ゲーセンから帰ってきたあたしたちは寮の前で解散となった。理樹くんはもちろん男子寮に帰り、あたしもクレーンゲームで取ったたくさんのぬいぐるみを抱えて自分の部屋へと帰ってきた。
「ふぅ……」
ドサッと音を立てるほど、袋いっぱいに入ったぬいぐるみの袋を机の上に置く。
「にしても……さすがに取り過ぎたわね」
机の上に置いた袋から溢れんばかりのぬいぐるみを見て、苦笑する。
ちなみにこの部屋にいるのはあたし一人だ。あたしの部屋はルームメイトがいないので事実上あたし個人の部屋となっている。
別に友達がいないというわけではない。自分で言うのもなんだけど、あたしはむしろクラスでは人気者の立場にある。誰に対しても気さくに、明るく振る舞う優等生を演じている結果、勝手にあたしの周りには大勢のクラスメイトが集まっていた。
だからあたしが個人部屋なのは、ただ人手が合わなかったというか、そもそもあたしは一人部屋のほうが好きだからむしろこの状態が好ましいから……べ、別に何度も言うけど友達がいないってわけじゃないのよっ?全然寂しくなんかないんだから…っ!
……友達、か。
でも実を言うと、本当の意味で友達と呼べる人は今までいなかったのかもしれない。クラスの人気者と言っても、クラスにいるあたしは仮面をかぶった役者のようなものだ。もちろん周りに集まってくれるクラスメイトたちには感謝しているが……なんというか、あたしが友達と呼べる存在はいない。
唯一、理樹くんしかいない。あたしが本当の意味で親しく、そしてそれ以上の関係を持っている人は。
――コンコンッ。
「!」
部屋のドアをノックされた。
「誰?」
ドア越しにいるだろう誰かに向けて声を投げかける。そしてすぐに相手の言葉が返ってきた。
「アヤさ~ん。 私です~」
聞き覚えのある声。あたしの部屋に来る人なんて見回りに来る寮長しかいないはずだが、確かにその声の主をあたしは知っていた。しかも最近聞いたばかりの。
とりあえずあたしはドアに近寄り、向こうにいる人物を迎えるため、ドアを開いた。
「わふっ。 アヤさん、ハローですっ」
ふんわりとした真っ白な帽子。亜麻色の長髪。くりっとした丸い瞳。そこにいたのは背の小さな、白いマントを付けた女の子。リトルバスターズの一員で、理樹くんの友人の一人でもある、理樹くんのクラスメイトのクォーター、能美クドリャフカさんだった。
「あら、いらっしゃい。どうしたの?」
彼女がここに来るなんて初めてのことだ。あたしはすこしだけ驚いて、なんでここに来たのかを彼女に問うた。
「わふー。 アヤさんをお迎えにあがりましたのですーっ」
「お迎え?」
その単語に、あたしはきょとんとなる。
対して目の前の彼女は、「はいっ」と、本当に楽しそうな笑顔でニコニコと微笑んでいるばかりだった。
「……ああ、あたしにも遂にお迎えが来たのね。 まだやりたいことはたくさんあったけど、これも天のお導き……。 仕方ないわね……」
「わふーっ?! アヤさんはご臨終なさるのですかーっ!」
「あぁ、今までありがとうお父さん。 先に逝ってしまう親不孝の娘を許して……」
「わーふー! だ、だめですーっ! アヤさんかむばーっくですぅ!!」
「……って、そろそろツッコんでくれないかしら」
「わふ?」
きょとんと首を傾げる目の前の彼女が、まるで子犬のように愛らしい。
「……アヤさん、死んじゃうのでは」
「冗談に決まってるでしょう。 まったく、ツッコミがいないと終わらないじゃない……」
「わふぅ……。 ごめんなさい、なのです……」
しゅんと落ち込む彼女。まるで本当に垂れてる犬耳が見えてしまうみたいだった。
「ううん、……こっちこそ、ごめんね」
クスッと微笑んで、ごめんねと謝ると、彼女もまたすぐに笑顔に戻ってくれて、あたしはほっと安堵するのだった。
「それで、あたしに何か用なのかしら」
「あ、はいっ! え、えっと、実はですねっ。 アヤさんを、私たちのお泊り会にご招待なのですー!」
「ああ、それでお迎えってことなのね」
「はいっ」
にっこりとした笑顔で頷く能美さん。
そう、あたしは今日、理樹くんの招待でリトルバスターズに入団したのだ。
この集団に入って何かが変わるのかなと思ったけど、早速何かあるみたいだった。
「アヤさんもいかがですか?」
「………」
ここで断る理由もない。
でもこんなのは初めてだから、ちょっと戸惑ってしまう。
それでもあたしは――
「…………」
あたしがどんな顔をしていたかわからないけど、きっと恥ずかしい顔をしていたと思う。そんな顔で、あたしは無言で頷いていた。
それを見て、能美さんがぱっと花が咲いたような笑顔を浮かべる。
「良かったです~。 では早速レッツゴーです!」
「あ! ちょ、ちょっと待って!」
「はい?」
「ちょっと持ってくるものがあるから……」
そしてあたしは机のもとに戻る。そして机の上にどっさりと置かれたアレをまた抱えて、彼女のそばへ。
「お手伝いしましょうか?」
「このくらい大丈夫よ。 さ、行きましょう」
あたしはそれを胸に抱えて、彼女と一緒に部屋を後にした。
