音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第3話

「んっ~やっぱりこの町は空気良いなぁ~……」

 

長い旅を終えてきた旅人のように身体を伸ばしながらも空気の良さを感じつつ、肺一杯に吸い込む。まさかこれほど早く此処にやって来る事になろうとは思いもしなかった。あの後、直ぐに予定を確認しつつ理事長に直談判して許可を取り付けると民宿の予約を取った。今日という日を本当に待ち望んだと言わんばかりに心は晴れやかだった。

 

「確かにこれは空気が美味い。千山万水、豊かな自然でなければ此処までの良い空気は感じ取れないな」

「そうですね、来たばかりというのに既に良い所というのが理解出来ます」

 

前回と違う点を上げるとすれば同行者がいるという事だろう。しかもその同行者が日本のウマ娘の皇帝とも呼ばれるシンボリルドルフ、史上初の無敗でのクラシック三冠達成、優れた戦歴とその凛とした容姿から皇帝の異名で知られる。勝利よりも、たった3度の敗北を語りたくなる程の存在。そしてもう一人は女帝と呼ばれ、シンボリルドルフと同じチームリギルに所属し、自他ともに厳しく人望を集めるエアグルーヴ。何方も中央を代表するに相応しいウマ娘だ。

 

「にしても……お前達がスカウトに同行して来たとか分かったら卒倒するんじゃねぇかな……」

「沖野トレーナー、私達の事は気にしないでくれ。私はスカウトに首を突っ込むほど野暮ではない」

「同じく、其方は其方ですべき事に集中してくれ」

「いや無理だろ、皇帝と女帝が一緒に来てんだぞ。気にすんなってのが無理だ」

 

その世界のレジェンドと言えるウマ娘、そしてそれに引けを取らない程の実力者を連れてスカウトに来たなんてされる側からしたらプレッシャーが半端ないだろう。安請け合いをしてしまったが、これは失敗だったかもしれない……と沖野は少しばかりため息を吐いた。

 

「野暮用処か大事になっちまったなぁ……」

「失礼、予約をなされた沖野殿で宜しいか」

「ああそうだけど」

 

と思わず反射的に返事をしながら振り向いてしまった。そこには民宿の予約ページにも乗っていた金髪の男性が居た。同性から見てかなりの美丈夫、紺色の甚兵衛に身を包んでおり、金色の髪は星のように輝いており甚兵衛との相性は極めていい。予約者だと分かると笑みを強みながら力強く歓迎!!と言い放った。

 

「よくぞ来てくださった、ようこそ天倉町へ!!」

「ああどうも。沖野です」

「名乗らせて頂こう、私の名はグラハム・スタインベルト。この天倉町を愛する男だ!」

 

何とも強い圧を感じる、そして凄くテンションが高い。自分のチームスピカのゴールドシップに何か近い物を感じる。

 

「おおっ其方のお嬢さん方もそうかな?」

「ええ、シンボリルドルフです」

「同じくエアグルーヴです」

「フム、シンボリルドルフ殿にエアグルーヴ殿だな。良し覚えたぞ、今回は我が家の民宿のご予約を感謝致そう!!」

 

シンプルに歓迎してくるグラハムの圧もこの二人からすればそこまでの物ではない。レース中に掛かるプレッシャーはもっと凄まじい物なのだから。だが、如何にも違和感を覚えた沖野。この位の反応で済ませるのか、いやそれとも事情がある事を察してそういうフリをしてくれているのだろうか。だが―――それなら覚えたなどというだろうか。

 

「では早速出発するとしよう、いや我が家に向かう前に何処かに寄るのも問題ない」

「いや大丈夫です」

「では早速向かうとしよう!!」

 

そう言いながら車を回してくるから暫し待たれぃ!!と走っていく後姿を見送りながらシンボリルドルフが愉快そうにクスクスと笑い声を出した。

 

「何とも愉快な方だな、この民宿は思った以上に当たりかもしれないな。楽しく過ごせそうだ」

「随分と賑やかでしたね……私は少し苦手かもしれません」

「有難い限りだと思ったらいいさ、何せ私達を唯のウマ娘として扱ってくれるようだ」

 

自分の感じていた違和感は矢張り感じていたらしい。シンボリルドルフの知名度はハッキリ言って途轍もない、ウマ娘で知っている名前を上げろと言われたら真っ先に出ると言っても過言ではない程。だが、グラハムはそんな彼女を目の前にして覚えたといった、まるで全く知らないように。

 

「此方がオフであるという事を理解しているのでは」

「それはそれで有難いだろう」

「そうでしょうが、会長を知らないなどあり得ません」

「まあ普通はないわな」

 

今の二人は完全なオフとして髪型も変えているし伊達眼鏡を掛けて変装している。彼女ら程の有名人になれば要らない者が着いて来かねない、実際トレセンを出てからはそれを撒くのに苦労した。だが、此処ではそんな視線は一切感じないしグラハムもそんな素振りを感じさせない。心からリラックス出来そうだ。

 

「お待たせした!!では乗車されよ!!」

 

