沙耶アフター -Saya's Song-   作:伊東椋

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Aya.帰還

 あたしは幼いころ、よく近所の男の子の友達と遊んだことがある。

 あれはお父さんと一緒に、お父さんのお仕事の関係でまだ海外を転々とする前のこと。あたしは祖国の日本に暮らしていた。

 幼かったあたしはやんちゃというか、女の子にしては珍しい活発な子供だったと思う。普通のあの歳の女の子ならおままごととか好きそうだけど、あたしはいつも男の子たちに紛れて野球やサッカーなどで遊んでいた。

 そしてそんなあたしの遊び相手は、いつも一緒に遊んでくれる近所に住む一人の男の子だった。

 「……ん」

 「起きたかい、あや」

 昼寝から目を覚ますと、いつもお父さんがあたしの寝ぼけた顔を優しい表情で覗いてくれていたことを覚えている。

 「お父さん、あたし、変わった夢を見たの」

 「またあやの好きな男の子の夢かい?」

 「うん。でもね、それだけじゃないの。前の地下の迷路で冒険じゃなくて、普通で楽しい生活。あたしの好きだった男の子の他にも、いっぱいあたしの周りにお友達がいたの。すごく楽しかったよ」

 「そうかい。きっと、あやにもいつかたくさんの友達ができるだろうね」

 「あとね、お父さん。 えっとね……」

 「ん? なんだい」

 「えへへ。 あたし、その好きな男の子とデートしたの二人だけで。 とっても楽しくて、幸せだったよ」

 「そうか。きっとあやの好きな男の子もあやと同じ気持ちだったんだろうね。…おっと」

 こうしてあたしとお父さんがお話しているとき、彼は来る。

 「あや、りきくんが来たみたいだよ。行っておいで」

 「うん!」

 あたしは喜んで、お父さんに「行ってきまーす」と残し、お父さんから「行ってらっしゃい」と返されて、あたしの一番の男の子のもとへと駆ける。

 「りっきく~ん。 お待たせぇ~っ!」

 あたしは、一番のお友達である一人の男の子、りきくんを呼び掛けた。

 「こんにちは、あや」

 「こんにちは、りきくん」

 家の前で待っていたりきくんと笑顔であいさつを交わした。

 「今日はなにして遊ぶの?」

 「今日はね…」

 あたしの問いに、りきくんは自分の家から持ってきたサッカーボールを抱えてみせる。

 あたしとりきくんはサッカーボールを持って近所の公園で遊ぶことになった。あたしはまるで男の子のようにりきくんとサッカーをした。りきくんに負けないくらいに遊ぶあたしは傍から見れば全然女の子らしくないかもしれないけど、それでも別にかまわなかったし、りきくんと遊んでいて本当に楽しかった。

 「いぇーい! また一点よ~!」

 あたしが蹴ったボールが木と木の間に定めたゴールへと転がっていった。

 「あ、あやは本当に強いね……」

 あたしの後ろで息を切らしているりきくんが言う。

 「情けないわね、りきくん。男の子でしょ?」

 「うう…」

 振り返ったあたしが言うと、りきくんはすっかり落ち込んでしまった。そういうところも可愛いんだけどね。

 「あ、あやが強すぎるんだよぉ」

 「なに言ってるのよ。 いい?りきくん。 あたしは女で、りきくんは男なの。 男は普通何事も女に負けちゃいけないの。 第一男のプライドってりきくんにもそれぐらいあるでしょう?」

 「そんな男女差別的なこと言われても……。 というかそれ、あや自分で女ということを卑下に見てるでしょ……」

 「まっ、仕方ないわよね。 どちらかといえばあたしがヒロインを護るナイトで、りきくんは絶対ナイトに護られるお姫様だもの」

 「僕ヒロインッ!?」

 「当たり前よ。だってりきくん、女の子みたいだもの。あたしより」

 「そんなあっさりと……」

 「ほら、りきくん! りきくんが女の子みたいだって言われたくなかったら、男だってことを証明したいなら、このあたしからボールを奪ってみせなさい!」

 「よ、よぉし……! 僕も男だ。 本気でいくよあやっ!」

 「カモーン、りきくん!」

 そして、あたしはりきくんと日が暮れるまで遊び倒すんだ。

 日が暮れるのが嫌だった。何故なら日が暮れれば友達とばいばいしてお家に帰らなきゃいけなかったから。

 また明日、って言って、りきくんとまた明日遊ぶ約束をするんだ。

 そんな日々が、あたしがお父さんのお仕事の都合で海外に飛ぶことになるときまで、ずっと続いていた。

 

