レフたちは、馬車でレンフェストのギルドまで戻ってきた。
馬車から降りた賞金稼ぎたちは、それぞれ普段組んでいるパーティに分かれて散っていく。今回のような参加人数の多い迎撃戦の場合、報酬の受け取り手続きは数日に渡って可能である。窓口への殺到による混乱を避けるためだ。
レフたちはボス級の魔物を倒した功労者なので、いち早く報酬を受け取ることができる。
今回はボス級を倒す瞬間を見ていた人間も多く、確実な戦果なので報酬やギルドからの評価は高い。
特に賞金稼ぎなりたてのノエルにとっては、幸先の良いスタートと言えるだろう。
報酬のほとんどをそのままギルドの銀行に預けたレフは、ノエルと共に宿屋の16号室へ戻った。
「ふぅっ」
荷物を置いて鎧の装甲部分も外し、椅子に座ったレフは短く息を吐いた。
多数との戦闘は多少なりとも疲れるし、今回は普段にない事も多かった。
ノエルも身軽になって椅子に座ったが、表情はやや暗いように見える。
イーリスは自分の泊まっている部屋に荷物を置いて、二人に遅れて16号室に入ってくる。
「座っても?」
「ああ」
聞かずともよかろうに、という言葉がレフの思考を横切る。もっとも、イーリスはそういう人間だ。
イーリスは四脚ある椅子のうち、テーブルを挟んでレフと向かい合う椅子に座った。ノエルはレフの左、イーリスの右だ。
レフは窓と扉が閉まっていることを確認し、話を切り出した。
「………それで、話とは何だ」
イーリスは腕を組み、少しだけ考えるように息をしてから、話しだした。
「そうですね………。グリエット、貴方はノエルさんと、何処で出会ったのです」
レフはそれを聞いて考える。ノエルと会ったときについて話すなら、やはりノエルにも許可を取らねばなるまい。
「ノエル、話してもいいか」
「………イーリスさん、秘密にしてくれますか」
「ええ、クラナッハの家名と、この剣に誓って」
「なら、いいです」
ノエルの承諾を聞いてから、レフは口を開く。
「クラナッハ。俺がノエルと出会ったのは、お前が調査に向かうあの遺跡の、奥にある部屋だ」
「遺跡で?」
「そうだ。その時、最初俺はノエルのことを死体だと思った。しかし、積もっていた埃などから見るとノエルは明らかに生々しかった。まるで、眠っているように見えたな」
「では、なぜノエルさんは起きたのです?」
「ノエルが握っていた、射法具のことを見てみようと思ってな。それで、ノエルの右手に触れたんだ。そうしたら、音が聞こえた。心臓の音だ。ノエルは、俺が触れたことで起きた、ということになる」
「なるほど………。ノエルさん、私は貴方が何年眠っていたのかについて、知っているかもしれません」
ノエルは無言でイーリスを見た。
「貴方はそれを、知りたいと思いますか」
ノエルが頷く。
「わかりました。………グリエット、貴方は500年前の、人と魔物の全面戦争について知っていますよね」
「ああ。それについて教わらない人間はいないだろう」
「どれくらい知っていますか」
「魔獣王、とか言われている魔物を統制する存在がいたことだな。それに、各地に今で言うボス級が多かったとも」
「ええ、そうです。そこまでは、どの地域にも伝えられているものでしょう」
「ということは、何かそうでない事を知っているのか」
「はい。まず私の“クラナッハ”という家名ですが」
「ああ。貴族の家系だったか」
「そうです。私の家系を辿っていくと、500年前の戦争で活躍した剣士“クラナッハ卿”に行き着きます」
「ふむ?」
レフは噂などで、イーリスが貴族であることは知っていた。だが、イーリスの先祖がどういう人物かは聞いたことがない。
「あの戦争の時代にいた魔物の中には、ただ殺しても生き返ってしまうものが存在したそうです」
「………」
レフは目を細める。それは、先程相手したあの魔物を思わせる話だった。
「そしてクラナッハ卿は、そのような魔物を完全に殺すことのできる、特殊な魔力を使えたそうです」
暗い顔で、ぼんやりとテーブルを見ていたノエルが顔を上げた。
レフは先程ノエルが発した光線を思い浮かべる。
「………虹色か?」
