この国の国民は、10歳になると魔力量の検査を受けられる。
10歳未満という未発達な体では、魔術の使用時にかかる負荷に耐えられない。だから10歳にならなければ、魔術の使用どころか自身に魔力があるか調べることすら禁止されている。
俺は10歳になり、魔力量の検査を受けた。
そして魔力がないという結果が出た。
由緒正しい魔術師の家系であるメイジー家。
多くの優秀な魔術師を輩出しているこの家で、魔力のない子供が生まれたのは初めてだった。
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俺の名前はギル·フォード·メイジー。
メイジー家最大の汚点、魔力0の男だ。
幸いというべきか、フォードの名を持つ者は分家。だから俺は本家の人間ほどの期待はされていなかった。
外見は平均的。身長も平均的。髪の色だってよくいる赤黒だ。
何も持たずに生まれてきた。
そして本家には、俺と同い年で魔術の才能に恵まれたやつがいる。
エリザ·ウィズ·メイジー。
ちょうど今日、魔術学校を首席で卒業した彼女が、メイジー家に帰ってきた。
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屋敷の者が1カ所に集まり「立派になって」とか「美しくなりましたな」などと話している。
中心にいるのは、2年ぶりに帰宅した本家の天才魔術師エリザ·ウィズ·メイジー。
白い肌。長く美しい黒髪。身長は俺よりも少し高く、すらりとした体形。
面妖なまでに美しい彼女は、まさに魔女と呼ばれるにふさわしい容姿をしていた。
同じメイジー家でも、俺とは別世界の人間と言えるほどに差がある。あいつは俺にないものを全て持っているんだ。
だから遠くから人だかりを眺めて、ただその場を通り過ぎた。
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廊下を歩いていると、エリザが前から歩いてきた。
魔力を持たない俺には恐れ多い存在だが、さすがに挨拶もなしというわけにはいかない。
「お久しぶりです。エルザ様」
「ええ、久しぶりギル」
軽い会釈(えしゃく)だけして通り過ぎようとすると首元を掴まれる。
「久しぶりだっていうのに、なによその態度」
「す、すみません……」
「あと、その他人行儀な口調はなぁに?」
「あの……あまり俺のような者と接するのも……」
魔力のない俺は、魔術師の名家であるこの屋敷では肩身が狭い。
次期当主とも言われるエリザと親しくするのは、周りの者がいい顔をしないだろう。
「はぁ?なに口答えしてんのお前。魔力もないくせに、この私に逆らうんじゃないわよ!」
エリザが声を荒げた瞬間、腹部に衝撃が走った。
「な、なにが……!」
何も見えなかった。
魔術なのか……?
「いいからその他人行儀な態度をやめなさい」
「わ、わかった……。お前、やっぱ変わったよな」
「あらそお?だったら昔の、おとなしーい私に戻ってあげましょうか?」
エリザの腕が体に絡みつく。
さっきまでの睨みつけるような視線は、穏やかなものへと変わった。
「私のギル、本当に久しぶりね。とても会いたかったわ」
エリザの顔が近くにあった。それは最後に会った2年前よりも美しく、余計に俺なんかが触れてはいけない存在なのだと実感した。
「や、やめろっ……!」
耐えきれず彼女の腕を振り解く。
「チッ……!なぁにが私が変わったよ。変わったのはあなたでしょう」
「……仕方ないだろ」
確かに昔は仲が良かった。
だが俺には魔力がなかった。
魔術が使えないのは、魔術師の家では失敗作だ。
もう本家の人間とは気安く接することはできない。
「お父様が、私から離れるよう言ったのかしら」
「そうだ。魔術師の家では当主様の意見は絶対だ。エリザだって分かっているだろう」
「ええそうね。当主の言うことは絶対だわ」
魔術師の家系は完全な実力主義。
最も強い魔術が使える者が当主になり、絶対的な権限を持つ。
「まぁいいわ。明日、私の魔術のお披露目があるの。そこには出席しなさい。面白いものを見せてあげるわ」
エリザはそれだけ言って廊下を後にした。
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エリザが見せた魔術、それはそこに居合わせた皆を驚愕させた。
