音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第10話

いきなりの襲撃、ではないだろうが唐突に不審者スタイルのウマ娘に拉致されかけたチェイス。何とかその場から逃げ出そうとするのだが―――相手のウマ娘は凄まじく素早かった。これが中央だと言わんばかりに何度も追い付いてきては頭陀袋を被せてこようとするそれに軽い恐怖を覚えてしまった。流石のチェイスも逃げ切る事が出来ずに確保され、何処かの部屋へと連行されてしまったのだが―――

 

「マジですまんかった」

 

確保され、担ぎ上げられて連れていかれた先は何処かの部屋だった。自分を取り囲むように見つめてくるウマ娘の視線に犯人の視線というのはこういう物なのかという気分になりそうになったのだが、その中にあるやっちまったぁ……と言わんばかりの表情を浮かべている男を見て、チェイスは素直にお前かよっと思った。

 

「何だよトレーナー、折角ゴルシちゃんがお前が待ってたっていう奴を連れて来てやったっていうのに」

「だから待てって言っただろ俺は!!普通に俺の名前出せばいいって言ったのに飛び出したのはお前だろゴルシィ!」

 

一番高身長でスタイルが良い葦毛のウマ娘はあっけからんとした態度で何も悪びれる事もなく、言った。如何やら此処はスカウト中に何度か話を聞いた沖野のチームスピカというチームの部室であるらしい。ならば自分は何故このような扱いをされたのか、そして―――警察志望としてあまり見逃がせない。

 

「にしても本当にミホノブルボンにそっくりね……私も吃驚しちゃったわ」

「髪の色とか変えたらマジで分かんねぇだろうなこれ」

「私もブルボンさんと間違えてないかって何度も聞いちゃいましたもんね」

「取り敢えず、謝罪しろお前ら……」

 

本当に何なのだろうか、突然拉致されて連行されて来た自分としてはぶっちゃけ軽く苛立っている。一先ず―――

 

「お、おいチェイス本当に済まな―――っておい何で携帯出してんだ」

「一先ず、理事長に報告の後、然るべき所に通報する為です」

「いや本当に済まなかった俺の指導不足っていうか伝達ミスなんだ本当に申し訳なかった!!」

「……町を楽しんでくれた貴方に免じて今回は見逃がします」

 

地面に額を擦りつける処か叩きつけた沖野、取り敢えず沖野も本意ではないというのはこの焦り様からわかる事。なのでそれに免じて通報は取りやめる事にした。

 

「それで如何して私は拉致、連行されたのですか」

「いや、今日お前さんが来るって話をチーム内でしてウチに勧誘するぞって事を伝えたら……その、うちの大問題児がな……」

「ひでぇなトレーナー、ゴルシちゃんが問題児だっつぅのかよ、ハハハハッ否定しないぜ」

「否定出来る要素が一つもないの間違いですわ……」

 

悪意が無かったのだけは理解した、理解はしたが……一般的な常識からしてこのような行為は犯罪に該当する恐れがあるのでもうやめておいた方が良いと忠告しておく。

 

「んじゃ改めて……此処はチームスピカの部室だ、スカウト中にも何度も話したと思うけど俺のチームだ」

「だったら尚の事、一言言われれば普通に来ましたが」

「いやホントにすまん……俺も飛び出して行った時には無理矢理連れてくるんじゃないかって冷や冷やしてた……ゴルシ、頼むからもうやめてくれ。ガチで通報されかねん」

「んだよったく分かった~」

 

個性的な面々だという事は聞いていたが、これは個性的過ぎないだろうか。確かにこれならシンボリルドルフも何と表現するべきだろうな、と言葉を濁らせるのも頷ける気がして来た。謝罪が織り交ぜられた自己紹介が行われているのも奇妙な始まり、そんな中でスピカの面々について名を聞いて行くと流石のチェイスでも聞いた事があるような名前ちらほらあった。

 

「如何だチェイス、多少なりとも知ってる名前ないか?」

「トウカイテイオーさん位、でしょうか」

「えっちょっと待ちなさいよ!テイオーが有名なのは分かるけどそれ以外は!?スズカさんとかマックイーンとかに反応なし!?」

「無駄だぞスカーレット。チェイスは元々警察志望でレースの事は全然知らなかったからな、皇帝の事すら全く知らなかった位だし」

『嘘ぉぉぉ!!?』

「会長の事全然知らなかったのぉ!!?」

 

思わず部室から上がる悲鳴のような驚愕の声、矢張りウマ娘として自分は異端なんだという事を改めて思い知るのであった。特にトウカイテイオーは尊敬している会長ことシンボリルドルフの事も知らなかったと言われてこれでもか、という声を出してしまった。

 

「というか警察志望って……もしかしたら、俺達通報されてた……?」

「だから俺が慌てたんだよ……」

「あ、あのすいませんでした……」

「それについてはもう良いです」

 

もう勘弁する事に決めているので今更掘り返すつもりはない、二度としないのであればだが。まあゴールドシップの事を知れば知る程にそれは無理だと分かっていくだろうが……警察志望だと聞いてメジロマックイーンは漸くこのチームにお目付け役というかストッパーが誕生するのでは!?と半ば感動的な瞳を作っていた。まあ主に問題行為の被害に合っている彼女だからこそだろう。

 

「んでチェイス、如何だスピカに入らねぇか?スカウトした俺としては是非とも迎え入れたいんだが」

「よくもまあそんな事を抜け抜けと言えますね」

「いやホントすまんって……」

 

沖野としても一言声を掛けて連れて来て貰おうとしていたのだ、それなのにこんな事になってしまってもう何も言えない。天倉町でのコンタクトと打って変わって余りにも最悪すぎるコンタクト、これにチェイスは溜息混じりに承諾した。

 

「まあ、沖野さんにはスカウトして貰った事もあります。なので現状私の事を一番分かっているトレーナーさんですのでスピカに入ります」

「そうか!いやぁ有難う!!」

 

と素直な感想と胸を撫で下ろした沖野、正直断られるんじゃないかと冷や冷やしていた所だった。トレーナーとしてもっとゴールドシップの手綱を握らなければ……いや握った所でどうせ暴走を止めるなんて事は無理なんだろうが、その方向性を何とかしなければ……じゃなければマジで逮捕者が出かねない。

 

「んでだチェイス、お前さんのデビュー戦は三週間後だ。その時までにレースの事とかキッチリ教えてやるから、覚悟しとけよ?」

「はい―――えっ三週間後にデビュー戦……?」

 

それを聞いて思わずチェイスの思考は停止した。所謂宇宙猫的な表情で硬直した、見た目がミホノブルボンに似ているというのもあってスピカの面々は思わず吹き出すのだが……沖野の言葉に遅れて驚愕した。

 

「さ、三週間後ってトレーナーさん!?私の時よりマシですけどいきなり過ぎません!!?」

「そうですわ!!しかもレースの事も全くご存じではないのに何を考えてらっしゃいますの!!?」

「いやいやいやそれまでに教えれば大丈夫だって」

「そういう事じゃねぇだろこれは!!?」

 

 

拝啓。進之介父さん、霧子母さん、クリム父さん、私のデビュー戦……三週間後だそうです、応援宜しく……。

 

「あの、加入取り消ししても良いですか……」

 

思わずそう言ったチェイスは何も悪くないだろう。


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