沙耶アフター -Saya's Song-   作:伊東椋

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Riki.ゲーセンにて

 沙耶が恭介の入団テストに無事合格して、リトルバスターズに正式に入った日。

 僕たちリトルバスターズの面々は、沙耶を新しメンバーに加え、沙耶の歓迎会と称して早速遊びに出掛けることになった。

 街中には学園の生徒たちの遊び場が多くあり、僕や鈴、恭介たちも買い物や遊びでよく足を運ぶ。

 学園から最も近い所にあることで生徒にも人気があるゲーセンに、僕たちはいた。

 「さて。 なにがいい?」

 おもむろに、恭介が聞いてきた。

 「う~ん。 そうだね……」

 見渡してみると、色んなゲームがたくさんある。気がつくと、みんなそれぞれのゲームへと散らばっていた。小毬さんとクドはお菓子を取るゲームの前で中身のお菓子に注目していたり、真人はボクシングゲームの前で何故か上着を脱ぎ捨ててやる気満々に筋肉を自慢するも謙吾に悟られてお金がないことに気付いてショックを受けていたり、葉瑠佳さんと来ヶ谷さんはいつの間にかゾンビを撃つゲームにハマッてるし、みんな自由に行動している。

 「……あいつら。 自分勝手に始めやがって……。 新メンバーの歓迎会ってことを忘れてないか?」

 「あはは……。 ごめんね、沙耶……」

 「えっ? あ、べ、別にかまわないわよ……!」

 「(沙耶、緊張してるなぁ)」

 みんなでこうして遊ぶなんてことは、沙耶にとって初めてなのかもしれない。沙耶は相当緊張している様子で、顔が赤い。戸惑いがちの沙耶がなんだか可愛かった。

 「どうする理樹?」

 「う~ん、そうだね。 沙耶、なにか遊びたいのある?」

 「……えっ! ちょ! ホ、ホワット?」

 「……緊張しすぎだよ、沙耶。 落ち着いて」

 「き、緊張なんかしてないわよッ!」

 どう見ても、ドキドキバクバクの緊張ぷりなんですけど……。

 でもせっかくゲーセンに来たんだ。何かで遊んで、沙耶を楽しませてあげたいんだけど。

 「あちらはいかがですか?」

 背後からの声に、僕と恭介も振り返る。閉じた日傘を持った西園さんが、胸の所まで上げた手でピッと指を指している。その指の方向を見てみると、そこにはゲーセンの定番ともいえる、ぬいぐるみがぎっしり入った大きな箱、いわゆるクレーンゲーム機があった。

 中にあるたくさんのぬいぐるみは動物やアニメのキャラクターなど、可愛いぬいぐるみがたくさんだ。実に女の子らしい。

 「うん。それがいいね! 行こう、沙耶」

 「ク、クレーンゲーム? ふ、ふん……! こんなのであたしを楽しめると思ってるの? あたしはやっぱりあのゾンビを撃ち殺すゲームがぴったりだわ! まぁでも理樹くんがどうしてもって言うなら、最初はあれで遊んであげる! まっ! あんな機械ごときであたしを満足できるかどうかはわからないけどねっ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「いよっしゃぁぁぁぁぁっっ!! とっったぁぁぁぁぁぁっっ!!」

 沙耶さんは思い切り楽しんでいた。

 クレーンゲーム機に食いつくように熱中している沙耶さんの姿に、僕たちは驚きを隠せなかった。

 「なんだこいつ! こわッ!」

 「凄まじいですね」

 「……ああ。 こいつはさすがの俺も恐れ入るぜ……」

 猫のレノンを頭に乗せた鈴、特に驚いていないように見える冷静な西園さん、ひと汗垂らす恭介。

 そして苦笑する僕。

 みんながみんな、沙耶の興奮っぷりには誰も付いていけていなかった。

 まぁ、沙耶が楽しんでいるようだから、僕は嬉しいけど。

 「かーーーーっっ! これ、最高っっ! 笑っちゃうくらいばんばん取れちゃうなんて、あたしってば超天才ーーーっっ!! スパイからこっちに転向しても良いくらいじゃないかしらっ!? これならフリーでも食っていけるわぁぁーーーっっ!!」

 興奮しすぎて、色々とわけのわからないことを口走ってる沙耶。

 「ふふふ……さぁて、次はどいつを頂こうかしら……?」

 沙耶の目がまるで危険な誘拐犯のような目に変わる。

 「お前か……? ふふ、そんなに怖がっても無駄よ……。あたしの手にかかればちょちょいのちょい………よっと……よっしゃ! またまた取ったーーーーっっ!! ほら見なさい! 逃げても無駄なのよあーはっはっはっ!!」

 誰がどう見ても、思い切り楽しんでる!

