ツインターボとの出会いはチェイスにとって大きな刺激となった。スタートから全力で飛ばすウマ娘、メイクデビューでも感じたあの走り、それに追いつき、捕縛する為の走りを完成させなければならないと普段以上に練習へと取り込む姿が見られるようになったチェイス。それはサイレンススズカが戻って来てからも続いており、如何すればいいのかと彼女なりに試行錯誤を繰り返しながらの毎日が続いている。
「ターボ全開ぃぃぃぃぃっっ!!!」
「遅れてなる物かぁぁ!!!」
「いやぁっ……凄い元気だねぇ」
練習中の二人を見つめる一人のウマ娘は思わずそんな言葉を漏らした。ツインターボはツインターボでいつも通りのエンジン全開で加減するつもりは一切なし、だが最近では逆噴射の頻度も少なくなってきている、徐々にスタミナが付いてきているという事なのだろうか。そしてそんなウマ娘に追いつかんと駆け抜け続ける音速の追跡者、マッハチェイサーの走りもキレが増し始めている。
「あっネイチャじゃん、如何したの」
「やっほテイオー。ウチのターボが迷惑かけて無いか見に来ただけ」
やって来たのはカノープスに所属するナイスネイチャ、ツインターボのチームメイト。様子を見に来たらしいが、目の前で行われている練習に僅かながらに目を奪われる。
「凄いねマッハチェイサー、ターボの速度に慣れ始めてるのか少しずつだけど距離が縮まって来てる」
「うん、僕も思ってる。走れば走る程に走り方を学習してる」
何も知らなかったが故に一度技術を教えるとまるでスポンジのように吸収していく、練習にもひたむきなので教え甲斐もある。ツインターボもそんな所に惹かれてるのか負けじと毎日毎日チェイスの相手を務めている。そして毎日の全力全開での疾走が効いているのか、全力全開が維持出来る頻度が増えてきている。
「チェイスが追い上げればツインターボ師匠も伸びる、師匠が抜ければチェイスが更に追い上げる。本当にいい関係になっちゃってるよ」
「ホントだね~ちょっとキラキラしちゃってネイチャさんには辛いかもねぇ」
冗談を含ませながらそれを言った時、ネイチャは思わず目を見開いた。チームメイトがコーナーを越えて最後の直線に入った時、最大加速を掛けようとした時にチェイスも加速を掛けた。その時の爆発的なスパートは4~5馬身あった差をみるみる縮めていった。ツインターボは失速していない、チェイスがツインターボのスピードを完全に捉えた瞬間だった。
「ターボ師匠に追いついてる!!?」
「最終加速を掛けている状態で追いつくなんて……なんて剛脚」
「やるなチェイスぅ!!だけど―――今日もターボが勝ぁぁぁぁぁつ!!!」
「今日こそ、私が貰ったぁぁぁぁぁぁあ!!!」
互いが互いを既にライバルとして認識しているかのようなやり取りをしながらも死力を尽くしたラストスパートが更に磨きが掛かっていく。時速65キロを超えるスピードに吹き付ける風が両者の身体から余計なものを削ぎ落としていく。最終的に残ったそれは更に研磨され、輝きを増していく。その輝きを纏い、地面を強く踏みしめながら二人は叫びながらゴールを越えた。
「トレーナー今のどっちが勝ったの!?ターボ師匠、それともチェイス!?」
思わず食い入るように沖野へと問いかける、ストップウォッチを構えていた沖野もそれを見ながら僅かに固まっていた。トウカイテイオーから強く言葉を掛けられて漸く我に返ったのか、ストップウォッチを見返しながらどちらが勝ったかを伝える。
「頭一つでツインターボの勝ち、だな……」
「おおっターボ師匠の勝ちだ~!」
「いやでも、あのターボに此処まで迫るって相当凄くない……?」
ツインターボの走りは悪くないどころかここ最近の中でもトップクラスにキレがあった。常に全力全開の走りに相応しい走りだったのにそれを更に超えるような加速、ロケットスタートの加速とラストスパートの加速、正しく対になる二つの加速、ツインターボだ。
「ど、如何だぁチェイスぅぅぅ~……今回もターボが勝ったぞぉ……」
「こ、今回こそって思ったのに……次は負けない……!!」
それなのにそれに喰らいつきながらもラストの直線で勝負に出たチェイス。加速を継承したかのような爆発的なスパートの掛け方、元々追い込みが得意故に最後まで力を溜め込んで最後に爆発させる走りのチェイスだが、その加速がまるでツインターボのように異様な爆発力があった。何方が勝っても可笑しくないほどに凄まじい接戦。
「チェイスの奴、追い込みなのにターボみたいな走りになってんな……まあここ最近、ターボを捕まえる事を目標にしてるっぽいからなぁ」
「でも凄くない今の走り!!スズカと走っても絶対いい所まで行くってチェイス!!」
「それは俺も同感。今度スズカと走らせてみるか、次のレースもある訳だしな」
チェイスの次のレースは芙蓉ステークス、マイルを走らせるのも悪くはないと思ったが矢張りチェイスの適性は中長距離。だったら其方重視で走らせた方が良いだろう。ツインターボも同じ適性なのでそういう意味では酷く頼りになる練習相手と言える。
「やるなぁチェイス……今度はもっと大差を付けてターボが勝つぞ……!!」
「今まで最高に迫れてるんです、このままターボ先輩を絶対に追い抜きます……!!」
「上等……でも、もうだめぇ……」
流石に全てを使い切ったのか、啖呵を切った後再びターフの上に転げてしまう。それはチェイスも同じなのか膝を折って座り込んでしまう。
「あ~らら、ターボってば完全燃焼だね。トレーナーさんアタシがターボ連れてこうか?」
「いやあのままにさせてやりな、何時もの事だからな」
「何時もって……ありゃ」
ネイチャの視線の先ではチェイスの膝を借りて呼吸を整えようとしているツインターボと快く膝を貸しているチェイスの姿がある。身長や体格の関係で姉妹所か親子に見えるような光景だ。しかもチェイスがツインターボを見る瞳が酷く優しいのがそれに拍車をかけている。もしかして彼女もスーパークリークのような趣味が……と一瞬勘ぐってしまう。
「なんかチェイスの膝って寝心地良いんだってさ、だからターボ師匠ってば走り終わると毎回膝借りてるんだよ」
「ええっ……それでいいのかターボ、完全に子ども扱いされてるようなもんなのに……」
「大丈夫だと思うよ、チェイスってばターボ師匠の事を先輩として尊敬してるっぽいし」
「それなら先輩として威厳を見せてあげればいいのに……全くしょうがないな」
そう言いながらもナイスネイチャの表情は酷く優しく、微笑ましい物を見つめる物になっていた。既にあの二人には硬い絆が構築されているのだ、キラキラで美しい絆が。