あおげば空の、嵐かな (あおかな×エアギア) 作:EXTRA2販促おじさん
原作あおかなの葵先生ってよく考えたらかなり灰色の人生送っていません?
10代後半から20代後半の一番華々しい時期を晶也絡みの自責と贖罪に費やしてるような…
しかもその件、葵さんは別に何も悪くないのに。
FCのプロ選手だったみたいな描写もありますが、その期間は非常に短いと思います。
原作時点で教師(数年目?)=大学出てるわけで、エロゲ特有のお題目を抜きにすれば
高2=17歳程度であろう晶也より10歳上として27歳。プロやれる期間は1、2年ですかね…。
そんな彼女にリア充人生を送らせてあげたかった、というのも本作執筆の動機の一つです。
なお前話から帰宅困難者になっとる模様。
こち、こち、こち、ぽーん。
シンプルな掛け時計の文字盤上で秒針と長針がゼロに重なり、これまた簡素なチャイムが時間の切り替わりを告げた。
短針は左90度。現在時刻、午後9時ちょうど。
「おう、家の人に連絡付いたかい」
「ええ、めちゃくちゃ叱られましたが……」
「わはは、そらそうや。これに懲りたら倒れるまで飛ぶなんちゅうのは止めるこっちゃ」
「はは……」
ごとり、と音を立て、古びた木製のテーブルに丼とコップが置かれた。
「すまんの、独り暮らしなもんでこんなインスタント麺しか置いとらんからよ。
はいこれ麦茶」
「いえ、とんでもないです。泊めていただいた上に夕飯まで……ありがとうございます」
娯楽の多い都会(行ったことないが)ならいざ知らず、四島の高校生なら普通家にいるべき時間だ。
だというのに、私は家どころか久奈島すら飛び出して
ネギともやしと生卵が乗せられた熱々の醤油ラーメンを啜りながら、向かいで同じものを食べる老人――この店の主をちらりと見る。
そも事の始まりは、シャーロット・アヴァロンとの勝負に――不本意ながら――敗れた私が、正直今考えても意味不明な経緯で彼のトラックごと海を渡ってしまったことだ。
トラックの荷台で目を覚ました私は混乱しつつもまず謝罪し、細部をぼかして事情を説明した。すると夜中に行く当てもない私を憐れんでか、いたく同情されて一宿一飯のお世話になることとなったのだ。
『しがないパーツ屋の親爺』を名乗るこの老人は、白くてふさふさした髭に、鼻に掛けた小さな銀縁の丸眼鏡。これだけならまるで時計職人か何かをイメージするような風体だが、色褪せたデニムのジャケットを羽織って頭には赤いバンダナと、やたらファンキーな出で立ちである。
おまけに彼の営む店で扱う『パーツ』というのが――
「……ここ、
今いるのは店舗の2階にある居住スペースで、上がってくるときにはもちろん1階を通った。そこに所狭しと並べられたATのホイールやら一見してよく分からない機械部品を見て、私は何とも言えない表情をしていたと思う。なにせA・T
この小じんまりとした2階にも大きな作業机が相応の面積を占めており、その上に散らばるネジや工具、壁掛けラックにぶら下がった大小様々のパーツ類が、いかにも工房然とした雰囲気を醸し出していた。
雑然と散らかってはいるが、不潔さは感じられない。
奥のキッチンからは、しゅんしゅんとヤカンのお湯が沸く音。
図書室と化学準備室を合わせたような、何とも言えない不思議な静謐さがあった。
「うん? ああ。ちゅーても新品はあんま扱っとらんが……壊れたりした
いわゆるレストア屋じゃ、〈グランパ・ギアーズ〉のゴトー爺さんっちゅうたら、この辺のライダーにはよう知られとる――そう言って、彼……ゴトー爺さんはにぃっと悪童めいた笑みを浮かべた。これまた白髭からイメージされる好々爺っぽさとは対極的だが、少しホッとするような親しみやすさがあった。
「それじゃ、四島にいたのは……」
「仕入れやな。馴染みのスポーツ用具店なんかが廃用品を下取りしとるんで、ひと月ふた月にいっぺん、貯まった分を買い取りに行っとる」
「へぇ……」
変な話だが、四島にA・Tが1個でもあるなんて今まで思いもしなかったので、それなりの廃棄や買取が発生しているというのは少し……いやかなり意外だった。
そんな考えと、全身の疲れと、あとは温かい食べ物をお腹に入れて人心地付いたからだろうか。