 これで満足しなかったと言われれば沙耶を満足できるゲームなんてこの世に存在しない。

 「ちょっと! なにか要望はあるかしらっ?! そこのゲェェェストッ!?」

 一瞬だけ、たじろぐ僕たち。

 「……折角だ。 なにか取ってほしいものはないか? 鈴」

 「あ、あたしかっ!?」

 ビクリと肩を震わせた後、ここで振るのかと言いたげに恭介をじろりと睨む鈴。ゆっくりと沙耶の方に視線を移した鈴は、ハァハァと荒い呼吸で目を不気味に輝かせている沙耶の姿を見て、まるで子猫のように震えてしまっている。

 「鈴……?」

 「……怖い」

 あえて言おう、僕も怖い。

 「……あっ!」

 と、その時。突然鈴の頭の上から飛び降りたレノンが、タタタと沙耶のいる場所。クレーンゲーム機の前まで走っていってしまった。

 「こ、こらレノン! そっちへ行くな! しぬ気かっ!」

 鈴の制止する声も虚しく、レノンは闇のオーラ漂う場所へと行ってしまった。

 「……くっ!」

 ぐっと拳を握りしめる鈴。黙って立ち止まってしまった鈴の顔を覗き込むと、鈴の決意染みた言葉が紡がれた。

 「……理樹」

 「な、なに?」

 「……あたしは、行かなければならない」

 「ど、どこに?」

 「……あたしはレノンを助けにいかなきゃならないんだ。 レノンは……あの魔の世界に行ってしまった……」

 沙耶のほうを見てみると、確かに不吉なオーラをドロドロと漂わせている沙耶(しかも笑ってる)のそばに、レノンがいた。何故だろう、沙耶がとっても魔王に見える。なにも悪いこともしてないし起きてもいないのに。

 「止めるな理樹っ!」

 僕は何も言っていない。

 「……もし、あたしが戻らなかったら」

 ふわっと翻るポニーテール。チリンと綺麗に鳴る髪留めの鈴(すず)。そして、微笑んでいる鈴のどきりとする程の綺麗な横顔。

 「あいつらを……猫たちを、よろしく頼む」

 そう言い残して、本当に優しい笑顔で、鈴は僕に背を向けて、駆けていった。

 「鈴っっっ!! よせぇぇぇぇっっ!!」

 鈴の実兄のノリノリの声。離れていく鈴の後ろ姿に手を伸ばしながら、涙を流さんばかりに声を振り絞る恭介の姿。さすが兄妹といったところだろうか。

 そして鈴はレノンを連れ戻すべく、異様な空気が流れているクレーンゲーム機のほうへと駆け抜けていったのだった―――

 

 

 

 

 

 

 「見ろ、くちゃくちゃ可愛いだろ」

 そう言って、鈴は大きな猫のぬいぐるみを自慢するように見せつけてきた。その猫のぬいぐるみがドルジに似ているのは気のせいだろうか。

 「よ、良かったね。鈴……」

 「ああ。 あいつはいい奴だ!」

 鈴は本当に嬉しそうにドルジ似の大きな猫のぬいぐるみを抱き締めながら言った。

 ちなみにぬいぐるみは沙耶さんがクレーンゲームで取って、それを鈴がプレゼントとして貰ったものだ。

 「あなた、どれか欲しいものある?」

 「うみゅ……。 あ、あの……ね…ね……」

 「ああ、あの猫のぬいぐるみね」

 緊張する鈴のことを察して、沙耶はすぐに理解して鈴の欲しがっていた猫のぬいぐるみをいとも簡単に手に入れてしまった。

 「はい。あげるわ」

 「なに…!? い、いいのか…っ?」

 「ええ。あたしからのプレゼントよ」

 「で、でもこれ……」

 「気にしないで。 あたしはもうこれだけいっぱいあるんだし。それに……これからよろしくってわけで。その……」

 「……ありがとう、あや。 あやは、いい奴だ!」

 「え……」

 輝くような笑顔を振りまく鈴と、顔を赤くした沙耶の、二人の光景は僕にはとても微笑ましいものだった。

 

