「いや本当にすまん!!つい、うっかりしてて忘れてたんだ!!」
「まあもう良いですけど……移籍考えるか……」
「っ!?」
「冗談です」
割かしジョークにならない事が多いチェイスのギャグ。警察官志望の彼女のそれは本当にギャグじゃすまないのでは……という含みがあるので油断できない。
「ですけど連絡事項は確りとしてください、私が居なかったらどうするつもりだったんですか」
「いやそれはホントすまん……ゴルシの奴に色々とされて疲れてて……」
「またゴルシ先輩か」
「宝探しだっていきなり拉致られたと思ったらマグロ漁船に乗ってて、マグロ釣りあげたらゴルシが寿司屋の板場に立ってて俺に寿司握って出してきて、それが美味いと思ったら……」
「よし、私が悪かった」
今回ばかりは勘弁しておく事にしよう。沖野も色々と苦労しているらしい、というかチェイスによって拉致勧誘が無くなった分の拉致が沖野へと向けられたと行った方が正しいのかもしれない。まあ今までが今までだったらしいのでその責任だと思って貰おう。
「だとしても取材が今日なんていきなり過ぎます。全く……それで結局私は何をすればいいんです?」
「まあ簡単な質疑応答と普段の練習の様子の取材とかだから普段通りで大丈夫だぞ」
簡単に言ってくれるが自分は取材なんて初めてどうしたらいいのか全く分からない、天倉町の地元新聞の記事作りに協力した事はあるがそれはあくまで取材する側の話、今回は全く役に立たないのである。
「ああそうだ、今回の取材のカメラマンさんがもうすぐ来る筈だぞ」
「カメラマンって写真も撮るんですか……まあそっちは慣れてますけど」
「取材だから当然だろ、ホームページとかにもお前さんの写真あったしそういうので慣れてるのか?」
「いえ、私の叔父さんが現役でカメラマンなんです」
それは初耳だった。と言っても自分が知っている事なんてクリムとグラハムの事ぐらいだし、その二人の事も詳しくは知らない身なので何とも言えないのである。曰く、まだ父と母が存命の頃は良く被写体として撮られていたらしく、その影響で自分は映り映えする角度やポーズなどに詳しいのでそれらはパドックやインタビューなどで活用しているとの事。
「道理で随分とカメラ映りが良かったりタイミングよく振り向いてウィンクする訳だ」
そんな事を言っていると部室の扉が叩かれる、約束の時間にピッタリ。沖野が扉を開けるとそこには白いジャケットを羽織りながらも首から一眼レフカメラを提げている若々しい男性がいた。
「どうもっ!!今回の取材でのカメラマンを担当する者ですけど」
「ああ、話は伺ってます。時間ピッタリですね」
「そりゃ時間を守るのは社会人として当然ですから―――」
と直後に男性は風のように部室へと入るとチェイスの前へと行くとそのままチェイスを深々と抱きしめた。
「んなぁっ!?」
突然すぎる行動に呆気に取られる沖野、まさかこんな堂々とウマ娘にこんな事をするなんて……と思いながらも直ぐに対応しなければと動こうとした時に変化があった。突然の事に驚いていたチェイスだが、直ぐに穏やかな顔を作るとその男性の背中に手を回して抱きしめ返した。
「ああっ……本当に大きくなったなぁ……元気そうで姉ちゃんや進兄さんも喜んでるよ……」
「剛叔父さんもお元気そうで……また逢えて嬉しいです」
何処かしんみりとした空気が流れるが、叔父さんという言葉に反応するようにチェイスから離れながらもチェイスが良くする回転してからの腕を組むポーズをしつつ抗議するような顔でチェイスに言葉を掛ける。
「おいおいおい、俺はまだまだ若いっての―――見た目がな!!いやぁ結構なダンディな歳だけどそのギャップでアメリカでも結構モテモテなんだぜ?」
「剛兄さんは昔からモテてましたからね、というか何時の間に日本に帰って来てたんですか」
「ついこの間だよ、お前の写真を是非って頼まれてな」
