残酷な神様 LEGENDSアルセウス   作:ネクロズマ(日食)

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ずいぶん期間が開きましたが第3話です



『駆け引き』と『逢い引き』

黒曜の原野

 

「お見事でございます…慢心していたのはワタクシの方でしたか……それはともかく、いいバトルでした」

 

日もいよいよ落ちそうな黒曜の原野、バトルが終わった後、ノボリさんは満足そうにそう呟いた。

 

「ありがとうございました。でも勝てたのは正直ジュナイパーのお陰です。トレーナーとしては僕の敗けでした」

 

「それも含めて貴方様の実力でございます。やはりいいものですね、ポケモンバトルは。…歴戦のトレーナーと戦い、そして己の限界に挑む…記憶を失っても、これがワタクシの生き方である事だけは間違いなさそうです」

 

「そうですね。僕もそれは同じです」

 

戦ってみて改めて感じたけど、やっぱりこの人と僕はちょっと似てる。

『個』としてか『全』としてかで方向性は違っても、『強い相手と戦い、より強くなりたい』って思いは同じ。『帰りたい』か『帰りたくない』かは置いておいたとしても、少なくともこの人は僕と同じように現状に満足していない。そこをつけば協力をこぎつけやすくなるかもしれないな。さて、次は僕が用事を済ませる番だ

 

「ノボリさん、突然ですけど、もし良ければ僕のいた時代に一緒に行きませんか?」

 

「それは…あの…どういう事でしょうか?」

 

唐突な質問にノボリさんが首を傾げる。

まあいきなりだから当然か。でも時空の裂け目をもう一度開くなら、最終的にギンガ団やコンゴウ団、シンジュ団との衝突は十分考えられる。僕としては是非ノボリさんは味方に引き入れたい。

 

「実は…僕は近々この世界から去るつもりなんです。元の時代でやり残した事が沢山あるから。その時にノボリさんも一緒にどうかと思って」

 

「元の時代に帰る…ですか…詳しく伺ってもよろしいでしょうか?」

 

興味を引けたのか、ノボリさんの目の色が少し変わった。ここからが重要だ。多少のリスクは覚悟して話を進めよう。

 

「ノボリさんも知っての通り、今僕の手元にはディアルガとパルキアの2体が揃っています。それに加えて、先の事件のきっかけとも言えるギラティナもこの間捕獲しました。時空に干渉出来るこの3体ともう1体、アルセウスの力を借りてこの世界から脱出します。『時空の裂け目』をもう一度開いて…」

 

「ちょっと待って下さいテル様!アルセウス!?時空の裂け目をもう一度開く!?話についていけません…突拍子が無さすぎて混乱してしまいます」

 

「そうですね。順を追って説明します」

 

珍しく動揺してるノボリさんに僕はこれまでの経緯を話した。 

アルセウスフォンの啓示に従って全てのポケモンを捕獲した事、天界でアルセウスと遭遇した事。そしてその神の分身体を持ち帰った事。勿論、少なくとも今の時点では永遠に帰れない事も。全てを話終わる頃には、納得はいかずとも合点はいったらしく、彼もいつも通りの平静さを取り戻した。

 

「…御話は理解致しました…しかし…時空の裂け目をもう一度開くなど…」

 

あれだけ苦労して歪みを閉じたんだ。この世界に与える影響を考えても、ノボリさんが歯切れ悪くなるのも分かる。ただ、この時代の人間であるショウとは違って、彼には可能な限りの情報は共有したい。僕の目的が『時代の裂け目』を開いた先にある以上、それを隠すと最終的には離反される可能性が高いからだ。密告されるリスクは承知だけど、そこは勿論厳重に釘を刺す。大丈夫だ。簡単には口を割らせないだけの手札がこっちにはある。

 

「納得いかない部分があるのは分かりますが、もうこれしか方法がないんです…それに…」

 

「それに…なんでしょうか…?」

 

