「見えてきたな」
レフが言った。レフとノエルは商人の馬車の荷台に座っていて、その荷馬車はレンフェストの城壁が見える場所まで来ている。
「明るいうちにつけましたね」
ノエルの言うとおり、日は落ちてきているがまだ明るい。宿を取り、落ち着いて何かをする時間は十分にあるだろう。
眺めているうちに城壁は近づき、馬車がレンフェストの城門へ着いた。レフとノエルは商人に礼を言って別れる。
レンフェスト市中に足を進める。
「さて。まずは宿だな。ギルドの宿は空いているかな」
「ギルドに宿が?」
「ああ。賞金稼ぎギルドは規模が大きい。都市間の連携もしていて、流れの賞金稼ぎ向けの宿もあるのさ」
そう答えてレフは、大通りの一角にある大きな建物に入った。
建物は見た目の通り広い。入ってすぐのホールにはいくつかのテーブルと椅子や、掲示板が並んでいて、軽装鎧などを身に着けた人々がいる。奥にはカウンターがあり、ギルドの制服を身に着けた、男性や女性が受付をしている。
「おや、レフじゃないか」
テーブルについて他の男と話していた男が、レフに気づいて声をかけた。
「ディーンか。久しぶりだな」
レフも見覚えのある賞金稼ぎだ。
「レフが一人でないなんて珍しい。しかも女の子とはなあ」
「ちょっとしたワケアリでな。これでも男らしいから、変な気は起こすなよ」
「何ぃ?そりゃまた。相変わらず退屈しないやつだぜ」
「ま、話すなら後でな。宿は空いてそうか?」
「混んではいないな」
「そうか。ありがとう」
レフは話を切って、空いているカウンターへ歩く。
鞄から小さな手帳を取り出すと、カウンターに置きながら受付嬢に話しかけた。
「レフ・グリエットだ。二人分の部屋は空いているか?」
「ギルドブック、確認しました。部屋はありますが、お二人は別々の部屋がよろしいでしょうか?」
「ふむ」
「相部屋で大丈夫ですよ」
ノエルが答える。
「いいのか?」
「良いのですか?」
「はい。あ、僕は男なので、そういう心配もないです」
「ノエルがそう言うなら、いいか。相部屋で頼む」
「かしこまりました。それでは、こちらが部屋の鍵です」
「ありがとう。後になるが、浴室は使えるか?」
「ええ。故障している浴室もないのでゆっくり使えますよ」
確認も終えたレフは、もう一度礼を言ってカウンターから離れる。
「さて。宿は確保できたし、先にノエルの着替えを調達しておくか」
「そうですね」
馬車に乗る前に落とせるだけ埃を落としたものの、ノエルの着ている服は色褪せて劣化した物だ。
レフとノエルはギルドから出た。
「どういう服がいいんだ?」
「僕の着られるような軽装鎧、ありますかね?」
ノエルは少女のような小柄な体格だ。なので………。
「微妙だな。なければ、普通の服で済ませるしかないだろう」
レフはとりあえず、賞金稼ぎ向けの装備も揃う店に行くことにした。
「その服はどうやって調達した?」
「特注です」
その答えは、レフの推測通りだった。もっとも、今では賞金稼ぎの女性も多い。女性用を使わせるのも手だろう。実用重視なので、見た目も構造も大して変わらない。
話しているうちに、装備店に着く。レフは以前にも訪れたことのある店で、この街にいる賞金稼ぎなら一度は訪れるであろう店だ。
扉を開けて入る。店の中は、一角に剣や盾、杖などの武具、別の一角には鎧や戦闘服、また別の一角には薬、というように賞金稼ぎに入用のものが揃っている。
「店主、いるか」
レフは空のカウンターに呼びかける。するとカウンターの向こうの扉から、壮年の男性が出てきた。
「はいはい、どちら様。と、レフか。久しいな」
「久しぶりだな、店主。今回はこいつ、ノエルの装備を調達しに来たんだが」
「その子か、随分小さいな。それに何だ?その年代物の鎧。訳ありか」
「そういうことだ」
ノエルは店主とレフの会話が一段落ついたのを見て、声を出した。
「僕が着られるような軽装鎧はありませんか?」
「女性用になるな。武器は何だ?」
「射法具です。剣も使えますけど、この通りの体格で………」
「ふむ」
それは初めて聞いた。レフ自身は、色々と落ち着いてから詳しく話をしようと考えていたからだ。
ノエルの体格で剣を使うとなると、確かにやりにくいだろう。小さな体格は当然、膂力がない。身体強化するにしても、地力もあるに越したことはないのだ。それに、リーチが短くなるのも問題だ。
「射法具なら、動きは軽いほうがいいだろうな。よし、表にはないから、いくつか見繕って持って来よう」
そう言って店主は扉を開けて、店の奥に入っていった。
少し待つと、店主は箱を3つほど、台車に載せて持ってきた。
「ノエルだったか。あんたに合いそうなのはこれくらいだな。見てみてくれ」
「ありがとうございます」
ノエルは礼を言ってから、箱の蓋を開けてみた。
軽装鎧と言っても、種類がある。