グラハムが回してきた黒いミニバンに荷物と共に乗り込むと直ぐに発進される。ハンドルを切りながらグラハムは天倉町についての事を話してくれた。此方が退屈せぬように配慮しつつも如何にこの町が素晴らしいのかを誇らしげに語り出した。

 

「天倉町は典型的な盆地にある町、それ故のこの辺りは交通の便は宜しくないが故にそれを求めて多くの人がやって来る。都会では味わえない程に静かな時間が長く、何も喋らずにいれば自然の音が耳を心地良く刺激する。近くには清流も流れており、そこで泳ぐのもまた素晴らしい!!そして清流で取れる鮎の塩焼きなどもう堪らずにそれだけを求めてリピーターも多く訪れる程!!」

「確かに此処まで静かな場所でのんびりするのは気持ちよさそうだ」

「ウマ娘であるならば早朝の時間帯に軽く走るのもお勧めしておこう!!早朝の冷たくも清々しい空気の中、川沿いを走るなど最高の贅沢と言っておこう!!!」

「ず、随分と語るのだな……」

「当然!!私はこの町に心奪われた男だからな!!」

 

この町の事を語る時の彼の顔は酷く輝いている、極めて愛郷心が高い―――のだろう。この町に心奪われたと自称しているが、本当に心奪われているのだろう。そして話した川沿いを行く中で田園の中を走っていく。山々に囲まれた中にある田、季節になればこの辺りは金色の稲穂で波打つ。是非それを見て欲しかったと残念がっている。

 

「グラハムさんは民宿の経営を仕事にしてるんですか」

「否、私の本職は米農家だ」

「こ、米農家!?」

「ハハハハッ!!言っただろう、私は波打つ金色の大地に目を奪われたのが切っ掛けなのだ!」

 

車を運転するモデルも顔負けな美丈夫がまさかの米農家というのは驚きでしかない。だがそうなると本当にこの町を愛しているのも納得がいく。そんな中で到着したのかミニバンは一件の家の敷地へと入っていく。それなりに大きい家で降りてみると直ぐに一人の男性が出迎えてくれた、眼鏡を掛けた温和そうな男性、彼もホームページで見た人だ。

 

「Welcome.ようこそ我が家へ。私はクリム・スタインベルト、民宿を経営する傍らで研究をしている物好きだ」

「どうも今回はお世話になります、沖野です」

 

沖野は握手に応じる。同じように甚兵衛を羽織っている外国人、だがその日本語は極めて堪能で時折英語が混じる位で会話は全く苦労しない。彼はグラハムの父親という事になるらしく息子のハイテンションぶりに迷惑しなかったかと気を遣ってくれる。

 

「兎も角、お泊りの間は心を込めて御もてなしをさせて頂くつもりだ。ウチにはウマ娘の一人娘が居るのでね、男所帯だがその辺りは弁えているので安心してくれて構わないよ」

「ウマ娘……そうか予約ページに居た彼女ですね」

 

知っているのだが、如何にもそこまで知らないように話す様に沖野は少しワザとらしさを感じるが、クリム氏は気にする事もなく当たりだと応える。

 

「Exactly.今夜は娘が腕によりをかけてご馳走を作ってくれる、是非楽しみにしてくれたまえ」

「それは夜が待ち遠しい。折角料理を準備してくれるのであれば、出来ればその子にもご挨拶をしたいのですが」

「今は少し出ていてね、もう直ぐ帰って来るとは思うだが……」

 

腕時計を見つめながらそう言っていると規則正しい足音が聞こえてくる、道路へと目を向けてみるとそこには一人のウマ娘が何やら箱のようなバッグを背負いながら帰って来た。シンボリルドルフとエアグルーヴは本当にミホノブルボンに似ていると思うが、沖野を見てあれ?と表情を変えながら首を傾げる姿に確かに別人だと感じる。

 

「以前道案内をした東京の方、ですよね」

「ああ、覚えててくれたか。約束通りに天倉町を楽しませて貰いに来た」

「そうですか、それで態々ウチを……遠い所へようこそいらっしゃいました」

 

頭を下げる彼女に沖野は少しばかり気になっていた事を尋ねてみる。

 

「聞いてもいいか、そのバッグってもしかして……」

「ウマ娘対応型の運搬用バッグです。ヘルプを頼まれましたので」

 

如何やら最近流行っているウマ娘宅配サービスとは別の物らしい、以前急に姿を消してしまったのもこのヘルプだったのだろうと沖野は自己完結した。そんな中で他の二人を発見して其方にも頭を下げた。

 

「本日は我が家の民宿をご利用頂き有難う御座います。私は本民宿の看板ウマ娘兼料理長を務めておりますマッハチェイサーと申します」

「では敢えてもう一度言わせて貰おう、グラハム・スタインベルトであると!!」

「では私も流れに乗って、クリム・スタインベルト」

『ようこそ天倉町へ!!』




何でグラハムにしたかって?

暴走が想像しやすいのと脳内再生が余裕だから。
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