音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第21話

ミスターシービー。ウマ娘の世界についての知識が皆無と言っても良かった筈のチェイスですら聞いた事がある名前だった。天倉町で自分の脚を見込んだ配達のお手伝いをしている時に時折大人たちが何かを話している所に出くわした事があった。

 

『やっぱりルドルフだろ』

『いやいやブライアンだって中々……』

『シービーだろ』

『『それな』』

 

そんな話だっただろうか、シービーというのが一体何なのか当時の自分は全く分からなかった。いやまあ現在の自分も全く分かっていないのだが……それでも皇帝や女帝を一切知らない自分でも知る程のウマ娘という認識をチェイスは持っている。

 

「まさか、ミスターシービーが来るとは……予想外過ぎてなんも言えねぇよ俺……」

「全くですわ……」

 

スピカの皆が改めて走り始めたところで沖野とメジロマックイーンが頭を抱えたように呟くのを見つつチェイスは頭を撫でられた時の感触が残っているのか、頭を自分で触り直したりしつつも先程のウマ娘の姿を想起する。今まであったウマ娘の中で一番綺麗でカッコいい人だというのが素直な感想であった。

 

「な、なあチェイス……やっぱり」

「全然知りません。でも名前は聞いた事はあります」

「そ、そうか……良かった、これで俺ミスターシービーの事全然知らねぇって言われたらどうしようかと……」

「正気になって下さいトレーナーさん、名前しか知らないのも全然知らないのと同義です」

「安心しろ。皇帝の名前すら知らないよりはマシだろ」

「……確かにそうですわね」

 

三冠ウマ娘を上げろと言われて上げられるのがシンボリルドルフ、ナリタブライアン、そしてミスターシービー。その中でも最も名が轟いていると言っても過言ではないのがミスターシービー、最も愛された三冠ウマ娘として有名。そのルックスだけではなく信じられないような戦いで勝ち進み、ファンの魂にいつも違う何かを直接訴え続け、そのドラマチックな姿から"叙情の三冠ウマ娘"と評される。

 

「間違いなく、ウマ娘の中でも屈指の実力者だ。そんなウマ娘に練習を見て貰えるって……チェイス、お前やばいぞ」

「凄く貴重で素晴らしい機会ですわ!!是非とも物になさってください!!」

「はぁ……」

 

如何に凄いかを熱弁されたところで悪いとは思うのだが、何とも凄さが分かりにくい。自分もウマ娘のレースの世界に入った身なのでは三冠ウマ娘の凄さ位は分かるようにはなってきている、がその程度なのである。貴重云々と言われても、以前同じ三冠ウマ娘のシンボリルドルフに練習を見て貰っているのだが……と内心で想いつつも口には出さないでおいた。絶対怒られると分かっているから。

 

「まあ落ち着いて考えればミスターシービーの方が向いてるってのは分かる話だな……チェイスの走り方にもマッチしてる」

「シービーさんは確か……追い込み型、でしたわね」

「ああ。ルドルフは差しか先行……つってもやろうと思えば逃げも追い込みもできるけどな、それでもミスターシービーはチェイスとおんなじ追い込み。だから教わるなら確かにあっちだな。んで如何だったチェイス、ある程度レースに触れて来てからあった三冠ウマ娘の感想は」

 

一先ず感想を聞いてみる事にした。様々な事を知ってスカウトの時とは大分違ってきている筈だと思って話を振ってみる。問われてチェイスは頭を撫でられた事を思い出しながら感想を述べる。

 

「手が柔らかかったです」

「そ、そこかぁ……」

「まあ手は相手の印象を測る材料にもなると言いますし……」

 

チェイスにこの手の話を振るのはもうしない方が良いのだろうか……と内心で想う沖野であった。

 

 

 

「鯖味噌定食、鯖多めで」

「あいよっ!!チェイスちゃんったらもっと大盛でも良いんだよ、アンタは食が細いんだから」

「今日はそんなに動いてませんから、それに食べ過ぎて皆さんのお手数になるのもあれですので」

「くぅ~!!この子ってば泣かせる事言うよ、他の大食いに聞かせてやりたいよ!!」

 

民宿の調理担当として料理をし続けてきた身として料理の仕込みや手間などは確りと理解している、特にこれだけの大食漢なウマ娘達が大人数で食べにくるカフェテリアの調理スタッフの苦労は分かる。料理長はそんな事気にせずに喰えと言えるだけの剛の者だが通常スタッフはチェイスの気遣いは暖かい物だった。

 

「いただきます」

 

基本的に実家でも料理担当は自分であり、朝昼晩と全てを自分でやっていたからかカフェテリアでの食事というのは少しばかり戸惑った。最初の内はお弁当を作って来てしまったほどだ、だがそれも慣れてしまえば良い物でお弁当のインスピレーションに大変役立っている。帰った時には増えたレパートリーで家族に料理を振る舞おうと心に決めている。

 

「あのチェイスちゃん、お隣良いかな?」

「ライスさん、はいどうぞ」

 

手を合わせた時にやって来たのは隣の部屋であるライスシャワー、チェイスにとっては二人目の友人であり朝食は一緒に取る仲。そんなライスの近くにもう一人いた。それを見た時に驚いた、鏡を見たような気分というのはこういう事なのかと。

 

「えっとチェイスちゃん、こっちはミホノブルボンさん。一緒にご飯を食べたいんだけど、良いかな?」

「あっはい、私は別に……」

「初めましてミホノブルボンです」

 

ミホノブルボン、散々自分がそっくりだと言われ続けて来たウマ娘がそこにいたのである。しかも以前調べてみたら、無敗のまま三冠に手が届きそうだった超実力者のウマ娘、そしてその三冠を阻止したのが友人にもなったライスシャワー。凄い組み合わせだと内心で想うのであった。

 

「マッハチェイサーです、チェイスと気軽に呼んでください」

「では此方もブルボンと呼んでください。折角ですので仲良くしましょう」

 

そんな言葉を交わしながら握手を交わすのだが、それを見てライスシャワーは自分とミホノブルボンを見比べるように視線を往復させる。

 

「本当にそっくり……」

「そこまで似ているのですかライス」

「うん、そっくり」

「ちょっと隣同士で立ってみましょうか」

「そうしましょう」

 

一緒に立ってみると益々似ているのが良く分かる。違うのは髪の色と身長、そしてチェイスの方は表情に変化が付いているので見分けがつくがこれで無表情に徹せられたら自信が無くなってくる。髪の色まで揃えられたらもう完全にアウトだろう。最早双子の領域になってくるだろう。

 

「以前、マスターから髪を染めたのかと言われた事がありまして。それで貴方の事を知りました」

「う~む確かに、ヒシアマ姐さんが似ているというのも分かります」

「あ、あの取り敢えずご飯食べよ?」

「「そうしましょう」」

「息もピッタリなんだね、二人とも」

「「そんな事は……あるかもしれません」」

 

これが切っ掛けとなってチェイスはミホノブルボンとも友達になり、ちょくちょく一緒にご飯を食べるようになるのであった。一緒に居ると周囲のウマ娘がどっちがどっちだっけ……と迷う事が多発するようになったとか。


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