音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第110話

「遂にですね」

「―――うん」

 

―――日本ダービー当日。最後の調整は上々、キタサンブラックにもサトノダイヤモンドにも負けない。絶対に勝つというつもりで溢れ返っている。それでも緊張が溢れている、控室にも聞こえてくる程に溢れんばかりの歓声に心が揺れそうになっている。

 

「チェイスはどうだったの、ダービーは」

 

思わず聞いてしまった、無敗の三冠ウマ娘に。貴方のダービーはどうだったのかと。それに彼女は少しだけ笑いながら答えてくれた。

 

「私だって緊張しましたよ流石に、でもある人から言われたんですよ。難しく考える必要なんてない、自分らしく走ればいいだけだって」

「らしくかぁ……」

 

それを聞いても分からなかった、夢も無い自分の自分らしくって一体何なのだろうか。寧ろ自分がダービーを走っていいのかという考えすら出て来てしまう。上を見上げていた自分をチェイスは溜息混じりに抱き寄せた。

 

「ちょっチェイス!?」

「よしよし……大丈夫大丈夫、貴方は大丈夫です。私の自慢の後輩なんですから」

 

チェイスの豊満な胸に抱き寄せられて困惑する中で子供をあやすように背中を優しく叩きながらも頭を撫でてくれる、子ども扱いされているようで普段の自分なら怒る筈なのに酷く落ち着いて行くのが分かった、本当に心地良くて……暖かくて、落ち着くんだ……そんな思いに包まれると不思議と緊張なんてなかった。

 

「バジン、貴方はもう如何すれば良いかなんて分かってる。後はそれに徹すればいい、一生に一度しかないレースを走るんだから貴方らしく走ればいい。自分だけの走りをすればいいの、貴方の走りで―――勝てばいいんです」

「―――うん……ねぇチェイス、我儘言っていい?」

「好きな事を」

「……前に寝る前にやってくれたみたいにキスして」

「起きてたんですね、いけない子」

 

そう言いながらもチェイスはバジンの額に唇を落としてくれた。これが自分の勝利のお守りだ、これがあればもう自分は揺るがない。もう走り切るだけだ。

 

「もう、大丈夫。頑張れる」

「それならば良しです、それじゃあ―――そんな貴方にご褒美です」

 

そんなバジンへとチェイスはある物を手渡した。それを見てバジンは呆然としながらも見返す。

 

「先日認可が降りました、権力って奴も使いようですね」

「これって……」

 

困惑する自分にチェイスは最高にいい笑顔だった。そして気付けばバジンも笑顔になっていた。

 

 

『全てのウマ娘が挑む頂点、日本ダービー!!この大舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰なのか、本日此処東京レース場には大観衆が歴史的瞬間を刻みつけるのは一体どの蹄鉄なのかを目に焼き付けようと押し寄せております!!』

 

既に多くのウマ娘が地下バ道を通ってターフに姿を見せている、キタサンブラックとサトノダイヤモンド、そして前回皐月賞を征したドゥラメンテも同じく。ダービーに出る者にしか味わえない興奮をその身に浴びながらも今か今かと始まりの時を待っている。

 

「バジンちゃん遅いねダイヤちゃん」

「うん……何かあったのかな」

 

何処か不安そうな表情を向け合っているキタサンブラックとサトノダイヤモンド。今日まで必死に練習してきたライバルが来ない事に言いようのない不安を浮かべているのだが、そんな不安なんて意味がないと言わんばかりに地下バ道を通ってその姿を見せた。

 

『さあ此処で登場するのは5番人気の―――おっとオートバジンどうした!?パドックでは纏っていた勝負服を着ていないぞ!?これは完全な私服だ、どうしたんだ問題発生か!?』

 

姿を見せたバジンは纏っていた筈の勝負服ではなく、完全に私服だった。ジーンズに白いTシャツという何とも味気の無い女らしくない格好だ、そんな姿に観客はどよめきを見せる中でキタサンブラックとサトノダイヤモンドは思わず駆け寄っていった。

 

「如何したのバジンちゃん勝負服!?破れちゃったとか!?」

「そ、それなら大変!!ま、待っててね今お父様たちに連絡するから、こんな事もあろうかとスピカの勝負服のスペアを用意して貰ってるから!!」

「ンな事やってたのダイヤちゃん!?」

 

サラッというとんでも発言に驚愕した友人、だがバジンは酷く落ち着いていた。何も慌てていない、それは最大のライバルとも言えるドゥラメンテが近づいてきても同じだった。

 

「オートバジンさん、貴方なんのつもり。私達をバカにしてるの、それでも勝てるって言いたいの、ふざけないで」

「んな訳ないでしょ寧ろバカにされてるのはアタシ、ダービーを舐めてると思われてるなんて心外。皐月賞制覇ウマ娘も大した事ないね」

「じゃあその姿は何」

「唯の―――願掛けよ」

 

そう言いながらもバジンは腕に掛けていた何かを手に取った、それは銀色の―――ベルトだった。それを腰へと着けた。カチャ、という接続音が聞こえるとポケットから彼女が愛用しているのと同じガラケー型のスマホのようなデバイスを開いて突然番号を入力し始めた―――555と。

 

【Standing by】

 

同時に鳴り響く警告音にも似た高い音、それは全てのウマ娘の注目と大歓声を上げていた筈の観客たちを静寂にさせながら視線を集めていた。そうか、これが注目されるという事か、確かにこんな状態で最高のパフォーマンスが出来たらゾクゾクするだろう。あの人の気持ちが分かってきた気がする、だったら自分もそうしよう、あの人と同じように―――この中でカッコよく決めてみよう。あの日見たあの人の姿―――

 

『Let’s ―――変身!!!』

 

あれを見て、自分もと考えていた。後から恥ずかしいしバカバカしいと思っていたが好きなように言われてもいい、自分は今決めた。私の夢は―――あの人のようになる事、あの人みたいにカッコよくて胸を張って夢に走れるような立派なウマ娘になる事。だからこれは―――その第一歩だ!!!

 

 

変身!!

 

【Complete】

 

デバイスをベルトへとセットする。同時に流れた音声と共にベルトから伸びていく赤い光のライン、胸部、肩、腕、脚へと伸びていくそれらが全身へと伸び終わると眩いばかりの閃光を放ちバジンの身体は勝負服へと変じていた。

 

「わぁっ!!バジンちゃんそれってもしかして……!!」

「チェイスさんと同じ……!!」

「「変身ベルト!?」」

「アタシ、専用のね」

 

チェイスが渡したのは以前からクリムにお願いしていた専用ドライバー、ファイズドライバー。と言っても此方はマッハドライバーよりも仕組みやら機構が簡便化されているので大して時間は掛からなかった―――が、実はホープフルステークス辺りからお願いしていたのだが、渡すのが今日にズレこんでしまった。時間がかかったのはクリムがデバイスを普通に携帯としても使えるようにしたいと思って色々試行錯誤していたせいなのもある。

 

「どう、これでも舐めてるって言いたい訳?」

「―――いえ撤回します、倒すに値します」




「あいつ……俺の私服みたいな恰好で出て来た時はどうなるかと思ったぞ……」
「ホント、アンタみたいな不敵さだよね」
「るせぇ」

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