「元の世界に戻る鍵になるアルセウス達が僕の手元にいる以上、"僕がいなければ未来への移動は叶いません"。ノボリさんが一緒に行かなくても僕は行きます。だから時空の裂け目が消えている今、"その時を逃せばこの世界から出る事は永遠に出来ないと思ってください"」

 

「!!」

 

ノボリさんの表情が険しく変わる。

気持ちはよく分かるよ。僕もアルセウス(神様)から帰れないって言われた時は、たぶん同じような気持ちだったから。

 

「…で、ですが…もし未来に行けたとしても、そこがワタクシのいた世界かを判断する事は、今のワタクシには…」

 

もう一押しだ。確実にノボリさんはこっち側に揺れてる。後は仕上げを残すのみ。

 

「貴方は『強い相手とバトルする事で記憶が少しずつ戻っていく』。でもヒスイだとそういう相手はホントに希だ。僕のいた時代がノボリさんのいた時代と同じかは分からないですけど、少なくともあの世界には強いポケモントレーナーが沢山いる。記憶を取り戻すには今より適した環境だと思います」

 

「そ、それは…」

 

彼の望みを利用させてもらう。

 

「記憶が戻った時、もし今いる時代がノボリさんのいた時代じゃないならもう一度時間を飛べばいい。勿論その時は僕も協力します。だから、この世界から僕の時代に戻る時には、僕に協力してくれませんか?」

 

「………」

 

考え込む様にノボリさんは首を下に向けた。生真面目な彼の事だ。きっと今はシンジュ団への裏切りとも取れる行為に良心を痛めてる筈。でも、ノボリさんがいつも羽織ってるボロボロの服と帽子を見れば分かる。この人は此処で諦めたりはしない。

そしてしばらくの沈黙の後、ノボリさんは意を決したようにゆっくりと口を開いた。

 

「…分かりました…貴方様に協力しましょう」

 

「ありがとうございます。そう言ってもらえると心強いです」

 

原野の夕日は、気付けばもう完全に落ちきっていた。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

次の日

 

時刻は朝の9時、ショウとの待ち合わせ場所に指定したコトブキ村の入り口。

時間通りに来たつもりだけど、『はじまりの浜』に続く門の前にショウはまだいない。昨日の様子だと忘れてるなんて事はあり得ないだろうけど、集合時間に遅れるなんて彼女にしては珍しい事だ。

 

「ふぅ…逢い引き(デート)ねぇ…」

 

少しだけ気が重くなる。

ショウの事は勿論嫌いじゃないし、一緒に任務をこなす事も全然平気だ。でもヒカリとほぼ同じ顔の彼女とデートとなると違和感が物凄い。少しでも自分に気を引ければと思った一言がまさかこうなるとは。

まあでもあくまで逢い引きは名目だ。ウォロさんの捜索を手伝ってくれるなら理由は何だっていいか。それに

 

「これも最後の思い出作りだと思えば、案外楽しいかもしれないな…」

 

これまでずっと任務と指令漬けの日々だったし、これからもっと忙しくなるだろう。今の内にプチ旅行くらいの気分転換も必要かもしれない。

 

「お待たせしました。あの、遅れてしまってすみません」

 

「大丈夫だよ。僕も今来たと…こ…?」

 

集合時間から5分程たった頃、背中から聞こえた声に振り向くと、そこにいたのはいつもの団服の彼女ではなく、村の女性が来ているような紺色の和装姿。

見慣れない姿に一瞬固まってしまったけど、そうか、確かに団服でデートは考えてみればおかしいな。

 

(ていうか、ほっかむり着けてないと本当にヒカリと見分けがつかないな)

 

性格はショウの方が控えめだけど、ここまで外見が一緒だとヒカリとデートしてると錯覚しそうだ。元の世界じゃそんな雰囲気になった事もないから、何て言うか、不思議な気分だ。

 

「あの…あまりこういった格好はしないので…変ですか?」

 