私の口から、特に考える事もなく言葉がぽろっと
「なんだ……四島でも結構、いるんだな。A・T使ってる人」
「……」
「私、その。A・Tはグラシュを気軽に履けない地域だから普及した、なんて……あっ」
ぼんやりと言い掛けたところで、とんでもなく失礼なことを言っている気がして我に返る。
恩人相手に何やってんだ、私。
相手はA・Tで食ってる人だぞ。
こんな小娘に仕事を悪く言われたと、不満に思われたっておかしくない。
咄嗟に俯き、恐る恐る顔を上げたが……
「ズルッ! ズズッ、ズッ、ズルルルルルッ! はふッ! ズズッ!」
視線を向けた先にあったのは老翁の険しい顔ではなく、傾けられたラーメンどんぶりの底。
唖然とする私を意に介さず、ごっごっと喉を上下させてスープを嚥下していくゴトー爺さん。
けっこうな歳に見えるが、血圧とか大丈夫なのだろうか。
現実逃避気味にそんなことを考えてしまった。
「ッハアーっ!!」とキレの良すぎる声を上げて空っぽの丼と箸を置いた老人は、手元のコップから麦茶を一口呷り、再びにっと笑って言った。
「"ギア"っつー英単語あるじゃろ」
「え……は、はぁ」
「どういう物をイメージする?」
「どういう、って」
どうやら怒ってはいないようだが、いささか突拍子もない質問に少し面食らう。
ちょっと考えたが特に気の利いた答えが思いつくでもない。私は口を開いた。
「歯車……とかでしょうか」
「おう。あとは自転車のギアなんかもあるわな。
やけんども"装備一式"や"一揃いの道具"っちゅう意味もある」
「ひと揃い……」
「ワシが
「全部?」
「ヒトが自由になるためのな」
「……よく、分かりません」
「バッテリー切れまでグラシュで飛び回って海を越すようなお嬢ちゃんなら、とっくのとうに知っとる筈の事や。んでなくとも、本当の意味で"分からん"者はおらん。忘れっちゅうだけや」
海越えの話は勘弁してほしい。電話口の母の説教が身に沁みたばかりなのだ。
というかその言い方だとグラシュで永崎まで飛んできたみたいになってるし。
だけど――自由、か。
グラシュの宣伝文句として『重力から解き放たれる~』なんてのはよく聞くが、そういうことを言っているのではないというのは分かる。
"一揃い"、そう彼は言った。
私が知っているけど、忘れているもの?
分からないような、分かりかけているような、何か喉に引っ掛かりを感じるような。
だが聞き逃してはいけないという確信だけはあって、私は会話を続けた。
「グラシュは違うんですか。つまり……その、あなたの言う"ギア"じゃあ無いんですか?」
「違わんよ。モノはな。やけんど、外側は規制やら法律やら雁字搦め。そんな籠の中におるうちに、だんだんと忘れていく」
勿体ないもんやで、と呟くように言いながら、彼は食器を持ち上げて席を立った。
そのまま台所からじゃぶじゃぶと水道の音を立てながら、少し張った声で続ける。
「ワシはA・Tが好きやけど、お嬢ちゃんの言うようにグラシュでもええ。何なら便所サンダルでもええわ。結局何を履いとるかは問題やない。履いたモンが何を心得とるかや」
「何を、心得ているか……」
オウム返しのようにひとりごちると、台所から戻ってきた老人は向いの椅子にどかっと腰かけた。
「お前さんを負かしたような暴風族っちゅう連中はその辺スジがええのが多い。世間様では鼻摘みモンじゃろうけどな」
「!」
――なぜ。
なぜ――そのことを。
口に入れていた麦茶で
「ふつーにグラシュの練習しとる高校生が、あんな街中の路地裏に空から落っこちる訳あるかい。おおかた部活帰りに絡むか絡まれるかしてああなったんやろう」
「それは、その……はい……」
仰る通りで、思わず背筋が曲がる。
考えてみれば私、自分から
自分はクレバーに考えられる人間だと思っていたが、どうやらそうでも無かったようだ。
老人はふうとため息をつき、少し和らいだ口調で続ける。
「楽しかったか?」
一瞬、何を言われたのか分からなかった。
「……はい?」
「ああいや、別に叱ったりはせん。そういうのは親御さんがやる事やろうしな。四島は知らんが、この辺りにゃ結構な数の
そこで彼は間を置き、麦茶をもう一口呷った。
「嬢ちゃんがやり合った連中はどうやった?
