音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第106話

『唯一無二、一帖の盾をかけた熱き戦い。最長距離GⅠ天皇賞春!!場状態は良での発表となりました』

 

雲が掛かりがちな青い空の下、行われる天皇賞春。

 

『5番メジロマックイーンの登場です!!天皇賞の盾は譲れないと帰って来た名優が勝ち取った1番人気、その期待に応える事は出来るのか!?そして2番人気は無敗の三冠ウマ娘、音速の追跡者、16番マッハチェイサー!!』

 

一番人気はメジロマックイーン、チェイスとはかなりの僅差での争いではあったが矢張り天皇賞春での人気は猛烈な物。繋靭帯炎を乗り越えての舞台、矢張り誰もが期待する。それはチェイスの連勝を越える程のモノ。矢張り最大の敵は彼女――だけではない。

 

『そして来たぞ3番人気、漆黒の髪を靡かせた黒い刺客こと9番ライスシャワー!!この天皇賞の舞台で再度の激突を行うメジロマックイーンとライスシャワー、メジロマックイーンはリベンジを果たすのか、それともまたライスシャワーが勝利を収めるのか!?』

 

チェイスの友人でもあるライスシャワー、彼女もこのレースに出走している。生粋のステイヤーで長距離であればある程に力を発揮するタイプのウマ娘、最強ステイヤーの名前を上げろと言われたら真っ先のこの二人の名前が上がる程。自分が勝つにはこの二人に勝たなければならない……だがそう思うと無性に燃えて来る。

 

「マックイーン先輩、ライスさん。本日は宜しくお願い致します」

「ええっ此方こそ。同じチームですが手加減は致しませんわ、正々堂々と戦いましょう。ライスさんも貴方と走れる日を楽しみにしておりましたわ」

「ライスも、だよ。またマックイーンさんと走れて嬉しい……だから、ライスも精一杯走るからね」

 

礼儀正しく挨拶をしつつも互いに闘志を燃やして行く、それは何もウマ娘達だけではない。

 

「―――天皇賞春、最もGⅠレースでは距離が長い」

「如何した急に」

「マッハチェイサーが今まで走った中で最長距離は菊花賞の3000m、だがこのレースでは200メートル長い3200m。しかも相手にはあのメジロマックイーンとライスシャワー、最強のステイヤーのタッグと言ってもいい。幾ら無敗の三冠ウマ娘と言っても不利と言わざるを得ない」

「確かにな」

 

それを見守る観客たちも同じだ。誰が勝つのか、マッハチェイサーが無敗の記録を伸ばすのか、それともメジロマックイーンが意地を見せて再び盾を得るのか、それら二人をライスシャワーが捻じ伏せるのか。本当にどうなるのかドキドキが止まらない。

 

「うううっ~……」

「オルフェ大丈夫か?ほれ水飲め水」

「有難う御座いますゴールドシップさん……何か緊張しちゃって……」

「おいおいおいお前が緊張したって何も変わらねぇんだぞ?」

 

それは分かっている、だけど緊張せずにはいられないと言った様子のオルフェーヴル。憧れのチェイスのGⅠの応援に来られた事は極めて光栄だが、相手も相手でとんでもない強豪揃い。勝利を疑う訳ではないのだが、緊張しない訳が無い―――疑う訳でもない、それでも心は騒めく。

 

『各ウマ娘、ゲートインが終了しました』

 

騒めく心が強制的に落ち着かせる、もう瞬き一つ許されない。もう始まるんだ……。

 

『今、スタートしました!!先頭を行くのは1番のクリスタルクイーン、その背後には8番ダイスロール、1番シャグダン。その背後にはメジロマックイーン、ライスシャワーが続きます』

 

メジロマックイーンの天皇賞3連覇と同じような展開、敢えてあの時と同じような走りをしているのかと思われながらも今度はそれを打ち破るのかそれともまたそれに敗れるのかと興奮が上がる中でチェイスはそれを遠い位置で見つめている。

 

『そして最後尾にはマッハチェイサー。静かに状況を見極めながら規則正しい走りをし続けております』

 

ド定番とも言えるチェイスの最後尾。流石に3200の長距離を大逃げ出来る自信なんてない、寧ろ何でメジロパーマーはこの距離を逃げ続けられたのか本気で思う。そのまま大歓声に震えている正面スタンド前を通過する。まだ誰も仕掛けない、メジロマックイーンもライスシャワーも静かにその時が来るのを待っている。当然チェイスも。

 

「チェイスさん頑張ってぇぇ!!!」

「行けえっチェイス!!」

 

