部屋に戻ったレフは、剣をベッドの枕元にある台に置き、ベッドに腰掛ける。ノエルは射法具を置いて、ベッドに寝転んだ。
「ふー」
リラックスしているノエルを見ながら、レフは考える。
ノエルの正体のこと。そして、ノエルがどれほど眠っていたのか、ということだ。
少なくとも、眠りについたのが、射法具が存在している時代だったことは確かだ。と言っても、射法具自体もそこそこの歴史がある。王国歴以前からあることまでしかレフは知らない。
訊くべきだろうか?
そう自問して、レフは、まだ早いと自答した。
レフ自身のこともノエルには明かしていない。自分の正体を隠している相手に、正体を訊くというのはいかがなものか。
それに、ノエルは悪人には見えない。レフの勘なので確かなものではないが、とにかくそう思うのだった。
「レフ」
「ん、どうした」
「僕はもう寝てしまおうと思うんですけど………」
寝るには少々早いが、疲れもあるのだろう。
「そうか?まぁ、他にやっておくべきこともないな。ゆっくり休むといい」
調達するべきものはあるが、それは急ぐものでもない。
「わかりました。おやすみなさい」
「ああ、おやすみ」
ノエルはレフと挨拶を交わすと、そのままベッドに入った。
レフも、今日は早く寝てしまおうと考え、明かりを消してベッドに入った。
既にノエルの寝息が聞こえている。
レフは目を閉じて、他人と同じ部屋で寝るのは久しぶりだな、と考えていた。
レフは目を覚ました。上体を起こしてみると、窓の外は白くなっている。朝のようだ。ベッドから出て窓を開けると、まだ薄暗さとひんやりした空気が残っている。太陽の位置を見るに、やはり早寝した分早く目が覚めたらしい。
ノエルはまだ寝ている。
起こす時間でもないだろうとレフは考え、顔を洗いに行くことにした。
洗面室や便所は浴室の近くに並んでいる。ここだけでなく、大抵のギルド宿泊施設は水道設備を近い場所にまとめてあり、朝には顔を洗いに来る同業者と会ったりもするものだ。だが、やはりこの時間では他にそのような気配もない。
レフは洗面所に入って、流し台で顔を洗った。水の冷たさが心地よい。
持ってきた布で顔を拭き、部屋に戻る。
部屋に戻ると、ノエルも目が覚めたようだった。上体を起こしている。
「………ぁふ。ん………あっ、おはようございます。レフ」
「ああ、おはよう」
「顔を洗ってきたんですか?」
「そうだ」
「じゃあ、僕も顔を洗ってきます」
「ああ。これを使うといい」
「ありがとう」
ノエルはレフが渡した新しい布を受け取って、部屋を出て行った。
レフはシャツとズボンから、軽装鎧のインナーに着替える。
それから、窓の近くに置いてある椅子に座り、今日やるべきことを整理する。
ノエルの賞金稼ぎギルド登録は、それほど時間はかからないだろう。名前と容姿を登録すれば終わりだ。
手続きはその程度だが、登録した後にある程度の仕事をこなしてようやく賞金稼ぎになれると言える。仕事をこなせずにやめる者もいるし、最悪死んでしまう者もいる。
だから、ギルドは経験のある賞金稼ぎと組むことを推奨している。登録時にすでに組む相手を決めてあるのが普通だと聞く。
登録を済ませたら、鞄などの道具を調達するべきだろう。特に遺跡探索をするなら、魔力灯のひとつも持たないというのは無謀に過ぎる。
そこまで考えたところで、ノエルが扉を開けて入ってきた。
「戻りました」
「ああ」
ノエルは窓を見た。外は先程より少しだけ明るさが増している。
「まだ、出かけるには早いですね」
「そうだな。この時間では店も開いていないだろうが………。まぁ、暇なら散歩にでも行くか」
「そうですね、行きたいです」
「わかった」
レフは立ち上がり、鎧の装甲部分を身に着けて剣を左腰に下げた。
ノエルも倣って、射法具ホルダーを右股につける。
「賞金稼ぎって、武器を常に身に着けておかないといけないんですね」
