魔法世界の賞金稼ぎ   作:人生脇役

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1.目覚め

 人の手の入っていない森の中。

 そこに、小さな石造りの建造物が、木々に隠されるように存在していた。

 家や小屋、というよりは何かの入り口のような建造物。その地下には、複数の通路とそこから扉で繋がった、多くの部屋があり、階層構造を成している。

 その階層を下っていき、最深部に位置する部屋。一際広いその部屋の床に、人影がある。

仰向けに横たわったそれは、長い間その場所から動いていない。身につけた衣服は劣化しているものの、その中身は白骨化どころか、腐敗の徴候すら見せていない。ただ、積もった埃がそこにあった期間を示していた。

 

 

「シッ」

 飛びかかってきた獣を一太刀で切り捨てて、周囲を警戒する。

 動くものは見えない。足音や息の音もしない。

 ここの魔物はあまり強くないな、とレフは思った。

 レフは賞金稼ぎだ。ギルドから出る、魔物退治の依頼などの賞金をアテに生活している。同業者には特定の都市などに定住するタイプと、旅をしながら生活しているタイプがおり、レフは後者だった。

 もう一度、周囲を左手のガントレットについた魔力灯で照らす。

 剣の間合いではバックパックに吊るした魔力ランタンで十分だが、遠くを警戒するには、指向性がなければ無理だった。すでに5階層潜っており、光は無きに等しい。

 敵がいないことを確信し、納刀する。

 正面を照らしながら、通路を歩いていく。

 先の見えない通路を進みながら、レフは考えていた。

 この遺跡の魔物のことだ。5階層も潜れば、普通は相応に強い魔物がいるものだ。そうなれば、苦戦はせずとも一太刀で切り捨てられるようなことはない。強さもそうだが、挙動も不審だった。魔物と言えど生物であり、食物連鎖もある。そのトップとなるような魔物は総じて、傍若無人の振る舞いをしているものだった。しかし、この遺跡で一番手応えがあった部類の魔物でも、何かに怯えるような仕草を見せることがある。生態系の、さらに上がいる。

しかし、とレフは考える。そのような大物が発生するにしては、やはりここの魔物は弱い。それ以上に、獰猛さが不足していた。大物は大抵、他の魔物を喰らってその力を得ている。遺跡を探索するのなら、そのような現場に出くわすことも多かったのだが。

「ん?」

 扉だ。正面、魔力灯が照らし出す先に、扉があった。左右を照らしてみても、分かれ道のようなものはない。

 探索しやすい部類の遺跡だったが、4階層まではこのような扉は見かけなかった。最深部だろうか。

 ともあれ、開けてみる他はない。

 レフは扉に近づき、観察する。蝶番はこちら側にない。奥に開くようだ。鍵のようなものはない。取っ手らしきものはあるが、どうも壊れているらしい。開けるのに苦労はなさそうだ。

「さて、何があるかな」

 呟きながら、レフは扉を押す。

 

 扉は、蝶番を軋ませながら開いた。

 中は、ここまでに見た他の部屋より広い。しかし、廊下や他の部屋のように魔物が入り込まなかったようで、壁や床は比較的荒れていなかった。

 警戒したが、動くものの気配はない。静寂が部屋を支配している。

 ランタンを左手に掲げて足を進める。何かないか、と見回すが、特に入れ物や棚のようなものは見当たらない。

「ん」

 床に、何かがある。

 ランタンの光が届くように近づいた時、レフは息が止まるような感覚を覚えた。

 人だ。人が横たわっている。

「何だ、これは………」

 女性、だろうか。身に付けている衣服は古く、劣化しているが、軽装の鎧だということはわかる。体つきは細く、また小柄だ。

 顔立ちは整っているが、幼く感じる。長い黒髪はかすかについた埃で艶を失っているようだ。

 一見して、ただ眠っているだけの人間。しかし、レフはこれが得体の知れないものであることがわかる。この遺跡の入り口は、森の中、木に隠されるように立っていた。おそらく知られていない遺跡であり、数百年は人が立ち入っていないように見えた。事実、人の手による探索の跡はほとんどなく、魔物も人間との戦闘に慣れていないようだった。

 そんな遺跡の最深部に、人間だ。しかも、その体は腐敗の徴候すら見せていない。

 いったい、これは、何なのだ。

 レフは考える。どうするべきか。

 これが白骨化した死体だったのなら、価値のある装備を剥ぐなりして、その後に埋葬でもするのだが。こうも生々しい状態だと、そういう気も起きない。そもそも、死んでいるのだろうか。しかし、運び出すのも一苦労では済まない。いくらここの魔物が弱いからと言っても、人一人運びながら5階層登るのは難しい。外に出たところで、近隣の都市であるレンフェストに行くにも、そこそこの距離を移動する必要がある。

レフは独り者だった。この遺跡も、推測を基についで程度のつもりで探して、見つけたものに過ぎない。資金の足しになるようなものが見つかればいい、と言った程度の気分でいた。

「………はぁ」

 厄介な物を見つけてしまった。

 放置して帰るという気分になれない。

 せめて、起きてくれれば連れて帰れるのだが………。

「む」

 横たわっている人の右手、その下に何か道具のようなものがある。

 ブーメランのような、曲がった形状。しかし、明らかにブーメランではない。その片側は握りであり、またもう片側は筒状になっている。

 以前に見た、射法具に似ている。

 手にとってよく見るために、被さっている右手に触れ、持ち上げようとした、その時。

 ドクン、と音がした。

 レフは手を止める。静寂ゆえ、最初は大きく聞こえたが、実際には小さな音。ゆっくりと繰り返すそれは、だんだんと間隔が縮まり、一秒ほどになった。心臓の、鼓動だ。自分のものではない。手に伝わる脈動と、間隔が一致している。

