「そういえば、ノエル。お前の苗字は何だ?」
ギルドに入ったところで、レフはふと思い出したことをノエルに訊いた。
「あ、そういえば言っていませんでしたね。トラントゥール、です」
「トラントゥールか」
どこかで聞いたことがあるな、とレフは思う。
「まあとにかく、ギルドにはまず名前と容姿を登録するんだ」
「容姿ですか」
「年齢や特徴的な要素が主だがな。まあ、ノエルなら男性的でない容姿、となるだろう」
「ですよね………」
「とにかく、登録を済ませよう。いろいろ調達するものもあるからな」
「はい」
二人はギルドの窓口のひとつへ向かう。受付は昨日にも応対していた女性職員だ。
レフはノエルの後ろで待つことにする。
「ギルドへの登録をお願いしたいんですけど………」
「はい、承ります。では最初に、あなたはレンフェストに留まりますか?それとも、都市間で移動されますか?」
「移動します」
ノエルの答えを聞き、女性職員はカウンターの下から手帳を取り出した。レフが提示していたものと同じ物で、表紙の中心に小さな石が埋め込まれている。
「では、ギルドブックをお渡し致しますね。最初にこのギルドブックにあなたの名前と性別、容姿の特徴を記録します」
「はい」
「お名前と性別を伺います」
「ノエル・トラントゥール。男性です」
女性職員は手元の紙にメモを取り、ノエルに確認する。
「名がノエル、姓がトラントゥール、でよろしいでしょうか」
「はい、合っています」
「では、次に容姿ですね。こちらで特徴的な部分を挙げますので、確認をお願いします」
「はい」
「まずは………。赤い瞳」
ノエルが頷く。
「黒の髪」
頷く。
「女性的で若い容姿」
「あ、はい」
「………以上で、個人の識別はつくかと思われますが、他に追加したい情報はありますでしょうか」
「いえ、それでいいです」
女性職員は手元のメモをノエルに見えるように差し出す。
「では、確認いたします。ノエル・トラントゥール、男性。赤い瞳、黒い髪で女性的な若い容姿。こちらを登録してよろしいでしょうか」
「はい。大丈夫です」
「それでは、少々お待ち下さい。ギルドブックに書き込みいたします」
そう言って、女性職員はギルドブックを持って窓口の後ろの方に向かって行った。
ノエルはその後ろ姿を見てから、レフを見て訊いた。
「あれ?ただ書くだけじゃないんですか」
「ああ。魔光通信の話はしただろう」
「はい」
「あれに使われる魔光言語を応用しているらしい。ギルドブックの表紙に埋め込まれた石は魔光記録石と言って、魔光言語で多くの情報を記録できるそうだ」
「うわあ、進んでますね」
「魔光言語は世紀の発明とは、よく聞く言葉だな」
「とんでもないものですよ」
ノエルが驚いているうちに、女性職員が戻ってくる。
「お待たせいたしました。登録はこれで完了です。これからは、依頼の達成情報などがこのギルドブックに登録されます。また、ギルドがある別の都市に移動した場合は、その都市のギルドでギルドブックを提示しておくことをお勧めします。………ところで、ノエルさんはレフさんとパーティを組むのでしょうか?」
「あ、そうですけど………」
「では、詳しい賞金稼ぎとしての活動の説明は、レフさんにお願いすることになりますね」
「ああ。そこは責任を持つ」
「それなら問題ありませんね。登録、お疲れさまです。ギルドブックをお渡ししますね」
「ありがとうございます」
女性職員からギルドブックを受け取り、ノエルは礼を言った。
窓口から離れてから、レフは口を開く。
「ギルドブックはなくすなよ。俺がいるときは無くしても再発行の口利きくらいはしてやれるが、万一ノエルだけの時になくしたら手に負えんぞ」
ノエルはレフの忠告を聞いて頷き、一つ気になったことを訊き返した。
「ところで、レフって賞金稼ぎとしては有名なんですか?」
それを聞いて、レフは気まずい表情をした。
「………どうもそうらしいな」
「そうらしいって………。心当たりはあるんですか」
「移動のついでに、魔物の噂を色々と集めては、遺跡のありそうな場所を探索していたんだ。そのせいかもな」
「発掘士………」
「その肩書は好かん。それより、鞄と道具を買いに行くぞ」
「はーい」
鞄と荷物は賞金稼ぎにとって重要だ。特に、レフとノエルのような流れの賞金稼ぎにとっては。
鞄を扱う店でバックパックを見ながら、レフは言った。
「ノエルはあまり重い物を持てなさそうだな」
「はっきり言いますね………その通りなんですけども。でも、たくさん入る鞄のほうがいいですよね」
「そうだな。もっと中心のほうに行けば、収納の魔道具を買えるかも知れないが」
「中心?」
「ああ。エタニウム王国の中心部だった辺りだ。レンフェストから見ると南東の方だな」
「………そこは発展しているんですか」
「魔素利用や魔術の研究はそのあたりが一番進んでいるからな。魔道具も品が豊富だし、経済的にも裕福だ。ギルドの本部もそこにある」
「そうなんですね………」
「見てみたいか?」
「はい」
「調度いい。俺も中心部を目指しているんだ」
「魔道具、欲しいんですか?」
