また併せまして、新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願いいたします。
そして、大変お待たせいたしました。最新話の方完成いたしました。
それでは挨拶はこの辺で、本編の方をどうぞ。
青く澄み渡った空から降り注ぐ初夏へと近付き始めた陽光を浴びながら、俺は都電早稲田駅へと降り立った。久々最寄りからここまで真っ直ぐ乗ってきたけど結構時間掛かったな。
長時間の乗車により凝り固まった体を伸ばしながら、停留所の外へ出た俺はとある場所へ向けて歩みを進めていく。
「確か……河を渡って木立を抜けて……じゃないわ。道を渡って並木を抜けて、か」
マジで語呂が良過ぎたせいで頭から離れない。このフレーズ叩き込んできたウチのリーダーはマジで許さん。などと考えつつ駅を離れた俺は、道路を渡り都電の通る新目白通りから更にいくつか南側にある幹線、早大通りへと足を運ぶ。
いつ見てもデカい並木道なんだけど……立地の関係上か車通りがあまりないんだよね。なんかちょっと寂しい。
そんな並木道に沿って歩くこと数分、本日の目的地である『花咲川学園』が見えてきた。しっかし、駅からだと遠いなここ。というか本当に部外者の俺が入れるのかな……?
そんな考えと共に校門の前まで足を運ぶと、その傍らには1人の女性の姿があった。腰付近まで伸ばした緑がかった青髪を風に靡かせ、ここ花咲川学園の制服に身を包んだ。
どうやら向こうも同タイミングで俺を捉えたらしく、こちらへと歩み寄ってくる。
「お待ちしていましたよ、今井さん」
そう告げて微笑んだこの方は氷川紗夜。バンド『Roselia』のギタリストで、ここ花咲川学園の風紀委員を務めている。そして、ウチの生徒会長のお姉さんであり監査の妹である。……上と下があの調子なのに、染まってないのが不思議なくらい真面目で尊敬できる人でもある。そもそも風紀委員やってる時点で尊敬に値するんですよ。え、監査も風紀委員やってるって? あれは別だろ。
「紗夜さん、本日は宜しくお願いします」
「はい、宜しくお願いします。それでは、場所を変えますのでついて来てください」
互いにお辞儀した後、紗夜さんの後に続いて校内へと足を踏み入れていく。にしても花咲川の中、初めてきたな。他校の敷地に入るなんてまずないからね。
なんて考えながら紗夜さんに続いて歩いていく。しっかしまあ、羽丘に比べて女子生徒が多い感じがする。
「どうかしましたか?」
「羽丘よりも女子生徒の数が多い気がしまして、ね」
「昨年までは女子校でしたから」
「ああ、そう言われればそうでしたね」
そう、ここ花咲川学園は昨年度まで女子校であったのだ。だから名前も『花咲川女子学園』だった。それで今年から花咲川学園に名前が変わって共学になったって感じだったはず。だから、共学になってまだまだ日が浅いんだね。そりゃ羽丘に比べて女子の方が多いわけだ。
因みに超余談なるのだが、ウチのリーダーは現在進行形でここに通ってます。もっとも今日は遭わないと思うけどね。
などと思っているうちに、とある一室の前へと辿り着いていた。部屋の表札を見ると『生徒会室』と書いてあるじゃあないですか。
「ここです」
「生徒会室?」
「はい」
頷いた紗夜さんはそのまま部屋の扉を開き中へ入って行く。俺もそれに続いて部屋の中へと入る。なんか、他校の生徒会室入るのってドキドキするわ……。
「失礼します……」
恐る恐る中へ入ってみると、中にあったのはいくつかのパイプ椅子と長机。人の姿は一つも無く、静まり返っていた。……え?
「アレ……生徒会の皆さんは?」
「今日は部屋だけ借りたので不在です」
「なるほど」
わざわざこのためだけに生徒会室を借りてくれたのか……なんか、すごく有難いような、申し訳ないような。
内心で畏まりながら、勧められた椅子に腰を下ろす。あー、学校によくあるパイプ椅子の座り心地だ。普段教室で使ってる椅子とはまた違った座り心地だから、俺はわりと好きだな……って感想述べてる場合じゃねぇや。
思考を遮り意識を現実へと戻すと、紗夜さんが俺の前に熱いお茶を出してくれた。これは煎茶かな……?
