音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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初のレース描写、如何かお手柔らかに……。


第13話

時間という物は思った以上に早く過ぎゆくもので3週間という時間はあっという間に終わってしまった。今日までにライブの練習やレースの知識や技術の積み重ねなどを徹底的に叩き込まれたチェイス。そこにはあのシンボリルドルフの協力もあった為に万全とも言える状態にまで仕上げる事が出来たのは、胸を撫で下ろせる要素だった。そもそも3週間後にデビューにしなければこうならなかったのに……。

 

兎も角この日までにチェイスは最高のコンディションに仕上がっている、やる気も十分。後は実際に走ってみるしかない。それがどんな結果になるかは分からない、どんなに実力や才能があろうが大一番での勝負を決定づける要因にはならない。戦いに絶対など存在しない、あの皇帝ですら敗北はある。それと同じだ、後は―――勝利の女神が微笑んでくれるように自分を魅力的に見せつけるのみ。

 

『此処、東京レース場。次は第8レース、メイクデビュー戦、芝2000m。10人のウマ娘が走ります、天気は太陽に恵まれ快晴その物。バ場状態は良の発表となりました』

 

間もなく始まるレース、パドックでの状態は悪くはなかった。寧ろ元気な姿を見せ付けたチェイスは普段の落ち着いた雰囲気とは打って変わって何処かエンターテイナーのような姿を見せ付けていた。

 

「チェイスさん結構落ち着いてますね」

「そうですわね、パドックでは突然バク転から上着を脱ぎ棄てるなんて事をしますから緊張でハイになってると思ってしまいましたわ」

 

そう、パドックではなんとバク転で登場しながら勢いよく上着を脱ぎ棄てるというパフォーマンス染みた事をやってみせた。そして笑顔を浮かべて決めポーズまで取ってみせた。ミホノブルボンに似ているからかクールな印象を受けていたのだろう観客はそのパフォーマンスに一気に虜になったらしく、既に多くのチェイサーを呼ぶ声が起きている。

 

「元々チェイスはエンターテイナーな所があってね、天倉町でもああして町を盛り上げてくれていたものさ」

「へぇっそうだったんだ……っておじさん随分詳しいね、チェイスの知り合いなの?」

「そんなところ、かな?ねぇ沖野さん」

「ってぇっチェイスの親父さん!!?」

『ええっ!!?』

「Hello there!」

 

応援する為にスタンバっていたスピカの面々、そのすぐ隣にはなんと島根の天倉町にいる筈のチェイスの父親であるクリムがそこにいた。

 

「ちょっ如何して此処に!?」

「娘のデビュー戦を見に来たんだよ、それ以外に理由が必要かい?」

「……いや、ないですね。すいません野暮な事聞きました」

「Never mind.君達がチェイスの言っていたスピカの皆だね、話は聞いているよ中々にユーモアに溢れるチームだとね」

 

極めて温和でニコニコとした笑顔を浮かべているのだろうが、チェイスとのファーストコンタクトの事を考えるとどうしても素直に喜ぶ事が出来ずに顔が強張ってしまう。ユーモア溢れるというのもチェイスなりの配慮を感じる、まさか拉致りましたなんて言える雰囲気ではなくなってきた。いやどんな雰囲気であろうとも言うべき言葉ではないが。

 

「学園でのチェイスは如何かな、浮いたりしていないかい?」

「大丈夫そうだったよ、転入生だからなんか色々話しかけられたりしてたって言ってたけど」

「ライスさんと友達になったとも聞きましたよ」

「ライスとは、いやはや米農家な長男がいる私としては面白く聞こえてしまうね」

 

そんな話をしているとファンファーレが鳴り響いた。いよいよゲートインだ。チェイスは大外枠になる為に一番最後、初戦が大外枠というのは何とも言えないがある意味この状況はチェイスの実力を測るには絶好の場と言えるのかもしれない。本番の空気の中でどんな走りを見せてくれるのか、沖野は心から楽しみだった。

 

「ああ、そうそう沖野さん。勧誘方法については変更を勧めるよ」

「こ、心得ております」

 

『最後に8枠10番にチームスピカの新星、マッハチェイサーが入ります。ミホノブルボンに似ているという事で話題にもなっていたウマ娘です』

『パドックではミホノブルボンがやらないようなパフォーマンスまでやったらしいですね、走りはどんな違いがあるのか楽しみです』

 

ゲート、周囲が閉ざされた閉鎖空間。ウマ娘達は狭い場所を苦手する、走る事に快感を覚えて疾走感を好む彼女らからすれば閉塞感というのは忌避に近い感情を覚えるのだろう。だが、チェイスはそんなこと覚えない。何故ならば狭い場所は落ち着きを覚えるからだ、この辺りも普通のウマ娘とは一線を画す。

 

「(好きなように走れ……か、難しい注文を出してくれる)」

 

―――今回は好きなように走ってくれ、技術はある程度身に付いたけど経験が皆無だ。だから好きなようにやっちまえ。

 

 

沖野からの指示は完全な自由裁量に任せるという物。知識と技術はある程度着いたが、まだまだ経験が足りなさすぎる、故に好きなようにやらせるという。だったら好きなように走ってやろうじゃないかとチェイスは完全に決め込みながら、地面を踏め締める。そして―――スタートが切られる。

 

『さあメイクデビュー戦がスタートしました!!各ウマ娘、出揃って、おっと10番マッハチェイサー僅かに出遅れたか?』

 

