音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第26話

「失礼します」

「おおっ~チェイス!!どうしたんだ態々こっち迄顔出すなんて珍しいな!!」

 

カノープスの部室、最早所属チームよりもずっと馴染んでいる故か部室を開ける動作にも戸惑いなども一切無く自宅に帰って来たかのような自然を伺える。確かにこれは沖野トレーナーも複雑な顔をするな、と南坂トレーナーは思う。ツインターボのチェイスを勧誘しよう!!というのも強ち洒落にならないのではないだろうか。

 

「日頃のお世話になっておりますので本日は私の地元の名物を作ってまいりました、是非皆さんでお食べください」

「これはこれは、態々すいません。確か島根の出身でしたよね、となると……源氏巻ですかね」

「はい、私の町の名物の天倉巻です」

 

常日頃からお世話になっているツインターボ、そしてカノープスの為にチェイスが全て一から作った特製の天倉巻。尚、まだスピカのメンバーには作っていない。彼女の中ではスピカよりもカノープスの方が優先順位的には高いらしい。

 

「トレーナー今直ぐ食べたい今直ぐ!!」

「そうですね、丁度作戦会議をする所ですし美味しいお茶請けにはピッタリですね」

「糖分を同時に摂取する事で会議の効率もより増す事でしょう」

「いやぁ~こりゃナイスタイミングだったねぇ~」

「有難うね~チェイスちゃん、折角だから一緒に食べようよ」

 

作戦会議をするというのに他のチームを平然と誘うマチカネタンホイザ、だがそれに一切異論が挟まれない辺り本当に馴染んでいるチェイスなのであった。トレーナーも全く反論をしないどころか賛成してしまっている。だがチェイスはそれを申し訳なさそうに断る。

 

「申し訳ありません、私はこれから勝負服の試着をしなければいけないのです」

「おおっ勝負服とな!!?ターボも、ターボも見たい!!」

「ターボさんはこれから会議ですよ、ターボさんが会議をすると言ったんじゃないですか」

「ムッ~……」

 

勝負服は格付け最上ランクのGⅠレースにて着用する特別な衣装。どんな衣装であろうとも、ウマ娘の神秘で力が漲るらしく例え着物のような動き辛そうなものであろうとも、どんなに嵩張るような衣装でも寧ろ力が漲るらしい。そして全国トップクラスの猛者達が集うトゥインクル・シリーズでも、GⅠレースを走る栄誉に与れる者はほんの一握りであり、自分の勝負服を手に入れることはウマ娘達にとって大きな名誉。

 

「チェイスの勝負服かぁ~……どんな感じなんだろうね」

「まあ少なくとも私の兄が破廉恥云々とは騒がない物です」

「ハハハッ……兎も角チェイスさん、天倉巻を有難う御座います」

「はい、言ってくださればまた作りますのでどうぞお気軽に。それでは失礼します」

 

丁寧に頭を下げてから退出していくチェイスを見送る、本当に出来た後輩だ……と皆が思う。ツインターボが先輩と呼ばれて慕われている事に酷く感動して嬉しがるのもよく分る。

 

「ねぇねぇっトレーナー早く食べよう!!」

「そうですね、それでは早速……ネイチャさん、お茶の準備をお願いします」

「はいは~いネイチャさんにお任せ~っと」

 

カノープスは天倉巻を食べながら作戦会議をする―――筈だったのが、チェイスが丹念に作った天倉巻は想像以上に美味しかったのか普通におやつの時間となって皆でほのぼのとした時間を過ごしてしまった。

 

「あっこれこし餡と白餡だ、甘さがいい塩梅だし分量も考えられてて後味もスッキリだね~」

「こっちは抹茶にチョコクリーム!!ターボこの組み合わせ好きだってチェイス覚えててくれたんだな!!」

「此方は粒あんとこし餡……スタンダートな組み合わせですが、なんという王道で深い味わい……」

「これは……抹茶に白餡!!これもおいひぃ~♪」

「お茶と合いますねぇ……」

 

 

 

「……うん、サイズはピッタリです。私の希望通りのデザインで満足です」

「しっかし……そこまで似るかねぇ……」

 

勝負服の試着を終えたチェイスはフンスと鼻息を少し荒くしながらもご満悦であった。届いた勝負服は自分の思い描いた通りのデザインと備品と納品された、何もかもが完璧すぎる。そんな満足なチェイスを見る沖野は勝負服のデザインを見てミホノブルボンを想起した。デザインが似ているという訳ではないが、方向性はかなり同じな印象を受ける。

 

「後は……あれが届けば問題はありませんね」

「あれって全部あるだろ」

「いえ、父さんからあれが届いておりません」

「クリムさんからって……何を」

 

そう問いかけようとした時に、試着室の扉をノックする音が聞こえて来た。誰かと思いきや、入ってきたのは秋川理事長とたづなであった。

 

「ウムッ失礼するぞ!!マッハチェイサー、勝負服は気に入ったかな!?」

「最高の出来です」

「それは良かったですね」

「しっかし、防具面も確り完備するとか珍しいな」

 

チェイスの勝負服の各部には身を守る為のプロテクターが入っている。そう言った物を勝負服に付け加えるウマ娘はいるが、そういうのはレースによる怪我を経験したウマ娘やレースに対する恐怖心を拭えないウマ娘が使う物。だが最初からそれらを完備しているのか酷く珍しい、が此処でチェイスは真面目な顔で言う。

 

「何を言ってるんですか、あれだけの速度で走るんです。寧ろプロテクターの類は必要不可欠です。GⅠレースは特に激しいレースなのですからその辺りの警戒も必要だと私は思います」

「ウムッ正論!!怪我はしてからでは遅いのでそれらの警戒は重要!!」

「規約にもプロテクターの類は禁止されておりませんし、寧ろ推奨はすべきだとは思います」

「まあ確かに……」

「おっと忘れる所であった!!マッハチェイサー、君の御父上からだ!!」

 

理事長は下げていた袋から箱を取り出すとそれをチェイスへと手渡す。沖野はそれを聞いて興味を惹かれた、クリムからの贈り物。しかもチェイスの話からすると勝負服に関する事だと思われる、一体何なのかと思っていると中を開けてみるとチェイスは大いに顔を輝かせながらそれを宝物のように胸に抱きしめた。

 

「やっと、これで私は本当のマッハチェイサーになれる……」

「本当のって何なんだ、というか何で理事長が渡すんです?」

「ウムッ本来ならば通常通りに渡しても良いのだが、勝負服に関する事ゆえURAの検査が入っていたのだ。後々からやっかみを掛けられるのは嫌だろうと思って私の方で手を回しておいた。そして、結果として全く問題なかった。寧ろURAの調査委員会は目を丸くしていたぞ、こんな物を娘の為に作るのか!?とな」

「おいチェイスみせてくれよ益々気になって来た」

 

興味をそそられるが、チェイスはそれを勝負服が入っている袋に一緒にしまいながら胸に抱きながら笑顔でウィンクしながら拒否する。

 

「ホープフルステークスでのお楽しみです♪まあ期待しててください、最高の絵になりますから」

「余計に気になる……」


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