖グロで運用されている戦闘機は湿気対策の除湿フィルターを搭載しているため、日本でも問題なく使用できる。

 

「肌がベタベタする、モスキートにキノコが生えてきそうな湿気だわ」*2

 

そんな愚痴を吐きつつも、捕虜収容所を目指して歩いていく。

艦内奥深くに進むにつれて、薄暗い雰囲気になっていく。基本的に聖グロ含むあらゆる学園艦は、下層に近づくにつれて治安が悪くなっていく。それは風紀委員などの目が届かなくなるからだ。それを知ってか、下層付近はチンピラみたいな生徒のたまり場になりやすい。それゆえ、一般の生徒が立ち入ることは滅多にないのだ。

 

「私も下層まで来るのは久しぶりだわ。ネッシーとかいるのかしら?」

 

人出が少ないことで、学園艦の下層付近には様々な都市伝説が生まれることも多い。ちなみに聖グロの場合は、ネス湖の怪物ネッシーがいるだとか、アーサー王の聖剣エクスカリバーが刺さっているなどの、根も葉もない噂が生徒の間で囁かれている。

 

「あ、船舶科の人がいるわ」

 

唯一、艦内下層を正式に行き来しているのが、艦のコントロールなどを担当する船舶科の生徒たちだ。24時間交代制で働く彼女たちのおかげで、学園艦は機能しているのだが……。

 

「あれ、もしかしてお酒じゃないわよね……?」

 

じっと観察してみると、酒瓶のようなものを片手にしている船舶科の生徒がいる。もし本物なら未成年飲酒の犯罪だが、やはり監視の目が届きにくいことを良い事に、問題行動を起こしやすいのだ。

 

「うぃ~、ウチらぁ栄光のロイヤルネイビーの末裔だ~い!パイロットはぁん、ビスマルク沈めたいからソードフィッシュ貸して~な。げっぷ」

 

酔っ払いのごとく呂律が回っていない。内容も意味不明だ。

ただ流石に、この生徒の場合はノンアルコールだったため、サザーランドは見逃すことにした。(それでもグレーゾーンだけど)

 

 

 

 

*

 

 

 

 

 

薄気味悪い艦内を通り抜けた先、サザーランドは捕虜収容所に辿り着いた。

早速、受付で捕まった黒森峰のパイロットについて調べてみる。

するとその中に、何か引っかかるTACネームを見つけた。

 

「キッテル、リュッツオウ、ハルトマン……。ん?ハルトマン?」

 

このハルトマンという名前、彼女はどこかで聞いたことがあった。

 

「……思い出したわ。あの電話のときよ」

 

そう。コサックの携帯電話を使って初めてレッドバロンと話したときに、かすかに聞こえた名前。恐らくはレッドバロンの後輩と思しき人物だ。今まさに、サザーランドが探し求めていた人間である。

 

「この352番のパイロットと面会を希望したいのですが……」

 

「どうぞ。入って右から4番目の部屋です」

 

受付で対応する鍵を受け取り、中に入る。

早く帰りたいだの悲痛な叫びを上げる部屋をスルーして、4番目の部屋の前に立つ。彼女なりの礼儀として、ノックして様子を見る。

 

「私に用ですか?入って良いですよ」

 

了承を得たので、鍵穴に鍵を差し込んで解錠する。ガチャリ、と音を立てながら鋼鉄製の扉が開いた。

 

「……はじめまして。私が黒森峰の一年生パイロット、ハルトマンです。あなたは?」

 

短くまとまった髪に、少し影を感じる瞳。一年生にしては大人びた雰囲気な印象を持つハルトマンだが、体格は年相応で、メイヨーと同じくらいだった。

 

「私は聖グロリアーナのエース、サザーランドよ。ハルトマン、あなたに聞きたいことがあって、ここに来たの」

 

サザーランドがTACネームを名乗ると、ハルトマンは目を丸くした。

 

「これは驚きました。まさかサザーランドさん本人と出くわすとは」

 

素っ気ないリアクションを取る彼女に対し、サザーランドは手早く質問を繰り出す。

 

「単刀直入に聞くわ。あなたがレッドバロンのウイングマンね?」

 

「ええ、その通りです。黒森峰のエース、レッドバロンセンパイの僚機をやらせてもらっています」

 

ビンゴだ。サザーランドの予測通り、レッドバロンの相棒ハルトマンは聖グロの捕虜になっていた。これで彼女から、色々な情報を引き出せるだろう。

 

 

 

 

「さて、あなたは捕虜になったから、私からの要求に答えなければならない。それは理解しているわね?」

 

「え?そうなんですか?私、捕虜になったのは初めてなので、あんまり分からないんですが……」

 