「あっ!ごめんごめん。ちょっと新鮮で驚いただけだよ」

 

ショウは恥ずかしそうな素振りを見せてる。少しジロジロ見すぎたみたいだ。

こんな時ヒカリならどういうリアクションをするのかな。まあ若干勝ち気なところがあるし、たぶん「ジロジロ見すぎ!」とかズバッといわれそうだ。

 

「ていうか、僕の方こそいつもの団服でごめんね。呉服屋さんで何か仕立てて貰っとけば良かったんだけど…」

 

「いえ…テ、テルはその格好が一番似合ってますから…」

 

目線を下にしながらショウは呟く。

これは気を使われてるのか本心なのか。

まあ今はどっちでもいいか。

 

「時間も限られてるし、取り敢えず『はじまりの浜』まで取り敢えず歩こうか」

 

ショウを促して僕は浜に向かって歩き出す。

 

「そ、そういえば、昨日キチンと行き先を聞けてなかったんですけど、あの、今日はどちらに向かわれるのですか?」

 

「ああ、うん…まあちょっと"ジョウト観光"ってところかな」

 

「えっ!ジョウト地方ですか!?」

 

ショウが驚くのも無理はないか。

普通に考えればヒスイからジョウトは遠出ってレベルじゃないし。

 

「パルキアがいれば時間は掛からないよ。まあちょっと見てて」

 

僕はオリジンボールを取り出して、誰もいない浜辺に向けてそれを投げた。直後、薄桃色の巨体が姿を表す。

空間ポケモンパルキア、離れた空間同士を繋ぎ会わせる事が出来るこの地方の神の1体だ。

浜辺にズシンと着地して、パルキアはゆっくりと僕達に顔を向けた。

 

「パルキア、ここから遥か南に『鈴の塔』っていうかなり大きな建物がある筈だ。『そこ』と『この場所』を繋げてほしい。出来るかい?」

 

僕の問いかけに一瞬だけ時間を置いた後、パルキアは無言で小さく頷いた。大きな足跡をつけながら波打ち際まで移動すると、パルキアは腕を大きく振り抜く。

すると、

 

「これは…!?凄いです…」

 

空間が切り裂かれた、いや引きちぎられたみたいに、虚空にポッカリと穴が空いた。穴の先には別の景色が広がっていて、その奥にはいつか元の世界で見たジョウトを代表する塔が聳え立っている。見た目的には海の上に塔が見える訳だから、ショウがびっくりするのも仕方ない。

 

「ありがとうパルキア。さあ出発しようか」

 

「あっ…」

 

唖然とするショウの手を引いて、僕達は穴の先に広がるジョウト地方へと足を踏み入れた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

エンジュシティ

ジョウト地方ではコガネシティと並ぶ地方を代表する古都。歴史がある場所だけに、この街の風景は僕がいた時代と比べてもそこまで大きな変化がない。

大きく違うのはポケモンジムやポケモンセンターがない事と、『鈴の塔』の隣にまだ『鐘の塔』が現存してるくらいだろうか。

些細な部分だと、後は街の呼び名が今は『エンジュ町』って言われてる。

シント遺跡はチョウジタウンの最北端になるから、ウォロさんが港町のアサギから上陸してるなら必ずこの街を経由してるはず。あの人はこの時代では顔も含めてかなり目立つ容姿をしてるから、何かしらの情報は得られるかもしれない。

 

人目につかない『鈴の塔』の裏手側からジョウト入りした僕とショウは、そのまま活気ある町の中を並んで歩いた。

ウォロさん探しが主目的ではあるけど、まあ少しくらいは観光する時間もあるだろうって事で、何となく街を歩きながら大小様々な店や露店を見て回る。

 

「まだ朝方なのに人がすごいね。コトブキ村とはやっぱり全然違う」

 

「そうですね。こうやってお店を見てるだけでも楽しいです」

 

気が付けばショウも普段と同じように普通に会話するようになっていた。人混みを歩く内に慣れたのかな。

 