 

 「いよっしゃぁぁぁっっ!!取ったぁぁぁっっ!!見たか天才きってのあたしをぉぉぉっ!!」

 対闇の執行部との戦いに備えるための訓練の後、初めてのデートで理樹くんと街のゲーセンで遊んだUFOキャッチャー。あたし一人が馬鹿みたいに夢中になってて、理樹くんはあたしのすぐそばから見ていたんだっけ。

 理樹くんがあたしのスカートをたくしあげてパンツ丸見えにされているのに気付かないぐらいに夢中になってた気がするわね……。

 それでも、理樹くんと話したこと、歩いたこと、すべて楽しかった。

 あの子供のころみたいに。

  

 理樹くんと遊んだ日々。

 理樹くんと過ごした時間。

 理樹くんといて幸せだった瞬間。

 すべてがそこにあった。

 あたしが知らない国で事故にあうとか、虚構世界とか、そういうの無しで。

 本当の世界で、それだけあれば良かったのに。

 

 

 でも、あたしはもう無理。

 

 疲れた。

 

 もう十分だよ。

 

 思い出を。

 

 幸せを。

 

 こんなにもきみがくれたんだから。

 

 たとえその世界が虚構だったとしても、あたしにとっては現実と変わりなかったんだから。

 

 だから、それでいいの。

 

 ありがとう。

 

 

 ……もう、いいよね?

 

 

 →いい

  だめ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――だめだよっ!

 

 

 え…?

 

 振り返ると、そこには子供のころの理樹くんがいた。

 あれ?理樹くん……?でもなんで子供なの……?

 ていうか、あたしもあの頃と同じ……子供になってる。

 

 「―――沙耶。…ううん、あや。一体……いつまで帰ってこないつもりなの?」

 

 涙目の理樹くんがぎゅっと前に両手を握りしめながら、あたしに言う。

 

 「僕ね…日が暮れるのが嫌いだったんだ。だって日が暮れると家に帰らなくちゃいけなかったから。楽しい時間が終わって、あやとばいばいしなきゃいけなくなっちゃう。でも、明日になればまたあやに会える……だから僕はあやに手を振ることができた。また明日、って言って別れることができた。でも……今のあやは、このままだとずっと会えなくなってしまう」

  

 ……………。

 

 「そんなの嫌だ。それなら、僕はずっとあやのそばにいる。あやの手を握って、ずっと離さないよ!」

 

 ……そんなの、我儘よ。理樹くん。

 

 「あやだって、我儘じゃないか……」

 

 ……ッ。

 

 「あやは僕といるの、嫌なの?」

 

 ……馬鹿。

 そんなわけ、ないじゃない……

 

 「……あや。 泣いてる…?」

 

 理樹くんに言われた通り。

 あたしは、泣いていた。

 ぼろぼろと涙をその瞳からこぼしながら、あたしは叫ぶように口を開いた。

 

 ―――そんなわけあるはずないじゃないっ! あたしだって理樹くんとずっといたいよ! 理樹くんとずっと手を繋ぎたいよ! ずっとその手を放したくないよ! 理樹くんと離れたくないっ! でも……でも、無理なのよ……ッ!

 

 「なんで無理だと決めつけるの…ッ!? そんなの、あやが諦めてるだけじゃないか!」

 

 なに言ってるのよ!あたしのことなにもわかってないくせにっ!勝手なこと言わないでくれるっ!?

 

 「僕はあやのことを全部知ってるつもりだっ!笑ってるあやも、泣いてるあやも、怒ってるあやも、可愛いあやも、全部全部知ってる! あやのすべてを、僕は知ってる!」

 

 嘘よっ!

 

 「嘘じゃないっ!現に、僕は今わかる。あやは――僕と同じ気持ちなんだっ!」

 

 理樹くんの手が、あたしに向かって伸ばされる。

 

 「さぁ。あや、こっちに来て!こんな世界から本当の意味で抜け出して、今度こそ帰るんだっ! 元の世界に向かって、駆けだしてッ!」

 

 駆ける……。

 

 目の前の理樹くんは、今の理樹くんだった。

 制服を着た、あの時と同じ理樹くんがあたしに手を伸ばしている。

 その優しい微笑みと一緒に。

 

 ――帰る……

 

 あたしは……

 

 

 元の世界に――理樹くんがいる世界に―――帰りたい…ッ!