「熱いので気を付けてください」
「ありがとうございます」
短く礼を述べた俺は、湯呑みを手に取ると中身を軽く呷る。あっつ……あ、これ煎茶じゃなくて玉露だわ。美味なり……って今度はお茶を味わってる場合じゃ無いんですって。
再度目の前の現実に視点を戻すと、紗夜さんが俺の向かい側の椅子に腰を下ろしていた。
「それで、本日の用件とは?」
「あ、えーっと……何もお聞きになってない、感じですかね?」
苦笑いしながら紗夜さんへと尋ねる俺。日菜先輩直々に頼まれてる案件だから……流石に聞いてるよね? 洸夜さんも1枚噛んでるわけだし……うん。
「はい……お恥ずかしいことに何も聞かされていなくて……」
「そうでしたか……」
まさか、とは思っていたが本当になんの用件か聞いていなかったとは……。要件知らないままこの部屋借りたっていうの考えると、本当に申し訳なくなってくる。というかあの2人、監査と生徒会長は何をしてくれたんだ。どうして要件が伝達されていないんですかね? これがマジで他校に通う軽い友好のある関係ならまだしも、あなた方は身内同士でしょうに。報連相はしっかりしないとじゃないんですか?
「えっと……本校の生徒会長と当委員会の監査が、大変ご迷惑をおかけしまして……」
「いえ、こちらこそ妹と兄がご迷惑をおかけして……」
互いに頭を下げ合い謝罪を交わす。いや、なんだこれ。側から見たらめちゃくちゃシュールだぞ絶対。というか今日はこのために来たんじゃないんですよ。
「それで本日の用件なんですけれども」
「はい」
「日菜先輩に関して近しい人から見てどう言った人物なのか、ということを取材したくてお伺いしました」
「なるほど……」
呟いた紗夜さんは、軽く握った右手を自身の顎に当て目を細めた。その状態が暫く続いた後、不意に顔を上げこちらへと問いかけてきた。
「それって……洸夜でも良かったのではないでしょうか?」
「自分もそう思って言ってみたんですけど……日菜先輩があまりにも紗夜さんからのコメントが欲しいと返されまして……洸夜さんにも相談した上で、今回みたいな状況に……」
「そうでしたか……全くあの子は……」
小さく呟いた紗夜さんは、額を抑えながら項垂れる。その姿に本日何度目かわからない申し訳なさを感じつつも、自身の鞄の中からファイルと図版、そして筆記具を取り出す。
「それじゃえっと……早速始めちゃっても良いですかね?」
「ええ……お願いします」
コクリ、と頷いた紗夜さんは改まった様子で俺の方へと向き直る。この切り替えの速さ、俺も見習いたいわ。
「はい。では、羽丘学園現生徒会長である氷川日菜さんは、貴方から見てどのような人物ですか?」
「私から見た日菜ですか。そうですね……」
言の葉を溢した紗夜さんは、右手を自身の顎へ当て考え込む仕草を取る。あ、その姿映えますね……めっちゃ写真撮りてぇ。ま、そんなことしたら盗撮なんですが。
「いつでも突拍子が無いことを提案してきたり、周りを振り回しがちだと思っています」
「あーえっと……そこは多分、他の人からみてもそう取れるところがあるかもですね。はい」
歯切れ悪く彼女の言葉に相槌を入れる。現状況がそれを物語ってるんですよね。ほんとに。対する紗夜さんの方も、少し申し訳なさそうな顔を見せるが、直ぐに元の真剣な少女へと戻った。
「けれど……そこを含めて私自身、自慢の、そして何よりも——大切な妹だと思っています」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる紗夜さん。彼女の普段拝むことのない表情を前に、思わず俺は魅入ってしまった。というかこれ……もしかしなくても
なんて具合に内心で首を傾げていると、突如我に返ったらしい紗夜さんはわざとらしく咳払いをした後、新たな言葉を紡いだ。
「コホンッ! ですからえっと、その……羽丘学園に通うみなさんは、生徒会長である日菜の事を信頼してあげてください。周りを振り回すことが多いかもしれませんが、皆さんの学校生活がより良いものになるように、生徒会の運営を行っていますので」
そこまで言った紗夜さんは、頬を紅潮させながら軽く俯いた。なんか今日の紗夜さん、めちゃめちゃ表情が変わるんだけど。真面目にそんな表情するんですね案件が多すぎる。俺としては、ご褒美案件なんですけどね?