 起こして、しまったのか。

 息を吸い込む音。

「ふぐっ」

 ガバッ、と起き上がった彼女が咳き込む。埃を吸い込んでしまったらしい。

「げほっごほっ………ふぅ………」

 あらかた埃を吐き出し、息を整えた彼女は、ゆっくりとレフを見て───

「………誰?」

 レフにもわかる言葉で、はっきりと訊いた。

 

 

「………誰?」

 遺跡の奥底で見つけた人──レフには女性に見える──彼女は、レフのことを見て、はっきりと訊いた。

「………あ、あぁ。俺はレフという。あなたは………?」

「僕は………」

 彼女はそこで言葉を止める。何か考えているのか。

「ひとつ、聞いていいですか」

「え………何を」

「暦では今、何年ですか」

「年?」

暦では、か。

「王国歴では、374年だったかな」

「374年………ですか。教えてくれてありがとう。僕は………ノエルです」

「ノエル、か。とりあえずはよろしく」

 ノエル。男性にも女性にもいる名前だ。確認しておきたいところだが、まずは脱出が先だ。レフはそう判断して、ノエルに右手を差し出す。

「ここから出る。立てるか」

「あ、はい」

 ノエルは射法具らしきものを太股のホルダーに納め、立ち上がる。レフの手は借りたものの、足取りはしっかりしている。

「それ、射法具か」

「はい。僕はこれが武器です」

「俺が守るつもりだが、戦えるか」

 レフがそう訊くと、ノエルはホルダーから射法具を抜き、手早く点検しだした。各部の埃を払い、持ち手を握る。すると、射法具の一部が光る。

「よし。ちょっと埃っぽいけど、使える」

「ならいい。行くぞ」

 レフはノエルを先導して、入ってきた扉を開ける。相変わらず、通路は暗い。

 照らしながら進むが、魔物は死骸しか見当たらず、襲ってくる気配もない。

「レフさん」

「何だ」

「ここ、どれくらい探索したんです?」

「潜ることを優先して探索したからな。隅から隅まで、というわけじゃない」

「そうですか…」

「何か気になるのか」

「いえ。とにかく、地上に出たいです」

「そうだな。5階層分は登らなきゃならんが…」

前方に見える階段を指し示して、レフはノエルに答える。

「なら、早く登ってしまいましょう」

「そうだな」

 階段を登る。

 この遺跡は階層構造、それもかなり整ったものだ。階層ごとの構造は統一感がある。

 それでも何故か、上りと下りの階段は遠く離れている。メインの通路がそれぞれの階層一本、その端と端に。

 レフにとっては、探索しやすい遺跡と言えた。

 一つ階層を上がり、4階層。ここの通路はさすがに魔物が多く、下りてくる時に斬り伏せた遺骸がかなり転がっている。

「………これ、全部一人で?」

「妙に手応えのない奴らだったな」

「そうですか………」

 ノエルは少々驚いているようだ。だがレフからすると、独り者はこれくらいできないとやっていけはしない。

 そのまま足を進めて、最上層まで辿り着く。あとは入ってきた場所から出るだけ。

「さて、もう出られるな」

「はい」

 遺跡の外は森。それゆえ、光は入口からもあまり入ってこない。

「そういえば、今って昼間ですか」

「昼時は過ぎているだろうな」

 レフはノエルの質問に答える。保存食で早めの昼食を摂ってからこの遺跡の探索を始めた。それから、3時間は経っていないはず。

「まぁ、出てみればわかる」

 そう言ってレフは入口の階段を上った。

 

 

 遺跡から出てくれば、そこは鬱蒼と茂った森。木漏れ日は昼の色をしている。

「すーーー………はぁーーー………」

「深呼吸か。怖かったのか?」

 ノエルが大きく息をしていたので、レフが訊いてみると、ノエルはふふ、と笑ってこう答えた。

「いいえ、全く。でも、遺跡は息が詰まります」

「なるほど」

 その感覚はわからないでもない。レフもこの稼業を始めた頃はそうだった。

 ………ノエルは、どれほどの時間をあの部屋で過ごしたのだろうか。100年は下るまい。服の布地の劣化具合を見ても、数百年は眠っていたように思える。

 レンフェストについたら、少しは面倒を見てやるべきかな、とレフは考える。

「レフさん」

「ん?」

「この遺跡、早く離れませんか」

「構わんが、何故離れたい?」

「実は………」

 ズン、という地響きがした。

「む」

 嫌な感じだ。抜刀。

「あー………来ちゃうのかな」

 ノエルは心当たりがあるらしい。ホルダーから射法具を抜いて、辺りを見回している。

「何が」

「大物です」

「ボス、か」

 恐らくは、遺跡の魔物の恐怖の対象。

 しかし、どこに?

「遺跡の中、大物はいなかったんですよね?」

「ああ」

「たぶん、今の地響きを出したやつが………」

「喰った、か」

 長い時間をかけて小物を喰い続けて、大きくなる。そういう魔物も、たまにいる。

「来ますよ。あそこ」

 ノエルの指差す方を見れば、地面が明らかに盛り上がっている。

 やがてその盛り上がった土が割れ、何かが出てくる。土煙が舞っていて視界は悪い、が。

「なるほど、大物だ」

 レフ達の5倍はある巨体の、四足獣であることは確かなようだった。

 

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