魔法世界の賞金稼ぎ   作:人生脇役

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9.500年

 レフたちは、馬車でレンフェストのギルドまで戻ってきた。

 馬車から降りた賞金稼ぎたちは、それぞれ普段組んでいるパーティに分かれて散っていく。今回のような参加人数の多い迎撃戦の場合、報酬の受け取り手続きは数日に渡って可能である。窓口への殺到による混乱を避けるためだ。

 レフたちはボス級の魔物を倒した功労者なので、いち早く報酬を受け取ることができる。

 今回はボス級を倒す瞬間を見ていた人間も多く、確実な戦果なので報酬やギルドからの評価は高い。

 特に賞金稼ぎなりたてのノエルにとっては、幸先の良いスタートと言えるだろう。

 報酬のほとんどをそのままギルドの銀行に預けたレフは、ノエルと共に宿屋の16号室へ戻った。

「ふぅっ」

 荷物を置いて鎧の装甲部分も外し、椅子に座ったレフは短く息を吐いた。

 多数との戦闘は多少なりとも疲れるし、今回は普段にない事も多かった。

 ノエルも身軽になって椅子に座ったが、表情はやや暗いように見える。

 イーリスは自分の泊まっている部屋に荷物を置いて、二人に遅れて16号室に入ってくる。

「座っても?」

「ああ」

 聞かずともよかろうに、という言葉がレフの思考を横切る。もっとも、イーリスはそういう人間だ。

 イーリスは四脚ある椅子のうち、テーブルを挟んでレフと向かい合う椅子に座った。ノエルはレフの左、イーリスの右だ。

 レフは窓と扉が閉まっていることを確認し、話を切り出した。

「………それで、話とは何だ」

 イーリスは腕を組み、少しだけ考えるように息をしてから、話しだした。

「そうですね………。グリエット、貴方はノエルさんと、何処で出会ったのです」

 レフはそれを聞いて考える。ノエルと会ったときについて話すなら、やはりノエルにも許可を取らねばなるまい。

「ノエル、話してもいいか」

「………イーリスさん、秘密にしてくれますか」

「ええ、クラナッハの家名と、この剣に誓って」

「なら、いいです」

 ノエルの承諾を聞いてから、レフは口を開く。

「クラナッハ。俺がノエルと出会ったのは、お前が調査に向かうあの遺跡の、奥にある部屋だ」

「遺跡で?」

「そうだ。その時、最初俺はノエルのことを死体だと思った。しかし、積もっていた埃などから見るとノエルは明らかに生々しかった。まるで、眠っているように見えたな」

「では、なぜノエルさんは起きたのです?」

「ノエルが握っていた、射法具のことを見てみようと思ってな。それで、ノエルの右手に触れたんだ。そうしたら、音が聞こえた。心臓の音だ。ノエルは、俺が触れたことで起きた、ということになる」

「なるほど………。ノエルさん、私は貴方が何年眠っていたのかについて、知っているかもしれません」

ノエルは無言でイーリスを見た。

「貴方はそれを、知りたいと思いますか」

 ノエルが頷く。

「わかりました。………グリエット、貴方は500年前の、人と魔物の全面戦争について知っていますよね」

「ああ。それについて教わらない人間はいないだろう」

「どれくらい知っていますか」

「魔獣王、とか言われている魔物を統制する存在がいたことだな。それに、各地に今で言うボス級が多かったとも」

「ええ、そうです。そこまでは、どの地域にも伝えられているものでしょう」

「ということは、何かそうでない事を知っているのか」

「はい。まず私の“クラナッハ”という家名ですが」

「ああ。貴族の家系だったか」

「そうです。私の家系を辿っていくと、500年前の戦争で活躍した剣士“クラナッハ卿”に行き着きます」

「ふむ?」

 レフは噂などで、イーリスが貴族であることは知っていた。だが、イーリスの先祖がどういう人物かは聞いたことがない。

「あの戦争の時代にいた魔物の中には、ただ殺しても生き返ってしまうものが存在したそうです」

「………」

 レフは目を細める。それは、先程相手したあの魔物を思わせる話だった。

「そしてクラナッハ卿は、そのような魔物を完全に殺すことのできる、特殊な魔力を使えたそうです」

 暗い顔で、ぼんやりとテーブルを見ていたノエルが顔を上げた。

 レフは先程ノエルが発した光線を思い浮かべる。

「………虹色か?」

「ええ。赤でも青でも、緑でもなく、それらの色をすべて含むような眩い白の光。私たちが普段使う、無属性の白よりも眩いそれは、魔物に命中するなどして拡散する際、まるで虹のごとく様々な色に分かれたそうです」

