音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第117話

間もなく夏休みに入って合宿が始まろうという時、チェイスは久々の休日を適当に過ごそうと思っていたのだが……ある連絡を受けて肩を落としながら空を見上げていた。

 

「ハァッ……」

「どうしたんだチェイス、溜息なんて珍しいな」

 

そんな彼女を見掛けたのは生徒会長ことシンボリルドルフ、チェイスにしては珍しい表情を見掛けながら声を掛けるのだが無言で差し出されたスマホの画面にはゴルドからのチャットが飛んできていた。

 

【トレセン学園周辺に報道陣多数、今回はやめておいた方がよさそうだ】

 

それを見て全てを察してしまった。これも所謂有名税という奴だろう、ウマ娘として名が売れれば売れる程にマスコミからのそう言ったやっかみは増していくもの。早朝はほぼないと言ってもいいが代わりに最近は休日などには取材申し込みが非常に多い、先日の宝塚記念での勝利も大いに影響しているだろう。

 

「流石に草臥れるか、無理もないか」

「幾らなんでもオーバーです、エンターテイナーだからって無制限に取材を受けると思ってんですかあの輩」

 

かなり荒れている言葉からもチェイスは精神的にも疲労している事が伺える事に同じような瞳を向ける。自分も経験した事ゆえに気持ちは深く理解出来る。無敗の三冠ウマ娘、という意味合いでは既に自分を越えて勝ち続けている。何処まで行くのか、何処まで勝ち続けるのか、その先がどんなところにあるのかと誰もが気になってしょうがない。

 

「……」

「チェイス?」

「―――会長も私がレースで走り続けるべきだと仰いますか?」

 

 

その言葉に成程、其方だったのか……と納得しつつも直ぐには答えは出さなかった。それは宝塚記念でのインタビュー。

 

『本日の勝利おめでとうございます!GⅠの勝利は6勝ですね!!』

『これから先のレースの予定はどのように考えておりますか!?』

『このまま、シンボリルドルフを越える事が目標でしょうか!!?』

 

インタビューが毎回毎回凄い事になるのも慣れてきている自分が居るチェイスはびっくりするほどに冷静に対応する事が出来ていた。矢張り慣れているという事だろう、自分でも痛い程実感出来た。

 

『これからのレースは……そうですね、一応ジャパンカップを目指そうと思っています。その後は……全く考えてませんね』

『ジャパンカップ!!去年は菊花賞での怪我で出走なりませんでしたものね、その無念を晴らすという事でしょうか!?』

『いえ去年はジャパンカップに出るつもりとか欠片も無かったので無念とかないのです』

『さ、左様ですか……』

 

エンターテイナー故にインタビューは答えてくれるのだが……普通ならばある程度取り繕うであろう言葉を一切せずに本音をぶっ放すので記者としては少々やり辛いという相手として認識されているチェイスであった。沖野としてはもう少し手心を……と思うが、これがチェイスなので致し方ない。

 

『と、兎も角その先は如何しますか!?ドリームトロフィーリーグへの移籍も考えられますか!?それとも海外への挑戦なども感がられてますか!?』

 

そんな中で一人の記者が聞いた言葉、誰もが気になるであろうそれ。トゥインクル・シリーズのその先と言ってもいいレースの舞台、そこにいるのはシンボリルドルフやマルゼンスキー、オグリキャップと言ったウマ娘達が控えている。そんな彼女らとどんな走りをするのだろうか……と皆が思っている。

 

『……ドリームトロフィーか……』

 

それを尋ねられてチェイスは思わず上を見上げながら呟いただけで答える事はなかった。記者は何か不味い事を聞いてしまっただろうかとおろおろとしてしまっているので沖野が軽く肩を叩く。

 

『大丈夫か、疲れたか流石に』

『……いえ大丈夫です。私はあまり先の事を考えるタイプではないので、それだけが私の道とは思いません』

『そ、それだけとは!?では一体どんなレースを走るのですか!?』

 

チェイスはその問いに応えなかった。だが、沖野は何処かイラついているのように思えた、なので今日のレースの反省や休養もあるからチェイスの取材はこれまで似させてほしいと言いながら彼女の手を取りながら退出していった。そしてその最中に

 

『……走る事だけが、私の道じゃない』

 

そんな風に呟いていたチェイスに沖野は少しだけ胸が痛くなった気がした。

 

 

チェイスにとってトゥインクル・シリーズで走るという事は別段特別な夢ではない。彼女にとっての本当の夢は警察官になるという物、しかし周囲はそれを聞いた時必ず阻止しようと動くだろう。これ程の力を持ったウマ娘を簡単に引退させるなんて許す訳がない、それは記者の質問がよく現わしてるチェイスの価値。

 

「チェイスは如何したい、走るのが嫌になったか?」

「いえ、走るのは好きです。ですが私にも叶えたい夢はあります、それは走っているだけでは絶対に掴み取る事が出来ない物です」

「確かにな」

 

ウマ娘として走っているだけでは絶対に夢を叶えられない。シンボリルドルフもそれは分かっているしチェイスをスカウトしに行った身として、クリムとも話したので引退するというのであれば止める気はない。

 

「……でも、私を夢にしてくれているウマ娘がいる。その夢を私自身が終わらせていいのかなとも思います」

「オルフェーヴルにオートバジンだな」

「ええ」

 

自分の為にウマ娘としての走りを捨てる覚悟なんて出来ている、だけど彼女らは自分に夢を抱いている。それを終わらせる事になるのではと彼女は不安に思っている。

 

「チェイス、それは少し傲慢だぞ」

「傲慢、ですかね……」

「確かに君に憧れているのは確かだろうが、彼女らだって君の意志を全否定する事なんて望みはしない」

 

気持ちは分からなくはない。だが優先すべきは己だ、今は大丈夫かもしれないが他者を優先し続けて己を壊す事が一番の侮辱になってしまう。自分の夢を鑑みて現実と照らし合わせて道を定めて行く、それが夢と現実の決め方だ。

 

「……難しいですね」

「先人の役目として相談ならいくらでも乗ろう。生徒会室で話を聞こう」

「ではお邪魔でなければ……」

 

夢と現実の決め方、家に戻ったら父にも話してみようとチェイスは思いながらも歩きだして行った。不思議とその足取りは軽かった。


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