 

 

 あたしの靴底が、何もない真っ白な地を蹴る。

 あたしは、駆けだす。

 駆ける―――

 手を伸ばす理樹くんに向かって、駆けだしたあたしは手を伸ばし、そして――

 理樹くんの柔らかい手を握った瞬間、その握られた手から眩しい光が世界を覆い尽くす勢いで溢れ出し、あたし自身が光に呑みこまれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 ………。

 

 ………。

 

 ………。

 

 微かに視界に入ったのは、白い天井。頭はぼーっとしていて、自覚がはっきりしない。

 ただ、自分の手に、柔らかい温もりが感じる。

 耳に聞こえるのはピッ、ピッという電子音。初めて嗅ぐのは薬品のほのかな匂い。瞳をゆっくりと動かし、そして――

 あたしの大切な人を、見つける――

 「……あや」

 あたしの手を両手で包むようにずっと握っていた理樹くんは、あたしが目覚めたことに気付くと、ガタリと椅子から腰を浮かせて、あたしの顔を覗き込んだ。その表情は安堵と嬉しさに紛れていた。

 「あや……僕だよ。わかる?」

 微かに理樹くんの目がうっすらと何かで滲んでいるのがわかるけど、あたしは微笑んで答えた。

 「……おはよう、理樹くん。 ううん……ただいま、理樹くん」

 「おかえり、あや……」

 記憶通りの、ただ眼の下に涙を浮かばせながら優しい微笑みを浮かべる理樹くん。あたしの手がまたぎゅっと理樹くんに握られ、あたしは動かない身体をベッドに沈めたまま、理樹くんの手の温もりのみに感覚を預けたまま、あたしは理樹くんに微笑みかけた。

 あたしは、現実へと、帰ってきた。

 理樹くんのもとに―――

 

 

 

 Epilogue....

 

 

 街中でも大きなここの病院には施設の広さもあって大きな中庭がある。蒼い空から射す日の光が、車椅子に座るあたしに暖かい居心地を提供してくれた。

 そんなあたしの座る車椅子を押しながら話しかけてくれるのは、あたしの大切な人。

 彼はあたしに色んな話をしてくれた。

 彼の学園でのお話。子供のころの、幼馴染たちと遊んだときのお話や、その幼馴染たちと結成したグループのお話。リトルバスターズという団体が今もあって、それでみんなと一緒に毎日遊んで楽しい時を過ごしているというお話。猫好きの素直になれない可愛い幼馴染。お菓子が大好きでかなりドジな女の子。犬みたいで英語が苦手な女の子。イタズラ好きで明るい女の子。クールでカッコいいけどたまに変なことをする女の子。いつも本を読んでいる女の子。竹刀を振るう友達想いの幼馴染。筋肉が自慢の面白い幼馴染。みんなの頼りになるリーダーの幼馴染のお話。

 彼はそれらのお話を楽しそうにあたしにいつも語ってくれて、あたしも楽しかった。

 学園が終わると彼は毎日あたしのもとに来てくれて、毎日のようにその日に起こった出来事や面白いこと、悲しいこと、楽しいことを教えてくれる。そしてまたいつもどおりにそんな話を聞いて彼と笑い合っていたあたしは、何気なくこんなことを言った。

 「本当に楽しそうで羨ましいわ――」

 それは確かに本音であり、事実だった。

 同時に何気ない一言でもあった。でもこれを言った瞬間、彼は一度真剣な表情になって、そしてまた微笑んでくれて、あたしにこう言ったんだ。

 「あやも、僕たちリトルバスターズの仲間になろうよ」

 それは、どこかで聞いたことがあるセリフで、そして胸の中が凄く暖かくなった。

 その言葉の向こうに。

 その未来に。

 あたしは確かに、あたしの、あたしたちの青春を垣間見たのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「だ、大丈夫かしら…」

 制服のスカートを掴み、内股をモジモジとさせたあたしに、理樹くんは笑って言った。

 「安心して。きっとみんな歓迎してくれるから」

 「ならいいけど…。で、でも……」

 「なに、あや? 緊張してるの?」

 「な、なに言ってるのよ…!このあたしが今さら緊張してるわけないじゃない…!子供のころから長い間眠ってて理樹くん以外の人たちとうまく馴染めなかった今までのあたしとは思わないでよねっ!退院して、この学園に入って、そんなのもう関係ないんだから!これはむ、武者震いよっ!」

