恭介の提案によって始まった缶蹴りサバイバルゲーム。
僕たち青軍は缶を制限時間内までに死守するか相手軍のメンバーを全滅させれば勝ち。恭介たち赤軍は制限時間内までに僕たちが護る缶を狙うか、僕たちを全滅させれば恭介たちの勝ちだ。
戦力比で言うと、メンバーの数的には僕たちのほうが一人多いが、向こうは恭介に来ヶ谷さん、真人など強者ぞろいだ。こっちの頼れる戦力と言えば、謙吾や沙耶くらいしかいない。
勝負は正直言って僕たちがすこし不利な状況だ。
「な、なんか謙吾と鈴が向かった階段あたり、ますます激しくなってない!?」
「……どうやら来ヶ谷さんあたりが参戦したんでしょうね」
「く、来ヶ谷さんが……ッ?!」
どうやら向こうの階段では謙吾と鈴、真人と来ヶ谷さんが対峙しているらしい。それによって戦闘はますます白熱化している。
来ヶ谷さんは本当に強い。謙吾と鈴で敵える相手だろうか。
「……直枝さん。ご心配には及びませんよ」
「西園さん……」
「直枝さんはお二人を信じて、お二人をあそこに行かせたのでしょう? なら、直枝さんが信じなくてはどうするのですか」
「…………」
「私は信じます。 直枝さんが信じたお二人ですからね。 きっとお二人は大丈夫です」
「…そうだね、西園さん」
そうだ。僕が信じなくてどうするんだ。
仲間を信じるんだ。
でないと、僕たちは勝てない。
「万が一、宮沢さんと棗さんが敗北するようなことがあっても、私も……戦いますよ」
「に、西園さん…!」
「……罰ゲームは嫌ですからね」
「ありがとう、西園さん」
どこまでも冷静な西園さんが、とても頼もしく見える。
普段は僕たちのマネージャーとして、そして中庭で静かに本を読んでいて、あまり活発な娘ではない西園さんが、ここまで言ってくれるなんて。
僕はギュッと、エアガンを握った。
「……ここまで敵が来たとしても、僕が守るよ」
西園さんは無言で、コクリと頷いてくれた。
「……私的には恭介さんあたりが来てくれたら良いのですが」
「えっ? なにか言った、西園さん」
「いえ、なにも」
西園さんが、ふと三階のある天井を見上げる。
「……ここまで来れるでしょうか。果たして」
缶の周りで、僕とクドが敵が来た時に備えて言葉を交わしているとき、西園さんは天井を見詰めながらそんなことを呟いていた。
三階。
謙吾たちと来ヶ谷たちが戦闘を繰り広げている階段とは、反対側の階段から通じた三階。
もしここの階段から回り込まれたら理樹たちは背後から狙われる形となる。
ここをおさえるのも重要だった。
「ふわぁぁぁぁっ!!?」
ほんわりふわふわ少女、小毬が不慣れな機関銃型エアガンを構えて、気が抜けるような声をあげながら引き金を振り絞っていた。オートモードにした機関銃からは連続的に何十発もの弾丸が吐き出される。
「ふえええっっ! 当たらないよぉぉぉっっ!」
小毬が涙目でそう訴えながら機関銃を撃ち続ける。その相手は素早い動きで見事に弾丸を避けていた。彼女に向かって撃っているはずなのに当たらない。その、彼女は―――
「まだまだね……」
フ、と笑った可憐な少女は、金髪の長髪をふわっと靡かせる。彼女の姿を一瞬見失った小毬は辺りを見渡した。気付いた時には、もう遅かった。相手は眼と鼻の先にまで既に近づいていた。
「ふぇっ!?」
小毬の動きを封じるように、沙耶が手に持った拳銃を小毬が持つ機関銃に固定するように押し当てた。
「……ま、あなたみたいな初心者にはオートにしてとりあえず撃ちまくれば良いって感じなんでしょうけど。 やっぱり当たらなきゃ全然意味ないわよね」
「あ、あーちゃん……」
「ごめんね、神北さん。 昨夜は楽しかったわ」
もう一方の片方の懐に忍ばせていた拳銃を取り出し、小毬の胸に押し当てる。
