音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第22話

「それじゃあ準備してくるから」

「はい」

 

数日後、普段の練習を行うコースには普段とは違う緊張感のような物が漂っていた。ウォーミングアップがてらに走り出していく三冠ウマ娘ミスターシービー。走る姿さえも何処か美しさすら感じられるのか、それを見つめるスピカの面々はそれに見惚れるように見つめていた。

 

「ううぅぅぅ~……なんだかすごい、緊張しますぅ」

「おいおいスペ、お前が走る訳じゃねぇんだから緊張するこたぁねぇだろ」

「無茶言わないでくださいよぉ……」

「全くだぜ……」

 

緊張し続けて顔が青くなっているスペシャルウィークに全く平常運転と変わらないゴールドシップが肩を叩くが、それは無理だろうとウオッカが同意する。何せ、三冠ウマ娘と自分達のチームメンバーが走るのだ。それを緊張せずに見ていろというのも酷な話だ。彼女たちにとって三冠ウマ娘というのは雲の上の存在であり憧れの存在なのだから。

 

「でも、ミスターシービー先輩の走りを見れるなんて……凄い貴重よ、絶対に見逃さないようにしないと……」

「全くですわ……」

「会長の方が凄い……でも、僕でも分かる位にミスターシービー、先輩の凄さは分かるよ」

 

シンボリルドルフを敬愛し彼女のようになることを夢見るトウカイテイオーですら普段の調子で言葉が出ない。シンボリルドルフとは違う空気を纏い、ナリタブライアンとは違う強さを確立させたミスターシービー。それを間近で見れる機会などもう滅多に存在しない。そして、今チェイスと走る事になるのだが―――

 

「チェイスの奴、落ち着いてんなぁ……」

「お、大物ですねチェイスさん……」

「いやあれは単純にシービーの凄さが分かってねぇだけだ、どっちかと言えばバカ者が近い」

 

そんな事はあまり言いたくはないのだが、ミスターシービーの凄さを理解出来ていないのならばバカ者という表現は寧ろ的確に近い。それでもそれがチェイスの持ち味なのかもしれない、バカと鋏は使いよう。逆に言えば全く緊張せずにナチュラルな状態で居られている、つまり無駄に力み過ぎないという事だ。

 

「よし、準備OK。それじゃあチェイス、走る?」

「胸をお借りします」

「いいよ~、アタシの胸を存分に貸したげる。それじゃあミスター・トレーナー合図宜しく」

「お、おう」

 

隣に並び立つミスターシービーとマッハチェイサー。実力差は明白、何方が勝つのかと言われたら誰もが即座にミスターシービーというだろう、だが、それでも結果はどうなるのだろうかという気持ちを抑えられない。何方が勝つのかではない、どんなレースを見せてくれるのかという事が気になってしょうがない。震える腕を抑えながらフラッグを構える。

 

「よぉ~いッ……スタート!!!」

 

力強い言葉に振られたフラッグ。それと同時に走り出していくチェイス、そしてミスターシービー。共に走り出しは好調、両者ともに追い込みの位置を取っている故かほぼ横並びの状態が続いている。

 

「チェイスさん、得意の追い込みの位置だけど……シービーさんも同じ」

「同じ追い込み同士の対決、如何なんだろうな……」

 

同じ戦法を得意とするゴールドシップも今回の対決は楽しみにしていた。自分の戦法に組み込むなんて事は一切考えていない、彼女は既に自分の走りを確立させているしそこに他者の技術が介在する隙間も存在しない。故に唯の興味だ、ウマ娘に追い込みを得意とするものが他と比べて少ない故の興味。

 

「―――っ……」

「いい走りね」

 

隣を走る相手が自分の走りを評価する、それは素直に嬉しい事だがチェイスは走り辛さを感じてしまっていた。典型的な追い込み型である上に何かを追いかけるという意識が強くあるチェイスにとって前方に何もおらずほぼ真横に並走されている状況は息苦しさにも似た何かを覚える。

 

「(落ち着くんだ、ミスターシービーさんは私と同じ脚質だ。時が来たら確実に仕掛ける……ならばそれより前に仕掛けるべきなのか、いや一緒のタイミングで……それともそれより後に……!?)」

 

初めて感じる重圧(プレッシャー)がチェイスの心を揺さぶっていく。感じた事もない感覚が内臓を締め付けるような痛みを作り出す。純粋な混乱が頭の中を支配し始めていく。経験の無さがチェイスの中にあった何かを壊して不安を掻き立てていく、本当に自分の走りが出来るのかと不安でいっぱいになる。

 

「さてっ―――そろそろかな」

「(来るっ!!?)」

 