「そういえば、テルはジョウトに来たことがあるのですか?この街の事結構詳しいみたいですけど」

 

「そうだね。元いた世界で何回か来たことはあるよ。そんなに詳しい訳でもないけど、この街は僕の知ってる街とそんなに大きく変わらないから歩きやすいのかもね」

 

「そうですか…」

 

ショウは短い返事を返す。

 

(うーん、一応デートっぽいけど…何か引っ掛かる)

 

隣を歩くショウを横目にそう思う。

確かに緊張はしてなさそうだけど、今度は時々何処と無く寂しそうな顔を覗かせてる。露店で目を輝かせたりもしてたから、街を見て回るのが退屈って訳でもなさそうだけど…

 

「ねえショウ、何か気になる事でもある?」

 

「えっ? どうしてですか?」

 

「僕の勘違いならいいんだけど、何となく『心此処に在らず』って感じだったから」

 

「そんな事は…いえ…そうかもしれませんね。私自身、"またジョウトに帰って来れる日が来るなんて思わなかったもので…"」

 

「えっ?」

 

突然のカミングアウトだけど、考えてみれば団長と一緒にヒスイに来たのならショウもこの地方が地元になるのは当然か。思い返してみると僕は彼女の過去って何も知らないな。

 

「そう言えばショウがギンガ団に入る前の事って、これまで一度も聞いた事なかったよね。もしかしてこの街が地元だったりするの?」

 

呑気にそんな事を聞いた僕に、ショウは「いえ…」と首を横に振る。そして返ってきた答えは、僕の想像を遥かに越えて過酷なものだった。

 

「…隠してた訳じゃないんですけど、アタシが元々住んでいた街はここから程近い場所にあったんです。チョウジ町っていうんですけど、穏やかないい町でした」

 

チョウジ…いい町"でした"。

そのワードだけで嫌な予感がした。

 

「でもある日1匹のギャラドスに村を丸ごと焼かれてしまって…見た事もないくらい大きくて…凶暴で…アタシが住んでた家も、そのギャラドスに押し潰されてなくなっちゃいました…」

 

「!!」

 

「アタシだけは運よく瓦礫の山の中から団長に引き上げて頂いて助かりましたけど、父や母とはそれっきりになってしまいました。その後は、生き残った人と一緒に逃げるようにヒスイに渡ったんです」

 

「………」

 

言葉が何も見つからない。

昔本で読んだ事がある。その昔荒れ狂ったギャラドスが街の全てを破壊して、出来上がった巨大なクレーターに雨水が溜まって出来たのが『イカリの湖』だって。

まさかデンボク団長やショウがその破壊された町の生き残りだとは夢にも思わなかったけど、団長がこれまで過剰に野生のポケモンに対して警戒心を持ってた理由がやっと分かった。

 

「そうだったんだ…ごめんね。もしここに居る辛いなら今からでもヒスイに戻るけど…」

 

ウォロさん探しに協力してもらうつもりだったけど、悪戯に過去のトラウマを抉るような事はしたくない。

ショウには別のところで協力してもらおうかと考えてると、彼女は首を横に勢いよく振った。

 

「いえいえ!気を使わせてしまってすみません!気持ちの整理はもう出来てるのでそれは大丈夫です」

 

「そっか…ショウは強いね」

 

僕とは大違いだ…

故郷に帰れないって点では僕と何も違わないのに…

 

「ただあの時は逃げる事で手一杯で、父や母の供養が何一つ出来なかった事が心残りで、お墓だけでも立ててあげたかったなって…町を歩きながらそんな事を思ってしまいました。気を使わせてしまってすみません…」

 

なるほど、さっきから感じた違和感はそれが原因か。

 

「ねえショウ、もしよかったらだけど、今から村の人のお墓、立てに行かない?」

 

「えっ!?」

 

