広報委員は休まらない   作:希望光

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どうもお久しぶりでございます。希望光であります。最新話の方完成いたしました。
それでは本編の方どうぞ。


神出鬼没のチューナー

 雲一つない快晴の本日の放課後は、委員会もなければバイトもない。序でにバンドの練習もない、完全フリーなものであった。こんな完璧なOFF、超久々でございます。

 マジでライブやら委員会やらで予定が詰め詰めだったから、1週間程多忙でありました。もう死にそう……というか1回死んでる。

 そんな久々の休暇を前にしたオレは、帰って何をするか考えつつ校舎を出たところ、突然呼び止められた。

 

「お、リキヤ」

「あれ、洸夜さん?」

 

 振り向いた先にいたのは緑がかった青髪で、羽丘学園の制服に身を包んだ青年。この人は羽丘学園の現生徒会長、氷川日菜の実兄である氷川洸夜。バンド『Crescendo』においてキーボードを担当しており、Roseliaのコーチングとオレが所属するバンド『Pray,Potential』の指導も行なっている。ついでに俺の所属する委員会の監査役兼羽丘学園の風紀委員を担っている、日菜先輩ばりのハイスペック人間だ。

 マジでやってること多すぎでしょこの人。なんで手が回ってるんだよ。普通の人ならオーバーワークで潰れてるだろうに……。

 

「どうかしましたか?」

 

 首を傾げながら洸夜さんの方へと歩み寄る。真面目に呼び止められた理由が思い当たらないんだけど? 委員会関連のことだとしたら、先日のうちに全て済ませて確認も貰ってるし……なんだろう? 

 

「この後、暇だったりする?」

「この後ですか……一応暇ではありますけど?」

 

 マジで何も入ってなくて何するか考えてたくらいには暇だけども……一体全体何が始まるのだろうか。

 不安に思っていると、何かを考え込んでいた洸夜さんが突然口角を上げ破顔する。

 

「OK。んじゃあリキヤ、今から俺と()()()しようか」

「え、え、え?」

 

 今この人、なんかさらっとヤバいこと口走らなかった? えーっと、少なからず野朗同士では出てこない単語を口走ったよね? 

 

「今なんて……」

「ん? デートって言ったぞ」

「……はぁぁぁっ?!」

 

 余りにも非現実的な状況を突き付けられたオレの絶叫が、放課後の羽丘学園の敷地内を駆け抜け巡っていくのであった——

 

 

 

 

 

 あの後周囲の人間からの視線を一身に受けたオレ達は、その場から逃げる様にして校門から飛び出し、現在は都電の駅を目指して歩いていた。

 

「……全く、貴方の冗談は冗談にきこえないって、何回言えばわかりますか」

「紗夜みてぇなこと言うな……で、えーっと、さっきのは普通に悪かったって」

 

 悪びれた様子で謝罪してくる洸夜さんを見て、オレは思わずため息を吐く。マジでさ、なんでこの人普通に接するとこんな残念に感じるの。他の事——特に音楽関連は超ハイスペックで、尊敬できるのに。

 

「本当に反省してるんですか?」

「してるって……んで、俺にいう権利は無いかもしれないが、リキヤも俺のこと殴るのやめない……? 流石に痛いんだけども」

 

 そう述べてくる洸夜さんの左頬は赤く腫れている。さっき勢いで殴ってしまいました。この件に関しては確かにオレ側も非があるけど、ほぼ洸夜さんが悪いと思うんだよなぁ。

 

「何で殴られたのか、胸に手を当てて考えてください」

「はいはい……当てるほどの胸がないけど」

「普段デリカシー無いって言われませんか?」

 

 洸夜さん、今の発言は場合によってはその場で処刑されてますからね? 相手がオレでよかったですね。因みにオレが女子だった場合、この場で締めてるわ。うん。

 

「はぁ……それで、今日はどちらに?」

「えーっと、池袋駅前なんだが……」

 

 池袋駅前か。先日ユキ姉と来たばっかりの様な気がするんだけど。でもあの辺はいろんなお店があるし、学校からもそこそこな距離の場所だから納得ちゃ納得だ。

 

「それじゃあ、とりあえず学習院下から東池袋辺りですかね?」

「だな。一応聞くけど、リキヤってラーメン大丈夫?」

「ええ、まあ」

「豚骨だよ?」

「はい。いけますけど?」

 