レフが着ている物は、剣士によく使われるものだ。胸、肩、前腕部や脛などに金属の装甲がついていて、残りの部分は金属糸を通した布地になっている。金属部分は魔導性(魔力の通す性質)のある金属で作られていて、防御時には魔力で強化するのが一般的である。熟練者は常に弱めの強化を全身にかけることもある。
ノエルが着ている古いものは、胸にのみ装甲がある。しかし、前腕などに皮が縫い留められていて、また解れた布地部分には金属糸が多く見える。
店主が見繕ってきたものは、どれも胸、前腕、脛にのみ装甲がついている。素材も剣士用より軽いものが使われていて、身軽に動ける。
「あ、これいいですね」
3着のなかで、ノエルが選んだのは、前腕部の装甲がやや特殊な形状をしたものだ。通常、装甲は滑らかに腕に沿うような平面だが、この鎧の前腕装甲は、丸く突き出た部分がいくつかある。
「それかい?使うには問題ないだろうが、俺としては他の2つのほうを選ぶと思ったんだが」
「だって、ほら」
ノエルはその前腕装甲だけ持って、少しレフたちから離れる。そして、装甲から光の壁を出現させた。
「魔力盾?」
「この突起、たぶん魔力盾の展開補助をしてくれるんですよ」
「なるほどな………」
感心した様子の店主に、レフは聞いてみた。
「店主も知らなかったのか?」
「その鎧、見慣れない顔の商人から買った奴でな。明らかに加工の質と強度はあるのに、随分安かったなとは思っていたが………」
「魔力盾を使える奴は案外少ない。普通は滑らかな方が好まれるから、そういうことだろう」
「店主さんの言うとおり、他の所もいい感じですね」
ノエルが、布地を広げたりして確かめながら言う。
レフから見ても同意見だった。
「店主、どれくらいの値段になる?」
「何だ、お前さんが払うのか?」
「まあな。面倒を見ると約束したんだ」
「ほほう?お前さんのそういう所、好きだぜ。それじゃ、値段は………そうさな、250でどうだ?」
「250か、妥当だな。買わせてもらおう」
「毎度。今着ていくか?」
ノエルが答える。
「いえ。明日に取りに来たいんですけど、いいですか?」
「いいぞ」
「なら、それまでの着替えが要るな」
「そうですね。このシャツとズボンも買いたいんですけど………」
そう言ってノエルが手に取ったのは、ごく一般的な白シャツとズボンだ。
「ああ、いいぞ。店主、それも頼む」
「なら300だな」
「よし」
レフは店主にきっちり300支払う。
「では、また明日」
「おう。毎度あり!」
店主に見送られて、二人は店を出た。
ギルドに戻って、ギルドの奥にある宿泊区画に入る。
「部屋番号を確認しておこう」
レフがノエルに言う。
ギルドの宿泊区画は、一本の廊下の左右に部屋の扉が並んでいる。浴室は1番手前で、4室ある。使用状況の札を下げるフックがあり、空いているのは2室。
「16号室………奥の部屋ですか」
「そうだな。俺も入浴してから部屋で待っているから、ノエルはゆっくりしてくるといい」
「わかりました。それでは」
ノエルはそう言って、浴室のドアの札を使用中へと裏返し、入っていった。
レフは一度16号室に入った。荷物を置くためだ。
16号室はベッドが4つある部屋だ。ギルドの宿泊部屋はどこも大抵この形式である。賞金稼ぎは2人から4人程度で組んでいる者が多い。レフのような独り者はごく少数である。
レフは16号室の鍵を締めて、空いている浴室に入る。レンフェストは水道設備も整った都市で、このギルドの浴室も水道設備を利用したシャワーや浴槽、服などの洗い場を備えた近代的なものだ。辺境都市のギルドだともう少し古い設備のこともある。
レフは体をしっかり洗った。浴槽には浸からずに上がり、ノエルに買ったものと似たようなシンプルなシャツとズボンを身に着けた。着ていた鎧の装甲部分を外して拭き、インナー部分を洗ってから、浴室を出る。
部屋に戻り、濡れた鎧のインナーを干してからベッドへ腰掛ける。
一息つくと、これからのことが色々と思い浮かんだ。例えば、ノエルのこと。
「(独り者、か)」
それは今日限りかもしれない、とレフは思う。ノエルには頼れる相手がいない。それどころか、恐らくはノエルを知る者もいない。その上、ノエル自身は既に大人とされるような人間だろう。そういう状況なので、レフはノエルの生活が安定するまで面倒を見るつもりだ。
ノエルはおそらく、ただ面倒を見られることをよしとしないだろう。そして、ノエルには戦いの心得も十分にある。ノエルも賞金稼ぎになるかもしれない。兵士になることも考えられるが、兵士になるにはノエルは強い。軍の側でも、強すぎる兵士は指揮官適性が無い限り、持て余して賞金稼ぎに斡旋してしまうことが多いと聞く。
ノエルが賞金稼ぎになるなら、レフと組むことになるのだろうか。そうなった時の問題は、一つの場所にずっと留まらないレフのやり方に、ノエルが付いてくるかどうかだ。
「む」
ノックだ。続いてノエルの声。
「レフさん、戻りましたよ」
「ああ。鍵は開いている」
考えているうちに時間が経っていたらしい。
ノエルがドアを開けて入ってきた。