「立派な物は流石に無理だけど、墓石になる石とお供えする花があれば形くらいは出来る ジュナイパーを連れてきてるから石を切り出すのは難しくないし、どうかな?」

 

ウォロさんを探すためにジョウトに来たのに、気付けば僕はそんな事を口走っていた。

知らなかった彼女の過去に対する同情なのか、聞いてしまった事への責任なのかは分からないけど、それくらいの願いは叶えてあげたいってのが今の素直な気持ちだ。

 

「それは嬉しいですけど…で…でも あのギャラドスがまだあそこにいるかもしれませんし…もしまた襲われたらと思うと…」

 

そう言ってショウは下を向いた。

生きるか死ぬかの壮絶な経験をしたんだ。乗り越えたとは言ってもトラウマが残るのは当たり前だろう。

 

「ならまずは僕が様子を見てくる ウインディなら直ぐに行ける距離だしね。もしまだそこ居るようならどうにかしてくるよ」

 

「そんな事頼めませんよ! それでもし何かあったら…」

 

「心配いらないよ。"ショウ先輩"のおかげで調査任務には慣れたものだから キングやクイーンと戦う心構えで行ってくる」

 

ギャラドスは確かに凶暴なポケモンだけど、僕もこれまでキングやクイーン、それに伝説と言われるポケモン達に挑んで来た経験がある。やる事自体は一緒だ。むしろ鎮め玉を直接投げ付ける必要がないだけマシかもしれない。慣れもあるけど、改めて考えるととんでもない任務だな…

 

「うぅ…もしギャラドスを見つけても絶対に無理はしないって約束してくれますか?」

 

「分かったよ 無理そうなら諦める 安全が確認出来たら直ぐに戻ってくるから、ショウはその間にお供えする花を摘んでおいて」

 

「分かりました。テルを信じます」

 

イカリの湖がある場所ならだいたい分かる。

ここから東の小さな山を越えて北の方角だ。ウインディの速度なら30分も走れば着く。もし件のギャラドスと鉢合わせて対処を迫られたとしても2時間あればで帰って来れるだろう。

ショウに手を振りながら僕は街の外に向けて歩き出した。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

 

ウインディに揺られて山越え、森を越え、道らしき物を見つけてからはそれを辿るようにしばらく木々の中を北上すると、視界が開けた場所に出た。

どうやら街の跡地に着いたみたいだ。

 

「…ここが…イカリの湖…?」

 

思わず息を飲む。

まるで爆弾でも落とされたみたいに大地は大きく抉り取られ、泥混じりの瓦礫が辺り一面を埋め尽くすように散乱してる。

ウインディをボールに戻して、僕はその瓦礫が広がるクレーターへと足を踏み入れた。雨水の影響か少し抜かるんで歩きにくい。

 

「これは…なんて有り様だ…」

 

この光景だけでショウや団長達がどれだけの地獄を経験してヒスイに向かったのかがよく分かる。

団長がよく言っていた「野生のポケモンは危険」や「組織を守る責任」という言葉の裏にあるのがこの光景なのか。

今はまだ"湖"って感じじゃないけど、街が襲われてからかなりの日数が経ってるからか、中心部に近い程雨水が多く貯まって深く浸水してるみたいだ。

 

ひとまず歩ける所まで歩いてみよう。そう思った時だった。

 

「!!」

 

正にそのクレーターの中心、最も深く雨水が貯まってる中に"ソイツ"は居た。

 

(色違いのギャラドス! いや、それよりなんて大きさだ こんなサイズ見た事もないぞ)

 

親分個体よりも更に巨大、体長だけならたぶん"キングのクレベース匹敵する"規格外のサイズを持つ全身真っ赤なギャラドス。

どうやら町を滅ぼした後、そのままこの場所を縄張りにしていたみたいだ。ギャラドスは水辺に生息するポケモンだけど、普通に長時間飛ぶことも出来るし陸をメインで生活する個体がいてもそこまで不思議じゃない。