 ラーメンは個人的に好きな方だし、豚骨ラーメンもこってりしてて好みだ。1番は味噌ラーメンだと思ってますけど。

 とかなんとかやってるうちに、学習院下に着いたじゃん。やっぱり人と話してるとこの距離あっという間だな。

 

「そっか。なら大丈夫かな」

「どういうことです?」

「着いてからのお楽しみ」

 

 微笑した洸夜さんに対して不安を抱きながらも、オレ達は停留場へ入ってきた都電に乗り込む。

 放課後ということもあり、車内は学生——特に、花咲川の制服を身に纏った者の姿が多く見受けられた。花咲川の人達も、部活がなければ終わる時間自体は大体同じくらいだもんな。

 周囲に見知った人間がいないか探していると、いつの間にか東池袋四丁目が目前となっていた。

 

「そろそろ降りるぞ」

「あ、はい」

 

 洸夜さんに引き続いて電車を降り、そこから10分弱歩きやってきたのは池袋駅周辺。うーん、やっぱこの時間帯でも人が多いね。こんだけ人がいるのに消滅都市に入ってるの不思議だね。

 

「えーっと、こっちか」

「は、はい」

 

 人波に沿ってビル街を抜け一本奥に入った路地の半に、なにやら行列を見つける。アレ……ここって。

 

「……三郎?」

「三郎」

「マジっすか……」

 

 オレ達がやってきたのは『三郎』と言う名のラーメン屋。豚骨ラーメンを専門とした店で、いわゆる家系ラーメンに属するところだ。……因みモカや巴に連れられて何回か来たことある。美味いんだけど、オレには重い……油が。

 

「洸夜さん……こう言うとこ来るんですね」

「時たまね。今日は無性に豚骨ラーメン食べたくなって、祐治のこと誘ったけど断られちゃった」

「それで偶然見つけた俺に白羽の矢が立ったんですね。わかります」

「御名答」

 

 御名答じゃないですよ……昼飯ガッツリ食べてるオレからするとなかなかに厳しいですからね、ここのラーメン。まあ、お昼カレーだったから被ってはない、って考えればギリギリセーフか……? いやアウトだわ。

 

「とりま並ぶべ」

「はい……」

 

 意気消沈としながら、洸夜さんに続いて列の最後尾に並ぶ。いやー、いつきてもここの店並んでるよなぁ。でも回転効率すごくいいんだよね……バイト先もこれくらいの回転率があればいいんだけども。

 

「そいえば最近、Pray,Potential(プレポ)の練習見に行けてないけど調子どう?」

「うーん、ぼちぼちですかね。でも皆んな、日々上達してますよ」

「そっかー。じゃ、しばらく行かなくても大丈夫そうかな?」

「来てもらえるなら、それは来て欲しいですけど……」

 

 正直オレ達のスキルアップの点を鑑みると、この人含めた『Crescendo』の皆さんの指導を貰える方がいいわけなんだよな。

 ただ……練習の中身が色濃くなりすぎるんだよ……ほんと。うちのリーダーは師匠枠が来て盛り上がるわ、ボーカルは洸夜さんと突拍子もなく漫才始めるわだから……後者に関しては、完全に洸夜さん側に問題があるけども。

 

「時間ができたら行くよ……っと、中入れるみたいだな」

「ほんとだ。今日は何にしようかな」

 

 券売機の前に立ち暫しの間悩む。うん、いつも食べてるチャーシュー麺にしよう。決めるや否、お金を投入すると手早く食券を出し洸夜さんへと譲る。

 

「チャーシュー麺か」

「はい。普段からこれを食べてるので」

「納得……じゃ、俺は久々アレにするか」

 

 呟いた洸夜さんが押したボタンは……え、普通の豚骨ラーメン? あ、でも麺大盛りだわ。トッピングとかは……何もつけてないね。本当にただの大盛り豚骨ラーメンだ。

 

「大盛りの豚骨ですか」

「そ。最近食べてなかったけどねー」

 

 談笑しつつ案内されたカウンター席に2人並んで腰を下ろす。そして、カウンター越しにお冷やを出してくれたお兄さんに食券を手渡す。

 

「ニンニクどうします?」

「あー、全増しで」

「かしこまりました。こっちの豚骨は?」

 

 店員のお兄さんに問われた洸夜さんは、お冷やを軽く呷ってから口を開く。

 

「ニンニク脂もりもり野菜マッターホルンで」

「はい——チャーシュー全増し、豚骨大盛りニンニク油もりもり野菜マッターホルン!」

 

 ……ん? 今この人なんって言った? えーっと、『ニンニク油もりもり野菜マッターホルン』だって? 馬鹿なの? アホなの? 死ぬの? 