あたしが招き入れられたのは、リトルバスターズの女性陣が集った部屋だった。
「あ、いらっしゃ~い。待ってたよ~」
ドアを開けて最初に迎えてくれたのは、ほんわり少女の神北さんだった。
「みんな~。あーちゃんが来たよぉ」
どうやらあーちゃんというのは、あたしのことのようだ。ちょっと恥ずかしい。
「いらっしゃい」
「新人大歓迎!」
彼女たちは笑顔であたしを歓迎してくれた。
ちょっとだけ、胸がほわっと温かくなった。
「さぁ、アヤさんもこちらへ」
能美さんの小さな手に引かれ、あたしはお菓子を囲んでいる女性陣の輪へと誘われた。
「それではぁ。あーちゃんの歓迎会を始めたいと思います~」
神北さんの力が抜けるようなまったりとした号令に、あたし以外の女性陣が、しゃかしゃか鳴らしたりドンドンパフパフと鳴らしたりと少し騒がしい程度で一斉に盛り上がる。
「リトルバスターズ新入おめでとう~」
「おめでとなのですーっ」
「ゆっくりしていってね~」
「あ、ありがとう……」
それは今日、理樹くんたちのリトルバスターズに入ったあたしの歓迎会だった。でも見渡すと理樹くんたちがいないから(女子寮だから当然だけど)、女性陣だけの歓迎会みたいだ。
「歓迎会って言っても、いつもの集まりとは特に変わりませんけどね……」
「まぁ、確かにな」
「みおちんも姉御も、そんなこと言わずに~」
「いつもこうやって集まってるの?」
あたしは聞いてみる。
「まぁ、いつもと言えばいつもですね……」
「こうやって皆で集まって、楽しくお菓子を食べながらお喋りするんだよぉ」
「……甘い。 ウマイ……」
「でも太る。 ちなみに小毬君の体重は『ほわぁぁぁぁっっ!!(小毬)』」
顔を真っ赤にして慌てて来ヶ谷さんに飛び付く神北さん。そんな神北さんに対して来ヶ谷さんは楽しそうだ。そして周りからもどっと笑いが起こる。
「もうっ! ゆいちゃぁ〜んっ!」
「はっはっはっ」
つい、あたしもクスッと口元を緩めていた。
そしてまた、胸の中がほわっと暖かくなる。
またこの感覚。
この輪の中にいると、感じるようになる暖かさ。
これは、なんだろう――
「あーちゃんも、どうぞ~」
「ありがとう。……そうだ」
あたしは神北さんからワッフルを受け取ると、持ってきたアレを、みんなの前に出した。みんなの視線がこの一点に集中する。
「あれ、あーちゃん。それって、今日ゲーセンで……」
「これ、皆さんに配ろうと思って……」
恥ずかしそうにあたしがそう言うと、みんなの表情が一瞬だけぽかんとなる。うう、恥ずかしい…。
「でもいいの? これ、あーちゃんが取ったのに…」
「い、いいのよ! あたしはこんなにいらないし……、だからその…、みんなにあげるわっ!」
キョドッてるよ、あたし…。
落ち着け。
「……えっと。 これは神北さんに! で、これは棗さん! これは能美さんで、それは……」
と言いながら、あたしは次々とぬいぐるみを彼女たちの手元に渡していく。
神北さんはペンギンのぬいぐるみ。棗さんにはまた猫のぬいぐるみ。能美さんには犬で、来ヶ谷さんにはゾウ、三枝さんにはパンダで、西園さんにはクジラだ。
みんなは沈黙している。
「(うう……こんなこと、しなきゃ良かったかな…)」
あたしはチラリと、彼女たちを伺う。
そして……
「ありがとうっ!あーちゃん。ペンギンさん、大事にするよぉ〜」
「わふーっ! これはベリーベリーキュートなのです〜っ!」
「…あ、ありがとう、あや……」
「ふむ、ありがたく頂いておこう」
「パンダパンダコパンダコパンダコパンダーーッ!」
「……ありがとうございます」
「………」
みんなはそれぞれのぬいぐるみを見せ合ったりして、あたしは渡して良かったと思った。
「見て見て、ペンギンさんかわい~」
「……この猫、レノンに似てる…」
「わふー。この犬さんも可愛いですよ~」
「ふふふ。パンダは見た目は可愛くてとても人気がある動物だけどその実態は凶暴で陸上最大の肉食獣である熊の仲間であり彼らはその愛しさを罠に近付いてきた人間たちをパクリとそれはもうその鋭利な爪で残酷に切り裂き食べて人間たちを抹殺しこの世の世界の笹を支配するのが彼らパンダの陰謀なのだーっ!」
「西園女史、見たまえ。立派なゾウさんだろう…」
「……なんだか来ヶ谷さんが仰ると卑猥に聞こえます」
あたしが取ったぬいぐるみ、あたしがプレゼントしたぬいぐるみを見せあい、談笑する光景。
―――あたしがここにいて、胸の中に感じる暖かさ。
「あーちゃん。今日は楽しんでよぉ~」
「お菓子もたくさんありますよ」
「今日は寝かせないぜー!」
―――それはあたしが掴んだ、『暖かさ』
お菓子を囲み、トランプで遊んだり、談笑したり、あたしが理樹くんのことでからかわれたりもしたけど、何もかもが楽しい時間だった。
時間を忘れ、甘いお菓子に舌を打ちながら、あたしは輪の一筋となって、彼女たちと楽しく過ごした。
あたしが今まで手に入れることができなかったもの。
あの世界でも無かったもの。
―――そこにはあたしが望んでいた、『暖かさ』があった。