「このレンフェストのような、そこそこ以上の都市だとあまりないが、魔物が群れで襲撃してくることがある。不意の戦闘に備えておく奴は多いな」
二人は部屋を出て、鍵をかけてからギルドのホールに出た。人気は少なく、カウンターにいる職員もまた少ない。
建物から通りに出ると、歩いている者は少ないが、数台馬車が行き来している。
「商人ですかね」
「朝市の準備と行ったところだろうな」
「どこまで歩きましょうか?」
「好きに歩くといいさ。迷っても俺が案内する」
「じゃあ、こっちへ」
ノエルは、昨日行かなかった町の中心部へと歩き出した。
レンフェストは大まかな円形の城壁に囲まれた都市だ。道は放射状のものと同心円状のものが主となっている。このような城塞都市は各地に大小のものが多くある。
だから、迷ったとしても一度中心部に行き、行きたい場所の近くを通る放射状の通りへ入ればいい。
レンフェストはこの通りを、真北に近い通りを一番街道として、右回りに八番まで番号を振っている。ギルドは一番街道だ。
そして中心部には、レンフェストを統治する議会がある。
「これは、古い城ですね」
「もとは貴族の城だったらしいな」
議会はこの小振りな城の中にある。他にも城内にはレンフェストの統治に関連する施設が色々とある。
「………」
ノエルは古びた石でできた城を見上げて、黙り込んでしまった。
レフはそのことには触れずに、周囲を見る。
城の正面は一番街道の終着点から距離があり、その間に広場がある。このような広場は昼間に市場となるおとが多く、ここでも露店が設営されていて、馬車が商品を運んでいる。
日が昇ってきて、通りを見れば人も増えてきている。
「レフ」
「ん」
ノエルが声をかけてくる。
「すみません。ちょっと考え込んでたんですけど、もう大丈夫です」
「ああ。そろそろ店も開き始める頃だろう。一度宿に帰ってから、装備屋へ行こう」
「はい」
市場へ向かう人々とすれ違うようにギルドへ戻ってきた二人は、ノエルの着ていた古い軽装鎧を持って装備 店へと向かった。
装備店は一番街道の城壁近くにある。
既に通りは賑わいを見せている。装備店も店を開けているが、賞金稼ぎなどの戦闘をする人間しか立ち寄らない装備店は、扉に営業中の札がかかっているのみだ。
レフが扉を開けて入ると、先客がいた。
「む?」
「あら?」
先客は女性だが背が高く、レフと同じくらいある。伸ばした金髪を後頭部の高いところで括った髪型で、一見して細く見えるが、しなやかで鍛えられていることが立ち居振る舞いからわかる。
「あなたですか、レフ・グリエット」
「………知り合いですか、レフ?」
明らかにレフを知っている様子の先客を見て、ノエルはレフに訊ねた。
「同業者だな。“剣聖”なんて大げさな呼び方をされてる有名人さ」
「大げさって………」
「そちらの方。私は賞金稼ぎのイーリス・クラナッハです。しかし、大げさなのは認めますが、もう少し紹介の仕方という物があるでしょう?“発掘士”のレフ・グリエット」
「なんだ?」
レフは自身につけられた妙な肩書きに眉を吊り上げて、聞き返す。
「なんだも何も、あなたが魔物、それもボス級の出る遺跡を見つけてばかりいるからです。遺跡があるかもしれない、ということでこのレンフェストへ来てみ
れば………。私があなたの見つけた遺跡を調査するの、これで五回目ですよ」
「それは災難だな」
イーリス・クラナッハはギルドの本部からの信用が厚い、高ランクの賞金稼ぎだ。ランクは依頼達成率や戦闘能力などで決められている。イーリスほどのランクになると、新しく見つかった遺跡の危険度を調査するという仕事があるらしい。
「そうですとも。せっかくなので詳細な調査をしますが、あなたがほとんど斬り伏せてしまっているから大した相手もいない。あなたと手合わせしている方がよほど修行になります」
イーリスのじとり、とした目に、好戦的な色が混じるのを見てレフは肩をすくめる。