「……なるほど。わかりました。それでは最後に、日菜先輩宛のメッセージをいただいてもよろしいですか?」
「日菜宛にですか……」
再び考え込む仕草を取った紗夜さん。さっきも言ったけど、めっちゃ映えるんですよ。私的に待ち受けにしたいね、ほんと。
「生徒会長として、そして1人の最上級生として規律ある行動を心掛けるように。それに加え、生徒会や他の委員会の皆さんの迷惑になるようなことはしないこと。以上です」
そう言って姿勢を正した紗夜さん。やっぱりなんでこの人こんなにしっかりしてるのに、上と下があそこまでになってしまうのか不思議でしょうがないですわ。
「ありがとうございました。以上で、本日の取材の方終わりになります」
そう言って俺は紗夜さんに頭を下げる。本当はもっと聞く項目あったんだけど、さっきの一言とか最後の締めの一言の火力が高すぎて十分な気がするから終わりにしたいと思います。はい。
「こちらこそ、身内の無茶振りにお付き合いいただきありがとうございました」
「いえいえそんな。自分としてもやってて楽しいことだったので。……ところで、この後お暇だったりしますか?」
座したままお辞儀をした俺は紗夜さんへ新たな問い掛けをした。紗夜さんはというと、少し驚いた様子を見せつつ返答してくれる。
「この後、ですか。学校内で行う用事は特にありませんし、バンド関連も無いので真っ直ぐ帰るくらいですが……?」
「それなら、この後少し寄り道していきませんか?」
「寄り道ですか……あまり関心できないことですけど、せっかくの今井さんのお誘いですので、ご一緒させていただきます」
微笑みと共にこちらへ返された言葉に、今度は俺の方が驚愕することとなった。紗夜さん……その返しは流石に反則ですよ。
先の返答に悶々とした想いを抱きつつも席を立つと、紗夜さんもそれに続いて席から立ち上がる。
「それでは、ここを施錠していきますので校門のところで待っていてください」
「はい、わかりました」
頷いた俺は一足先に校門を目指すため部屋を後にする。画して、今日の本題であった紗夜さんへのインタビューという広報委員としての業務は幕を下ろした——
花咲川学園を後にした俺と紗夜さんは、駅前のファーストフード店へと足を運んでいた。因みに現在、頼むものを頼み受け取った俺は、一足先に座席に座って紗夜さんを待っている。というか最初に紗夜さんへファーストフード店へ行かないかと誘った時、正直嫌な顔されて断られるかなと思ったんだけど……全然そんなことなくて、普通にOKしてくれました。しかもちょっと嬉しそうだった気がするが、多分思い過ごしだな。うん。
「お待たせしました」
自己解釈に勤しんでいると、トレーの上に山のようなフライドポテトを乗せた紗夜さんが俺の前に姿を現す。……紗夜さん、それ1人で食べるんですか? どう見てもLポテト4つ分くらいありますけど?
「それで今井さん、話……というのは?」
「あー、はい、えっとですね……」
自身の中にあった思考を遮った俺は、傍らの座席に置いていた鞄の中を漁り、1冊のバインダーを取り出すと、中からとある用紙を取り出す。
「それは?」
「今独断で編集してる記事なんですけど」
中身を簡潔に伝えた俺は、用紙を紗夜さんへと手渡す。用紙を受け取った紗夜さんはと言うと、用紙を暫し眺めると驚いた表情を見せた。そりゃ驚くよね。うん。
「これ、洸夜に関する記事じゃないですか」
「ええ。知り合いとかから取り上げてほしいってちょくちょく言われてましてね。日菜先輩と洸夜さんには内緒で作ってたんです」
「そうだったのですね」
納得したように頷いた紗夜さんは、用紙をこちらへと手渡してきた。それを受け取った俺は、そのままファイルの中へとしまう。すると、紗夜さんがこちらへと問いかけてきた。
「それで……その秘密裏に作っていた記事を私に見せて、どうするのですか?」
「その、少し協力していただけないかな、と思いまして」
「私にですか」
紗夜さんの言葉にこくりと頷き、少し怪しく笑ってみせる。こういうの作るときはね、対象の近しい人に秘密裏に問うのが1番味が出るんですよ。開示した時の、本人の驚愕等を含めて。
「ただ質問とかに答えてもらうだけで大丈夫です。勿論、無理にとは言いません」
「そういうことでしたか。分かりました。私でよければ、力になります」
「ありがとうございます。質問などはまた日を追って連絡します」
紗夜さんから出た承諾の言葉に対して当たり障りのない返答をする俺だが、彼女から見えないところでガッツポーズを取る。よし……これで1歩、いや2歩前進だ。
「はい。それで、話というのはこれだけですか?」
「いえ、後もう1つ。今度の、練習の件についてなんですが」
そう告げた俺は、懐から携帯を取り出し操作する。確かスケジュール帳代わりのが……あったあった。
「個人での、ですか」
「ですです。次はいつにするかをお聞きしたくて」
紗夜さんは返答しつつ、カレンダーアプリを開いた俺は直近に入っている予定を見返していく。えーなになに……来週は、バンド練とバイトで埋まってるねぇ? その次の週は、めっちゃ空いてる。こちらからは再来週を提案してみようかな?