「あ、あーちゃ……ッ!」
軽い発砲音が小毬の胸から奏でられると、その身体が倒れ込む。コーン、コーンと、弾丸のBB弾が廊下の上に落ちて跳ねた。沙耶の足元で目をぐるぐる回した小毬を見下ろした沙耶は「ごめんね……」と謝罪の言葉を囁いた。
そんな沙耶の背後に、ザッと足を鳴らすもう一人の敵。
「おのれあやちんッ! こまりんをよくもーっ!」
ハチマキを巻いた如何にも楽しそうな葉留佳が二丁の拳銃型エアガンを構える。沙耶は即座に振り返り、沙耶が振り返ったと同時に放たれた弾丸を、沙耶は巧みに避けた。靡いた沙耶の長髪に、弾丸が空を切って通過した。
「こまりんの仇だぁぁぁっ!!」
次々と放たれた弾丸を避け、沙耶は廊下の上を転がる。
「そこだっ!」
「……!」
葉留佳が沙耶の避ける先の予測地点に弾丸を発砲する。沙耶は鋭い反射神経でそれをなんとか避けた。
「むぅ…。やりますネー。あやちん……」
「三枝さんもね」
「―――でやっ!」
また葉留佳の放った一発の弾丸を、沙耶はまるで鷹のように飛び上がって避ける。
「今だッ!」
「!」
沙耶に弾丸を避けられると、葉留佳は即座にポケットから大量のビー玉を撒き散らした。沙耶の着地地点に大量のビー玉が散らばる。
「く……ッ!」
「フフフッ。 撒いたビー玉で転んだスキにあやちんを狙い撃っちゃうデスよッ!」
「……舐められたものね」
「へ?」
ニヤリと笑った沙耶は、空中で一瞬にして拳銃を下に構えると、自分の着地地点に散らばったビー玉に向かって引き金を引いた。放たれた銃弾が一つずつ正確にビー玉を弾き飛ばす。
「な、なんですとぉぉッ?!」
頭を抱えてガーンと衝撃に打たれる葉留佳。その隙を狙って、沙耶は着地するや否や、二丁の拳銃の内、一丁を前に突き出すように構えた。葉留佳がハッとなって対抗するように拳銃を向ける。二人の引き金が同時に引かれ、銃声が重なった。
シン、と静寂の後、ガクリと膝を折る沙耶。対して葉留佳は「ふ、ふふふ……」と嫌らしい笑みを浮かべる。
「……ぐふ。 ガクリ」
わざとらしく言いながら倒れる葉留佳。沙耶はそれを見届けると、くるくると二丁の拳銃を手の中で回す。
「さて……」
沙耶はチラと廊下の先を見る。各々の教室から今回のサバゲを観戦する生徒たちの視線も意に反さず、沙耶はただ、無言で二人の屍を背に、その先へと歩を刻んでいった。
二人の屍を築いた場所からすこしの間離れた場所で、沙耶は立ち止まった。
「……そこにいるんでしょう? 出てきたら?」
沙耶の呼びかけに応えるように、何処からか……いや、静かに、廊下の片隅。影の奥から美形の微笑を浮かべる美少年が現れた。リトルバスターズのリーダーにして現在敵軍のリーダー、棗恭介だった。
「さすがだな。 余裕で二人も倒したか」
「……当然よ。 あんな雑魚、あの時の夜の校舎内での戦いに比べたら屁でもないわ」
「ほう」
「まだ“影”たちのほうが、張り合いがあったってもんよ」
「…………」
奇妙な空気が流れる。いや、“二人”の間にとってはかつてあった空気であり、懐かしい空気でもあった。
「まさか、またあなたとこうして正面から戦うことになるなんてね」
スッと、沙耶の開かれた蒼い瞳が恭介の真剣な顔を映し出す。
「ねぇ、闇の執行部部長さん?」
「…………」
二人の間に流れる静寂とどよめく空気。クスッと笑みを浮かべた沙耶。そしてフッと無表情を崩した恭介によって、空気は変わった。
「いつから気付いてた?」
「んー。 なんとなく最初から、かな」
「そうか……」
恭介は面白いものを見つけた子供のように、腕組みしながらくっくっくっと笑った。
「このゲームを提案したのも、あたしを狙ってたことでしょ?」