「それって………」

ノエルがぽつりと言った。

「クラナッハ卿のように虹の魔力を使える人物は他にもおり、彼らは皆、英雄と呼ばれるような存在であったと伝わっています」

「………なるほど、心当たりがあると言う訳だ」

 レフは理解した。ノエルがいつ生まれた人間なのかを。

 ノエルは呆然とした顔で、呟いた。

「500、年………」

 レフはもう一つ、気になったことをイーリスに訊く。

「………虹の魔力を使える人間は、それから現れていないのか」

「魔物たちの王が討伐されて以来、虹の魔力を必要とする魔物は新しく現れていないとされています。そして虹の魔力は血によって引き継がれず、また習得できるものでもなかったそうです」

 部屋に沈黙が満ちた。

 レフは腕を組んで目を閉じ、イーリスはノエルをそれとなく観察する。

 そしてノエルは少しの間、呆然としていた。

 それから目を閉じて顔を伏せ、思い出したように何度か息をしてから、顔を上げて言った。

「僕は、500年前の人間なんですね………」

「………私の話で、思い当たることがありましたか」

「イーリスさんが言った“クラナッハ卿”という名前の人は知りません。でも、虹色の魔力を使う剣士は、何人か知っています。その中の誰かが、クラナッハ卿かもしれません。皆、高潔な人でしたから」

「そうですか………。過去のことは、無理に訊きません。ノエルさん、貴方がなぜ眠っていたのかは、私にはわかりませんが………一つだけ、訊かせてください」

「何を、ですか」

「貴方はこれから、賞金稼ぎとして生きていくのですよね」

「………はい」

「それなら………グリエット。ノエルさんのことをお願いします。私も助けたいとは思いますが、やはり組むのは貴方ですから」

「無論だ。俺が起こしたのだからな」

 イーリスはレフの答えを聞いて、頷く。

「それでは、失礼させてもらいます。何か用があれば、言ってください。私は三号室にいますから」

「ああ」

 レフが返事し、ノエルは頷く。

 イーリスは立ち上がって、ドアを開けてから振り返って会釈し、部屋を出て行った。

 レフはしばらく、黙っておくことにした。もしレフがノエルの立場なら、心を整理する時間が欲しくなるだろう。

 ………ふと、レフは空腹を覚えた。朝食は買い物の途中で、市場に立寄って食べた。また、迎撃戦の防衛陣地で、補給物資から食料を分けてもらって早めの昼食も食べた。だが、やはり戦闘をすれば腹が減る。レフは酒場に行って軽食を買ってこようと考え、席を立った。当然、ノエルの分もだ。

 

 

 ギルド併設の酒場の場合、ギルドの宿泊区画への持ち帰りを注文できる。

 レフが二人分のスープの入った缶と、パンや食器の入った籠を持って部屋に戻ると、ノエルはテーブルに伏せていた。

 スープの匂いに気づいたのか、ノエルは顔を上げる。

「………レフ」

「考えることは色々とあるだろうが………腹は減らないか」

 その質問への答えは、くるる、という音で帰ってくる。

「………えへへ、そうですね。お腹は空いてます」

「パンとスープを買ってきた。腹ごしらえと行こう」

 レフはスープの缶と、パンの籠をテーブルに置いて、お玉で自分の皿にスープを注いだ。

 ノエルはレフが注ぎ終わるのを待ってから、スープを自分の皿に注ぎ、パンと共に食べ始める。

 二人とも無言で、食事を進める。

 食べ終わってから、ノエルはぽつぽつと話し出した。

「………レフは、僕の正体をわかってたんですよね」

「………ああ。少なくとも、今の時代に生まれた人間でないことはな」

 そこまでは、誰でもわかることだった。ノエルの身に着けていた古い装備。積もっていた埃。

「僕自身、500年も眠っていたのには驚いています」

「何故眠っていたのか、覚えてはいないのか?」

「そうなんです。あの戦いが終わったあとの僕は、なんだかとても疲れていて………。それで、旅に出たことは確かなんですけど」

「眠りについたときの記憶がないのか」

「そこを思い出すのが、嫌なんです」

「嫌?」

 レフは聞き返す。嫌だ、と言うのは何故?