「そうですね、私は来週が少し忙しくて、時間が取れるのが再来週以降になるかと……」
「こっちも再来週以降なら空いてる感じですね」
「なら、再来週のどこかでやりましょうか」
「ですね」
どうやら向こうもこちらと同じく再来週以降が空いていたようで、それが分かってからは着々と話が進んでいった。……こんな簡単に決まっちゃっていいのか少し不安になるくらいサクサク決まっちゃったよ。ヤベーイ。
「——では、先に挙げた日程でよろしくお願いします」
「はい。こちらこそよろしくお願い致します」
てなわけで、次回の練習の日程が決定しました。ぱちぱちぱち。今から練習が楽しみになってきた。などと一人で盛り上がっていると、紗夜さんに呼びかけられる。
「そんなに私との練習が楽しみですか?」
「……え?」
何の前触れもなく紗夜さんの口から飛び出した言葉に固まる俺。え、えーっと、何故俺の内心が外へバレている。今言葉にはしてなかったよな?
「自分なんか言いましたっけ?」
「いえ。ただ、表情に出ていたと言いますか。そんな風に見えたので……」
おっとー? 自分が意図しない形で内心が表情に変わってたのかな? ヤバいわよ! 色んな意味で。
「そうでしたか……正直にお話ししますと、紗夜さんと練習するのがすごく楽しみです。はい」
「それは、何故ですか?」
不思議そうに首を傾げる紗夜さん。これは、正直に答えた方が良いかもしれないな。言って、損することでもないしね。
「——紗夜さんのギターの音が、好きなので」
内面にあった想いを正直に言の葉にする。でもなんかこれね、すごく恥ずかしい。ヤバい。言った後からジワジワくる。自傷ダメージを受けながら恐る恐る紗夜さんの方へ視線を向けてみると、ほんのり頬を朱色に染め硬直する紗夜さんの姿があった。
「あ、えっと、紗夜さん?」
戸惑いながらも呼びかけると、ふと我に返ったかのように動きを見せる紗夜さん。何その動き。ちょっとすごい。
「す、すいません。なんでしょうか?」
「いえ、何かボーッとしたらしたので……?」
「今井さんの発言に驚いてしまいまして……」
あ、俺のせいだったんですね。これは、今井リキヤと氷川洸夜が腹を切って詫びるしかないな。洸夜さん関係ないって? 今回の件話してなかったから有罪でしょ。証明完了。
「あの、すいません……」
「謝らないでください」
「けど……」
「今井さんの先の発言は、嬉しいと思ってますから」
気恥ずかしそうに答えてくれる紗夜さん。その姿に、全俺が死亡する。具体的には、顔からテーブルにダイブした。ありがとう……ございました。
「い、今井さん?!」
「すいません、ちょっと三途の川が」
「さ、三途の川?」
「……冗談です。忘れてください」
痛む顔面を摩りながら紗夜さんの言葉を流した俺はトレイの上に置いてあったナゲットにようやく手をつける。……ヤバ、ちょっと冷めてるじゃん。
仄かな熱を残すナゲットを手に取った俺は、それをソースに潜らせた後に口へ入れる。途端口内に広がるバーベキューソースの程よい酸味と、ナゲットの衣に仕込まれたスパイスの香り。加えてそれらを引き立てる柔らかな肉の食感。これはね、マズいわけがないんですよ。やっぱこれだよ。ファーストフード店来たらナゲットの理由。
などと言った具合にナゲットを堪能した俺は、徐に紗夜さんの手前にあるポテトの山に視線を向ける。繰り返しになるが山盛りなのだ。やっぱLサイズのポテト4つ分くらいはあるんじゃないですか?