 

「洸夜さん……」

「どうかしたか?」

「確か麺大盛りでしたよね?」

「うん」

「で、ニンニクが?」

「ニンニク脂もりもり野菜マッターホルン!」

「嘘でしょ……」

 

 信じられない……この人本当に人間か? 少なくとも、常人が食べる量のラーメンではないものを頼んだぞこの人。

 

「食べ切れるんですか……?」

「多分?」

「なんで疑問形?」

「年老いたから……かな」

 

 いやいや、あんたもオレもまだ10代ですからね? 年老いたとか寝言に分類されますよ? というわけなので、眠ってから言ってくれ。

 

「いっぺん眠っておきます?」

「なんでだよ……そして拳を構えるな」

「全く……」

「お待たせしました!」

 

 ため息を吐きながら拳を解くと、オレの眼前に注文したラーメンが姿を表す。チャーシュー麺、キマシタワー。野菜や油は普通よりも少し多めにしてるため、普通盛りの価格でありながら食べ応えとコクの増したチャーシュー麺。

 そして隣の席には、常人ならお腹いっぱいになるであろう大盛りの麺が入ったラーメンの上に、常人では食べきれないと思う程のキャベツともやしが積まれた豚骨ラーメン。待て待て待て。巴やモカですら麺は普通盛りだったぞ? それでも、この量の野菜を食べ切れてるあの2人はヤバいのだけれども。麺も大盛りにしてるこの人は既にヤバい。

 

「いただきます」

 

 絶句するオレの傍ら、箸を握った洸夜さんが手を合わせる。そして、上に乗った大量の野菜と、スープに浸った下部の麺とを入れ替え始める。て、天地返しをこの量でやるって……流石に無謀がすぎるって……。

 不安気に見守っていると、何食わぬ顔で天地返し——麺と具材とを入れ替える作業をこなした洸夜さん。いや、怖すぎるだろ。なんでスープ一滴溢さずに成功させてるんだよ。

 

「どうなってるんですかほんと……」

「練習の成果、かな」

「何の練習をしてるんだ……アンタは……」

 

 本音を零しながら、箸を取ったオレも洸夜さん同様に手を合わせる。さて、召し上がっていきますかね。

 箸をしっかりと持ったオレはまず、上に添えられた野菜のすぐ真下にあるチャーシューを掴む。脂身の大きなチャーシューは、箸で掴んだだけで崩れそうなほどに柔らかい。そんなチャーシューを上手く掴んだオレは、それを自身の口の中へと運ぶ。途端に口の中で蕩け、染み込んでいた醤油ベースの味が口内に広がる。

 

「美味い……」

 

 いつ食べても本当に美味い。これだからここのチャーシュー麺はやめられない。確かに洸夜さんが食べてるシンプルな豚骨も良いんだが、オレはこのチャーシューというアクセントがふんだんに添えられたラーメンの方が好きだ。ま、ラーメンそもそもは同じものなんですけど。

 なんて具合にチャーシュー麺を堪能しつつ傍らへ視線を向けると、無心でラーメンを貪る洸夜さんの姿があった。はぇー、すっごい食べっぷり。フードファイターかなんかですか? 

 あれ、というかさっきまで器の上に山のように積まれてた中身の、3分の1以上減ってるんだけど。

 

「……早くないですか?」

「……んっ、え、なんて?」

 

 口内にあったものを飲み込んだ洸夜さんが、こちらへと顔を向け首を傾げる。いやいや、こっちの声聞こえてないって……食べるのに集中し過ぎでしょ。

 

「ラーメン食べるペース早過ぎませんかね?」

「そうか? いつもこんな調子だけど」

 

 ダメだこの人、どう頑張っても規格外だ。しかもさ、この量を涼しい顔しながら食べてるところが余計それに拍車をかけてるのよ。ヤバいって。

 

「やっぱり化け物だ……」

 

 呆れと戦慄が入り混じったため息を吐きながら、オレは再度チャーシュー麺へと箸を伸ばす。さてさて、伸びないうちに食べ切らないとだからね——

 

 

 

 

 

 店を出たオレ達は、特段何事もなく帰路に着いていた。因みに今は、西陽を浴びながら賑わいを見せる大塚駅前を歩いてる。

 

「いやー、食った食った」

「食べ過ぎでしょ……」

 

 結局洸夜さんは、ニンニク油もりもり野菜マッターホルンの麺大盛りを1人で平らげました。15分程で。アンタの胃はブラックホールですか? 