本来であれば、ハルトマンに対して何かを要求する権利は、彼女を撃墜したパイロット(多分ウェリントン)にあるのだが、今は本人不在だ。こういう場合は、サザーランド等の同校の第三者が、同様の権利を行使できる仕組みになっている。

 

「教えて。どうしてレッドバロンは、各校のエースを狙っているの?」

 

「それは簡単です。センパイは自分が最強のパイロットであることを、誰もが納得できる形で認めさせたいからですよ」

 

レッドバロンのエース狩りの真意は、自身の強さを証明するためだった。ここまでは、サザーランドも予測の範囲内だ。肝心なのはここからである。

 

「レッドバロンは自分が最強であることを証明したい。そこまでは分かったわ。私が知りたいのは、その理由よ。最強の証明をしたところで、一体何をしたいわけ?」

 

「さあ?そこまでは存じ上げていないですね」

 

結局、後輩のハルトマンすらも、レッドバロンが何のために最強を目指しているかは分からないようだ。サザーランドは少し落胆した。

 

「ただ一つ言えるのは、センパイは空戦道において天才であるってことです。零戦相手にフォッケウルフで格闘戦を挑んで、しかも勝利するんですからね」

 

「天才……。もう少し詳しく教えてくれないかしら?レッドバロンの家系について知っていることはある?」

 

サザーランドは家系という別方面から、レッドバロンの生い立ちについて迫ってみる。

 

 

 

 

「それなら知ってますよ。確か父親が航空自衛隊所属で、母親が空戦道の元プロ選手っていう、エリート一族なんです。まさに空の世界で活躍するのが運命づけられたような人ですよね」

 

「なるほど。確かに天才の血を引いているわね」

 

ここでサザーランドは、レッドバロンの真意に気がつき始める。このエリート一家の娘であることが、レッドバロンにプレッシャーを与えたのではないだろうか。

 

「もしかしてレッドバロンは、自分が親の七光りとか言われないために、最強のパイロットを目指しているんじゃないの?」

 

「まあ、多少は関係あるでしょうね。実際、センパイの母親なんかは完璧主義者で、ある種のスパルタ教育をしていたらしいですよ。戦うのであれば王者であれ。最強であれ。そんな言葉を、幼少期から頻繫に聞かされたとか」

 

この母親からの教育が、今のレッドバロンの内面に関わっているのは間違いなさそうだ。とはいえ、やはり本人から直接問いたださない限り、真実は分からないだろう。

 

「天才がゆえの苦悩……。私、少しだけ理解できますよ」

 

ハルトマンは、レッドバロンの悩みを理解しているらしい。彼女は中学時代の思い出を語りだした。

 

「中等部の頃から、私は同級生の中で突出した成績だったんです。そうなるとつまらないんですよね。周りのレベルに合わせるのが苦痛で仕方なかったんです。それは高等部に進級してからも同じでした。基本的に一年生パイロットって、年上の二年三年と組まされるんですけど、その人たちですら、私より弱いんですよ。それで妬まれたのか、パイロット達の中で孤立しちゃったんです」

 

その強さが故に、周りから距離を置かれてしまったハルトマン。

しかし、ある人物との出会いが、人生を変えたと言う。

 

「そのとき出会ったのが、エースだったレッドバロンセンパイでした。まあセンパイの場合は、その性格も一因でしょうけれど、私と同様に組む相手がいない状況でした。そこで余り者同士でコンビを結成しようって事にしたんです」

 

「天才と天才……。出会うべくして、あなた達は出会ったのね」

 

このレッドバロンとハルトマンの二人組が、日本の空戦道に旋風を巻き起こすことになろうとは、誰も予想していなかった。

 

「センパイと一緒に戦ってると、とっても楽しいんです。やっぱりエースだけあって、格が違うと言いますか。最初から意気投合できる感じで、すぐに正式なウイングマンになりましたね」

 

運命のいたずらだろうか、この黒森峰の二人組が結成されたのとほぼ同じタイミングで、聖グロのサザーランドとメイヨーのタッグも結成したのである。

三年生のエースと、一年生の新米パイロット。まるで鏡合わせのようだ。

 

「そこでセンパイから提案を受けたんです。ウチは全ての学校のエースを倒して、誰もが認める最強のパイロットになりたい。その計画に、アンタも協力してくれない?って。私はそれに賛同して、それで()()()()()はスタートしたんです」

 

「ある日突然、学園艦の上空に現れてはエースを落として去っていく……。あなたも、あの()()()()()に加担していたのね」

 

いくらエースといえども、天才パイロット二人が、完璧なコンビネーションで襲ってきては勝ち目が無かったようだ。最初は弱小校から狙っていたようだが、徐々に強豪校のエースすらも撃墜されるようになってくる。

 