「えっと……少し、食べますか?」
「え、あ、え?」
唐突に振られた問いかけに間抜けな反応をする俺。え、ポテ、ポテ……ポテェ……ポテト食べたいって勘違いされちゃったのかな? なんか、すごく忍びないんだけど……。
「いいん……ですか?」
申し訳なさでいっぱいになりながら、紗夜さんへと問い返す俺。すると紗夜さんは、こくりと首を縦に振ってくれるじゃあないですか。優しすぎんかこの人。マジ女神。洸夜さんはもっと紗夜さんのことを見習ってもろて。いや、まあ、この前助けてはもらったんですけども……。
「ええ。構いませんよ」
内心で要らぬ問答をしている俺へ、柔らかな笑みと共に返答をくれる紗夜さん。なんだろう、この溢れ出る姉力みたいなものは……ウチの姉とは違った意味で安心できる。
「ではお言葉に甘えて……」
謙りながらポテトを1ついただく、カリッと揚がった外部の食感に続いて口内に溢れるホクホクとした芋の食感。そして遅れて訪れる少し強めな塩味がアクセントとなって行く。美味い。やはりジャンクフード。ジャンクフードは嗜好。これだからやめられないんですよね。食べ過ぎは良くないけど。
フライドポテトの余韻に浸っていると、突如として俺の第六感に電流が走る……様な感覚が。この感じ……もしかして近くにいる?
額に冷や汗を浮かべながら恐る恐る視線を上げていく。すると、俺から見て紗夜さんの右後方に死ぬほど見知った人物の姿を捉えた。
「あれ、紗夜にリキヤ?」
「姉ちゃん……」
そこにいたのは我が姉。今朝も家出る前に顔見た……同じ家に住んでるわけなので当たり前なのですが。
さて、そんな姉ちゃんが何故ここにいるのかを不思議に思っていると、姉ちゃんの背後からもう1人、見知った——というより、先程まで話題に上がってた人物が。
「おや、珍しい」
「洸夜さん……?」
姉ちゃんと共に現れたのは洸夜さん。……何故ここにいるのでしょうかあなた。まさか姉ちゃんを誑かして……ってことは、この人の場合はないな。仮にそうならこの場で制裁するけども。
「洸夜、こんなところで何してるの?」
「ん? ああ、リサからなんか食べに行かないって誘われたんで、便乗してきた。隣座るぞ」
俺と同じ疑問を抱いていた紗夜さんから飛び出した問いかけに、何食わぬ顔で答えた洸夜さんは紗夜さんの隣の座席に腰を下ろす。それとほぼ同時に、俺の傍らに姉ちゃんがやって来たので鞄をどかしてあげると、そこに腰掛けた。
知らぬ間に相席になっていたのですが。まるで意味がわからんぞ……。落ち着けまだあわあわあわ……落ち着けてないね。
冷静なろうと努めている最中、仄かにデオドラントの香りが洸夜さんの方からしてきた。
「……部活終わりですか?」
「うん。大会近いから今日も過酷な練習をしてきたよ」
苦笑気味にVサインを浮かべる洸夜さん。なんでそんな相反する表情と動作してんだアンタは。矛盾気味な行動に、内心でツッコミを入れつつもナゲットを頬張る。
「リキヤ達は何してたの?」
「委員会の活動で、紗夜さんに取材を」
姉ちゃんに振られた問いに淡々と答え、洸夜さんへと視線を移す。それに気がついた洸夜さんが不思議そうな顔でこちらへと問いかけてくる。
「どうかした?」
「紗夜さんに取材内容が伝わっていませんでしたが、どう言うことでしょうか『監査』殿?」
「え、あー……」
俺の言葉の意味を理解したらしい洸夜さんは、わざとらしく明後日の方を向きながら頬をかく。これは忘れてたなこの人。
「……伝達ミスですねぇ。当方の責任であります。ごめん……この通り」
「俺にじゃなくて、紗夜さんに謝ってくださいよ。困ったのは俺じゃないので」
「……ウッ、おっしゃる通りでございます」
そう言って紗夜さんの方を向いていく洸夜さん。
「……どうかした?」
「いやー、なんか今日のリキヤ楽しそうだなと思って」
「そう?」
「うん」
首を傾げる俺に対して首を縦に振って見せる姉ちゃん。うーん、側から見ると今の俺って楽しそうなのかな? 紗夜さんと話してて楽しいっていうのは認めるけど、これも顔に出ちゃってるってことかな? 困りましたねぇ。
「へー、そうなんだ」
「そういうこと。あ、アタシにも1個ちょうだい」
「いいよ」
とりあえず頷きながら、再度ナゲットに手をつけていくと、姉ちゃんに欲しいと言われたのであげました。うん。俺は今あげた。いいと言ったんだ。で、姉ちゃんや……なんでこっち向いて口開けてんの?
