「ずっとっ……マッハァッ!!」
気迫を込めた声とともに加速するチェイス。ツインターボのスピカへの派遣期間が終わった事で彼女は元のカノープスへと戻っていった。酷く名残惜しそうにしていたが、彼女はちょくちょく顔を出してはチェイスの相手を買って出てくれている。この事については南坂からも許可が出ているらしく寧ろ走らせてやって欲しいという要望が沖野に届いている程である。
「よしっチェイス20分休憩だ」
「はい……!!」
熱の放出するかの如く、長々と息を吐いて身体の中の熱を逃がす。ツインターボというライバルであり先輩によって大きな刺激を受けたチェイス、その走りは益々鋭さが増しておりとんでもない事になり始めている。ツインターボは現在シニアクラスを走るウマ娘でチェイスとは比べ物にならない実戦の経験がある、その走り方故に酷い波はあるが、メジロマックイーンを負かしたあのライスシャワーにも勝利した事がある実力が確かなウマ娘。
「はいっチェイスちゃん」
「すみませんスズカ先輩……助かります」
そんなウマ娘をまだジュニアクラスであり、デビュー戦をこなしただけのウマ娘が猛追したというだけで驚きだが、チェイスは既にターボを捉え始めている。経験を積めば恐らく勝ちを狙える程の実力を備え始めている。一方、ツインターボもそんな後輩の影響か、精神と肉体が成長したのか逆噴射が起きにくくなり始めており南坂曰く、チームリギルと模擬レースをして確かめてみるらしい。
「スズカ走れるか?」
「大丈夫です。計測ですか?」
「いや―――チェイスと走ってくれ」
「!」
チェイスの隣でウォーミングアップを終えたスズカは指示を待っていたのだが、待っていましたと言わんばかりに走り出そうとするのを沖野が止める。そしてその内容に驚いた。なんとチェイスと走ってくれという物だからだ。
「えええっ!?チェイスさんとスズカさんが走るんですか!!?」
「こりゃ面白そうな対決だな、今からでも宣伝してくるか?」
「おやめなさい」
スピカの面々もスズカとチェイスが走ると聞いて酷く興味が沸く。
「ツインターボの協力でチェイスも大分技術も走りも安定してきた、だからここで一気に格上であるスズカとぶつけて仕上がりを一度確認する」
「ま~確かに。師匠には悪いけど、スズカの方が上だもんね」
同じ大逃げのウマ娘ではあるが、格で言えば確実にスズカの方が上。そして気になる、そんなスズカ相手に期待の
「宜しくお願いしますスズカ先輩」
「ええ、此方こそ」
おっとりとしつつも優し気な笑みでチェイスに微笑みかけるが、その瞳には確かな強さの光が宿っている。既に見えているのは自らが独占する景色のみ、そこにチェイスの姿はない、完全に自分の世界で完結しているスズカにチェイスはどうなるのか。皆が気になる中で二人はスタート地点に立つ。
「いいか、2000m勝負だ。チェイス、相手がスズカだからって臆することなくぶつかって行けよ!!!」
「……はいっ!!!」
「スズカ、新人が相手だからって油断するなよ。相手はターボの速度に追いつけそうになる位だ、全力でぶっ飛ばせ!!」
「はい」
気合を入れるチェイスと対照的に酷く冷静でクールなスズカ、これが彼女だなと思える態度だ。そしてスタートフラッグを持ったダイワスカーレットに目配せをする。彼女は大きく旗を振り上げて準備に入った。
「いい、行くわよ二人とも!!位置について―――」
―――マッテローヨ!!
ターフを踏みしめる、相手が如何であろうと自分の走りをすればいい。そうだ、自分はマッハでありチェイサーだ。その通りに走ればいいんだ。
「よーい……スタート!!!」
―――イッテイーヨ!!