「そしてこの前、サンダース付属のエースを倒したんです。これで残りのエースは一人だけになりました」

 

「それが、この私ってことね……」

 

幾多のエースを狩りつくしたレッドバロンが最後に求める相手。それが聖グロリアーナのエース、サザーランドだった。

 

「あなたを倒せば、()()()()()は完遂します。センパイは強い敵と戦うことを望んでいます」

 

「ひたすらに、強さを求める……。私には理解が及ばないわね」

 

サザーランドがそう言うと、ハルトマンは口元を緩ませ、ニヤニヤし始めた。

 

「それはどうですかね?私は感じていますよ。あなたからは、センパイと同じ匂いがする。互いが限界を出し合う、死闘を欲する気持ちが……!」

 

その鋭い指摘に、サザーランドはドキッとさせられる。自分では拒んでいながらも、本能的にはレッドバロンと同じく、強い相手と戦い、そして勝つことを望んでいる。

この事実を、彼女は受け入れることが出来なかった。

 

「ふ、ふざけないで!私はレッドバロンとは違うわ!今までの戦いも、あくまで会長からの命令があったからで……」

 

「まあ良いでしょう。ともあれ、センパイを倒しうるのは、同じ天才だけです。サザーランドさん、あなたの家系はどうですか?」

 

お返しとばかりに、今度はハルトマンがサザーランドの家系について質問してきた。

 

 

 

 

「……私は今は父親との二人暮らしよ。でもお父さんは出張が多くて、あまり出会うことがないの」

 

「あれ?母親はどうしたんですか?まさかお亡くなりに……?」

 

「いいえ、幼少期に両親が離婚したから分からないわ。少なくとも死別ではないのは確かよ。今も生きているかどうかは不明だけどね」

 

サザーランドの母親は、幼い頃に離婚して去ってしまったので、現在の消息は不明だ。これまで何度か、母の所在を探ろうと試みたこともあったが、全て失敗している。情報が少なすぎるからだ。

 

「でもね、一つだけ覚えていることがあるわ。私は両親が離婚する前は、母と同じ苗字を使っていたの」

 

「……あの、失礼ですけど、現在のお名前は?」

 

「東雲エリスよ。自己紹介を忘れていたわね」

 

この東雲の姓は、父親からの苗字だ。では一体、離婚前の苗字、すなわち母親の苗字とは何だったのか?サザーランドは遠い昔の記憶を頼りに、それを思い出す。

 

 

「そう、私の昔の苗字は島田。島田エリス、それが離婚前の本名だったわ」

 

 

「島田……。じゃあ母親のフルネームも覚えているんですか?」

 

「いいえ。そこまでは思い出せないわ。何せ私が2歳くらいのときに離婚しちゃって、お父さんもあまり、母親について教えてくれないのよ。君が知る必要はないって」

 

結局、苗字が島田であること以外に、サザーランドの母親に関する情報は皆無だ。これでは探しようがないだろう。島田なんて苗字、日本ではありきたりな苗字だ。

 

 

 

 

 

 

「ん。雨音が静かになってきましたね。もう止んだんでしょうか」

 

時間が経ち、雨風は穏やかになってきた。

サザーランドとハルトマンの面談も、かなりの長丁場となった。

 

「不思議だわ。メイヨーにすら、私の生い立ちについて話したことは無かったのに……」

 

「メイヨー?誰ですか?」

 

「私のウイングマンよ。一年生なの」

 

「へえー。じゃあ私と似たようなポジションですね。エースの相棒で一年生っていう」

 

二人が会話をしていると、誰かが扉をノックしてきた。

 

「おい、いつまで話し込んでいる?面談時間はとっくにオーバーしたぞ」

 

看守だろうか。サザーランドに退室するように促してきた。捕虜を管理する立場として、看守たちは規律を厳しくするよう言われている。サザーランドも、それは承知していた。

 

「もう時間だわ。ここでお別れよ」

 

「次に会うときは、お互い戦闘機に乗ってるかもしれませんね」

 

 

 

 

 

サザーランドは看守に誘導され、収容所を後にする。

彼女の頭には、ハルトマンのある一言が残り続けていた。

 

<あなたからは、レッドバロンと同じ匂いがする>

 

この言葉の意味を、彼女は後に思い知ることになる。

 

 

*1
イギリスのロックバンド、アイアンメイデンのAces high。第一章第一話でも紹介した

*2
モスキートは木製の機体だったため、高温多湿のインド・アジア地域ではキノコの苗床と化してしまった。つくづくイギリス機にとって、湿気は天敵である

一番好きな学校は?

  • 大洗女子
  • 聖グロリアーナ
  • サンダース付属
  • アンツィオ
  • プラウダ
  • 黒森峰
  • 知波単
  • 継続
  • その他(BC自由等)
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