気付けば季節は移ろい、秋となっていった。暑い夏はウマ娘にとっては辛い季節、それはチェイスも例外ではなく思わずダレてしまいそうな中で必死にトレーニングを積み続けていた。サイレンススズカとの模擬レースで感じ取れた更に上の世界を走るウマ娘の力、それに辿り着きたいという強い欲求に身体が応えるかのように力を付けていく。秋へと移ろう間には夏合宿があり、スピカに所属するチェイスもその合宿に参加する事になった。
「行くぞ~チェイス、今日は砂浜で勝負だ~!!」
「負けませんよターボ先輩……今日こそ勝ちます!!」
今回の合宿は複数チームが合同で行う事に主眼が置かれており、スピカはリギルとカノープスと共に合宿が行われた。チェイスは此処で芙蓉ステークスに向けての特訓を行う事になった。砂浜という今までの芝とは全く違う環境ゆえに苦戦しつつも、ひたすらに努力し続けていく。カノープスと一緒という事もあって、当然ツインターボとも一緒にトレーニングをこなったり勝負を行ったりもしたのだが……どうにもチェイスは彼女に強く影響を受けているのか、何処か似て来ている。
「チェイス今日は砂浜で勝負だ~!!」
「負けませんよターボ先輩!!」
「「いざ勝負―――ぶっへぇっ!!?」」
「いやアンタら打ち合わせでもしてるの?」
砂浜でレースのような事をしようと踏み出した第一歩で見事にすっ転んで顔面から砂浜に突っ込む姿などは皆の爆笑を誘い、ナイスネイチャからはまるで姉妹のようだとからかわれたりもした。そんな事もあってか、リギルよりもカノープスと酷く親密になっていくチェイスに沖野は微笑ましいと思いながら見ていたのだが……
「なあなあスピカのトレーナー」
「何だターボ」
「チェイスをカノープスに頂戴!」
「いや無理だっつの!!」
マチカネタンホイザやイクノディクタスにも相当に気に入られたらしく、ツインターボによる引き抜き未遂などの事件が起ったりもした。それを直接スカウトしたシンボリルドルフとエアグルーヴはちゃんと中央に馴染めているようで安心したのか、これでクリムにも胸を張る事が出来ると思う傍らで
「私達もある程度は交流を深めるべきだろうか……」
と真剣に考える皇帝に女帝は上手くアドバイスが出来ずにやる気が下がるという一場面もあったりした。そんなこんなもあって夏合宿はあっという間に終わりを告げると、季節は秋―――即ち、チェイスの第二戦、芙蓉ステークスがやって来たのである。
『中山レース場、第9レース、芙蓉ステークス。芝2000mの右回りで行われます。三番人気はジェットタイガー、体格を生かした力強い走りで他者を圧倒できるか。二番人気はリードオン、リードを序盤からもぎ取る大逃げは決まるのか!?そして一番人気はマッハチェイサー、デビューでは見事な走りでジェットタイガー、リードオンを抜き去った走りを今回も見せてくれるのか!?』
パドックを経てゲートへと入るの待つ、体調は良好で調子も良い。二戦目という事もあって気合十分なチェイス。今か今かと戦いの時を待ち続けている。今回は7枠8番。以前の物よりは内側に入っているがそれでも外枠であるのは変わりない。
「マッハチェイサー、また逢ったな」
気が強く男勝りな口調で話しかけられる、振り返るとそこには漆黒の髪を靡かせながらもバイザーのような眼鏡を掛けているが、その程度では隠せない程に鋭い瞳が特徴的なウマ娘、デビュー戦でも対決したリードオンがいた。
「前回は負けた。だが此度は負けるつもりはない、今度こそお前が追い付けない速度で駆け抜けてやる」
「望む所です。私だって負けるつもりはありません」
「お~お~私を無視とは言ってくれなさるねぇリード殿」
少し低めで唸るような声にリードオンは舌打ちをした、隣を見ればそこには栗毛で自分よりもずっと体格が優れているウマ娘がそこにいる。ジェットタイガー、同じくデビュー戦で対決したウマ娘。
「貴様など眼中にない、私の後塵を拝し続けていればいいんだ」
「フッフッフ、だが今日こそは勝つぞ。そしてチェイス殿、貴方にも負けませんぞ」
「此方こそ。お二人はお知り合いで?」
「同室なだけだ」
「そういう事です」
何とこの二人は同室だったらしい、同室でライバルとは……色々と大変そうだと思っていると入場の合図が始まる、次々とゲートの中へと入っていくウマ娘。中にはゲート難なウマ娘もいるのか手古摺ったりもしているが、チェイスはあっさりと入っていく。間もなく行われる始まり、開始を静かに待ち続けるチェイス―――そして
『今、芙蓉ステークスの幕が切られました!!やはりここで飛び出すのはリードオン―――おっとジェットタイガー凄まじい気迫と共に既にリードオンと競り合っている!?まだ始まったばかりだが大丈夫なのか!?先頭からリードオン、二番手はほぼ真横を陣取っているジェットタイガー。三番手は3馬身程離れているメイズメイス』