「「ッ!!」」
全く同時に地面を蹴って走り出す。ツインターボ直伝の爆発加速のロケットスタート、火を噴いて加速するが如くに走るチェイス、過去最高とも言えるスタートなのに既に目の前には自分を追い抜いて2馬身は離れているスズカの姿があった。
「やっぱりスズカさん速い!!」
「チェイスさんのスタートだって決して悪くはない、寧ろ最高のスタートでしたのに……!!」
分かっていたつもりだった、同じチームとして走りの実力を知っていた面々だが改めて目にするとその実力の凄まじさを肌で感じられる。第一コーナーを既に過ぎたサイレンススズカを追うように駆けるチェイス。ツインターボだろうが距離を一定に保つのが持ち味だが、今回ばかりはそれは通用せずに離され始めていく。
「流石だなスズカ」
思わず沖野は嬉しそうな声を出した。これがやっぱり自分の知っているスズカだと言わんばかりの走りであり、これが好きな走りだ。海外遠征も行い、そこでも逃げ続けたスズカの走りは最早逃げウマ娘の中でもトップの領域。後ろのウマ娘に自らの影すら踏ませる事もなくゴールまで唯々走り抜け続けていく最早異次元の領域の疾走、異次元の逃亡者。
「これがっ世界の走り――――!!」
間もなく最終コーナーに入る、自分と相手の差は10馬身はある。ツインターボと走り込んだ事で少しずつだが、自分の実力にも自信が付いてきたが自分は慢心していたのか、自分の力なんてまだまだこんな物なのか。思わず思ってしまう中で―――火が付いた。
「―――上等だ……これが世界なら、その世界に追いついてやろうじゃないか……何故なら俺は、ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!!」
ラストコーナーに入った時、チェイスは爆発した。大地を強く踏みしめて駆ける、踏みしめたターフが炸裂したかのような跡が残る。瞳を爛々と輝かせながらサイレンススズカを猛追する。瞳に青白い光と紫色の光を発散させながら、それが走る事で二つの軌跡となりながらチェイスの道を作り出していく。
「チェイスさんが来た!!」
「でもスズカ先輩だってスパートに入ってる!!」
「間に合うのか!?」
走る、走る、空気の渦を纏いながら疾走する。絶対に負けないという強い意志が光となって瞳から溢れるかのような走りは大きく離されていたスズカを喰らいつくかの如くどんどん距離を詰めていく。ラスト200m、遂にチェイスは残り3馬身となろうかという所。異次元の逃亡者の影を音速の追跡者が捉えようと―――いや、出来なかった。
「―――……っ!!」
一瞬だった。影をあと一歩、あと一歩踏みしめた時に踏めると思った時にそれは一気に自分が届かない距離まで伸びていった。これが―――世界を経験したウマ娘の走りなのか……それを実感させるように最後にサイレンススズカはギアを上げた更に加速して8馬身を付けての勝利を飾った。
「スズカさんの勝ちだ!!」
「やっぱり流石にスズカには勝てねぇよなぁ」
「でもチェイスだって頑張ったわよ!!」
「最後のスパートなんてスズカが抜かれるんじゃないかって思う位凄い気迫だったもん!!」
スピカの面々もこれには白熱してしまった。予想通りの結果にはなったとはいえ、チェイスも十二分な力を見せ付けた。自分達ですらスズカの影を踏むなんて事は中々出来ない。本気を出していないとはいえあと一歩の所まで行ったのだから大したものである。
「お疲れ様スズカ、如何だったチェイスは」
「凄い子だと思います。特に最後の追い上げは凄かったです、ちょっと本気出しちゃいました」
ラストスパート、チェイスがすぐそこまで迫って来た時にスズカは全力に近い力を出した。それで振り切る事が出来たが、それはチェイスが油断出来ない力を既に持ち始めている事の証明でもあった。
「伸びると思うか、チェイス」
「これからどんどん成長すると思いますよ」
「そっか」
全力を使い果たしたのか倒れこんだチェイスを見つめる沖野、これでチェイスはまだまだ上の世界を知った。ツインターボには悪いが、彼女にこの役目は出来ないだろう。彼女には仲の良い先輩兼ライバルとしていて貰う、それがチェイスには一番いいだろうから。
「ハァハァハァハァ……これが最高峰のウマ娘の力……必ず、それだって追い付いて見せる―――私は、マッハチェイサーなんだから……」
敗北したとしても清々しい気分の中にいたチェイス、更なる高みを目指す事を決意しながら笑みを作る。まずは―――次のレースで絶対に勝つ。