音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第29話

「フゥッ……」

オツカーレ!!

 

バイザーを上げてからドライバーからシフトライドクロッサーを引き抜く、変身が解除されて勝負服からジャージ姿へと戻る。

 

「お疲れさんチェイス、やっぱ草臥れたか?」

「エンターテイナーっていうのは誰かに夢を与えるのが仕事ですから、その分の疲れは必要経費です」

「なんというかまあ、お前って本当に大人びてるよな」

 

隣に立つ沖野はレースの疲れもあるだろうに報道陣に囲まれて質問などに応えたチェイスを労うようにニンジン味のスポーツドリンクを差し出す。一瞬ニンジン味か……と顔を歪めそうになるが、折角の心遣いなので何も言わずに飲み始める。

 

「にしても本当におめでとう、これでお前は無敗のジュニア王者だ。次はいよいよ―――クラシックだ」

「クラシック三冠……その為のスタートダッシュは良い感じに出来たと思っていいんですよね」

「勿論。というか、まさかお前が此処まで来るとは思わなかったぞ俺。流石に幾つかは負けるって思った」

 

チェイスの走りが此処までの物というのは正直想定外なのか、流石の沖野も肩を竦めてしまう。幾つかは負けはするが、それを糧にしてさらに成長すると思っていた。だからこそツインターボやサイレンススズカと言った格上をどんどんぶつけていった。それにこそ負け続けているが公式レースでは無敗。それで居ながらまだまだ底が知れない、これはひょっとしたらひょっとするかもしれない。

 

「でも私はまだまだ走れる、まだまだ……」

「向上心があって何よりだな。まあ兎に角今は少し休め、ウイニングライブまでまだ時間はあるから控室で休憩しとけ。クリムさん達は俺が呼んできてやるから」

「すいません、トレーナーさんだって取材でお疲れでしょうに」

「お前さんに比べたら大したもんじゃねえよ」

 

そんな事を言いながらチェイスを控室に待たせながら、沖野はクリム達を呼びに行く事にする。椅子に座りながら一息つきながら、残ったドリンクを飲み干す。

 

「やっぱりスポドリにニンジンは合わねぇよな……」

 

そんな愚痴を零していると扉がノックされる、沖野ではない。流石に早すぎるだろうし声位は掛けるだろう。少しばかり警戒しながら扉を開けてみるとそこには眼鏡を掛けたスーツ姿の男がニコニコとしながら笑いながら自分を見て声を張り上げた。

 

「どうもマッハチェイサー、いやぁやっぱり彼の娘だ。目元がよく似ている」

「何方でしょうか」

「おっとこれは失礼、私は警視庁で捜査一課課長をしている仁良 光秀という者だ」

「警察……何か御用ですか」

 

チェイス自身、その名前に覚えがある訳ではない。前の人生では実に覚えのある名前だが、此方は初見の名前に首を傾げる。それを見て仁良は一瞬戸惑ったようにしつつも笑みを崩さないようにしながらまるで親戚の子供を可愛がるような口調のまま近づいてくる。

 

「いやいやいや、泊巡査から話ぐらいは聞いていたんじゃないかな?彼が警視庁に居た頃の上司なんだよ私は」

「いえ全く」

「……まったく?」

「欠片も聞いた事がありません」

 

何処からかピシッ……という音が聞こえてくるようだった。仁良が持っている扇子に力が掛かって歪んでいく。チェイスは本当に聞いた事がない、進之介と霧子から全く聞いた事も無ければクリムからも聞いた事がないのでそうしか答えるしかない。

 

「ま、まあいいさ。君のお父さんには目を掛けていてねぇ……」

「結局貴方は何の用で来たんですか。私はレースと取材の後で少し疲れているんです、手短に願います」

「(このガキ……!!)」

 

警察官と聞けば普通の人間ならば怯んだり遜ったりする筈なのに全くその素振りをしないチェイスに内心で苛立ちを募らせる。そもそも警察に疚しい気持ちが無ければそんな態度を取る必要はないし毅然とした態度で居ても問題はない。

 

「では手短に……君の活躍は実に素晴らしかった、だがクラシックでもそれが続くとは思わない事だね」

「それは何か事件性があるという事ですか」

「―――はっ?」

「貴方は警察という立場を明かして私に話をしに来たのでしょう、ならばそのような意図が無ければ不自然です」

 

父と母が警察官だっただけあって警察への理解度は高い、故に無駄に怯えないしそれが来ている事は深刻に受け止めるチェイスに仁良は呆然とした顔を向けてしまった。

 

「必要でしたら私の方からトレセン学園の理事長を通してURAに話を通させて頂きますが」

「い、いやその必要はない!!事件性なんて全くない!!」

「ならば何故、警察官という立場を明かした上でそのような発言をしたのですか。私への警告や脅しのつもりですか」

「い、いやそれは―――」

私を無礼るなよ

 

瞬間、チェイスは本気でキレた。自分が尊敬し本気でなりたいと思っている警察官という立場をこの男は悪用しているに近い、そしてそれを使って自分を脅迫しようとすらしていたのかもしれない。それが断じて許せる事などではない。顔に影を作りながらの低く唸るような声と共に出される迫力に仁良は思わず情けない声を出しながら後退りしていく。

 

警察だと言えば、父さんの上司だと言えば私が信用すると思っているのか。ふざけるのも大概にしろ

「―――っ……!!!こ、こここ、後悔するぞ!!お前はクラシックで無様に負けて地べたを這いずるんだ!」

 

腰砕けになりながらも控室から逃げるように飛び出して行く仁良、それをチェイスは鼻で笑いながらも改めて椅子に座り直しながら緑茶を淹れて一息つく。

 

「お父さんもあんな上司の下だったなんて、苦労したんだろうな……でもだから天倉町であんな笑顔で警官をしてたのかな」

 

―――チェイス、お父さんはこの町で警官をやって本当に良かったと思ってるぞ。

 

「私も、お父さんみたいな警官になりたいなぁ……」

「成れるさ、君ならね」

 

そんな言葉を呟いた時、クリムが笑顔で此方を見つめていた。如何やら完全に扉が閉まっていなかったらしく独り言が聞かれていたらしい。恥ずかしいと思っていたら控室にツインターボを始めたとした皆が一気に入って来た。

 

「チェイスぅぅぅ凄いカッコよかったぞ!!あのドライバー、ターボにも使わせて!!」

「あっズルいぞ俺だって使ってみたいんだ!!」

「あ、あのチェイスさんおめでとう」

「よぉっチェイス、友人2号と3号がお祝いに来てやったぞ!!」

 

直ぐに騒がしくなっていく控室にチェイスは噴き出しながらも直ぐに満面の笑みを作ってダイブしてきて抱き着いてくる兄を受け止めながら、その愛に包まれた。例えどんな事になろうと自分は無様になんて終わらない、こんなにも自分の事を想ってくれる人たちが居るんだから。

 

 

 

 

「いいか、分かってるな!?クラシックで絶対にあいつの娘を倒せ!!」

「お前に言われるまでもない、というかお前はもう顔を出すな。私の品位が落ちる―――マッハチェイサー、貴様の速さなど私の輝きで潰してやる」

 

 

「う~ん正しくNice drive!!クラシックであの子と走る日が来るのが楽しみ。まあ私は天皇賞狙いだけど―――さてと、あんなレースを見せられたら昂ってしょうがないから走って帰るとしましょうか、Start my engines!!」




演者さんは兎も角、ドライブの中でも屈指の悪人登場。

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