 「武者震いって……」

 「な、なによ!ど、どうせあたしはあがり症の恋人以外の人には馴染めない惨めな女よ!笑うがいいわ。ほら笑いなさいよ。あーはっはっはって!」

 「う〜ん…それじゃあさ」

 「な、なによ…」

 理樹くんはニコリと反則的な笑顔で、あたしに指をぴんと伸ばして、さらりと言ってくれた。

 「あやがリトルバスターズに入ったら、今日はあやとデートしよう。勿論みんなと遊んだ後になるけどね」

 「……………へ?」

 「ね?」

 首を傾げて微笑む理樹くん。停止するあたし。

 「……あや?」

 「……げ」

 「げ?」

 「げげごほぼうぇっ!」

 「うわぁっ!?」

 そして吐くあたし。

 顔を真っ赤にして、理樹くんに迫る。

 「な、なに言ってるのよ…!」

 「あ、あや。僕とデートするの、嫌なのかな…」

 「う…。いや、嫌ってわけじゃないわよ。ただ……ええいもうっ」

 「あや?」

 「そんな、あたしがリトルバスターズに入ろうが入るまいが、あたしは理樹くんの彼女なんだからデートぐらいいつだってしてあげるわよっ!」

 顔を真っ赤にしながら、理樹くんの鼻先まで指を立てて、あたしはなにを口走ってるんだろうか。まぁ嘘じゃないけどさ……。

 …って、理樹くんまで顔赤くしてどうするのよ。ますますこっちまで恥ずかしくなるじゃない。

 「……そうだね、あや」

 だからその笑顔が反則なんだってぇっ!あんたはどこまで可愛いのよ!むしろ逆に彼氏のほうが可愛いって気付いちゃって、なんだか傷ついてくるんですけどーっ!?

 ―――って、むぐっ!?

 「ん……」

 あたしの唇に、理樹くんの唇が重なる。

 「ん、んむ……」

 そしてふわりと離される二つの唇。ぽーっとしたあたしに、理樹くんの笑顔が眩しくあたしの視界に輝く。

 「ありがとう」

 「きょ、きょげーーーーーーーーっっ!!」

 なにもかも沸騰したかのように、あたしは叫んだ。

 とりあえず色々と自分でも意味不明になったあたしを宥めて、理樹くんはあたしの手を掴んで、駆けだした。

 「さぁ行こう、あや。みんな待ってるよ!」

 「ちょ、ちょっと理樹くん……!」

 理樹くんに手を引かれて、あたしも駆けだした。駆けだした二人が向かった先は、学校のグラウンドで、理樹くんが言っていたリトルバスターズという団体の人たちのところだった。

 「遅かったな理樹。 ……ん? その女子生徒は?」

 「うん、恭介。 紹介するね」

 理樹くんは隣に立つあたしの肩に触れて、口を開いた。

 「今日からリトルバスターズに新しく入る、新メンバー。 そして、僕の彼女です」

 「…………」

 あれ? みんな、なんだか黙っちゃったけど……

 と、思っていたら。

 「ええええええええええっっ!!」

 スゴイ驚かれた。

 「あ、あの……よ、よろしくお願いします……!」

 がばっと頭を下げるあたし。

 そんなあたしに、みんなが笑顔で歓迎してくれる。

 「こちらこそよろしくだよぉ。 新メンバー大歓迎~」

 「わふー。 リキの彼女なのですーっ」

 「ふむ、少年もやるなぁ……」

 「理樹くんやるーっ」

 みんなの笑顔に、あたしは歓迎された。そしてみんなにからかわれる理樹くんの姿も見ることができた。あたしたちを囲むみんなが、そこにいた。

 

 青春が。

 

 未来が。

 

 暖かさが。

 

 そこにあった。

 

 

 そして、理樹くんが。

 

 そばにいてくれた。

 

 

 ―――あたしの現実世界(みらい)が、そこにあった。

 

 こんな幸せな世界と青春に巡り合わせてもらったあたしはこの言葉を口にしよう。

 

 ありがとう。

 

 そして―――

 

 これからもよろしくね、理樹くん。

 

 

 Fin.

 




ご愛読ありがとうございました。

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