「別に。 前々からこんなことをしてみたかったのは本当だ。 偶然だろ」
どうだか。沙耶はゆっくりと息を吸い込んだ。
「……聞きたいことがあるわ」
「なんだ」
「……なんであたしに、あれをくれたの?」
ずっと気になっていたこと。
あたしは、遂にそれを聞いてみた。世界を創造した張本人に向かって。
「……俺は約束を果たしただけだ。 俺に勝ったら望み通り秘宝を譲る。 それだけの話だっただろう」
「……あ、あたしが望んだのはッ」
確かにあたしはあの時、あの世界で秘宝を望んだ。
だけどあたしが望んだのは―――自らをエンディングに迎えるためのモノ。
あたしが望んだ秘宝を手にしたと思ったら、本当はそうではなかった。あの時あたしが望んだ秘宝ではなかった。だから、あたしは今ここにいることができている。
「……だがお前がこの世界を望んだのも確かだ」
「あたしが望んだ……」
あの世界でもこの世界でもない狭間で聞いた『声』を思い出す。理樹くんと過ごす世界を望んだのは誰だ。あの時叫んだのは、手を伸ばしたのは一体誰だった。
それは紛れもない―――自分自身だ。
「お前はあの世界でなにを得た? なにを知った? 決して手に入るはずがなかったものを見て、知り、聞いて、感じて、なにを思った? お前はあの世界で理樹とともに世界の秘密を探り、そしてあそこまで来ることができた。 そしてお前はあの世界から……」
「……あたしには」
彼の言葉を遮るように、あたしは拳を握り締めながら、口元から言葉を振り絞る。
「あたしには、勿体ないほどの世界だった。 あれ以上の幸せを得るのは、我がままかと思ったくらいに……」
白い頬に、生温いものが一筋に伝う。
「だからあたしは、もう十分だよって……ッ! ありがとうって……! あたしは……」
「……だが、お前はまだ望んでいる」
「…………ッ」
「だからお前は俺の声を聞いて、未来を掴み取ろうとしたんだろう。 そしてここまで来た」
「あたしは……」
「……だからお前は、――“また”。 そして、“最後”に、この世界に……」
「――――ッ!」
「自分でも気付いているんだろう。 この世界は……」
「言わないでッ!!」
張り叫んだ声の後、シンと重く落ちる、二人の世界。ここにはまるで二人しかいないような重たい空気が流れていた。
「……大丈夫よ 。言われなくたって、そんなことわかってる。 最初から……」
「知ってて、お前は最後まで……なにが願いなんだ」
「……あたしの、願いは……」
ぎゅっと、胸を掴む。
「……こんな身体になって出来ないことを……」
ぐいっと頬を走った涙腺を拭い、強い光をその蒼い瞳に宿す。
「この世界で、あたしは……! あたしの願いは―――!」
「……そうか」
なにも言わず、なにも肯定も否定もしない。
ただ、「わかった」と頷くだけ。
「……好きにすればいい。 ここはお前の世界だ。 最後までやれ」
「……ええ。 そうするわよ」
「……くくっ」
「な、なによ…っ」
「いや、なんでもない。 くく」
「な、なんか腹立つわね…ッ。 それよりいいの?」
「ん?」
「あなた、負けるわよ?」
「は? ―――うおっ!?」
ピュン、と咄嗟に避けた恭介の頬をかすめて、一発の銃弾が飛ぶ。避けられた彼女からはチッという舌打ちが漏れた。
「い、いきなりなにすんだお前っ! あぶねーだろうがっ!」
「うるさいわねこの(21)の変態っ! あの時のリプレイ分の溜まった恨み、今ここで晴らしてもらうわ!」
「てめ…ッ! まだ根に持ってやがるのか……ッ!」
「うるさいッ! 死になさいこの(21)の変態野郎!」
「誰が(21)で変態だぁっ! お前こそ、Mの変態だろうがっ!」
「なんですってぇぇっ?! もう許さないわっ! 喰らえ時風ッ!!」