「思い出したくない、っていう感情が溢れるみたいな感覚で………」

 ノエルが答える。その顔には、辛そうな表情が浮かんでいる。

「………なら、無理に思い出さなくてもいいさ。それより、これからのことを考えよう」

「そう、ですか?」

「お前の過去が気にならないと言えば嘘になるが………。嫌な思いをさせてまで聞きたいような、重要なことではないからな」

「………ありがとう」

 レフは無言で頷き、話題を変える。

「俺はもともと、レンフェストに長く留まるつもりはなかったんだが」

「そうなんですか」

「ああ。物資を補充したら、昨日も行ったように中心部への旅を続けるつもりだった」

「なら、明日にでもレンフェストを発つんですか?」

「いや、気になることがある。あの遺跡のことだ」

「確かに、気になりますよね」

「あのボス級の魔物が生まれるくらいだからな。ただの遺跡とは思えん」

「どうするんですか?」

「クラナッハの調査に同行できればいいんだがな」

「確かに、イーリスさんなら頼もしいですね」

「今日のうちに頼んでおいてもいいかもな」

「ですね」

「その後は………。そうだな、ノエル。お前は、世界を見てまわりたいと言ったな」

「言いましたね」

「その思いは、変わっていないよな?」

「はい。変わってませんよ」

「………なら、いい。あの遺跡を調査したら、物資を補充してレンフェストを発とう」

「わかりました」

 方針が決まった。

 レフは立ち上がると、食器を籠にをまとめ始める。

「さて、俺はこれを酒場に返してこなけりゃならん。その後、クラナッハの部屋を訪ねるつもりだ」

「なら、僕も行きますよ」

 ノエルも立ち上がり、レフが食器をまとめた籠を持つ。

 

 

 食器を酒場に返したレフたちは、イーリスの泊まる三号室の前まで戻ってきた。

 レフがノックをして、声をかける。

「クラナッハ、居るか」

「居ます。少々お待ちを」

 返事はすぐに返ってきて、イーリスが扉を開ける。

「グリエット、ノエルさん………。その、大丈夫なのですか」

 イーリスは心配そうに言うが、ノエルは明るい調子で答えた。

「大丈夫です。思い出したくないこともありますけど、それについては気にしないとレフが言ってくれました。それよりも、これからの事、だって。それで、イーリスさんを訪ねたんです」

 イーリスはかるく首を傾げる。

「これからの事?」

「ああ。例の遺跡の調査のことなんだが」

レフが引き継いで言うと、イーリスはすぐに答える。

「それなら、明日に延期としましたが………」

「やはりな。その調査、俺達も同行させてもらいたいのだが」

「貴方たちも、気になりますか」

「当然だろう」

「気になりますね」

 イーリスは頷く。

「そうでしょうね。こちらとしても戦力はあるほどいいので、同行は承諾します」

「ありがたい。いつ出発する」

「ギルドの時計で、十時頃には出発します」

 ギルドの時計。機械式の時計は高級品で、本部に職人がいるギルドのように、一部の施設にしか置いていない。時間を正確に知るには良いが、野外活動が多い賞金稼ぎは大抵、太陽の位置を見る。

「ギルドの時計で十時だな。了解した」

「朝食をとってからですね」

「そうなります」

「よし。なら、英気を養っておくとしよう。失礼する」

レフはそう行って、部屋に戻ることにする。

「ええ。また明日」

「また明日!」

 ノエルが元気な調子で言うと、イーリスは微笑んで手を振り、扉を閉じた。

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