その時、チェイスは―――逃げた。無意識だったかもしれないが、溜め続けていた力を解き放ってしまった。兎に角前へ、前へと思いながら駆けだした。だがミスターシービーは一切仕掛けていなかった、彼女は依然遥か後方にいた。そして―――チェイスはそのまま逃げ切ってミスターシービーに大差を付けて先にゴールする事が出来たのだが、全く嬉しさの欠片も得る事も出来ずに唯々、極まった心を落ち着けるが為に荒い呼吸をする。

 

「うん、あの位が限界だと思った。まだまだ経験が足りないみたいね」

「ッ……じゃあ、あの時の言葉って……」

「そう言う事」

 

あれはスパートのタイミングなどではなく、自分が重圧に耐えきれなくなるタイミングだった。それは事実であり、あの言葉が無くても自分は駆けていた事だろう。

 

「でも走り方は綺麗だしスパートの掛け方も上手い。ルドルフが目を掛けるのも分かるわ」

「有難う、御座います……」

「次は私が貴方の前を走ってあげる、それで比べてみましょうか」

 

何処か呆然としたような頭を動かしながら、休憩を入れてからもう一度走る。宣言通りにミスターシービーはチェイスの前を走る事になった、位置としては追い込みだが、前を塞ぐように走っているのにチェイスは先程よりも極めて心が楽だった。

 

「これなら、ずっとっ―――チェイサー!!」

 

今度こそ、自分の走りを……!!と言わんばかりに駆け出す、此処から一気に行く!!と思った時だった、全く同時のタイミングで彼女もスパートを掛けた。それは信じられない速度だった。今度こそ万全の走りを出せると思った自分の想いを一蹴するかのような途轍もない追い込みをかけた、自分のチェイサーとは比べ物にならないそれに言葉を失ってしまった。

 

「―――」

 

サイレンススズカの時よりも圧倒的な力の差を感じた、だが自然と身体に力が入るようになる。同時に世界から音が、色が消えていき身体を滑るように抜けていく風が身体と一つになっていく。そして―――目の前のミスターシービーのみがハッキリと見える、もうそれしか見えなくなった時にチェイスの瞳が輝いた。

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!!」

 

猛追、既に200mを切っているミスターシービーをチェイスも凄まじい勢いで追い掛けていく。サイレンススズカに迫った時を思わせるような途轍もない走りを発揮する姿は音速の追跡者の名に恥じない走り―――だが、ミスターシービーとの差をそれ以上広げないのが精々であり、そのままチェイスは15身という大差を付けて敗北を喫した。

 

「うん、今度は良かったよ。あれが君の本来の走りだね」

 

倒れこんでしまっているチェイスの傍まで寄りながら評価をする。今度の走りこそチェイス本来の走り、既に完成は見えているがチェイス自身が弱い為に揺らぎが生じやすいのが弱点だと指摘する。それは突然この世界に入ってきた故の弱点だろう、だがそれはもっともっと練習すれば克服出来る程度の物。

 

「チェイス、君は追跡者だけど同時に逃亡者でもある。警官だからって逃げに苦手な意識持っちゃ駄目、前に出て犯人を止めるのも警察だと思う」

「―――そうか……確かに」

「まずはそこの改善ね、後チェイス―――貴方は走る事は好き?」

 

唐突な質問、だがチェイスは直ぐに答える事が出来た。

 

「……中央に来るまではあまり好きではありませんでした、でも……走る楽しさを知ってからは好きになってきました」

「うんなら合格。なら、今度は勝てるかって不安にならない位に勝つって思う事ね。それが貴方に必要な事」

 

御呪いを掛けるように額を軽く指で押しながらチェイスに言った。

 

「これからはそれを意識しなさい、そうすれば貴方は前に進める。分かった?」

「はい、とても」

「それならよし」

 

そう言いながらミスターシービーは笑った。その笑顔に思わず見惚れながらも頬を赤くしながら、立ちあがった。

 

「あの、ミスターシービーさん……もっと一緒に走って貰えませんか?」

「勿論いいわよ、言ったでしょ存分に貸してあげるって。後シービーで良いわよチェイス」

 

それからチェイスはミスターシービーと共に走り続けた。スピカのメンバーも混ざりながら走ったが、途中からチェイスは心からその時間を楽しむようになっていた。こんなにも走る事が楽しいなんて想いもしなかったのか、弾けるような笑みを浮かべている彼女をみてミスターシービーは笑みを零した。

 

 

 

「如何だったシービー。チェイスは」

「いい子だった、気に入っちゃったかもね」

「おやおや、君にそこまで言わせるとは何か感じる物でもあったかい」

「内緒♪」




良く分かんないけどシービー書くの凄い楽しかった。
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