「色々と便利なものも多いからな。収納の魔道具は賞金稼ぎの憧れだろう」
「というか、誰でも欲しいですよね」
「違いない」
話しているうちに、ちょうどいいバックパックを見つけたので、次は腰鞄を見ることにする。
「ギルドブックはこういうものに仕舞うのが一番いいだろう。すぐ取り出せるからな。頑丈なものを選ぶと良い」
「ですね」
腰鞄を色々と試しつつ、ノエルは装備店で会ったイーリスという賞金稼ぎについて訊くことにした。
「イーリスさん、“剣聖”って呼ばれてるそうですけど、どういう人なんですか?」
「一言で言うなら、“求道者”だろうな。今の時代、戦闘技術を究めたかったら賞金稼ぎになるのが一番早い。戦争らしい戦争がないからな」
「それは、いいことですね」
「………まあ、国と国の利害のぶつかり合いで人死にを出すよりは、魔物相手に身を守っていた方が余程いいかもな」
「それで、イーリスさんはすごい賞金稼ぎってことですか」
「相当な凄腕だよ。並大抵の魔物相手に傷を負うような奴ではないと思うぞ。ただ、“剣聖”と呼ばれるほど剣を究めてはいない、と言っているがな」
「手合わせしたことは?」
「以前にな。その時俺は、使っていた剣を折られた」
「そんなにですか」
「『そんな安物を使っているからです』とかなんとか。まあ、味方にするには頼もしい奴だろう」
「安物………?あ、これならちょうどいいかも」
「ふむ?なるほど、確かに良い品だ」
バックパックと腰鞄を買ったレフとノエルは、次に魔力灯を買いに行くことにした。
魔力灯も賞金稼ぎには重要なものだ。暗所を探索することは多いので、賞金稼ぎ向けのバックパックには魔力灯、特にランタンを吊るすフックが設けられている。また、それとは別に遠くを照らすための魔力灯を持つ者が賞金稼ぎには多く、四人で組んでいるなら二人は持っている。
魔力灯は魔素を集めて固体化させた魔石を利用して作られている。魔石をさらに加工することで様々な性質を持たせることができるが、通常の魔石は魔素を蓄えることができ、魔力を流し込むと光るという物だ。
「俺はこの左手の魔力灯を使っているが、ノエルの場合は魔力盾を応用できるかもな」
「魔力盾、光りますからね。指向性を付与するのは結構楽ですよ。ただ、レフのその魔力灯は使いやすそうです。どこで手に入れたんですか?」
「以前に魔道具職人の依頼を受けたことがあってな。その時に作ってもらった」
「なるほど。依頼って、ギルドを介さないものもあるんですか?」
「ギルドを介するが、依頼主と会うことが条件のものもあるな。ギルドを介さない場合は個人として請け負う事になるから、ギルドの依頼達成率とかには影響しない」
「依頼主と会うのが条件、ですか………。どんなのがあるんです?」
「農作業」
「え?」
「農作業だ。ある程度力仕事が出来ればいいからな。装備を揃えられなかったり、戦闘に自信の無い新米のいい稼ぎ頭さ。魔物がさっぱり出ないような地域だと、そういうなんでも屋的な依頼が多かったりもするぞ」
「い、意外ですね。レフも農作業をしたことあるんですか」
「まあな。農作業を経験しない賞金稼ぎの方が珍しいくらいだ。金持ちでもないとなかなかいい装備は揃わん」
イーリスさんも最初はそうだったのかな、とノエルは想像してみる。どこか品のいい彼女には似合いそうもなかった。
「お前の場合は………案外、酒場での接客でもしたほうが稼げそうだな」
「接客なら少しやったことありますね。可愛いってよく言われてました」
「ん、そうか。まあ、俺とノエルならよほど平和な都市でもなければ、もっと稼げる仕事があるだろう」
「魔物退治、ですね」
「そうだ。賞金稼ぎギルドはもともとそのための組織だからな」
レフは丁度いいランタンを見つける。ランタンとは言っても小型で、なおかつ光量のあるものが相応しい。複数持っておき、戦闘をする際には地面などに置いて、手持ちのものや魔力灯と併用することで死角を減らすのがレフのやり方だ。
「これを二つ買っておこう。複数あれば、いざというとき置いて迎撃するのに都合がいい」
「なるほど。あの遺跡でもそうしたんですか?」
「必要はなかった」
「えー」
店員を読んで会計を済ませ、店を出る。
ノエルはバックパックや腰鞄の中身を確かめてから、レフに訊いた。
「これで必要なものは揃ったんですね?」
「ああ。薬は俺が多めに持っている分で十分だろうし、食料は都市を出ると確定してから買うのがいい」
「確定してから?」
「そろそろ移動するか、と思っていたら魔物の襲撃、なんてことはままあるからな」
「襲撃………」
「遺跡を放置しておくと、増えた奴らが襲ってきたりするんだ。特に未発見の遺跡は危ない」
「だから発見すると稼げるんですね」
「そうだな」
あの遺跡にはまだ魔物が残っているだろうか、とレフは考える。仮にいたとして、イーリスが倒すに違いないだろう。では、ノエルのように眠っている人間が、まだいたりはしないだろうか?
「なあ、ノエル………」
「なんですか?」
「………いや、すまん。何でもない」
「………?」
きょとん、として首を傾げるノエルを見ながら、こんな場所で訊くことでもあるまい、とレフは自戒した。