 

「後で胃が痛いとかやめてくださいよ?」

「その辺はもーまんたい。なんならまだまだ行けるぞ?」

「うわ、気持ち悪い……」

「……流石の俺でもその一言は傷付くわ」

 

 悲壮感を漂わせながら答えた洸夜さんは、懐から小円筒形のものを取り出す。側面を一周する緑色のラベル上に、ミントの文字が確認できる。

 

「ガム……ですか?」

「うん。口寂しい時とかによく噛んでる」

「スモーカーみたいな理由ですね……」

「みんなに言われるわ、それ。あ、ガム切れてんじゃん……」

 

 空のケースを振った洸夜さんは大きく溜息を吐く。こういう時って物凄くテンション下がりますよね。オレも委員会の仕事中とかに印刷機のインク切れてると萎えますから。

 

「買いに行きます?」

「……寄り道になるけど大丈夫か?」

「もう既に寄り道してるようなものなので」

「んじゃ、後輩のお言葉に甘えて」

 

 軽い会話の後、洸夜さんの示す方向へと進路を変える。えーっと、オレの方向感覚が狂ってなければ、家から若干遠のいているような……? 

 などと思いつつ進んでいくと、いつの間にやら1軒のコンビニの前に立っていた。

 

「ここって……」

「コンビニだけど」

「そうじゃなくて」

「え?」

「……なんで姉ちゃんの()()()()にわざわざ来たんですか」

 

 帰路から離れわざわざやってきたこのコンビニ、オレが述べたように姉ちゃんのバイト先である。あとモカもここでバイトしてる。

 

「いやー、この近辺だと、俺の噛んでたガム売ってるのここぐらいなんだよね」

「さいですか……」

 

 了承した事を今更ながらすごく後悔してます。マジでそういうところなんで、色々反省してください。というわけでこの人には今度、反省を促すダンスを踊る……いや、踊ってもらうか。でもなんか、この人に踊らせると喜んでやりそうなんだよな。

 

「反省を促すダンス……」

「人の内心を読み取らないでください」

「悪い……普段読まれ過ぎてるせいで」

「え……」

 

 読まれてるって……え? こんな何考えてるか分からない人の内心を読み当てる猛者がいるわけ? それに加えてこの人もその能力トレース始めてるし。誰だよこの元凶作ったの。

 

「洸夜さんの内心を読める人がいるんですか……?」

「それ普通に失礼だろ……いるよ、俺の内心をバシバシ読み当ててくる奴が」

「誰なんです、それ」

「——リサ(お前の姉ちゃん)

 

 ……前言撤回。ウチの姉がご迷惑をお掛けしていたようで、大変申し訳ございませんでした。ここは弟のオレ、今井リキヤと全く関係のないウチのバンドのリーダー、星乃佑磨が腹を切って詫びます。

 

「ホント……ウチの姉がご迷惑を……」

「いや、うん、慣れてるから大丈夫」

 

 熱したホットプレートの上で焼き土下座案件だぞこれ。どうしようマジで。

 

「その調子だとリキヤも被害者か」

「はい……まあ」

「同志よ……」

 

 意気消沈としながらも、オレ達は固い握手を交わす。半分くらい不本意だけど、同じ被害者としてのシンパシー感じてるのがなぁ。

 なんて思いつつ握手を解く。今更だけど、洸夜さんの手ちょっと冷えてたな。心の優しい人は手が冷たい、なんて聞くけどこの人の場合は……例外か。

 

「それはさておき、入るか」

「あ、はい」

 

 思慮にふけてるオレの手前、表情を一転させた洸夜さんが店内へと赴いていく。それに続いて俺もまた店内へと足を踏み入れる。

 

「いらっしゃいませー」

「さんしゃいーん」

 

 店内に入るなり聞こえてきたのは、ほぼ毎日聞いてる声とどこか間伸びした声。あ、オワタ…… 姉ちゃん(コミュ力お化け)モカ(マイペース)がシフト入ってんじゃねぇか。はい、回れ右不可避。

 

「やっほー、洸夜☆それにリキヤも」

「お邪魔しましたー」

「まあまあ〜、そう言わず〜」

 

 踵を返した途端、いつの間にやらオレの背後に居たモカに両肩を掴まれました。接近に気付かなかった……だと? 