 ……ということだ。

 そして沙耶は……

 「ゲームスタート」

 まだやっていた。

 「そこよ……そう、そこ! そら、いけっ! ……いよっしゃ! とったどーーーっっ!」

 本当にこれ以上ないってくらいに楽しんでいるなぁ。

 「理樹。お前もなにか取ってもらったらどうだ?」

 「それさ、普通逆じゃない?」

 クレーンゲームって、普通は男のほうが彼女のために取ってあげるべきだと思うんだけど。

 「なぁに気にするな。理樹、お前は女装が似合うほど女の子っぽいんだ。なにも問題はない」

 「それ、僕にとってすごく気になる言い方なんだけど! ていうか女装なんかしたことないしっ! って西園さん、なんで鼻血吹いてるの!」

 「……失礼しました。 お気になさらず」

 「いいから、とりあえず行ってこい」

 恭介に背を押され、僕はとりあえず沙耶のところにやってきた。沙耶はクレーンゲームに相変わらず夢中で、僕が来ても振り向きすらしない。

 「あ、あのさ沙耶……」

 「あら理樹くん。ちょうどいいわ。あなたもなにか欲しいのある?」

 「え、えーと。 別に、特にないけど……」

 「遠慮しないで。 さっきは棗さんにもあげたし、理樹くんにもなにかプレゼントしても良いのよ。 ほら、好きなの言ってみて」

 「うーん……それじゃ、その手前のストラップで」

 いいのか、僕。

 普通は男のほうから女の子にプレゼントするべきじゃないのか?

 まぁ……今の沙耶の状態だったら、そんな倫理、無駄だと思う……。

 「そんなのどうでもいいわっ! それよりあの奥の一番でかいぬいぐるみを取ってあげるわ!」

 「じゃあ聞かないでよ……」

 ……って、なんだろう。こんなこと、前にもあったような…。デシャヴってやつだろうか。

 「さーて……どこを挟んでやろうかしら…。これでどうだっ?!」

 見事に挟まれる、哀れ大きなぬいぐるみとこのゲーセンの店員。

 「やったぁぁぁーーーッッ!! あたしってば超天才ーーーーっっ!! アイ・アム・ザ・ゴッドッッ!! あたしのことはクレーンゲームの神とお呼びなさいっ! あーはっはっはっ!!」

 まったくその通りです、クレーンゲームの神様。

 

 結局、最後まで沙耶は一人でクレーンゲーム機に熱中したのだった。

 

 

 

 もう日が暮れ、僕たちは夕日に照らされて影を落としながら、帰路の川岸を歩いていた。

 「たくさん取ったね……」

 僕は隣を歩く、ぎっしりと入ったぬいぐるみの袋を抱えて楽しそうな表情をしている沙耶に声をかけた。

 「こんなの、ちょろいもんよ」

 その声は楽しそうに弾んでいた。

 僕はそんな沙耶の声と表情に、安堵と嬉しさがあった。

 「楽しかった?」

 「うん。 満足満足」

 「それは良かったよ」

 沙耶が楽しめたなら、やっぱりそれで良い。

 僕はそう思った。

 「沙耶、ありがとね」

 「な、なによ理樹くん。いきなり……」

 「鈴に猫のぬいぐるみをくれたでしょ」

 僕たちの目の前を、リトルバスターズのメンバーが歩いている。そしてその中で、小毬さんと談笑している鈴がいた。その胸には、沙耶がクレーンゲームで取った猫のぬいぐるみが抱えられていた。頭にレノン、そして胸にドルジ似のぬいぐるみを抱えた鈴の横顔は、とても嬉しそうだった。

 「ああ…」

 沙耶は鈴の背中を見て、クスッと笑う。

 「別にあれくらい。お礼を言われるほどでもないわ。ただ……こんなにいっぱいあるんだから、その中の一個をあげただけだし……」

 「それでも、沙耶は鈴にプレゼントしてくれた」

 「う、うう……」

 沙耶は恥ずかしそうに鼻の上を朱色に染めて、いっぱい入ったぬいぐるみの袋をぎゅっと抱きしめた。

 「それに僕も楽しかったよ。沙耶があんなにクレーンゲームに熱中するなんて、びっくりした。でも沙耶、すごく楽しそうだったから、僕も楽しかったよ」

 「……そう」

 抱えた袋から目だけを出して、チラと僕のほうを見る。

 「……本当に?」

 「うん。素敵な一日だったと思えるくらい」

 「……でも、あたし一人が夢中になって……」

 「みんなも僕と同じだよ。沙耶とゲーセンに行って、今日はみんな、楽しかったと思ってるよ」

 「…なら、いいんだけど……」

 「沙耶は、どうだった?」

 「え?」

 「楽しかった?」

 「………」

 つかの間の沈黙が降りる。

 あの世界からこの世界に戻ってきて以来、真に再会できた僕たち。そして沙耶をリトルバスターズに介入して、みんなで初めて遊んだ今日。

 「そんなの、もちろん………すごく、楽しかったわよ」

 照れながら言う沙耶の顔は、朱色に染まっていた。それが夕陽のせいかどうかはわからない。

 沙耶は確かに、リトルバスターズのメンバーとなったのだ。

 


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