「……どしたん?」
「食べさせて?」
「自分で食べなさいや……」
「いいじゃーん?」
駄々をこねる姉ちゃんを前にため息をついた俺は、適当なナゲットを掴むと姉ちゃんの方へ差し出す。
「はい、あーん」
「あーん」
差し出したナゲットをパクっと齧る姉ちゃん。さっき上が下に謝ってる状況を見ていたわけですけども、なんか今度は下が上に餌付けしてるような構図を体験する羽目になってるんですよね。しかも人気ガールズバンドのベーシストっていう。これが
けどなんだろう、姉ちゃん昔からこういう感じだからか今更なところもあるし、やっぱ姉ちゃんは姉ちゃんなんだなと思えたり……ん、視線?
ハッとして正面を向いてみると、僅かに頬を紅潮させ咳払いをしている紗夜さんと、頬杖ついていやらしい視線を向けてくる洸夜さんが映る。
「……あの洸夜さん、なんですかその目」
「いんや? 気にしないで?」
「気になるから聞いてるんですよ?」
「仲良いなと思ってさ」
正論述べたらしっかり答えてくれましたね。だったら最初から答えてくださいよもう。それはそれとして、俺と姉ちゃんってそんな風に見えてるのマジ?
「いーでしょ! アタシとリキヤは仲良しだもんねー?」
疑問を抱いていたら姉ちゃんが突然そんなことを言い始めた。なしてこの人はこげな自信満々なわけ。こう言ってくれるの嬉しいか嬉しくないかで言ったら嬉しいけども。
「もしかしたら、一方的にそう思っているだけかもしれない」
ナゲットを口の中に放り込みながら姉ちゃんへ返答してみる。ちょっと意地悪な返し方をしたという自覚はある……けどなんだろう、ここで素直に頷いたら何故か負けた気がする。
「えー、こんなに仲良しなのにー?」
「今井さん、リキヤさんが困ってますよ……あまり口を挟むべきことではないのかもしれませんが」
姉ちゃんにひたすら絡まれたいると紗夜さんが助け舟を出してくれる。ん……? 紗夜さん今さりげなく俺のこと下の名前で呼んだよね? 姉ちゃんがいるから俺が名前呼びにシフトしたのかな? それはそれとして、マインドクラッシュに近しい感覚だけど今。いやだって尊敬してる人から下の名前で呼んでもらえたんよ? 軽く見積もっても召されてるが?
「り、リキヤ大丈夫?」
「え、は、なに?」
「なんかボーッとして、魂抜けてる様な感じ……になってたけど?」
不意に姉ちゃんに体を揺さぶられて現実へと引き戻された俺。姉ちゃん曰く、今の一瞬抜け殻みたいになってたってことなんですが……なるでしょあんなの。ヤバいもん。
「あー、うん。一瞬お迎えが見えてた」
「お迎え?」
「そうそう。なんかこう、川の向こう側で……」
「三途の川じゃねぇかそれ……」
先の情景を説明していたら洸夜さんからツッコミいただきました。ええ、そうなんですよ。三途の川がはっきりと見えたんですよ。天丼だねこれ。さっきも同じことしたからね。
「リキヤさん、先ほども似た様なことをおっしゃってたような……」
「ウッ……」
「なんて声出してやがる……リキヤァ」
「……詠唱始めないでもろて」
再度名前呼びを貰い意識を失いかけた俺だが、何事もなかったかの様に振る舞いつつ、洸夜さんに
「なんか、洸夜とリキヤって仲良くない?」
「そりゃあねぇ、コンビ組んで王者目指そうって話してたからね?」
「存在しない記憶を息吐くのと同じレベルでお出ししないでもらえますか? 後、紗夜さんがめちゃくちゃ困ってそうなんですけど」
俺の見据える先では、話の中身についていけず険しい顔をする紗夜さんの姿があった。いや本当に申し訳ないです紗夜さん……人類がこんなんだからどこぞの総帥も地球に隕石落とそうとするんだろうな。
