音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

105 / 120
第105話

「……」

「ありゃ如何したのよチェイス、珍しいじゃん難しそうな顔するなんて」

「ネイチャ先輩」

「おっす~お隣失礼しちゃうね」

 

食堂でお気に入りの鯖の味噌煮を食べていたチェイスの隣に座り込むナイスネイチャ。しかし普段は頬を緩ませている筈のチェイスが何とも言えない表情で食べ続けているのが如何にも気になったので隣に座り込んだ。

 

「なんか悩み事?天皇賞だってもう直ぐなのに」

「悩み事、と言いますか……嬉しい事ではあるんですが恥ずかしいというか……」

「何々どったのよ?」

 

懐から手紙を取り出すとテーブルの上を滑らせるようにナイスネイチャの前へと差し出した、読んでいいという事だろうからそれを開いてみる。

 

「何何?文章的にクリムさんみたいだね……あ~……成程、そういう事?」

「はい、そういう事なんです」

 

読み進めていくごとに段々と解せて来たのか困ったような笑みを浮かべるが、気持ちはよく分かると言わんばかりに同情する。そこにあったのは今度の天皇賞春には天倉町の皆で応援に行くから頑張ってくれ、といった事が書かれている。これまで父と兄が応援に来てくれた事はあるが町を上げて応援に来るなんて事は無かったので恥ずかしくなってしまっているらしい。

 

「いやぁ~なんか気持ちは分かるなぁ。アタシも選抜レースの時とか近くの商店街のおっちゃんおばちゃんが応援に来たり、カノープスに入った時なんてトレーナーさんにおすすめをどっさり渡してネイちゃんをお願いします!!なんて言うもんだから恥ずかしくてさ~」

「なんか、凄い解りますね……私も町のお祭りから市の歌謡大会に出る事になった時に凄い応援団が……」

「あ~分かる分かる。嬉しいのは分かるんだけど気合入り過ぎなんだよね」

「ええ。我が子同然と思ってくれるのは嬉しいです、ですが……」

「「加減を知って欲しい」」

 

チェイスの言葉に合わせるような言葉を言い放つナイスネイチャ。同じような経験をし続けている身としては言いたい言葉や気持ちなんてすぐに分かってしまう。そして二人は直ぐに噴き出して笑い合う。

 

「応援は有難いんだけどね~」

「ええ。でもそれが力になったりしますね」

「アハハッ……まあね、プレッシャーになったりもするけど」

「そうですね……でも私は嬉しいです」

 

薄らと浮かべる笑みは紛れもない心からの笑み、それを見て矢張り自分とは違うんだなぁと思う。自分は商店街の人たちの応援を出来れば遠慮したいと思っていた、自分よりも強いウマ娘に負ける姿を見られたくない、期待外れだと思われたくない。そんな風に考えたりするのにチェイスは違う、本当の意味で応援を受け止めて力に変える事が出来る強いウマ娘なんだ。

 

「私は天倉町の愛に応えたい、だから応援してくださるのは嬉しいです……でもやり過ぎないか凄い不安です」

「あ~……成程ね、確かにそれは心配になるわ」

 

そう言った意味で心配になるのもよく分かる、ナイスネイチャも自分の故郷の商店街の人達とトレセン近くの商店街の人達が意気投合してしまって一緒に応援しよう!!となった時は心底心配になった。特にチェイスは三冠ウマ娘だ、それに相応しい応援にしようととんでもない張り切りをする事も十二分に考えられる。

 

「加えて……商店街の皆さんも応援に来てくださるらしくて……」

「あ~……そう言えばチェイスもアタシみたいにおじちゃんおばちゃんに人気あったか」

 

こうなると本当に自分と状況が似て来てしまうのか、しかも走るのは天皇賞。それに負けないようにと力いっぱい応援する事が予想出来てしまう。

 

「うわぁっ……改めて読むと凄い事書いてあんじゃん。バスを貸し切ってこっちに来るとか応援の練習の為にチェイスのレース映像見ながらやってるって書いてある……こりゃ当日凄い事になるよ」

「ですよね……もう嬉しい以上に恥ずかしいが全開になっちゃうんですけど」

「アハハ……まあ、なんかあったらアタシに言いなよ?何だったらおっちゃん達にも言っとくからさ」

「いえ、折角のご厚意ですし……エンターテイナーを自称する以上力に変えようと思います」

「強いねぇ~」

 

こう言った所は本当に尊敬に値する、自分なら確実に何とかしてやめて欲しいと言ったり少しは自重して……と交渉する為に頭を捻りそうな所だが……そんな姿勢だからこそ応援する人もやり甲斐を感じるのだろう。

 

「んじゃアタシも応援しちゃおうかな?」

「ネイチャ先輩、それは……嬉しいですけどこのタイミングでは意地悪です」

「まあ頑張りなって。それだけ期待してるって事だよ」

 

ケラケラとからかうような笑いにチェイスは力が抜けてしまった。これは天皇賞当日は色んな意味で覚悟を決めて行かなければならないかもしれない。

 

「おっ~此処に居たのか~チェイス!!ってご飯中だったのか、んじゃターボも一緒に食べる~!!」

「ターボ先輩、はいご一緒しましょう」

「ちょっと私を忘れんなチェイス」

「あっ私もお願いします!!」

「バジンにオルちゃんもですね、はいどうぞ……ってバジン、近いです」

「いいじゃん別に」

「ずるいですバジン先輩!!」

「早い者勝ち」

 

一瞬で騒がしくなっていくチェイスの周り、まあ日常的にこんな風に騒がしければ当日もそこまで困る事もないだろうとナイスネイチャは思いながらもお代わりを取りに行くのであった。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。