スタンドの最前線で声援を送るオルフェーヴルとバジン、あの日から完全にチェイスに対しての態度が変わったバジンも大声を上げている事に思わず沖野も驚いてしまうが、同じように声援を送る。

 

『先頭は未だにクリスタルクイーン、1差でダイスロール、そこから2離れてメジロマックイーンとライスシャワーが続きます。2回目の第三コーナーの坂へと入ろうとしております』

 

「さあ、行きますよ―――マッハチェイスを開始します、ずっと……チェイサー!!」

 

『おっと此処でマッハチェイサーが一気に上がってくる!!』

 

坂では誰もがペースが落ちやすくなる、だがチェイスにとっては坂なんて得意中の得意。なんならこの坂の芝が重い状態だろうが関係なしに駆け上がる事が出来る。それを証明するが如く、どんどん順位を上げていって上位争いに食い込むほどに上がっていく。そして坂を上がり切った時に耐え忍んだウマ娘が動く。

 

『このままマッハチェイサーがトップに行くのか!?いや、此処でメジロマックイーンが仕掛ける!!ライスシャワーも動いた!!』

 

ゆっくり上がってゆっくり降りる、それがセオリーだがセオリー通りでは勝てない相手がいる。それが今の相手達だ。

 

「ずっと―――マッハ!!」

『メジロマックイーンとライスシャワー、クリスタルを一気に抜き去って先頭!!いやマッハチェイサーも来た!!やはりこの三人のウマ娘の争いだ、一気に三人が並び立ったぁ!!』

 

「頑張れマックイーン!!」

「マックイーンさぁぁあん!!」

 

名優を押す声。ライバルと自らを憧れとするウマ娘の声。

 

「行けっライス……!!」

 

黒い刺客を押す声。それは自らが破ったライバルの声。

 

「いっけえええチェイスぅぅぅ!!!」

「頑張ってぇぇぇ!!」

 

音速の追跡者を押す声。彼女に夢を見るウマ娘の声。

 

 

そのどれもが強く、同じだけ大きな声。どれが一番なんて優劣は計れない。どれも同じ力だけの力がある、そうなると―――

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「やぁぁぁぁぁ!!!」

「だぁぁぁぁぁ!!!」

 

最後は意地のぶつかり合い、一番強い意志が最高の結果を引き寄せる。

 

『譲らない譲らない譲らない!!誰も抜け出さない!!いや抜け出せない!!マックイーンが伸びる、ライスシャワーとマッハチェイサーも伸びる!天皇賞春、栄光の盾を手に入れるのは一体誰なんだぁ!?』

 

ラストの直線に入っても誰も譲らない、チェイスは最後の切り札を切っても二人を振り切れない所か追い抜く事すら儘ならない。それでも彼女は諦めずに走り続ける、決して諦めない。それは二人も同じ、そのまま―――三人は同時にゴール板の前を通過した。

 

『ゴォォオオオオオル!!!三者入り乱れる大接戦のままゴールしました!!』

 

「「「ハァハァハァ……」」」

 

ゴール板を駆け抜けた彼女らに唯の一歩を踏み出す力さえも残っていない、唯その場で立ち尽くしながら荒い息で呼吸を整えようと必死になるのみ。次々とゴールするウマ娘達の姿見える中で、決着は写真判定による物だと言われる。一体誰が勝つのか、名優メジロマックイーンか、黒い刺客ライスシャワーか、音速の追跡者マッハチェイサーか。誰もがその結果を待ちわびる中で―――それは訪れる……のだが

 

「「「同着……!?」」」

 

そこにあったのは同着の文字。それもただの同着などではない、三人同時の同着。これまでに二人同時の同着は例があった、スペシャルウィークとエルコンドルパサーの日本ダービーはまさにそれだった。だが三人が一着の同着というのは殆ど聞かない。

 

「これは……凄い事に、なっちゃいましたね」

「全くですわね、新しい伝説を作ってしまいましたわね」

「でも、ライスは嬉しい、かな……だって三人一緒にウイニングライブで真ん中で踊れるんでしょ?」

「それは確かにそうですわね」

 

そう言われると同着も良いなと思えて来る。でもこうなるとライブのセンターはどうなるのだろうか、自分達が決めるのだろうか、それとも出走の番号順とかだろうか……そんな事を思いつつもチェイスは大歓声に溢れかえるスタンドを見つめながらも普段のポーズを取った。

 

 

「あれね……私と戦ってくれなかったウマ娘は、フフフッこっそり来日した甲斐があったわね。貴方にはお姉様と一緒に挑ませて貰うわね、ジャパンカップが今から楽しみね」


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