「勘弁願いたいね。それより、店主」
「おう、レフ。ノエルの鎧のことだな?すぐ持ってくる」
「ああ。頼んだ」
店主が奥に向かった。
「鎧?まさか、その方のですか?」
イーリスがまた話しかけてくる。見た目はかなり幼く見えるノエルが、鎧を取りに来ていることを気にしたらしい。
「そうですよ」
ノエルが答える。
「あ………失礼。名前を伺っていませんでしたね。あなたがノエルさんですか?」
「はい。ノエルです」
「ええと、失礼を重ねて伺うのですが、ノエルさんはその、だいぶ幼い女の方に見えるのですが………。鎧を、着るのですか?」
「あ、これでも男ですし、成人はしてますよ。賞金稼ぎになるなら、防具も要りますからね」
「防具も………?あら、ノエルさんの右股のそれは、射法具ですね」
「そうです。僕はこれの扱いなら、自信がありますよ」
「そ、そうなのですね………驚きました」
レフがノエルとイーリスの会話を聞いているうちに、店主が戻ってきた。
「これだな。間違いないか確認してくれや」
「ああ」
「はい」
レフはノエルが鎧を手にとって確認するのを見る。どこも間違いなく、昨日ノエルが買ったものと同じだ。
「間違いないですね」
「よし。ところで、昨日あんたが着てた鎧だが………」
待っていた、という調子で店主がノエルに言った。
「あ、それならレフから聞いたので、持ってきてますよ」
「お?相変わらずレフは耳聡いな。なら見せてくれ」
「はい、これです」
ノエルはレフが貸した布袋から、古びた軽装鎧を店主に渡す。
「ありがとな。ふむ、やっぱり年代物だなぁ。っとと、買った鎧を着ていくか、訊くの忘れてたぜ、すまんな」
「いえいえ。鎧は今着て行きたいんですけど、いいですよね?」
「ああ、着いてきな。着替えと合わせ用の部屋があるぜ」
「はーい。行ってきますね、レフ」
「ああ」
ノエルは店主と共に奥へ入っていった。
レフはイーリスと会話することにした。
「しかし、クラナッハがこの店にいるとはな。何を買いに来たんだ?」
「念の為、薬を買いに来たのです」
「堅実だな。いいことだ」
「言われるまでもありません。それより、グリエット」
イーリスは真剣な表情で、レフの目を見た。
「何だ」
「あの子はあなたと組むのでしょう?」
「そうだが」
「なら、あなたはやるべき事があります」
「やるべき事、だと?」
「あの子を守ってあげるべきです」
「守られるほど弱くはないぞ、ノエルは」
「そうでしょうとも。それでも、です」
イーリスの表情は大真面目だ。美人なだけに迫力があるな、とレフは思った。
「………まあ、覚えておこう」
「肝に銘じなさい。………それでは、私は行きます」
「そうか」
「そのうちまた会うでしょう。その時は、あの子を守っているか聞かせてもらいますよ」
「何をそんなに気にしているんだか………」
「女の勘です」
「勘か。まあいい、また会おう」
「ええ。では」
そう言ってイーリスは装備店から出ていった。
自分も補充しておくべき消耗品があったかな、とレフが考えているうちに、ノエルと店主が奥から戻ってき
た。
「あれ、イーリスさんは?」
「用事は既に済ましていたらしい」
「なるほど」
「鎧の着心地はどうだ?」
レフが訊くと、ノエルは軽く体を動かしながら答える。
「軽くて動きやすいですね。前のものより良いかもしれません」
「相当な年代モノだぜ、ありゃあ。金属の装甲がかなり分厚くて単純だ。今時のものよりかなり重かったはずだぜ」
「ふむ。まあ、着心地がいいなら問題ないな」
「俺が調整したからな。問題があったら言いに来な」
「はい。今のところ大丈夫そうですけど、何かあったらそうさせてもらいます」
「よし。世話になったな、店主。ノエル、そろそろいい時間だろう。ギルドに戻るぞ」
「ええ。では、また」
「おう、またな」
二人は店を出て、賑わう通りを歩いてギルドへ戻った。