「俺は棗恭介だぁぁぁぁっっ!!」
互いに拳銃を構えた二人が、駆けだした。
「ふ、あの時は理樹が壁になっていて思うように撃てなかったが……。 今回はそうはいかないぜ!」
「ふん…! どうせあなた、あの時の女装理樹くんを見て、あ、ちょっといいかも……なんて思ってたんでしょ?」
「お前、俺をどこまで変態だと思っているんだ」
「そこまで変態ってことよ!」
「こうなったら手加減はしないぜ?」
「望むところよ! 正々堂々決着をつけてやるわ!」
お互いを罵倒しながら、二人の激しい銃撃戦が三階の廊下で繰り広げられたのだった。
廊下に銃声と火花が重なり、散る。教室から一歩でも出れば死ぬと錯覚するほど、三階の廊下は二人の戦場と化していた。
「く……!」
撃ち放った銃弾が、恭介(元時風)の方にまっすぐ吸い込まれるが、恭介は素早い動きでそれを避けた。まるで残像が残るような素早さだ。まるで本当にあの時の時風瞬と戦っているみたいだったけど、実際本人なんだから、当然だった。
「やっぱり強い……ッ!」
「今度はこっちからだ」
「!」
いつの間にか背後に回っていた恭介に、あたしは咄嗟に身を避けた。「く……!」と、ゴロゴロと転がったあたしは、すぐに体勢を立て直した。
「―――ッ!」
避けたあたしの頬を銃弾がかすめる。あたしの頬からツゥッと血が伝った。
「これでお互い様だな」
「そうね……」
お互いに正面を向かい合い、ジリジリと対峙する二人。
ぐいっと頬の血を袖で拭ったあたしは、微かに口端を吊り上げた。
「……楽しいわ。 とっても」
「そりゃあ良かった。 これは遊びであり、真剣勝負だからな。 俺たちのミッションはいつもそうだ」
「……ええ。 だから、あなたたちのこんな遊びに加えてくれただけでも、あたしは本当に嬉しいし感謝してる」
「…………」
「……行くわよ、時風。 いえ……棗恭介。 決着を付けるわよっ!」
あたしの真剣そうな瞳を見て、恭介は沈黙に浸ると、フッと微笑んだ。一丁の拳銃を構えた。
「いいだろう。 来い」
「はぁっ!」
あたしは床を足で蹴って駆けだすと、二丁の拳銃を即時に構えて、何発もの銃弾を撃ち放った。
しかし恭介は涼しい顔でそれをすべて避ける。
「ち! ちょこまかと……」
「どうした? 全然当たらないぞ」
「当てるわっ!」
視線の先、恭介の銃口が光った。
「ぐ…ッ!?」
咄嗟に避けようとしたが、あたしの足を一発の銃弾がかすめた。その影響で、足は重心を僅かに崩す。あたしはたまらずそのまま転倒してしまった。その拍子に自分の手元から肝心の拳銃を手放す。
「(しまった……!)」
倒れたあたしの目の前で、ジリと足を踏みしめる恭介。見上げると同時に、額に冷たい感触が触れた。
「ゲームセットだ」
「―――ッ!」
恭介の指が、引き金に触れる。
あたしは覚悟し、眼を瞑った。
―――と、その時。
「沙耶ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ―――――っっっ!!」
彼の声が、聞こえた。
「―――!」
「り、理樹くん…ッ!?」
咄嗟に視線を向けると、その先には駆けこむ理樹くんの姿があった。その手には拳銃が握りられている。その光景を見た時、懐かしい感覚が一瞬だけあたしの中を駆け巡った。
「恭介ッ!!」
理樹くんが走りながら、あたしのそばにいる恭介に銃を構える。
「……理樹ッ!」
恭介もあたしに向けていた拳銃の矛先を理樹くんの方に向け直した。しかし―――
「く…ッ!」
どうしてかわからないけど、いや、ただ甘いだけかもしれない。恭介はやっぱり理樹くんに対しては撃てないみたいに一瞬ではあるが戸惑いが生じた。でも、あたしにはその一瞬で十分―――!