「あの、王者というのは……?」
「頂点に狂い咲け、的な物だと思ってもらえれば」
「絶対違いますよそれ」
条件反射気味にツッコミを入れたとほぼ同時に卓上からアラームの様なけたましい音が鳴り始める。咄嗟に音源を見ると、呼び出しベル——フードコートとか行くとよく見る、料理ができましたってお知らせしてくれるアレが置いてあった。コイツの正式名称何て言うのだろうか……取り敢えずベルでいいか。
「あ、できたみたい」
「行くかぁ」
ベルを掴み立ち上がった洸夜さんは、同じく立ち上がった姉ちゃんと共にカウンターの方へと向かって行った。その背中を見送りながら俺はただ一言『天災じゃん……』と溢すのであった——
ファーストフード店を出た後、紗夜さんと洸夜さんと別れた俺は姉ちゃんと共に帰路に着いていた。結局あの後、紗夜さんはずっと平謝り状態だった。紗夜さん全然悪くないのに謝られてたんでちょっと申し訳なくなったね。洸夜さんは大いに反省してもろて。やっぱ黒タイツ着てカボチャの被り物被って踊ってもらうか……。
それはさておきなんですが、お二人と別れてから我が姉のご機嫌が何やらナナメなのですよ。なんででしょうねぇ? ついでにもう家を目前ってところまで来ちゃってるのに治る気配がない。困ったなぁ。
「……姉ちゃん、やっぱ俺なんかした?」
「別にー……」
そう言って頬を膨らませそっぽ向く姉ちゃん。ちょくちょく話を振っては見るものの、ずっとこんな調子なんですよね……うーむ、負けそうじゃ。罪悪感に。相手の思考とか分らないよー!
罪悪感に押し潰されながら、完全にお手上げ状態となってしまい内心で叫ぶ俺。そんな時、不意に背後から呼びかけられることになった。
「リサ、リキヤ」
「……ユキ姉」
振り返った先にいたのは俺達の幼馴染ことユキ姉。制服姿なのを見るに、何かしらの用事を行なっていて、俺達と同じく帰路に着いていたところなのだろう。
「なにかあったの?」
「いや、その」
「なんでもないよ」
思わずどもってしまった俺と、数瞬前よりも柔らかな表情で返答を述べた姉ちゃん。そんな対照的な俺達を交互に眺めたユキ姉が、徐に俺の方へと歩み寄ってくる。ふ、ふぇぇ……?
「えと、あの」
「リサはただ、あなたに構ってもらえないのが不満なのよ」
「……ゑ?」
「ちょっと、友希那ぁ〜!」
ユキ姉の口から飛び出た言葉に、大げさとも取れる反応を見せる姉ちゃん。かく言う俺はと言えば、あまりの衝撃に口をパクパクとさせるしかできなかった。え、えっと……構ってもらえなくて……? 何じゃそりゃあ。いやいやいや。流石に冗談でしょ。
そう思って視線を姉ちゃんの方に向けてみると、顔真っ赤にして俯いてるんだけど。……本当のことなの?
「私はこの辺で失礼するわ」
「え、あ」
「健闘を祈っているわ」
それだけ言って家の中へと入って行ってしまうユキ姉。洸夜さんとは違った意味で場を荒らしてったな……ユキ姉なりのお節介なんだろうけど。実際、姉ちゃんが拗ねてる理由が分かったので有り難みの方が大きいですね。
「えーっと……なんかその、ごめん」
「なんでリキヤが謝るの……」
「悪いことしたと思ってるから……?」
自身の中にある想いを理由がわりに述べていく。何が悪かったのかが分らないけど、とりあえず悪いことしたなとは思ってるので……はい。
「本当に?」
「うん……」
こちらを覗き込むようにしてなされた問いかけに対して首を縦に振る。その直後、勢いよく姉ちゃんが俺の胸元へと飛び込んでくる。姉ちゃん?!
