「―――チェイス、あれ欲しい」
「ウオッカ先輩浮気性ですね」
「人聞きの悪い事言うなよお前!?」
観客として見つめている面々の中で一際輝きの強い瞳でバジンを見つめていたウオッカは思わずチェイスに言った。まあその気持ちは分からなくもない。
「だってよ、自分で変身コード入力して音声流れて、待機音が出てきて其処で変身してそこでコンプリートだぞ!?カッコいい要素てんこ盛りじゃねえか!!」
「落ち着きなさいよウオッカ、本格的に迷惑になるわ」
それにはチェイスも強く同意せざるを得ない、丁度放送時期的にもガラケーが広まっていたしそれ故に自分も友達と一緒に変身ごっこをやっていた物だ。どのライダーに変身したいかと言われたら真っ先にファイズを上げる自信がある位には大好きなライダーである。そんなライダーの相棒の名前を冠しているのだからあれを送らなければ……と思って送った。
「父さん曰く、後4つあるらしいですのでその内の一つにします?」
「マジか!?」
「その内の一つは入力形式が音声認識ですけど、どうします?」
「音声、なんだすげぇそそられるぜ!!」
「盛り上がってないでバジンの応援しろよお前ら」
正論である、この話はまた後でしようと切ってからゲートインしようとしているバジンへと目を向ける。矢張り目を引いている、一番人気であるドゥラメンテを上回る程に目を集めている。当然だ、あんな事をすれば。
「バジン、貴方はこれを跳ね返せますか?」
『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』
ゲートインが終わり、歓声が静まっていく。間もなく始まるレースのスタートを静かに皆が見守っている、そして今―――
『スタートしました!!キタサンブラック、これはいいスタートを切りました。先頭はキタサンブラック』
良いスタートを切れた、そう思いながらも飛び出して行くキタサンブラックを見つめる。同じチームにサイレンススズカがいる身としては先頭を行く姿に憧れを持つのはウマ娘としては当然の事だろう、だが自分は自分だと思いながらも走り続けていく。
『サトノダイヤモンドから中団、アイアンスティール、クリンスマッシュの後ろにオートバジンが続きます。そしてその背後には皐月賞を征したドゥラメンテがおります』
背後にあいつがいる、自分が完膚なきまでに負けた彼奴が。だが気にするな、このまま行こう、とバジンはそのまま駆け抜けていく。外枠だったが外枠の方が得意な身としては有難かった。
『さあ第二コーナーを越えて間もなく第三コーナー。先頭はキタサンブラック、このまま逃げ切るのか。いや背後からも追い上げが始まっている、彼女の一人天下は此処までかもしれません。此処からは正しく頂点の奪い合いの大合戦であります!!』
「キタちゃん、勝負だよぉ!!」
『此処でサトノダイヤモンドが抜け出した!!スカイスリーボールを越えてキタサンブラックに並び立つ!!』
此処で仕掛けたか、とも思うが確かにもう仕掛け所だ。勝負のやり方が上手いと思えた、走りながら思うがどうして自分は此処まで冷静なのかと不思議だった。チェイスから貰ったこのドライバーのお陰なのだろうか、それとも―――御守りにくれたキスのお陰だろうか。まあ真偽は如何でも良いんだ、自分はこのダービーで―――
「全力で走るだけ、勝負だ―――!!」
「行かせるかぁ!!」
『オートバジン、いやドゥラメンテが同時にスパートを掛けた!!凄い走りだ、ぐんぐん上がって行きます!!最終コーナーへと差し掛かってキタサンブラック、サトノダイヤモンド、オートバジン、ドゥラメンテの競り合いだ!!ダービーの栄冠を抱くのは一体どのウマ娘なのか!?間もなく最後の直線だ、此処で勝負が決まるぞ、さあ誰が、誰が行くのか!!?』
「やぁぁぁぁぁ!!!」
「はぁぁぁぁぁ!!!」
「だぁぁぁぁぁ!!!」
絶叫、気迫の籠り切った叫びが上がる中でバジンは集中し続けていた。そして―――突如として世界から色が抜けていく。世界が凪いだ、自分の足音しか聞こえない。そして見えた―――ターフの上に見えた赤いライン、自分の勝負服に走っているラインと全く同じ物じゃないか……。
「―――行こう」
心臓がバカみたいな音を立てていく、そう思った時に身体の力が漲った。そう言えば―――もう
『―――!!?―――、―――!!!―――、―――――――!!!』
何かが聞こえるような気がしたが、自分の耳に届く前に自分が駆け抜けていた。何処まで走れるような気がした、このまま世界の果てまでも走れてしまうような気がした。心臓は地面を踏みしめる度により強く、音を掻き鳴らして血潮を加速させていく。それが何処までも気持ちいい、このまま―――
「ガァッ―――!?」
その途端に、全身に力が入らなくなった。さっきまでMAXスピードで走れていた筈なのに全く力が入らなくなって進めなくなった、息が苦しい、空気を、空気が欲しい……我を忘れそうになりながらも立ち止まりながらも肩で息をする。だが同時に思った。
「しまっ―――!!?」
ダービーで自分は何をやっているんだ!?だが全身を包み込むような異様な倦怠感で顔を上げる事も出来なかった、まるで過呼吸のような呼吸で必死に酸素を求める。同時に募っていく自責の念、何をやって……あれだけチェイスに応援されて、プレゼントまで貰っておいて……いい恥晒しだ……。
「バジンちゃん、バジンちゃん大丈夫!?」
「大丈夫だよ確り、ゆっくりゆっくり息して!?」
「キタノ、サトイモ……」
「んもうそれやめてってば!!」
気付けば、自分は膝をついた息をしていた。そんな自分を心配して二人が顔を覗き込んでいた。そんな心配をかける様な状態なのか、余計に情けないな……そう思っているとドゥラメンテが自分を見下ろしてきた。どうせこいつが勝ったんだろと思っていると彼女は爽やかな笑みを浮かべながら言ったのだ。
「負けましたよ、誰にも負けないと思ってましたのに思い上がりでした」
「―――ハッ?」
こいつは何を言っているんだ?と思わずそんな顔をしてしまった、負けた?こいつが?キタサンブラックかサトノダイヤモンドが勝ったという事なのかと思ってしまった。
「キタノサトイモ、どっちが勝ったの」
「えっ?いやもしかしてバジンちゃん気付いてないの?」
「何が……」
「ほらあれ!!」
サトノダイヤモンドが指差した先に目をやった。そこにあったのは―――一着に輝く自分の番号だった。
「アタシが……勝ったの?」
「そうだよ、バジンちゃんが一気に抜け出したんだよ?それで私が二着でキタちゃんが三着」
「堂々のスピカが独占だよ!!」
「全く、強かったですよ三人とも」
そう言われても信じられなかった。自分が、ダービーで勝った?本当に?呆然としていると漸く大歓声に気付いた、それは自分の名前を呼んでいたのだ。
自分の名前を呼ぶコール、それを聞いても理解出来なかったが―――不意に目を動かした時に見えたのは自分のお父さんとお母さんが大きな声で勝利を祝福してくれている姿だった。
「凄いよバジン~!!!流石~!!」
「良く、よくやったぞ~!!」
「―――そっか、アタシ、アタシ……っしゃあああああああ!!!!」
漸く挙げられた勝利の歓声、バジンは日本ダービーを征した事を受け入れた。勝者が感じる事が出来るそれを笑顔で浴びた。
「おめでとうございますバジン。見事でしたよ」