 

「は、HA☆NA☆SE!」

「良いでは無いか、良いでは無いか〜」

「よく無いから言ってるんだ! というかお前はいつの時代の人間だよ!」

 

 時代劇でしか聞いたことないぞその喋り方。おいコラ、どさくさに紛れてブレザーの下に手を突っ込んでオレの背中をさするな。

 

「……何してるんだよ」

「いや〜、リッキーが何か隠していないかと〜」

「何も隠してないから。というか仕事戻れよ」

「は〜い」

 

 モカを業務に戻らせたオレは、大きくため息を吐きながら視線をレジの方へと移す。するとそこには、既に会計している洸夜さんとそれに対応する姉ちゃんの姿があった。

 いや、会計行くまでが早過ぎるでしょ。あとめちゃくちゃ楽しそうだわあの2人。早くくっつけよ……あ、でも洸夜さんが姉ちゃんとくっつくのなんか嫌だな……。

 

「……先帰っても良いですか?」

「待って、アタシもう上りだから一緒に帰ろ?」

「だってさ」

 

 困り顔と共に向けられた洸夜さんの言葉を受けたオレは大きく項垂れる。マジかよ……SAN値直葬間違いなしじゃないか……。

 

「じゃあ……外で待ってますね」

 

 それだけ伝えたオレは重い足取りで店外へと歩んで行く。はぁ……憂鬱だぁ……あの2人と帰るの……。

 沈んだ気持ちのまま辺りを見渡していると、周囲へ異常なまでに警戒しながら路地裏へと入っていく黒いセーラー服に身を包んだ白髪の少女と、その後に続き路地へ入る茶色のブレザーと灰色のブレザーの男子高校生2人組の姿が目に映る。

 不審に感じたオレは、考えるよりも先にその少女達の後を追っていた。嫌な予感がする、それだけの理由で。

 薄暗い路地の中へ踏み込んでいくと奥で男子2人組に絡まれる先程の少女の姿があった。

 

「アレ、キミこんなところでどうしたの? 良ければ俺達と遊ばない?」

「いや私は……ただ探し物を……」

「へぇ、じゃあオレ達も手伝おうか?」

「いえ、結構ですので……」

「そんなこと言わずにさ」

 

 嫌がる少女に対して男子生徒が手を伸ばすとほぼ同時に、その動作を遮る様に自身を両者の間へと滑り込ませる。

 

「やめてください。彼女、嫌がってるじゃないですか」

「なんだお前」

 

 背後にいる少女を庇う様にしながら、年上と思しき男子生徒と対峙する。

 

「関係ない奴は引っ込んでな」

「それは貴方達もだと思いますよ」

「なんだと……いきなり出てきて生意気なこと言うな!」

 

 男子生徒に対して反論を述べると逆上された。うわ、マジか。でも、これで注意がこちらへと向いたはず。

 

ほら、今のうちに行って

え、でも……

いいから

 

 僅かな戸惑いを見せた後、鞄を抱えた少女は路地の外へと走り出す。

 

「待て……!」

 

 走る少女の背を横目に、オレは静止をかける男子生徒の前に割り込む形で少女に対する追跡を妨げる。そしてここからどうするかを模索し始めた途端、男子生徒の強烈な薙ぎがオレへ直撃する。

 

「どけよ!」

「タッ……!」

 

 もろに薙ぎを喰らってしまったオレは、その勢いのまま壁に背を打ち付けてしまい、痛みに悶えながらその場に蹲った。イッテェ……!! 

 

「ガホッ……」

「チッ……見失っちまった」

「どうしてくれるんだよ、ってお前羽丘の制服着てんじゃん」

「はーん、優等生ぶってるってわけね」

 

 侮蔑するような視線でオレを見据える灰ブレザーの生徒。対するオレは、動作を起こそうとするも呼吸ができず思うように体を動かせないでいた。息が吸えない……不味いって……! 