そいつと危険な街中で飛び回って、嬢ちゃんはどう思った?」
「……」
私か。
私は――どうなんだろう。
空を飛ぶことは楽しいはずだ。
楽しかったから、ここまでFCにのめり込んできた。
晶也に色々な技術を教え込んで、あいつが空を好きになるのを喜んで見ていられた。
だったら、ゴトー爺さんの問いかけには即答できるはずで。
それができていない私自身に、苛立ちとも納得ともつかない物を感じている。
勝って勝って勝ち続けて、次の勝利をさらに決定づけるような技まで思いついたこと。
大会で勝利を重ねるにつれて、空への情熱を失っていったように見えた晶也に、うまく声もかけてやれなかったこと。
それらを思い出して自分を苛むのは、決まって空を飛んでいる時だった。
今、ようやくそのことに気付いて――でも、どこかそれを他人事のようにも捉えていた。
なんでだろう。
……ああ、そうか。
もっと気になることができたんだ。
数時間前、ビルに囲まれた狭苦しい空での、交錯の一瞬。
あそこでグラシュの電池が切れなかったら、私は果たしてシャーロットに届いたのか。
頭の中でその疑問ばかりが熱を発していて、温まった空気が膨らむように、どんどん大きくなっていく。
そのせいで、冷たく縮こまった悩み事はどんどん端へと追いやられているようだった。
私は……あの時。
交錯の直前、笑っていたような気がする。
それは何でなんだろう?
記憶が遡る。
必死こいてあの2人を追っていた時、あいつらはどんな表情をしていただろう?
そんな所に注意を向ける余裕などなかったはずだが、あいつらは楽し気にしていた、そんな気がした。
どれほどの時間、そうして考え込んでいたのか。
老人の声で、私はふと我に返った。
「――ジジィの長話に付き合わされて疲れたやろ。ワシはこれから作業するけ、ポットの茶ぁ好きに飲んどってええからノンビリしとき。
テレビは引いとらんが、ほれ。あっちのモニター台の下にA・T関係のDVDを色々置いとるんでよ、暇つぶしに見とってもええ」
それだけ言ってから気づいたように「あ、眠けりゃ布団出すけ言うてくれ」と付け加えて、彼は台所とは反対側の作業机の方へ向かい、備え付けられた丸椅子のキャスターを軋ませながら背を向けた。
しばしの無言。
換気扇の低いうなりと、かちゃかちゃ細かな作業音が鳴る以外はまったくの無音になる。
壁に掛けられた、文字盤が黄ばんだシンプルな時計を見上げる。
夜9時40分。
流石にまだこんな時間では眠気も湧かない。
老人の丸まった背中をもう一度だけちらりと見て、私も席を立ってモニターの方へ向かった。
この居住スペースへ来た時はてっきりテレビだと思っていたが、どうやら接続されたDVDデッキから再生するためだけのモニターだったようだ。
そして肝心のDVDはというと、市販らしきパッケージ入りのものからお手製感のある無地のものまで雑多に積まれていた。
特にあてもなく、端から順に手にしてはラベルを読み取っていく。
「うーん……」
私は無意識に手で後ろ髪を
昼間から夕方までFCの練習、その後は転校生と飛び回り、挙句の果てに船上で海風をさんざん浴びたものだから、随分と髪の毛がべたついているのを感じる。空を飛ぶときの靡く感覚が好きで髪を長く伸ばしているのだが、この時ばかりはそれを呪った。
とはいえ流石の私も、いくらお年寄りでも一人暮らしの男性宅でシャワーを借りようなどとは思わない。ゴトー爺さんもその辺りは心得ているのか、わざわざ言及したりはしなかった。
その心遣いを内心ありがたく思いつつ、ディスクケースを引き出しては戻していく。
("2021年シカゴセッション"……"永崎市基礎教導用"……ん?)
彼の言った通り、A・T関係という共通項以外はまるでバラバラだ。
だがそれらの中、自作DVDと思しき1枚を見て私は息を吞んだ。
(っ!)
"PARTS WAR RANK.A : ARMAGEST vs BULLGALE
London, 28th/Jan, 2022"
アーマゲスト。
PARTS WAR(部品戦争)? だの、ランクだのよく分からない語もあったが、その文字列がいやというほど心臓を跳ねさせた。
とても10時間前の事とは思えない朝の教室での一件、赤崎が騒いでいた内容を思い出す。
『〈アーマゲスト〉はイギリスのチームでね、たった二人なのに世界最強のチームだって言われてるんだ!』
『フィンランドの学生王者に勝ったってウワサで』
『すごいすごいすごいよ! 〈アーマゲスト〉の二人! 絶対そう!』
「……」
London……つまり、イギリス。
偶然の一致ではないだろう。
我知らずゴクリと喉が鳴る。
『――お前よ』
思い出すだけで口の中に苦みさえ感じる、正体不明の一撃の記憶が脳裏をよぎる。
このディスクの中には、あのような力を振るう様が収められているのだろうか。
私はケースを手に取り、DVDデッキのトレイ開閉ボタンを押した。