「ええ。赤でも青でも、緑でもなく、それらの色をすべて含むような眩い白の光。私たちが普段使う、無属性の白よりも眩いそれは、魔物に命中するなどして拡散する際、まるで虹のごとく様々な色に分かれたそうです」
「それって………」
ノエルがぽつりと言った。
「クラナッハ卿のように虹の魔力を使える人物は他にもおり、彼らは皆、英雄と呼ばれるような存在であったと伝わっています」
「………なるほど、心当たりがあると言う訳だ」
レフは理解した。ノエルがいつ生まれた人間なのかを。
ノエルは呆然とした顔で、呟いた。
「500、年………」
レフはもう一つ、気になったことをイーリスに訊く。
「………虹の魔力を使える人間は、それから現れていないのか」
「魔物たちの王が討伐されて以来、虹の魔力を必要とする魔物は新しく現れていないとされています。そして虹の魔力は血によって引き継がれず、また習得できるものでもなかったそうです」
部屋に沈黙が満ちた。
レフは腕を組んで目を閉じ、イーリスはノエルをそれとなく観察する。
そしてノエルは少しの間、呆然としていた。
それから目を閉じて顔を伏せ、思い出したように何度か息をしてから、顔を上げて言った。
「僕は、500年前の人間なんですね………」
「………私の話で、思い当たることがありましたか」
「イーリスさんが言った“クラナッハ卿”という名前の人は知りません。でも、虹色の魔力を使う剣士は、何人か知っています。その中の誰かが、クラナッハ卿かもしれません。皆、高潔な人でしたから」
「そうですか………。過去のことは、無理に訊きません。ノエルさん、貴方がなぜ眠っていたのかは、私にはわかりませんが………一つだけ、訊かせてください」
「何を、ですか」
「貴方はこれから、賞金稼ぎとして生きていくのですよね」
「………はい」
「それなら………グリエット。ノエルさんのことをお願いします。私も助けたいとは思いますが、やはり組むのは貴方ですから」
「無論だ。俺が起こしたのだからな」
イーリスはレフの答えを聞いて、頷く。
「それでは、失礼させてもらいます。何か用があれば、言ってください。私は三号室にいますから」
「ああ」
レフが返事し、ノエルは頷く。
イーリスは立ち上がって、ドアを開けてから振り返って会釈し、部屋を出て行った。
レフはしばらく、黙っておくことにした。もしレフがノエルの立場なら、心を整理する時間が欲しくなるだろう。
………ふと、レフは空腹を覚えた。朝食は買い物の途中で、市場に立寄って食べた。また、迎撃戦の防衛陣地で、補給物資から食料を分けてもらって早めの昼食も食べた。だが、やはり戦闘をすれば腹が減る。レフは酒場に行って軽食を買ってこようと考え、席を立った。当然、ノエルの分もだ。
ギルド併設の酒場の場合、ギルドの宿泊区画への持ち帰りを注文できる。
レフが二人分のスープの入った缶と、パンや食器の入った籠を持って部屋に戻ると、ノエルはテーブルに伏せていた。
スープの匂いに気づいたのか、ノエルは顔を上げる。
「………レフ」
「考えることは色々とあるだろうが………腹は減らないか」
その質問への答えは、くるる、という音で帰ってくる。
「………えへへ、そうですね。お腹は空いてます」
「パンとスープを買ってきた。腹ごしらえと行こう」
レフはスープの缶と、パンの籠をテーブルに置いて、お玉で自分の皿にスープを注いだ。
ノエルはレフが注ぎ終わるのを待ってから、スープを自分の皿に注ぎ、パンと共に食べ始める。
二人とも無言で、食事を進める。
食べ終わってから、ノエルはぽつぽつと話し出した。
「………レフは、僕の正体をわかってたんですよね」
「………ああ。少なくとも、今の時代に生まれた人間でないことはな」
そこまでは、誰でもわかることだった。ノエルの身に着けていた古い装備。積もっていた埃。
「僕自身、500年も眠っていたのには驚いています」
「何故眠っていたのか、覚えてはいないのか?」
「そうなんです。あの戦いが終わったあとの僕は、なんだかとても疲れていて………。それで、旅に出たことは確かなんですけど」
「眠りについたときの記憶がないのか」
「そこを思い出すのが、嫌なんです」
「嫌?」
レフは聞き返す。嫌だ、と言うのは何故?