 

「これは痛い目見ないと分からないか——なッ!」

「……ッ!」

 

 その言葉と共に振りかぶられた拳を前に、硬く目を瞑り襲い来るであろう痛みと衝撃に備える。しかし、いつになってもそれらはオレの身へと降りかかって来ない。理由(わけ)を確かめるべく恐る恐る瞑っていた目を開くと、相手の拳を掴んだ眼鏡を掛けた青年——洸夜さんがいた。

 

「今度はなんだ!」

「ウチの後輩に……何してるんだ」

 

 路地に響いた洸夜さんの声は、普段の彼を知る者なら想像することもできない程、無機質で抑揚のないものであった。……本当に、洸夜さんなのか? 

 

「こいつに教育してたんだよ」

「拳でか? 笑える冗談だね」

 

 相手の言葉を一蹴した洸夜さんは、わざとらしい言葉選びで相手を煽動する。それを聞いていた灰ブレザーの男子生徒は、顔を歪め始めた。

 

「お前も痛い目見ないとわからないらしい、なッ!」

 

 そう言って男子生徒は自由な左手で再度拳を振りかぶったが、虚しくも一切動じることのない洸夜さんによって受け止められた。い、今のを止めた……。

 

「やっぱり、頭の中身詰まってなさそうだな」

「なんだと!」

「そうやって怒りに身を任せるところが、そう言われる所以だぞ」

「舐めやがって!」

 

 幾度目かの煽りにより、相手方の怒りは限界を超えたらしく、洸夜さんの拘束を振り解いた灰ブレザーの男子は、洸夜さんの背後へと回り込むと彼へ羽交締めをした。

 

「——おっと」

「オイ!」

「おう!」

 

 驚く洸夜さんの傍で、灰ブレザーの男子の呼びかけに応じた茶ブレザーの男子がどこからとも無くカッターナイフを取り出した。刃物……?! 

 

「さっきまで散々言ったこと、後悔するんだな!」

 

 その言葉ともに洸夜さんへと刃が襲い掛かった。——危ない! 叫ぼうとするが、呼吸が出来ないがために声が出ない。そして路地全体に、()()()が響き渡る。何……今の音? 

 響き渡った不可解な音に眉を潜めていると、何か硬いものが地面に跳ねる音へと切り替わる。音源を確かめると、洸夜さんの掛けていたメガネが地面へ転がっていた。それが目に入った途端、俺へ果てしない恐怖が降りかかってきた。

 

「洸夜……さん……?」

 

 襲いくる恐怖と葛藤しつつ、か細い声で呼びかけた後に顔を上げると、空を切った刃とその傍らで顔を傾け冷徹な視線で相手を見据える洸夜さんの姿が映る。どうやら、先の一撃を退けたらしい。常人には絶対にできないようなことをやってのけたってのか……? 

 

「あっぶねぇな……死んだらどうするんだよ」

 

 戦慄するオレの眼前で発せられた重く低い彼の一言により、周囲の空気は凍てついた。なんだ今の……こちらは向けられていないにも関わらず、鳥肌が立った……。それに、あんな洸夜さん……初めて見た。

 理解の及ばない状況を前に戦慄していると、洸夜さんが拘束して居た男子生徒の足を自身の足で払い転倒させる。

 

「え……」

 

 予想だにしない状況になったせいか、男子生徒は呆気に取られていた。そんな男子生徒を横目に、洸夜さんは未だカッターを手にしたままの男子生徒の方へと向き直る。

 

「な、なんだ……お前!」

 

 男子生徒は怯えた様子で、カッターを突き出し洸夜さんから距離を取るように後退りをしていく。すると洸夜さんは、大きく身を捻ったかと思うとその勢いのままハイキックをカッターへ向けて放ち、カッターの刃が本体から切り離される。そして宙を舞った刃先が、甲高い音を立て路面に打ちつけられた。蹴り落とした……それも、小さなカッターの刃先を。

 眼前で起こった一連の出来事に、硬直していた茶ブレザーの男子生徒は、我に返るなりその場に尻餅をつくと洸夜さんの側から後ずさって行く。

 

「なんなんだよ……ほんとに?!」

 

 洸夜さんの背後で未だ立ち上がれていない灰ブレザーの男子が叫ぶ。そちらへと軽く振り向いた洸夜さんは徐に口を開く。

 

「何って、お前の所の生徒会長だけど。倉中第一高等学校、3-6所属の橘君」

「え……?」

 

 橘と呼ばれた男子生徒は、信じられないと言った様子で洸夜さんを見上げながら口を開いた。

 