「理樹くんっ! 撃って!」
あたしの声より先か後か、理樹くんの拳銃から一発の銃弾が放たれた。
「ぐ…ッ!」
しかしそれは恭介に当たらなかった。身を呈して避けた恭介は床に倒れこむ。そして転がって、そのまま立ち上がろうとする。
「沙耶!」
「理樹くん、ありがとう!」
落としてしまった拳銃を拾い上げたあたしは、すぐさま拳銃を構えた。
「く…!」
恭介はまだ体勢を整えることができていない。
「オシマイよ、棗恭介ぇぇぇっっ!!」
放たれる、銃弾。
そして。
―――ピシッ。
恭介の胸に、一発のBB弾が跳ねかえった。
そしてそのまま宙に一瞬浮いた恭介は、仰向けに倒れていった。
「…………」
倒れた恭介のそばでころころと転がるBB弾。あたしは、倒れて動けなくなった敵大将を見下ろしながら息を整えた。理樹くんも走ってきたせいか、肩を上下させている。
「……や、やった」
「すごい、沙耶。 あの恭介を倒すなんて」
「理樹くんのおかげよ。 ありがとう」
理樹くんのそばに近づくと、あたしはニッコリと笑顔を向けた。そうすると、理樹くんは顔を真っ赤に染めたが、理樹くんも微笑んで頷いてくれた。きっとあたしも理樹くんと同じように顔を赤く染めているだろう。
「でも、理樹くん。 下は大丈夫なの?」
「うん。 缶はクドと西園さんが守ってるし、向こうの階段では謙吾と鈴が頑張ってる」
「……ちょっと、理樹くん。 それじゃあ危ないわよ? もし階段を突破されて缶まで敵が来たら、そんな二人じゃ―――」
「大丈夫だよ。 だって僕はみんなを信じているから。 もちろん、沙耶も含めてね」
「う……ッ!」
く…ッ。そのセリフと笑顔が反則なんだって……!
「ッッ……。 負けちまったぜ……」
ムクリと起き上がる敵大将。
「恭介、大丈夫?」
「ああ、平気だ。 だが、俺が戦死(リタイア)とはな。 負けたぜ……」
「どう? 沙耶、凄いでしょう」
「ああ。 さすが理樹の女だけあるな」
「ちょ、ちょっと恭介!」
理樹くんがわたわたと慌て、恭介が笑う。
そんな光景を見て、あたしはクスッと笑った。
「また、理樹くんに助けてもらったわね……」
「えっ? なにか言った沙耶」
「なにも。それより理樹くん。早く下に戻りましょう」
「そうだね。 それじゃ恭介……」
「ああ。行ってこい。 頑張れよ」
「急ごう、沙耶」
「ええ」
ぎゅっと、あたしは理樹くんの手を握る。その時、理樹くんが恥ずかしそうに慌てた。
「さ、沙耶……!?」
「何よ、理樹くん」
「て、手……」
「急ぐんでしょ?」
「そ、そうだけど……」
理樹くんがチラチラと顔を赤くしながら恭介を見る。そして周りからの他の生徒たちからの視線もある。
「ほら、行くわよ」
「あ、ま、待って……!」
手を握り合い、走りだす二人。理樹くんの手を引いて、走るあたし。何か目を細めて去りゆくあたしたちを見詰めながら、恭介が何かを呟いていた。
「……惨めだな」
彼の声は、誰の耳にも届いていない。
下に戻ったあたしたちは、とても驚くことになった。なんと階段付近で長らく戦闘を続けていた宮沢くんと棗さんだったが、井ノ原くんと来ヶ谷さんコンビに勝ったのだという。普段小物を使うといったら宮沢くんのほうが僅かに有利だったせいなのか。
それにしても井ノ原くんは小道具が本当に苦手だったのが災いした。おかげで宮沢くんが勝つことができたのだから。
そして来ヶ谷さんに対しては……説明を拒否した棗さんに代わって、宮沢くんが呆れ半分で説明してくれたのだけど、その内容は、実は勝負の最中、棗さんは善戦したもののやっぱり不利的状況だったらしく随分と来ヶ谷さんに追い詰められていたらしい。そして追い詰められていた棗さんが思わず転ぶと、翻ったスカートに反応した来ヶ谷さんが即座に棗さんのパンツを覗き込もうと戦闘を一時放棄したらしい。その隙をついて、怒った棗さんが来ヶ谷さんを攻撃。
棗さんに倒された来ヶ谷さんはとても満足そうな顔をしていた(宮沢くん談)、ということだった。
まぁとにかく……これで敵軍のメンバー全員を倒したことによって、缶は守られ、あたしたち理樹くんチームの勝利で、このゲームは終わった。
そしてあたしは罰ゲームの会議を始めた皆の輪から抜け出し、理樹くんに放課後二人で会うように伝えた。
こうして、あたしたちの昼休みは終わりを告げた。