「橙、橙はいるかー!?」
日の暮れた森の中。
逢魔ヶ時の過ぎ去った怪異が活発になる時刻に女性の一人歩きは危険が世の常識である。
しかし、怪異は女性に手を出すことはない。
何故ならば、彼女もまた怪異であるからだ。
九尾の狐。
老若男女魑魅魍魎が知らぬ者はいないとされるほどの大きな存在である。
そのような大物妖怪が闊歩していい森ではない、草の根に潜む怪異達は金色に輝く九本の尾を揺らす女性に畏れ畏怖している。
「橙ー?」
橙、と声を出しながら何かを探している。
大妖怪がこんなところで探す橙とは一体なんなのか、それには果たしてどのような価値があるのか。
興味を抱いた怪異が彼女の前に飛び出した。
「…何の用かな?」
「─いや、なに、九尾の姐さんが何か探してる様子だったんでね。私みたいな木っ端妖怪でも役に立てることがあるんじゃないかと、ね」
「ほう?」
興味。
妖狐が飛び出してきた赤い妖怪に抱いた感情。
橙を探してる最中を邪魔された、それだけで不機嫌になるプライドの高い妖狐が気まぐれに抱いた感情。
自らを木っ端妖怪と名乗り、役に立つと自称してきた度胸と立場を弁えた態度。
面白い。
しかし、ただそれだけだ。
「すまないが急いでてね、大した用じゃないなら消えてくれないかな?」
「人手が必要なのでは?」
「………」
「私ならこの森を九方向に駆け回れる」
不快。
「心配無用、いざとなれば人手を千と用意が出きるんでね」
「……ならば、何故しないので?」
「……貴様、口には気を付けろよ?」
ザワザワザワ、と妖気が大気を震わせる。
「失敬、そんなつもりはなかった」
「………全く、ここが幻想郷じゃなきゃ、私は君を八つ裂きにさてたぞ」
「それは怖い」
「私は橙、という式神を探してる。他の式神に探させてもよかったんだが、橙に逃げられては本末転倒だからね」
やれやれ、と妖気を鎮めた妖狐が溜め息を吐く。
「適当な式神だと、橙が認識していないんだ。私が探した方が早い」
「なるほど」
「それで、協力してくれるのかい?」
「もちろん、その橙という式神の特徴は?」
「化け猫、二股尾の化け猫さ」
ふむ、と考える仕草を取る。
「人の姿をしている、とか?」
「してる時もあるが、猫の姿のときもある」
「わかった、少し首を飛ばしてみよう」
「首…?」
妖狐が疑問を抱いた瞬間、赤い髪の妖怪の頭が宙を跳んだ。
しかも増えた、四つに。
「…驚いたな」
「ひとまず、首を三つ飛ばして探そう」
「ろくろ首、いや、飛頭蛮か…?」
「お好きな認識で」
ふわふわと浮かぶ首を眺めながら、妖狐はクスリと笑みを溢す。
「私は赤蛮奇、自己紹介が遅れて申し訳ない」
「あぁ、私は八雲藍だ」
─これが九尾とろくろ首の出会いである。
ナインヘッド & ナインテイル
※
数ヵ月後。
「藍、しばらくぶり」
「あぁ、赤蛮奇君。君も買い物かい?」
「そんなところ」
あの日を境に二人はよく顔を合わす仲になった。
八雲藍の式神橙はあっさりと赤蛮奇が発見した、橙が飛んできた頭に吃驚仰天し、これでもかという悲鳴を合図に二人が駆けつけたといった流れだ。
その際、藍が赤蛮奇を殺せそうなくらいに睨んだことは赤蛮奇にとってトラウマである。
「橙ちゃんは元気してる?」
「これでもか、っていうくらいにね」
「よかった」
迷子になったら首が飛んで探しに来る。
橙があの一件で学んだ教訓でありトラウマ、二週間は家を出ることはなかったという。
「……あの後泣きつかれて大変だったけどね」
「……反省してます」
親切が裏目に出た。
「藍とは人里でよく会うね」
「そうだな、紫様は人里の惣菜がお気に入りだからね。ついつい買いに来てしまうよ」
「……紫様ってあまり妖怪らしくない、のか?」
「人がお好きな方ではあるね」
人と妖怪が共存する、幻想郷。
否、人と妖怪だけではない。
神に聖人、現人神、魔法使い、妖精、ありとあらゆる存在を幻想郷は受け入れる。
幻想郷の管理者こと妖怪の賢者である八雲紫の式神が、この人里で買い物をしてる八雲藍その人なのである。
「そういう赤蛮奇君こそ、人里に住んでるんだろ?妖怪なのに」
「私は首さえ見られなきゃ、人間と大差ないからね。それにほら、人里は森と違って環境が整ってて過ごしやすいのよ」
とはいえ、赤蛮奇が人里に住み始めたのも、ここ二年くらいのことである。
妖怪として育んできた為に妖怪の繋がりもある、あの日赤蛮奇が人里を出て森を歩いていたのも昔馴染みに会いに行った帰りだったからだ。
「よければ、寄ってく?」
「いいのかい?」
「藍がよければ、誘っておいてなんだけど、おつかいの途中なんでしょ?」
「少しくらいの寄り道なら構わないさ」
あの日を境に二人の距離は縮まっていた。
橙を探した日のお礼に始まり、人里で邂逅したことが切っ掛けとも言えよう。
「油揚げ、おごろうか?」
「……君はホントに狐たらしだなぁ」
「なにそれ」
「ふふふ」
赤蛮奇は思う。
私のような木っ端妖怪が藍のような大妖怪と仲良くなるなんて思いもしなかった。
騙され、手の上を踊らされてるんじゃないか、化かされてるんじゃないかと考えたことだってある。
「もうすぐ冬だから、紫様も冬眠される。その間、私が妖怪の賢者代理になるから忙しい時期でな─」
「会う時間も減っちゃうね」
「そうだな」
八雲藍は思う。
赤蛮奇は良き友人、対等な関係でありたいと。
邪な考えだが、彼女を式神として迎え入れてしまえば冬の間も共に笑える。
だが、主従の関係にしたくない。
友人として、気のいい友人であり続けたい。
「……冬さ、私が藍に会いに行ったら、迷惑、かな?」
だから─
「いくら赤蛮奇君でも、一介の式神が主人の屋敷に許可なく招待できないよ」
だから─
「ま、それもそっか」
だから、せめて─
「冬が過ぎれば、また会える日も増えるさ」
─今、この時だけは一緒にいたい。
雪が、降り始めた。
「初雪」
「降りすぎないうちに急ごう」
「あぁ、そうしよう」
赤蛮奇と八雲藍の物語。
ナインヘッド & ナインテイル
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