「本当にお前が……生徒会長の氷川なのか? だとしたら、なんで俺のことを知ってるんだ……」

「あー、そっか。普段全校の前にいる時は俺茶髪だもんね。2つ目の質問の答えとしては、君の噂は有名だ。そこにいる倉本高等学校、3-4所属の田沼君と一緒になって危ないことしてるって、さ」

 

 そう言って洸夜さんは、茶のブレザーの男子——田沼の方へと向いた。対する田沼は、先程の橘同様に戦慄していた。

 

「何故俺のことまで……」

「あー、そちらさんの生徒会長からいろいろ聞かされてたんだよねー。注意しといて、って感じで」

 

 後頭部を掻きながら屈んだ洸夜さんはハンカチを取り出すと、地面に落ちていたカッターナイフの刃をハンカチ越しに掴む。

 

「んで、言い逃れできない証拠と目撃者が出ちゃってるけど、警察行く?」

「そ、それは……」

「これじゃ言い逃れできないもんね?」

「……ッ」

 

 洸夜さんの問答を前に、2人は恐怖に満ちた表情を浮かべる。そんな2人を交互に見据えながら、洸夜さんは話を続ける。

 

「気が進まないけど、学校巻き込んでもいいんだよ? その結果2人が退学とかになるかもしれないけど。それが嫌だって言うなら——とっとと失せな」

 

 激しい殺気を帯びて放たれた洸夜さんの一言が、再び周囲一帯の空気を凍てつかせる。その殺気を前にした2人は、彼に背を向けるなり路地の外へ向けて駆け出していく。

 

「……はぁ」

 

 一目散に走り去った2人を見送った後、洸夜さんが大きなため息を吐き項垂れる。その声色は、普段よく知る彼のものであった。

 

「あんなにヤバい奴らだったとは……正直びっくりしたわ」

 

 そう言ってメガネを拾った彼は、ブレザーの内側から取り出したメガネ拭きでレンズを拭き始めた。いやいや、流石に落ち着きすぎでしょ……って、よく見ると手が小刻みに震えてる。

 

「洸夜さん、大丈夫ですか?」

「ああ。ちょっと、怖かったけどね」

 

 そう言って苦笑する洸夜さん。この人は……恐怖と戦いながらオレの事を身を挺して助けてくれたのか……。などと考えていると、どこからともなく現れた姉ちゃんがこちらへ駆け寄り飛びついてきた。

 

「……リキヤ!」

「姉ちゃん……」

「大丈夫?」

「平気だけど……」

「良かった……!」

 

 安堵の言葉と共にオレのことを抱き締めてくる姉ちゃん。そんな彼女の瞳の端に僅かではあるが涙が浮かんでいた。また、姉ちゃんに心配掛けてしまった……この前掛けないって約束したばっかりなのに。

 

「ごめん……心配掛けて」

 

 短く返した俺は暫しの間そのまま姉ちゃんに身を委ねていた。ある程度したところで、姉ちゃんの方も落ち着いたのか俺から離れる。

 

「洸夜さん……その、ありがとうございます」

「感謝されるようなことじゃないよ。むしろ俺は謝らないと行けない側さ」

 

 そう言って洸夜さんは申し訳なさそうな顔で頭を下げてきた。突如として飛ばされた謝罪を前に、俺は戸惑いを隠せないでいた。

 

「そ、そんな……」

「もっと早くに、対処しておけばこんなことにはならなかった。それは俺の落ち度だ。だから、申し訳ない」

 

 深々と頭を下げた洸夜さんを前に、オレは言葉に詰まっていた。次に発するべき言葉がわからなかったがために。そんなオレの傍ら、姉ちゃんが洸夜さんへ言葉を掛ける。

 

「洸夜は悪くないよ。今回の事は、はっきりとした証拠が無かったから抑えられてなかったんでしょ? なら、それは仕方ないよ」

「けど——」

「起きちゃったことはしょうがないよ。だから、謝らないで」

 

 姉ちゃんの説得を受けた洸夜さんは、そっと下げていた頭を上げる。その際、彼の左頬からは薄らと鮮血が滴っていた。

 

「洸夜さん、それ……」

「え……ありゃ、切れてる」

 