同室の因縁という奴なのか、大逃げ戦法を取るリードオンに並び立ったジェットタイガー。あれで持つのだろうかという疑問もあるが、チェイスは絶好のスタートを切りながらもマイペースに走っていた。
「よし、チェイスの癖の矯正は利いたな」
普段通りのスタートを切る事が出来た姿に沖野は胸を撫で下ろした。何故ならばここ最近チェイスはツインターボとの練習が日課になってしまっていたのでそれに合わせたようなスタートダッシュを取るようになってしまっていたので先行気味になっていた。今回の合宿ではそこを徹底して矯正し、自らの走りに徹するようにさせた。それが利いているようで安心する。
『そして最後尾にはマッハチェイサー、前回と同じく虎視眈々とチャンスを伺う狩人を思わせるような走りです』
『以前のレースでも前方との距離を全く離さない走りが彼女の特徴でしたからね、今回も同じ作戦でしょうか』
大逃げをするリードオン、そしてそれにペースを合わせているが故に結果的に大逃げとなっているジェットタイガー。それらに引っ張られるかの如く、レース全体のペースは異様にハイペース。自分のペースを守る事が出来ずに既にチェイスの前を行くウマ娘の息は乱れ始めているが、そこにピッタリと追従する追跡者がおりさらにペースが乱れる。
「ずっとっ―――チェイサー!!!」
『さあ第三コーナーを越える―――おっと此処でマッハチェイサーだ!!マッハチェイサーが勝負を掛けた、次々と抜いて上位と踏み込んでいく!!音速の追跡者が此処で牙を剥いたぁ!!!』
「チィッ来たか!!」
「前回よりも早い……だが負けん!!」
前回のレースよりも早い仕掛けにリードオンとジェットタイガーは驚くが、自分達も同じように加速する。あの時の雪辱を晴らしてやると言わんばかりにスパートを掛けていく。だが音速の追跡者はそんな事など関係ないと言わんばかりに追いついてくる。
『ぐんぐんと追い上げてくる!!既に三番手、さあデビュー戦の再現と言うべき状況となってまいりました。第四コーナーへと入って一番手はリードオン、二番手はジェットタイガー、そして三番手マッハチェイサー!!この三人のウマ娘の戦いとなったぁ!!』
遂に第四コーナーへと入る、60キロを超える風の中でチェイスの集中力は最高峰に高まっている。だが、リードオンとジェットタイガーも負けてはいない。此奴には負けない!!と言わんばかりに更に加速を掛けてチェイスを振り切らんとしている。大逃げに合わせてかなりのハイペースだった筈のジェットタイガーは既に苦しそうだが―――持ち前のタフネスな精神のみでそれを支えながら更にスパートを掛ける。
「随分と、キツい……!!だがこの苦しみが、私を強くする!!」
「負けるか、お前などに負けて堪るかぁぁ!!」
『おっと此処でリードオンとジェットタイガーが完全に並んだ!!そのまま両者ラストスパートを掛ける!!急坂での戦いだ、途轍もない戦いが始まろうとしている!!』
限界など越えている、それを越えたスピードを出し続ける両者。何時体力が尽きても可笑しくない中で両者は駆け抜け続けていく―――だが、二人はその時凄まじい寒気を覚えてしまった。背後から一段と重く、冷たいプレッシャーが自分達へと降り注いで来た。いったいこれは何だ、何がそこに居るんだと思った直後、プレッシャーが消えた―――いや、それに飲まれたんだと理解した。
「ずっと―――マッハッ!!!」
『マッハチェイサーが抜け出たぁ!!やはりこのウマ娘は違うのか、リードオンとジェットタイガーの全力の走りを一瞬で抜き去って先頭へと躍り出たぁ!!彼女が纏うのは正しく音速、音の速度を纏い追い上げ追い抜く!!更に加速していくぞマッハチェイサー!!坂道だろうがなんのその!!このウマ娘にとって加速出来ない道などはないのか!!』
リードオンもジェットタイガーも今のクラスで考えればとんでもなく強い、だがそれ以上のウマ娘と走り続けたチェイスはそれ以上の力を付けていた。その領域に辿り着く為に鍛え上げた剛脚、それを活かしてそのままゴールへと辿り着く。
『ゴール!!4馬身差を付けてマッハチェイサー一着!!二着はリードオン、三着アタマ差でジェットタイガー!!このウマ娘の力は本物だ、音速の追跡者、マッハチェイサー!!!』
始まりの勝利はまぐれなどではない、実力でもぎ取った事を証明してみせた。凄まじいまでの追い上げに歓声が上がり、その歓声に応えるかのようにチェイスは息を整えてから大声を張り上げながらポーズを取った。
「追跡、追抜、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!どう皆さん、いい絵だったでしょう?」