北の超特急、三門市行き   作:あきた百瀬

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6.

「お、奈帆だ」

 

「太刀川のとこの子だっけ?て、足早っ本当に生身か?」

 

「トリオン体なら倍速で壁走ってたぞ」

 

「マジかよ」

 

本部から飛び出して行くように駆け出した後輩を狙撃手らしい目敏さで見つけたのは防衛任務明けの冬島隊の2人だった。"北の超特急"と実況に評された奈帆の走りは未だに衰えることはなく、あっという間に本部の敷地を抜け警戒区域に入ろうとしている。

 

 

「負けなしの中学生が遅いわけないでしょ、眺めてないで早く戻れ」

 

 

男2人を促しつつも監視カメラの映像を見た真木はたしかに早いと少し驚いた。普通に考えて駅伝、トラック、クロスカントリーと新記録を量産した人間が遅いはずないのだが実際に目にするとやはり迫力がある。

長い手足から生まれる大きなストライド、足のバネが強いのか跳躍力もあってまるで浮いているようだ。それでいてバタつくようなところが無いのは強靭な体幹による制御が完璧だからだろう。陸上には詳しく無いがこのフォームが美しいのは分かる。

歴史的な美術品のように知識が無くても理解できるものはある、この走りは恐らくその一つだ。

 

 

(これは揉めるわけだ)

 

 

根付さん達最近ピリピリしてるよな、とマイペースな狙撃手は呑気だったが彼女は元々全国的とは行かずとも陸上界や出身地の北海道ではアイドル的な人気を誇っていたアスリートだ。国際大会で記録を残せていれば国民的なスターになっていてもおかしくない人気と実力(ついでにビジュアル)を兼ね備えた逸材が何の前触れもなく陸上競技を引退したという事実はそこそこの騒ぎになっていた。彼女の旧姓で記事を検索すれば下世話なネット記事がいくつも見つかったし、ボーダーへの問い合わせもそれなりに多かったと思われる。

訓練記録を見る限り腕に問題はなく、見た感じにはなるがどこかの狙撃手のようにブラブラ適当に生きていくタイプではないだろう。

にも関わらず隊への配属が遅れているのは一連の騒ぎを懸念した上層部の意向だ。隊に配属されればプロフィールがボーダーの公式ページから公開される。非正規隊員時代の噂レベルでこの騒ぎなら苗字が変わっているとはいえ見る人が見れば分かるだろう。

当真曰く「あいつはまだヒヨコみてえなもんだから」とのことだが記録を見る限りではA級の隊員比べても見劣りしない。むしろ素質だけなら歴代級と言っても良い逸材を一向に配属しないのは炎上を恐れた上層部の意向だろう。

 

 

「法を犯したわけでもないのに随分と及び腰ね」

 

 

真木は小さく、しかしはっきりと大人たちを皮肉った。

 

 

休みだし知らない道を、と鈴鳴支部の近くまで来てしまった。

そろそろ人も車も増えてくる時間帯だ。故郷だと春のような気温で雪もない三門市は走りやすいのでついつい長い距離を走りたくなるが小学校がほぼ駅伝の走行距離と変わらないほど離れている故郷と違いここは人が多い。休日だからと走り回っていると接触しかけて危険だということはここ数ヶ月で嫌というほど学んだ。

それに接触も怖いが商業施設の多いここは誘惑も多い。店が開き始めて余計な散財をする前に帰って訓練しよう、と奈帆は踵を返して本部に向かう。

正規隊員に昇格した奈帆は本部以外でもトリガーが使えるということもあり接触事故を避けるため警戒区域に入り込んだ。

 

 

「危ないっ」

 

「ヒェッ」

 

 

警戒区域内を誤射を防ぐため速度を落として走っていた奈帆は突如腕を掴まれ後ろに引っ張られた、

腕を掴まれバランスを崩し後ろに倒れ込んだ奈帆を不審者はがっしりと抱き抱えて市街地の方に引きずっていく。突然の事態に奈帆は衝撃で硬直した。

 

 

「女の子になにしてんのよ変態!!!」

 

 

どうやら支部に所属する村上は奈帆を一般人と勘違いして警戒区域から離そうとしてくれたらしい。しかし、絵面は控えめに言って誘拐犯のそれだった。

案の定誤認した防衛任務中の櫻葉隊隊長の櫻葉は後輩を容赦なく戦闘体で殴り飛ばした。

 

 

「本当に済まない」

 

「こちらこそご迷惑をお掛けしました…」

 

「全く警戒区域に入ったんなら自分で止めずに本部に連絡して防衛任務中の部隊と協力って来馬に聞かなかったの?」

 

「追いつきそうだったので、つい…」

 

「まあ警戒区域に入れないようにっていうのは偉いよ、でも怖がられるようなことは辞めような、奈帆ちゃんも警戒区域には出来る限り単独で入るのは避けるように」

 

「おっしゃる通りです、面目ない」

 

「はい、気をつけます」

 

「でも意外ね、あんたこの子のこと見たことなかったの?」

 

 

見たことはあったんですけど遠目だったので…。と言いにくそうに話す村上に奈帆は密かにああ、と納得した。

奈帆の顔は垂れ目以外これといった特徴がないので覚えにくい上に、以前通っていた新興の私立女子校らしく華やいだデザインの制服を着ているので三門市では見慣れない制服の印象も強く、体格も制服姿と走りやすいスポーツウェアでは見え方も違う上に、万一覚えていても痩せ型の女子が多いボーダーでは背が若干高いくらいでこれまた特徴がない。直接話したこともないので後ろ姿だけで思い出すのは無理だろう。

心無い者だと"乳のない国近"と呼ぶが誠実そうな村上は身体的特徴で人を覚えたりしないし、それを本人に伝えることも絶対になさそうだ。

 

 

「まあ、私も始末書書きたくないし以後気をつけなさい」

 

「はい、すいません」

 

 

奈帆に追いつくために戦闘体だったこともあり村上はかなりの勢いで殴られた割には大きなダメージは無さそうだった。

櫻葉はもういいわよ、と2人に興味を失ったのかさっさと任務に戻るため同じく櫻葉隊の福井にレーダーを確認するように指示を出している。

櫻葉隊の名前の通り新緑色のラインが入った隊服を纏った福井は2人にランニングなら市街地の方を走るように伝えると隊長に続いた。

 

 

「怖がらせてごめんな、本部まで送っていこうか?」

 

「大丈夫です、柚宇ちゃん起きてる?」

 

「んー、なぁに?」

 

「今本部と鈴鳴の間の警戒区域にいるんだけど市街地沿いで本部に戻るルート送ってくれない」

 

「はいはーい、櫻葉さんに怒られちゃった?」

 

「うん」

 

 

ゲームで徹夜していたのか眠そうだが従姉妹の柚宇はA級オペレーターらしく直ぐに奈帆が望んだルートを送ってくれた。

 

 

「1人で戻れるから大丈夫です、お疲れ様でした!」

 

「あ、ああ」

 

 

奈帆はトリガーを起動すると猛スピードで柚宇に送られたルートに入って行った。生身でも換装しないと追いつかない速度で走っていただけあって戦闘体はまさに目にも留まらぬと言う言葉がピッタリのスピードだった。

万一トリオン兵に襲われても逃げ切れそうだな、と村上も警戒区域を抜けるために踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




国近奈帆 陸上界の嵐山さん的アイドル。美しいフォームと雪道で鍛えられた強靭な足腰とスタミナを武器に記録を量産したスーパー中学生。しかし、上層部の意向によりスーパー中学生のポジションは現在木虎のものになりつつある。
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