街一つを滅ぼしたってのは伊達じゃなく、水面から出てる背鰭だけでもその存在感は圧倒的だ。

回りは一面瓦礫の山、それに加えて抜かるんでる足場だ。足音を消して不意討ちするのは無理だ。そんな事を思っていると、

 

「ガアアアアァァァァ!!!!」

 

物音と気配を感知したギャラドスが水の中から勢いよくその体を持ち上げて激しい咆哮を上げた。

敵意はヒシヒシ伝わってくる。このまま戦闘に入るしかなさそうだ。

 

「これはかなり手強そうだ…」

 

この巨体だ。単純なパワーならパルキアよりも上かもしれない。戦力は備えて来てるけど、これはこっちもそれなりの被害は覚悟しないといけないな。

いや…待てよ。逆にこれはこれで都合がいいかもしれない。

 

「試してみるか。"神様"の力を」

 

僕は腰のボールに手を掛けた。

それは手にして以降一度も使っていなかった創造神からの贈り物。これ程の相手だ。このポケモンの実力を見定めるには丁度いい。

 

「さあ出番だ!行け!アルセウス!!」

 

思い切り投げたボールがギャラドスの目前で弾けるように開き、

 

「ーー!」

 

神々しい白い体が、不釣り合いな瓦礫の山にフワリと着地した。神秘的な嘶きを上げたアルセウスは本物と比べて一回り小さく、向かい合うギャラドスと比較すると両者のサイズは天地程違う。だけど、

 

「ガアァ!」

 

その姿を見た瞬間にギャラドスが僅かに萎縮した。

本能で何かを察知したんだろうか、今にも暴れだしそうだった巨体が目の前の小さなポケモンを睨んだままピクリとも動かなくなる。それはまるで森でリングマに出会った人間みたいに。

 

「ガアアアアァ!!」

 

でもその硬直は長くは続かなかった。

再びギャラドスが吠えたかと思うと、大きく開いた口に光の粒子が集まっていく。これは『破壊光線』か。あの巨体から撃つとなると威力は凄まじいだろうな。

下手をすれば僕も無事じゃ済まない。

 

「アルセウス!神通力で妨害するんだ!」

 

初めての命令にアルセウスの目が怪しく光る。

その瞬間、

 

「グギャア!」

 

巨体がドゴンと音を上げて"瓦礫の中へとめり込むように沈んだ"。

まるでギャラドスを中心にその周りだけ異様な重力が掛かっているみたいに、そこかしこからミシミシと何かが潰れるような音が鳴ってる。

神通力ってレベルじゃない。ここまでいくともう"重力操作"の域だ。このサイズのギャラドスが尾びれすら動かせなくなるなんて…

 

「凄いな…なんてパワーだ…」

 

想像以上だ。

同時に僕がアルセウスに挑んだ時、どれだけ手加減されてたかも思い知った。

分身でこれなら本体の全力は想像もつかない。

やろうと思えば、僕達なんてそれこそ一瞬で蒸発したんじゃないかと思うと背筋が凍る。

 

「ギャ……アァ………ォ…」

 

そんな事を考えてる間もアルセウスの神通力は止まる所を知らない。瓦礫と一緒に更に強くギャラドスの体を下へ下へと押し潰し、ミシミシと軋む音はバキバキという粉砕音に変わる。

 

一切の行動も許さないまま、戦闘開始から僅か十数秒で、赤い巨体のギャラドスは白目を向いて完全に動かなくなった。

 

「アルセウス、もう十分だ」

 

僕の指示にアルセウスは小さく頷くと、光っていた目が元に戻る。

 

「ご苦労様、やっぱりすごい力だね」

 

「ーー!」

 

喜んでいるのか、アルセウスは鳴き声を上げて軽く嘶いて見せる。

どうやら本体とは違って、分身体は人語を介してコミュニケーションを取れる訳ではないみたいだ。まあ本体に比べれば子供みたいなものだろうし、その技術がまだないだけかもしれない。

