音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第100話

「チェイス、お前バジンに何吹き込んだ?」

「吹き込んだって人聞きの悪い言い方ですね」

「んじゃ訂正するわ、どんなアドバイスしたんだ?」

 

沖野の視線の先では2000mを走っているバジンの姿があるのだが、前よりも走りにメリハリが付いている。

 

「今までのバジンの走りは逃げ寄りの先行、それでも十二分に良かったのにマジで何やったんだ」

「単純です、脚質を変えさせました」

 

バジンは良くも悪くも最後のスパートに固執してしまっている、だったらそれに合わせた戦法に変えてしまえばいい。先行であった走りを差しへと変更して脚を溜めるようにして走る様に言ったのだが、チェイスとしても思った以上に本人に適性があったのかあっという間に差しを体得した。

 

「逃げか追い込みしか出来ない私とは大違いですね」

 

やろうと思えばチェイスも出来ると言えば出来るのだが、差しと先行に関しては経験がほぼ皆無に近いのでそれをやる位なら大逃げを打つか追い込みで戦うしかないのである。

 

「そうだトレーナー、阪神大賞典で大逃げを打つのはどうでしょうか」

「サラッととんでもない事言うなぁ……逃げ切れる自信があるのか?」

「あると言えばあります、パーマーさんにお話とか聞いたりもしてます」

 

天皇賞春で大逃げを打った上に途中でさらにペースを上げるというとんでもない事をやらかしているウマ娘、メジロパーマー。彼女も彼女でチェイスとは仲が良い、というよりもメジロ家のウマ娘とは基本的にチェイスは仲が良い。

 

「連勝記録が掛かってたりするのに、よくそんな事言えるなぁ……」

「まあいいじゃないですか、何時か負けるんですから」

 

こういう事を言える胆力は見習うべきなのだろうか、それとも勝つつもりで挑めと諫めるべきなのだろうかと沖野は悩む。そんな中でいよいよバジンが最後のスパートを掛ける地点へと差し掛かって来た。これまではかなり力尽きて来た彼女だが差しに変えた事でそれが如何なるのか―――

 

「Start Up……!!」

 

地面を深く踏み込む、同時に姿勢を低くしながらも一気に加速していく。上半身が地面とほぼ平行するかのような低さを維持しながらの超スピード。ぐんぐん加速しているそれに合わせて沖野はストップウォッチを押してその時間を計測するのだが―――ぐんぐん伸びていく、そのまま加速し続けたままゴールする。そして直後に緊張の糸が切れたかのように速度が落ちる。

 

「―――ッ……ハァハァハァ……!!!」

「10秒ジャスト……!!」

「越えましたね」

 

スパートを完全に決められた、そんな実感はバジンも感じられたのか振り向きながらも出来た……と小さく呟きながらもゾクゾクと押し寄せる高揚感に身体を委ねつつもチェイスの元へと駆け出して行った。

 

「見た、見た!?出来た、出来たよクリムゾンチャージ!!」

「ええっ確りと見ました。差し変更は思った以上に成功でしたね」

「でしょっ♪」

 

と嬉しそうに尻尾を揺らすバジン、彼女にとってこのスパートを完成させる事は本当に重要な事であり今回の事は本当に大きな進歩なのである。

 

「差しへの変更、突然すぎるけど此処までのキレがあるなら……よし、バジンはこれから差しの練習を重点的にやるぞ。徹底的に身体にそれを叩きこむんだ」

「―――っ!?……分かってる」

 

どうやら沖野がいる事に気付いていなかったのか、咄嗟にそっぽを向きながら普段の調子で返事をする。それをしてももう遅いだろうに、全く困った子だと思いながら思わず彼女の頭に手が伸びて撫でてしまう。

 

「っ!?い、いきなり撫でるな!!?」

「すいません嫌でした?」

「別に、そうじゃないし……」

 

本当に極端だ、チェイスに対しては心を開くのにそれ以外の相手に対しては基本的に辛辣な態度が一貫する。チームメイトにすらある程度マシな対応しかしてくれないというのにチェイスと自分達ではどんな差があるというのだろうか……。

 

「トレーナー、これから大阪杯想定で真紅先輩とゴル姐さんと一緒に走るんでタイムの計測オナシャ~ス!!」

「ちょっと真紅先輩って何よ?」

「そだぞ、それだとスカーレットがスルペタ人形になっちまうぞ」

「いやぁ~きついでしょ」

「如何言う意味よそれ!!!」

 

一瞬で賑やかになる面々にもう慣れた様子で計るぞ~と宥める辺り、沖野も流石である。

 

「如何ですか弥生賞に勝つ自信はありますか?」

「勝つ。それだけ」

 

バジンは勝つ気しかない、どんな相手だろうが絶対に勝つという絶対的な自信に溢れ返っている。これから本当の意味でチェイスの背中を追いかけるという戦いが始まるのだ、その道は決して楽な物ではない。厳しく辛い物だ、それでも彼女はその道を変えるつもりはない。

 

「チェイス」

「なんですか」

「応援、来てね」

「勿論」

 

後日、バジンは弥生賞に見事に勝利した。これによりミスターシービー、シンボリルドルフのような2年連続の三冠ウマ娘誕生かメディアに取り上げられる事となる。そして―――

 

「遂に来た、トレセン学園……チェイスさんが要る場所……」

 

トゥインクルシリーズに新しい風が吹き込む季節となる。その風はスピカにも吹き込む事になる、チェイスに憧れる少女はその背中を夢見て追いかけてきた。そして―――新しいドラマが始まる。

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