少しリラックスしすぎた為かスタートは悪かった、だが問題はない。

 

『先頭を行くのは一番人気のリードオン、おっと既に逃げているぞ!!これは大逃げの体勢だ!!開幕から飛ばしております!!』

『ツインターボを思わせる大逃げっぷり、この勢いが何処まで続くのか』

 

塊から抜け出したウマ娘を見つめる、先行作戦のウマ娘が多いのがチェイスの目の前には塊となっているのが見える。あまり聞き慣れない大勢の走る音、だがそれが自然と耳に馴染んでいく辺り自分もウマ娘だった事を思い出させられる。

 

『最後尾にはマッハチェイサー、ですがピッタリと虎視眈々と先頭を狙う集団の背後に付いています』

『走り方が綺麗ですね。これは何時力を開放するのかが楽しみです』

『先頭を行くリードオン、そしてその背後には二番人気のジェットタイガー、モニラと続きます!!』

 

その位置を保ったまま、チェイスは走り続ける。唯々力強く地面を踏みしめて走り続けていく、既に集団は4つに別れた。先頭集団、それを追う集団、チャンスを狙う集団、そしてチェイス。ピッタリと微動だにせずに走り続けているチェイス、木霊するチェイスの力強い足音に前を行くウマ娘達は寒気と恐怖を覚え始めた。

 

―――自分達は何に追われているんだ。

 

『さあ第四コーナーに差し掛かる!!先頭は変わらずリードオン、このまま逃げ切るか!!』

「―――マッハチェイスを実行します、ずっと……チェイサーッ!!!」

 

瞬間、地面が抉れる。そして加速する。今までなりを潜め続けていた怪物が遂に目覚めた、遂に動いた。

 

『第四コーナーを抜けたッさあこのままリードオンの独走……いや後ろから来ている!!凄まじい追い上げだ、既に先頭集団を射程に収めようとしているウマ娘がいるぞぉ!!』

「嘘!?」

「この状況で追いつくなんて……!!」

 

先頭を走るリードオンとジェットタイガーは驚愕する、もう明らかに突き放していた筈の集団。もう勝てない筈の集団から抜け出した風があった、風はターフを舞い、駆け抜けて自分達の喉元にまで迫って来る。思わず目が其方に行った時―――そこにいたのは絶対的な追跡者。

 

『マッハチェイサー、マッハチェイサーだ!!マッハチェイサーが最後尾から一気に上がってここまで喰らいついて来たぁ!!とんでもない追い上げだ、一体何処から現れたんだ!!?』

『マッハチェイサーのスピードにリードオンとジェットタイガーはペースが崩れて来てしまってますね、此処から立て直すのは難しいでしょう。さあチェイサーの名の如くの追跡を見せてくれるのか!?』

 

実況と解説にも熱が入る。一番人気と二番人気の一騎打ちだと思われていた所に常に最後尾に居続けたウマ娘が突然の強襲。なんて展開なんだ、これに熱くならずに何処に熱くなれというのか。

 

「こんのぉぉぉお!!!」

「負けて、堪るかぁぁ!!!」

 

『リードオンとジェットタイガーも意地を見せる!!!』

 

「ずっと……マッハッ!!!」

 

チェイサーの意味を知っているか、チェイサーは追い掛けるという意味がある。それは強い酒をストレートで飲む場合、続けて口直しに飲む水や炭酸水の事も差す。つまりどういう意味かと言えば―――追いかけて掴ませる、自分にはピッタリという事だ。マッハの速度で相手を追いかけ、捕縛する。それがマッハチェイサー!!

 

『並ば―――ない!!追いつくどころか完全に抜き去ったぞマッハチェイサー!!一身から二身!!完全に抜け出たぁ!!』

 

坂道なんて屁でもない、そのまま一気に登り切って更に加速する。追い抜いた後は追い付けない程マッハのスピード。悪いが此処まで来たチェイスにブレーキなんて存在しない、故に勝者の道は譲れない。

 

『ゴール!!!二着以下に五身を付けて見事な勝利を飾りましたマッハチェイサー!!正しく名が体を現すような走りでした!!音速の追跡者、マッハチェイサー!!彼女の伝説は此処から始まるぅ~!!!』

「音速の追跡者、悪くないな」

 

ゴールしたチェイスは頬に笑みを浮かべながら大歓声で震える観客席を見た、そこでは自分の応援してくれている多くの人がいる。そして今日まで色んな事を教えてくれたスピカのメンバーも―――だけではない、そこには父がいた。連絡はしたが流石に来れないって言っていたのに、無理をしてくれたというのか。

 

「Nice Drive!!」

 

大歓声の中だろうとも父の声は聞こえた、その言葉を聞けた時内側から熱い物がこみあげて来た、そして―――思わずポーズを取った。

 

「追跡、追抜、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!これから宜しくぅ!!」

「全く……うちの娘と来たら」

 

普段は大人しいが、気分が乗ってギアが入ると途端にエンターテイナーとしての顔が見えてくる。その時に見せる笑顔が可愛い事……現に多くの観客を虜にしてしまっている。そんな娘の活躍をこの目で見れて本当に良かったと思う、そして不意に青空を見上げて―――

 

「見えているかな進之介、霧子。君達の娘は元気にやっているよ、少々元気過ぎる程にね」




マッハの剛っぽくエンターテイナー要素。

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