アルセウスを横切って、僕は瓦礫に半分体が埋まってしまってるギャラドスの前まで近付いた。

 

(…まだ死んではなさそうだ)

 

でも赤い巨体は全く動く気配はない。

まああれほどの超重力に10秒以上さらされてたんだ、如何に頑丈でも骨の数本は砕けていても何ら不思議じゃない。むしろ死んでいないだけ凄いのかもしれない。

 

(さて、後はこのギャラドスをどうするかだけど…) 

 

少なくともこの場にこのまま置いておく訳にはいかない。捕獲して別の場所に逃がすべきか、それともこの街を滅ぼした大量殺戮の報いとしてトドメを刺すべきか…

 

「まあでも…流石にそれだと後味が悪すぎるよね」

 

デンボク団長が何て言うかは分からないけど、多分ショウは殺す事までは望まない気がする。それに少なくとも僕個人はこのギャラドスに恨みらしい恨みはない。トドメを刺したとして、僕自身が得るのは『敵を討ってやった』っていう思い上がった自己満足だけだ。

 

(取り敢えず一通りの道具は持ってきておいてよかった)

 

僕は一旦ギャラドスを捕獲する事にした。

パルキアの空間移動で人のいない遠くの海辺に繋げてもらって、そこで放流しよう。生命力はかなり高いみたいだし、綺麗な海の中なら生き延びる事くらいは出来るだろう。

 

「さてと、それじゃあいったん遠くの海まで行こう…無人島っていえば、三日月島の辺りなら大丈夫かな」

 

もう日も真上、ウォロさん探しにジョウトまで来たけど、今日は流石に時間が足りなさそうだ。

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー-

 

 

「お父さん…お母さん…遅くなってごめんなさい…」

 

出来上がったばかりのお墓に集めた花束を備えてショウが手を合わせる。

ジュナイパーに手伝って貰いながら2人で建てたこの街の墓は、小さいながらも中々綺麗に作れたと思う。

勿論中に遺骨は入ってないけど、今まで手を合わせる場所すらなかったショウにとっては『そこにお墓がある事』が何より大きな意味があるみたいだ。

クレーターの外側に建てたから、ここが将来『イカリの湖』へと変わっても水没したりはしないだろう。

街がこの状態だから、あまり見なくていいようにもう少し離れたところに建てないかと提案してみたけど、ショウは出来るだけ街の近くに建てたいって事で此処に決まった。

 

「…私は今は遠くの土地で元気でやっています…デンボクさん達も一緒です。どうか心配しないで下さい…」

 

目を瞑ったままショウは手を合わせ続けてる。何せ数年分の報告があるんだ。それも当然だろう。

この光景をショウが見た時、最初こそ顔を覆って泣いていたけど、すぐに立ち上がって石の切り出しを始めていた。やっぱり彼女は僕なんかよりよっぽど強い。

 

「新しい出会いもたくさんありました。友達…?も出来て、テルって言うんですけど、今日此処に来れたのも、こうやってお墓に花を添える児とが出来たのも、全部テルのお陰です」

 

そうお墓に語りかけるのを真後ろで聞いてるのは何だかこそばゆい。

そのまましばらく手を合わせていた後、最後に「また来ます」と語りかけて、ショウが立ち上がった。

 

「もういいの?」

 

「はい…あの、本当にありがとうございました!」

 

「気にしないで。僕が勝手にやった事だから、それよりどう?気は楽になった?」

 

「はい…ずっと胸の内に引っ掛かっていた事でしたから…これでようやく、亡くなった人達に顔向けが出来ます」

 

気付けばもうすぐ夕方。

 

「じゃあそろそろ帰ろうか」

 

「はい!」

 

結局ウォロさんの捜索も逢い引きらしい事も何一つ出来なかったけど、まあまた明日一人でまた来よう。

ショウのこの笑顔とアルセウスの力を見れた事だけでも収穫だ。





デート回?でした。

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