 無論オレと姉ちゃんは驚いていたが、当人も気付いていなかったようで左頬を触った後に驚いた表情(カオ)をしていた。

 オレはブレザーの懐に手を突っ込みながら洸夜さんの前へと歩み寄る。確かここにしまってあったよな……。

 

「リキヤ?」

「すぐに終わりますからじっとしてて下さい」

 

 首を傾げる洸夜さんにそれだけ告げ、懐から取り出した絆創膏を彼の顔についた傷口へと貼り付ける。

 

「はい、良いですよ」

「ありがとう。その、リキヤって絆創膏持ち歩いてるタイプだったんだな」

「昔から持たされてた影響、と言いましょうか」

「幼い頃から女子力高めだった、と」

「もう1発殴っておきましょうか?」

「そいつは勘弁してほしいね……」

 

 溜息を吐いたオレは、地面に落ちていた自身の鞄を拾い上げると埃を払う。うわ、めっちゃ汚れてるじゃん……ちゃんと掃除しなきゃじゃん。

 

「さて、帰りましょうか。色々あって疲れましたよ」

「んじゃあ、送って行くよ」

「折角ですから、お願いしますね」

「アタシからもお願いするよ」

「了解」

 

 軽いやりとりを交わしたオレ達は路地を後にした。その後、自宅の最寄りまで洸夜さんには送って貰うのであった——

 

 

 

 

 

 その日の夜更け、入浴を済ませたオレは自室にて新たな原稿の作成に取り掛かっていた。完全に独断ではあるが、書きたい記事のネタが降ってきたのでね。

 書きたい原稿の構成を大まかに打ち込んでいると、突然オレの携帯がメッセージ着信を知らせる。

 

「この時間に誰だ?」

 

 不思議に思いながらトークアプリを開くと、『氷川洸夜』と書かれたトーク画面に未読の印が出ていた。洸夜さんから……? 

 

「なになに……って、んん?」

 

 トークの中には1枚の写真が貼られており、詳細を確かめようと拡大したところで、俺は衝撃的な光景を目にした。

 それは写真に写るポテトの山と、それを前に満更でもない様子でポテトを口にする少女と、対照的に満面の笑みでポテトを頬張る少女の姿。そして、それらを背にナゲットを咥えカメラへと微笑む洸夜さんの姿。そして極め付けに写真の後に送られてきた『完食was』の一言。えーっと……これ、食べたんですか? 貴方今日『三郎』でクソデカラーメン食べましたよね? 

 

「嘘でしょ……」

 

 信じられない様な写真を見せられたオレは頭を抱え項垂れる。本当に……この人といると現実味が無くなってくるというか調子が狂うというか。

 

「もういっそ、この事記事にしてやるか」

 

 大きくため息をついたオレは、日頃の私怨を込めつつ再びPC画面と睨めっこするのであった。この後日、委員会の場で洸夜さんが泣くのはまた別のお話。

 余談だが、路地裏で襲い掛かってきた2人はどちらも学校を停学となる処分を受けたが、どちらとも転校してしまったという話を耳にするのであった。




〜おまけ〜
登場人物紹介
『今井リキヤ』
リサの弟にしてこの作品の主人公(3回目)。家に帰ろうとしたところ運悪く(ここ大事)生徒会長の兄に捕まってしまい色々なことに巻き込まれた。自宅へ帰る際、謝罪を続ける洸夜に対して自主練に付き合ってもらう約束を取り付け彼の謝罪を止めた。洸夜に対しては、その振れ幅の大きさに頭を抱えている。

『氷川洸夜』
作者の別作『その日、全てが始まった』の主人公。紗夜と日菜の兄。普段は倉中第一高校に通っているが、本日はたまたま羽丘に登校しており、偶然リキヤを見つけた。周囲を振り回しがちな彼だが、自宅では2人の妹を前に頭を抱えていたり……。

『今井リサ』
リキヤの姉(3回目)。今のところ皆勤賞のためレギュラーか準レギュラーぐらい取れそうな人。そして、洸夜に読心能力を付与しかけた張本人。また、バイトの上がり前に弟(と洸夜)が来たことに歓喜してた。曰く『知り合いとか身内とかと帰れるのが嬉しい(意訳)』。

『青葉モカ』
リキヤの友人にしてリサのバイトの後輩。事あるごとにリキヤを弄っている。最近のマイブームはリキヤのブレザーの内側を調べること(謎)。

閲覧ありがとうございました。それではまた次回の更新でお会いしましょう。

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