彼女は空中に魔法陣を展開し、そこに出入りして見せた。
空間魔術。
A級魔術。空間魔術はその中でも上位に位置する。
現メイジー家の当主が使える魔術がB級。それを超える魔術だ。
この瞬間、たった16歳にしてエリザはメイジー家の当主になった。
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屋敷を歩いていると後ろから声をかけられる。
「ぎーるさまっ!」
俺の名を呼ぶのはとても幼い声だった。
声の主は金髪の少女。
見た目も声も幼い彼女は、俺より2つ年下の14歳だ。
「お前、来てたのか」
「はいっ!ギルさまを驚かそうと思って、こっそり来ちゃいました」
軽いステップで近寄る彼女は、嬉しそうな表情で俺を見上げた。
彼女はローナ·イスタ。
俺の婚約者だ。
そしてこの少女も俺と同じ、魔術師の家系でありながら魔術を持たずに生まれた。
いわばお互いの家の厄介者をくっつけたような婚約だった。
だがマイペースなローナはそんなことは気にしていない。ただ単純に俺をしたってくれていた。
「ではギルさま。婚約者同士再会のキスを……」
唇を突き出してくるローナから距離を取る。
「もう!いつになったらキスしてくれるんですか!」
「だってお前、まだ子供だろ」
「子供扱いはやめてください。私は立派なレディーです!」
「はいはい、レディーレディー」
「むっかー!将来私がナイスバディーになっても相手してあげませんから!」
そう言ってツンとそっぽを向くローナ。
そんな他愛もないやりとりで、お互い笑い合う。
境遇が似ているのもあるが、こいつとは一緒にいて楽しい。
家同士が厄介者を押し付けあったような婚約だが、それでも俺は構わないと思っている。
「せっかく来たんだ、ゆっくりしていけ」
「はい。魔力がない者同士、心の傷と体を舐め合いましょう」
「いや、体は遠慮しておくよ」
「いえいえ遠慮なさらず。ちょうどそこにベッドのある客室が……」
ローナは俺の腕を引っ張り客室に連れ込もうとする。
「こら、冗談はよせって……!」
いつものおふざけだと思い振り払おうとするが、引っ張られた腕は動かない。
「ほらほら。どうせ結婚するんですから、遅かれ早かれですよっ」
「ちょっと……!おい!」
嘘だろ?男の俺が全力で振り切ろうとしているのに、まるで抵抗できない。
俺が必死に抵抗していると、突然なにもない空間から腕が生えてきた。
そしてその腕はローナの首をつかんだ。
「だぁれぇ?この雌豚ァ!」
何もない空間から現れたのはエリザだった。
空間魔術はこんな使い方ができるのか。
「うっ……私は……ギルさまの婚約者……です……」
首を掴まれたローナは、苦しそうにしながらも必死に声を絞り出した。
「あのクソ野郎、私がいない間に余計なことをしてくれたみたいねぇ!」
クソ野郎とは、先日当主の座をエリザに明け渡した彼女の父親のことだろう。
エリザはローナの首を掴んだまま投げ飛ばす。
「がはっ……ごほっ……」
「おい、大丈夫かローナ!」
駆け寄って体を起こす。
ローナは息をするのがやっとといった感じで、抱き寄せる俺にしがみついていた。
「エリザ!今のは危ないだろ!」
「なに言ってんのよ。こんなんで怪我するわけないでしょうが」
「いや、今のは明らかに……!」
エリザを問い詰めようとする俺を、ローナがさえぎった。
「いえ……私は大丈夫ですから……」
そしてエリザがあまりに勝手すぎる言葉を告げる。
「いい?あなたたちの婚約はなしよ。メイジー家当主である私がそう決めたわ」
当主の横暴。それがまかり通ってしまうのが魔術師の世界だ。
「わかりました。本日はこれで失礼いたします。ではギルさま、また後日お会いいたしましょう」
ローナはスカートを軽く持ち上げてお辞儀をした後、その場を立ち去った。
「後日はないわよバーカ。お前は金輪際(こんりんざい)立ち入り禁止よ」
ローナのうしろ姿に、エリザはそう吐き捨てた。
その後、ローナの従者から手紙がわたされた。
その手紙にはこう書かれていた。
『あのエリザという人は危険です。もしなにかあったら、街の東にある厩舎(きゅうしゃ)を訪ねてください。馬車を手配しておきました。それを使って私の家であるイスタ家までお逃げください』