真夜中。頼りなさげに街灯が宵闇に抵抗するかの如く、灯りを付けているが古びているからか時々消えては点灯を繰り返し続けている。加えて街灯の間隔も長い為に、暗さは余計に深く思える。酷く静かな町の中は更に静かに思える。
「ほっほっほっほっ……」
そんな闇の中にポツンと浮かび上がる人魂のような灯り、それは一人のウマ娘が胸に付けているライトの灯りだった。夜目は利くが、相手に自分は此処に居るという証明になるので外す訳にはいかない。両親にも夜走るならばと口酸っぱく言われているので外すつもりはない。規則正しい呼吸と共に走り込んでいく。そんな中、首から下げていたトランシーバーが鳴った。
「此方ネクスト0、どうぞ」
『あ~あ~此方キーパー1。今大丈夫か、手を借りたい』
「了解」
今時トランシーバーと思われるかもしれないが、研究者でもある父が作った
「マッハチェイスを実行します」
自分に言い聞かせるかのように呟くと、瞬時に加速していく。あっという間に時速60キロにまで達して道路を駆け抜けていく、疾風を纏って町中を疾駆する。故に町の人々は
「マッハチェイサー、定刻通りに只今参上いたしました。ご注文の品をお届けに参りました」
自らの名前を象徴するものとなっているからだ、マッハチェイサー。それが彼女の名前だ。
「今回は外れだったな」
そんな言葉を口にしながら懐から棒付き飴を取り出して口へと含んで、徒労感を拭おうとする。態々島根までやって来たというのに飛んだ外れ籤を引いたもんだと溜息が出そうになるが、こういった話にはよくある誇張は定番。というよりも本番に弱く本来のポテンシャルを発揮出来なかったというべきだろう。収穫はあったが、スカウトの報告書通りではなかった。
「まっ今度来る時には見抜きの辰っさんの期待に沿うような走りを見たいもんだ」
中央トレセンに勤務するトレーナーである男性は今回スカウトの代理として島根までやって来ていた。本来来るはずのスカウトをするベテラン且つ見抜きという異名すら持つ辰五郎がぎっくり腰をやってしまったらしく、丁度暇だった自分にお鉢が回って来た。まあ旅行として考えれば悪くはないと自分を励ましながら、駅の道を行くのだが―――
「参ったな。迷った……」
同じ道を行けばいいと適当な道を歩いていたのが災いしたらしい、何時の間にか同じように見えるが全く違う道を進んでいたらしく完全に迷っていた。この年になった迷子になったという事実に思わず凹んでいた時だった。
「どうかなさいましたか」
不意に声を掛けられた。振り返ってみると思わず驚きそうにある自分を抑え込んだ、何故ならば其処にはミホノブルボンに似ているウマ娘がいた。よく見ると栗毛ではなく葦毛と栗毛が混ざったセミロング、そしてミホノブルボンよりも身長は高い170センチほどだろうか。身長が高いせいかかなりがっしりとしたような印象を受ける。
「ああいや、ちょっと野暮用で来た帰りなんだけど……恥ずかしい話だが道を間違えちまったらしい」
「確かにお見掛けしませんね、何方から」
「東京からだ、すまんが駅までの道ってどうすりゃいい?」
「成程。ではご案内します、私も駅に用がありますので」
助かった、地獄に仏だと思わず思ってしまう。いい歳した大人が迷子だと素直に言うのもあれのように思えるが、このウマ娘の事も少しばかり気になっているので悪くはないと思っている。
「この辺りの道は似ています、同じ道だと思っていても迷う方は多いのです」
「やっぱりか……俺も同じ道を選んでたと思ったんだけど……いやはや、この年で迷子とは情けない限りだ」
「それを素直に話せる方は情けなくはないと思います、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥です」
「そう言われると有難いな」
見た目こそミホノブルボンに似ているが、彼女に比べるとかなり話しやすい。彼女はなんというか、まるでロボットでも相手にしているような気になるような話し方なので何とも言えないのである。それと比べてると普通の人と話しているという実感がある、いやそれを実感するのも大分可笑しいとは思うが。
「(随分と走り込んでるみたいだな……)」
案内されついでに目の前の彼女の身体をバレない程度に観察する。トレーナーとして仕事をしているので観察眼には自信がある、まず目を引くのはガッチリと絞り込まれつつも筋肉で覆われている腿。ウマ娘は基本的に良く走るが此処までガッチリとした筋肉で覆われるのは相当に走り込んでいる証。そして歩いていて全く重心がブレておらず体幹が確りとしている。これは相当に速いと自分の勘が囁いている。
「間もなく駅に到着します、彼方です」
「おおっ良かった、いやぁ携帯使ってても上手く来れなかったかもな。助かったよ」
「いえ、困ってる方を放置する訳にはいきませんので」
敬礼のようなハンドサインをしながら此方を真っ直ぐと見据えてくる、性格も良い上に優しい娘だ。
「兎に角助かった、なんか礼をしたいんだが」
「当然の事をしたまでです」
「いやいやいや、その当然で俺は助かったんだ。礼させてくれ」
「……ならば今度は野暮用ではなく、この町を楽しむ目的で訪れてください」
「それが礼になるなら喜んでそうさせて貰うよ」
如何にも言葉や表情から彼女はこの町に強い愛着を持っているらしい。愛郷心という奴だろうか、そのお礼になるならば今度は休みを利用した旅行でこの町を訪れてのんびりとするのも悪くはないだろう。この近くに流れている川は日本で一番綺麗な清流としても有名だった筈、そこで釣りをするのも悪くないかもしれない。
「ああそうだ、お嬢さん名前は?」
「私は―――少々失礼します」
名前を告げようとした時、突然携帯が鳴り響いた。それを取ると何やら話をする中で了解したと直ぐに携帯を仕舞うと、頭を下げて来た。
「申し訳ありませんが私はこれで失礼させて頂きます、急用が入ってしまいました。またこの町に来られる事をお待ちしております」
「あっおいちょっと!?せめて名前を!!」
あっという間に駆け出して去っていく、その後には一陣の風だけが残されてジャケットを揺らした。風を纏うように走りさる、そんなウマ娘と出会う事が出来た。ならば―――今回のスカウトは大成功だったかもしれないなっと口角を持ち上げる。
「此処の学校じゃないのかもしれないな。という事は島根のトレセンか……ちょっと調べてみるか、出来ればスカウトしてぇな」
そんな事を呟く中央のトレーナー、沖野は彼女と会う前に感じていた徒労感など遥か彼方に忘却すると高揚感を感じたまま駅の改札へと向かうのであった。