音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第14話

唐突に決まってしまったメイクデビュー。それを見事な勝利で飾る事に成功したチェイス、その後のウイニングライブも問題なくこなした。間奏の間にアドリブとしてブレイクダンスっぽい動きをしたりもしたが、雰囲気は壊していないので彼女個人の持ち味として受け入れられている。新聞では

 

『スピカの新星、音速の追跡者・マッハチェイサー!!走りも踊りも楽しませるエンターテイナー』

 

と称されていた。地味に過去のスピカと比較されていたりもしていたが、スピカの面々はあまり気にせずに新メンバーが新聞で大きく取り上げられている事にシンプルな祝福をするのであった。そんな肝心のニューフェイス、マッハチェイサーはスピカの部室にて改めてのデビュー戦のお見事な勝利を祝われていた。

 

「チェイス、良い走りだったぜ。流石俺が見込んだだけのあるウマ娘だよな」

「何言ってんのよ、そこは会長とエアグルーヴ先輩が見込んだって言うべきでしょ。スカウトって言っても結局やったのは会長って聞いたけど」

「それはほら、最初にスカウトに行こうって言った俺の手柄って事でさ……」

 

如何に自分の見る目が確かだった、と言わんばかりだが実際のスカウトはシンボリルドルフが行ったと言っても過言ではない。まあチェイスに目を付けたのは沖野だから彼の実績と言えなくもないのだが……。

 

「それにしてもチェイスの最後の追い込み、本当に凄かったよね~」

「本当にあれには驚きましたわ」

 

トウカイテイオーの言葉にメジロマックイーンが同意する。確かにチェイスの適性的には戦術として正しい、だがまだそれらについては経験不足だから全てを当人に任せっきりだった。それなのに沖野からしてもここしかないというタイミングで一気にスパートを掛けたのには驚いた、そして最後の直線で見せた途轍もない剛脚。他者を寄せ付けない程の加速を見せたチェイス、正しく音速の追跡者の姿がそこにはあった。

 

「一切ブレずに後方に居続けたのもあんだろうな。だって前が速度上げようとも差が広がらないとか不気味過ぎてかかるぞ」

 

ゴールドシップの指摘通り、特にチェイスの前を走っていたウマ娘はチェイスのこの不気味とも取れる静けさによってペースを乱されていた。チャンスをうかがう筈だったのに、後方にて身動ぎせずに一瞬の隙を伺い続ける狩人のような様に困惑してしまった。あの試合で自分の走りが出来ていたのはトップ争いをしていたリードオン、ジェットタイガー、モニラのみだろう。

 

「車間距離を取るのは基本なので」

「車間距離って……」

「天倉町では兄が運転するバイクの後ろにくっ付いて走ったりを良くしてました。その時には距離を一定に保つ訓練もしてました」

 

本人曰く、スピード違反を取り締まる練習のつもりでやっていたらしいがそれが上手く効果を発揮してくれたとの事。言うなれば、チェイスは犯罪者を追う警察官となって走っていたという事になる。確かにこれは精神的に未熟なウマ娘ほど刺さる戦法、そうでなくともペースを崩しやすくなる。

 

「兎に角デビュー戦勝利おめでとうチェイス、これからどんな目標で走るのかって目標あるか?」

「目標、ですか……」

「クラシック三冠、トリプルティアラ、春シニア三冠、秋シニア三冠って感じに色々あるんだよ」

 

と言われても良く分からないとしか言いようがない。辛うじて皇帝の三冠云々という事をスカウトされた時に軽く聞いた事があるような気がするだけで、最近の授業で次はクラシック三冠について詳しく話しますという事を言われた。まだまだチェイスのそちらの知識は著しく欠如している。

 

「ぶっちゃけ違いが分かりません」

「だよなぁ……そうだな、一先ずクラシックの三冠を目指すか。スピカ(ウチ)じゃスペにテイオーも挑んだ道だぞ」

「私は皐月賞と菊花賞で負けちゃいましたけどね」

「僕は挑めなかったからね」

 

クラシック三冠。皐月賞、日本ダービー、菊花賞のG1レースを征したウマ娘に与えられる称号。この称号を得る為に多くのウマ娘が挑んできた、特にトウカイテイオーは敬愛するシンボリルドルフが無敗でこの三冠を征した事から自らもと挑んだ、だがその制覇は叶わなかった。当時は酷く悔やんだらしいが今はいい思い出となっているらしい。

 

「クラシック三冠かトリプルティアラかの選択になるけどな、どっちがいい?」

「ティアラを付けるのは性に合いませんのでクラシックで」

「そんな決め方で良いのかしら」

 

サイレンススズカの静かなツッコミに苦笑いを浮かべる沖野。確かにそんな決め方で良いのかとも思うが、距離適性の事を考えるとチェイスは中長距離路線のクラシック向きと言えるだろう。その為にはまだまだトレーニングを行う必要はあるし、知識も経験も付けなければならない。やる事は多いがきっと彼女ならばやり遂げる事だろう。

 

「んじゃクラシック三冠を目指してみるかチェイス!!」

「折角なので行ける所まで行ってみます、何故ならば―――私はマッハチェイサーですから」

 

『チェイス、本当に素晴らしい走りだったよ。きっと進之介と霧子も喜んでいる筈だ。君は私の誇りだ、さあ行ける所まで突っ走ってみなさい』

『はい。ひとっ走り―――レースで駆けてきます』

 

マッハで行ける所まで行ってやる、どんな相手が待っていようとも喰らいついて追い抜かしてやると言わんばかりに闘気に溢れているチェイスに周囲からは拍手が起きる。

 

「んじゃ早速トレーニングと行くか。スカーレットにウオッカ、お前達の調整も兼ねてチェイスと一緒に練習をやるぞ。色々教えてやってくれ」

「望む所よ、チェイス私に着いて来られるかしら!」

「寧ろ追い抜かされるんじゃねぇか、俺を抜いてみなチェイス!!」

「おいおいレースやるんじゃないんだぞ、チェイスはレース終えたばっかなんだから」

 

そう言いながらも沖野の表情は柔らかく部室から飛び出して行く面々を見送りながら新しく飴を加える。実際、チェイスの走りは自分が思っている以上の物だった。最後に見せたあの走り、彼女は既に領域に指を掛けている可能性すらある、もしかしたら既に……そんなウマ娘がクラシック三冠へと挑む。多くのウマ娘が目指しながらも涙と共に見上げる称号。

 

「行ける所まで、いやお前ならやれるぞチェイス。もしかしたら―――無敗の三冠だって……気合、入れていくか」

 

頬を強く叩きながら自らも部室を出る。多くのライバルが待ち構えるだろうが彼女は決して屈しないだろう、何故ならば―――彼女は既にそれだけの強さを纏っているからだ。後はそれを伸ばし続けていくだけ。




色んな意味で話題性に事欠かないチェイス。

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