「じゃあ、今日この後はアタシのわがまま聞いてくれる?」
「……はい」
肯定するしか択の無さそうな俺はコクリと頷く。そうして俺達の間には沈黙が訪れる。何を話していいのか分からず、気まずさを感じ始めた頃、徐に姉ちゃんが口を開いた。
「今日紗夜と、洸夜と、仲良さそうにしてるの見てて……リキヤが凄く楽しそうで、アタシに見せないような顔もしてたから……嫌われてるんじゃないかって……」
「姉ちゃん……」
「いや、だよね……こんなお姉ちゃん……」
その言葉が耳に届いた瞬間、俺は姉ちゃんを反射的に抱きしめた。なんでそうしたのかは……分かっていないつもりでいた。でも本当は分かってる。姉ちゃんを少しでも、安心させたいんだって俺の心の奥底で思っていることを。
「姉ちゃんは、俺にとって1人しかいない、大事な大事な存在だよ。『今井リサ』って言う、大事な。だから、そんなこと言わないでよ」
「リキヤ……ありがとう」
そう言って俺から離れた後、瞳の端に浮かんだ涙を拭いながら笑顔を見せてくれる姉ちゃん。その様子を見て、いつも通りの彼女に戻ったことを確認した俺は胸を撫で下ろした。良かった……。
「再確認なんだけど、アタシのわがまま聞いてくれるの?」
「ええ、まあ、はい。可能な限りは」
「そっか。取り敢えず家入ろ」
姉ちゃんの言葉を皮切りに、自宅へ入っていく俺達。その最中、俺の携帯がメッセージの受信を知らせる音を鳴らした。メッセージ……一体誰からなんだろうか?
不思議に思いながらも携帯を取り出し、メッセージアプリを開いてみる。すると、紗夜さんと記されたトークルームにメッセージが入っていた。
『今日はありがとうございました。機会がありましたら、また一緒にどこか行きませんか?』
一文。ただそれだけなのだが、俺の思考を止めるには十分な内容をしていた。さ、紗夜さんからこんなこと言ってもらえるなんて……夢見心地だぁ。
いただいたメッセージに浮かれていると、不意に背後から強烈な視線を感じる。こ、このプレッシャーは……?
冷や汗を垂らしつつ振り向いてみると、ジト目でこちらを見据える姉ちゃんの姿があった。
「ふーん……紗夜とそう言う関係なんだー」
「いやあの、お姉様、決してそう言うことではなくて」
「いーもんいーもん!」
「待って、話を聞いて!」
そう言って足早に2階へと上がっていってしまう姉ちゃんを、弁明の言葉を述べつつ追いかけていく俺なのであった。因みにこの後、めちゃめちゃ姉ちゃんのご機嫌取りをすることになったり、ユキ姉から心配のメッセージをもらったり、紗夜さんとお出かけしたり、洸夜さんに反省を促したりすることになったのだが、それはまた別のお話。
〜おまけ〜
登場人物紹介
『今井リキヤ』
リサの弟にしてこの作品の主人公(n回目)。生徒会長の突拍子もない思いつきに振り回された結果、紗夜の取材を行うために花咲川を訪れた。その後の一連の出来事のせいで姉の機嫌を損ねる結果を招いたが、一緒に出かけると言うことを条件に許してもらえた。
紗夜に対しては、尊敬の念を抱くと共に不意に見せる表情の火力の高さに頭を抱えてる。
『氷川紗夜』
Roseliaのギタリストで兄に洸夜を、妹に日菜を持ち花咲川学園の風紀委員を勤めている。リキヤとは時たま共に練習をしており、リキヤはバンドメンバーや彼女の身内以外の数少ない練習相手に含まれてたりする。
なんだかんだリキヤといる時間は彼女自身にとっても心地よいものらしく、リキヤをお出掛けに誘った。
『氷川洸夜』
紗夜の兄。何故か準皆勤賞。そして今回の戦犯。リキヤからは相当根に持たれる結果を招いてしまっており、信頼はなくても尊敬はあると言われていたところを両方無くなったと言われて凹んでいた。後日出された自身の記事が大分堪えたようで、数日間意気消沈としていた。
『今井リサ』
リキヤの姉(n回目)。まだまだ皆勤賞継続中。リキヤが氷川兄妹と仲良さげにしているを見て色々不安になってしまった。後ついでに普段の不満が爆発した結果、拗ねてしまった。しかしながら、それによってリキヤの本音が聞けたので彼女の中では結果オーライになっている。現在リキヤとどこに行くかをウキウキしながら考え中。
『湊友希那』
リキヤとリサの幼馴染。帰宅しようとしたらリキヤとリサを見かけて声をかけた。その際、リサの内心をリキヤへと伝えたが、これは前回リサがしてくれた後押しへの謝意を込めての行動だったりする。因みに直前まで補修に引っかかって学校に拘束されていた。
閲覧ありがとうございました。それではまた次回の更新でお会いしましょう。
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