「思い出したくない、っていう感情が溢れるみたいな感覚で………」
ノエルが答える。その顔には、辛そうな表情が浮かんでいる。
「………なら、無理に思い出さなくてもいいさ。それより、これからのことを考えよう」
「そう、ですか?」
「お前の過去が気にならないと言えば嘘になるが………。嫌な思いをさせてまで聞きたいような、重要なことではないからな」
「………ありがとう」
レフは無言で頷き、話題を変える。
「俺はもともと、レンフェストに長く留まるつもりはなかったんだが」
「そうなんですか」
「ああ。物資を補充したら、昨日も行ったように中心部への旅を続けるつもりだった」
「なら、明日にでもレンフェストを発つんですか?」
「いや、気になることがある。あの遺跡のことだ」
「確かに、気になりますよね」
「あのボス級の魔物が生まれるくらいだからな。ただの遺跡とは思えん」
「どうするんですか?」
「クラナッハの調査に同行できればいいんだがな」
「確かに、イーリスさんなら頼もしいですね」
「今日のうちに頼んでおいてもいいかもな」
「ですね」
「その後は………。そうだな、ノエル。お前は、世界を見てまわりたいと言ったな」
「言いましたね」
「その思いは、変わっていないよな?」
「はい。変わってませんよ」
「………なら、いい。あの遺跡を調査したら、物資を補充してレンフェストを発とう」
「わかりました」
方針が決まった。
レフは立ち上がると、食器を籠にをまとめ始める。
「さて、俺はこれを酒場に返してこなけりゃならん。その後、クラナッハの部屋を訪ねるつもりだ」
「なら、僕も行きますよ」
ノエルも立ち上がり、レフが食器をまとめた籠を持つ。
食器を酒場に返したレフたちは、イーリスの泊まる三号室の前まで戻ってきた。
レフがノックをして、声をかける。
「クラナッハ、居るか」
「居ます。少々お待ちを」
返事はすぐに返ってきて、イーリスが扉を開ける。
「グリエット、ノエルさん………。その、大丈夫なのですか」
イーリスは心配そうに言うが、ノエルは明るい調子で答えた。
「大丈夫です。思い出したくないこともありますけど、それについては気にしないとレフが言ってくれました。それよりも、これからの事、だって。それで、イーリスさんを訪ねたんです」
イーリスはかるく首を傾げる。
「これからの事?」
「ああ。例の遺跡の調査のことなんだが」
レフが引き継いで言うと、イーリスはすぐに答える。
「それなら、明日に延期としましたが………」
「やはりな。その調査、俺達も同行させてもらいたいのだが」
「貴方たちも、気になりますか」
「当然だろう」
「気になりますね」
イーリスは頷く。
「そうでしょうね。こちらとしても戦力はあるほどいいので、同行は承諾します」
「ありがたい。いつ出発する」
「ギルドの時計で、十時頃には出発します」
ギルドの時計。機械式の時計は高級品で、本部に職人がいるギルドのように、一部の施設にしか置いていない。時間を正確に知るには良いが、野外活動が多い賞金稼ぎは大抵、太陽の位置を見る。
「ギルドの時計で十時だな。了解した」
「朝食をとってからですね」
「そうなります」
「よし。なら、英気を養っておくとしよう。失礼する」
レフはそう行って、部屋に戻ることにする。
「ええ。また明日」
「また明日!」
ノエルが元気な調子で言うと、イーリスは微笑んで手を振り、扉を閉じた。