沙耶アフター -Saya's Song-   作:伊東椋

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Saya.近くて遠い

 あたしはあの世界で理樹くんと一緒に過ごした。

 理樹くんと出会い、理樹くんをパートナーとして、秘宝を求めて地下迷宮を探検し、闇の執行部と戦い、そんな日々。

 楽しかった―――

 理樹くんと過ごせたあの世界。

 リプレイを繰り返し、それでもずっとずっといつまでも、理樹くんが好きだった。

 大好きだった。

 会うたびに、その想いは膨らんだ。

 そして理樹くんもあたしを愛してくれた。

 あたしも愛してた。

 これからも理樹くんと過ごせたらどんなに良いだろうと思ったこともあった。

 だけどあたしはわかっていた。理樹くんがあたしと出会うルートは終わりしかない。バッドエンドしかないってことは、知っていた。

 だってあたしはあのゲームの世界に紛れ込んだ、イレギュラーな存在でしかない。すでに主人公とヒロインは存在している虚構の世界に、あたしが紛れ込んで、理樹くんを誘っただけ。

 元々あの虚構世界は、あたしの生きる世界ではなかった。

 何故ならあたしの生きる世界は無いはずだったから。

 だから、あたしは理樹くんと、お別れした。

 秘宝を生物兵器と願い、終焉を迎えさせたのも、あたし。

 あたしは退場する。

 そして理樹くんと、さよなら。

 一瞬でもあの青春を駆け抜けられただけでも良かった。

 ありがとうと言い、あたしはあの世界から退場した。

 そしてあたしは……記憶だけを、想いだけをタイムマシンに乗せて、元の現実世界に還ってきた。

 あの虚構世界の記憶だけを受け継いだあたしは、なんとか救われた。

 記憶だけを受け継いだあたしは、再び彼と再会できる日を待った。あの土砂崩れから助けられ、あたしは父とともに祖国の日本に帰国した。

 あたしが日本に帰ってきたときには理樹くんに会うことはできなかった。理樹くんの家は、理樹くんの両親が亡くなったことで理樹くんは親戚筋の家に移ったらしい。

 あたしは理樹くんと出会える日をどこまでも待った。

 成長し、あの虚構世界のあたしに近付いたあたし。あたしの手にかかれば理樹くんの学園を探しあてるなんて造作もないことだった。学園の名前も場所もあの世界で既に知っていたから、覚えている名前と場所を探しあてれば良いだけの話だった。

 そしてあたしは理樹くんの学園に入学した。

 初めは、そして上級しても、あたしは理樹くんとは別のクラスだった。理樹くんはたぶんあたしのことは覚えていない。あたしから一方的に行っても理樹くんは困るだけだろう。まだ、理樹くんの中ではあたしは初対面の人間なのだ。

 いや、正確にはこの現実世界でもあたしと理樹くんは幼いころに出会っているから初対面ではない。日本から離れ、あの事故に合う前、あたしは日本にいたころ、近所の仲の良い男の子の友達とサッカーをしたりして遊んだ記憶があるからだ。その男の子こそ、理樹くんだった。

 どちらにせよ、現実世界での幼いころにあたしと出会ったことも、虚構世界で出会ったことも、理樹くんは覚えていない。

 ある日、廊下で理樹くんとすれ違ったことがある。すれ違った理樹くんを一瞥したあたしの目は、一体どんな目をしていたのだろうか……。

 あたしはその時を待った。

 待ち続けた。

 そして、運命の時が来た。

 修学旅行で、理樹くんたちのクラスが乗っていたバスが崖に落ちる事故が起きたのだ。あたしのクラスが乗っていたバスは後続だったから、その光景を目のあたりにすることになった。

 理樹くんは、ああやってあの虚構世界に行ったのかもしれない……。

 それでも、理樹くんが乗っていたバスが崖下に転落した時、あたしは気が気でなかった。落ち着いてなんていられなかった。

 だからあたしは、緊急に停車したバスから一人降りて、崖下に落ちたバスに向かったのだ。

 何ができるかわからない。たとえそこに行ったとしても自分がどこまでできるのか多可が知れている。

 だけど、それでも行きたかった。

 止まらなかった。

 そしてあたしはそこで―――理樹くんと、初めて出会い、言葉を交わした。

 理樹くんはやっぱりあたしのことを覚えていないようだった。

 つい、ある言葉を言いそうになったけど、これを言ったら理樹くんはきっと困惑するだろう。

 だから、ぐっと抑えた。

 そしてあたしは逃げるようにして、理樹くんのもとから去った。

 理樹くん……

 大切な人は、近くにいて遠かった。

 

 


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