「おみくじってこの事か……」
「おみくじ?」
「いやなんでもないです」
何だよ言えよ~と言いながらも少々乱暴だが可愛がるように頭をグシャグシャと撫でられるチェイス、それに耳はピクピクと動いて尻尾は嬉しそうに揺れている。沖野からしたら一体何の事なのか全く分からないのだが、ワザとらしく咳払いをしてこっちに気付いて貰う事にした。
「えっと……チェイス、お知り合い……なのか?」
「知り合いというよりも私のお母さんの弟、詰まる所私の叔父さんです」
「どもっ!!改めまして現在超絶売れっ子カメラマンの詩島 剛、んでチェイスの叔父さんやってま~す。宜しくぅ!!」
キレッキレのポーズをしてみせる姿は何処かレース後のポーズを取る姿に似ている、如何やらチェイスの元々のポーズは彼の物をリスペクトした物らしい。いきなり過ぎてビックリしてしまったが家族という事ならば先程の抱擁も理解出来る。
「改めましてチームスピカの沖野です、今日は宜しくお願いします」
「どうも~まあ俺に任せておけばチェイスの写真なんて問題はないって。なんせチェイスがおむつを替える時からずっと写真お"う"ぅ"っ!!!?」
「―――なんか言いましたか剛兄さん」
「な、何でもございません……」
得意げに語ろうとした内容が余りにもあれだったので脇辺りに重々しいエルボーが突き刺さった。かなりの力の一撃だっただろうに、苦しそうにはしているが普通に立てている辺り、相当に鍛え込んでいるという事を察する事が出来る。
「ああそうだ、俺の他にもう一人一緒に来てるぞ」
「えっ?」
「だってお前レースでドライバー使っていいパフォーマンスしたろ、そのインタビューもあるだろうから設計者も連れて来た」
「それってクリムさんですか」
「あれ聞いてねえの?あのドライバーってクリムだけで作った訳じゃないんだぜ」
それについてはチェイスも初耳だった。確かに作って欲しいというのは頼みはしたが、詳しい進捗は聞いてはいなかった。なのでクリムが一人で作ったものだと思っていた。そんな事を想っていると部室の扉が開け放たれた。それは立派な髭を蓄えながらもバイクのヘルメットとゴーグルを装着したままの何処かご年配の男性だった。が、その人もチェイスの姿を見るとゴーグルを外しながら大きく笑いながら彼女を抱きしめた。
「HAHAHAHA!!Hey チェイスちゃんお久~しぶり~!!」
「ハーレー博士……!?世界旅行中じゃなかったんですか!?」
「剛ちゃんと一緒に来たんだよ~また綺麗になっちゃって~」
その男性はクリムの恩師でもあるハーレー・ヘンドリクソン。チェイスにとって祖父のような人であり、良く懐いていたがある時から世界旅行に行くと言ってから音信不通だった。クリムと同じかそれ以上の科学者なのでマッハドライバーについては実は此方にお願いしたかったが、連絡が取れなかったのでクリムにお願いしたという経緯もある。
「さてチェイスさん、今回は取材でもあるんだよ」
「えっ何でハーレー博士が……?」
「あれ知らねぇのチェイス、博士は世界中巡りながら色々本出してんだぜ。旅行本とかウマ娘に関する研究発表とか……んで今回は俺と博士が取材するんだぜ」
「……ええ~!!!?」
流石のチェイスも大声を上げてしまった。まさか取材というのが最早身内と言っても過言ではない人達からの物だとは思いもしなかった。おみくじの『連絡もせずに、急に訪れる人に幸運のチャンスがあります』というのはこういう事だったのか……と内心で驚くのであった。
「月刊トゥインクルの編集長と私は仲良しでね、私がチェイスのほぼ身内だと言ったらすんなりOKが出てね!!」
「代わりに来る筈だった乙名史ちゃんは最優秀ウマ娘の所に行ってるらしいな」
「あ~そっち行ってんのか」
「―――という事ですね!!素晴らしいです!!」
「いやそこまでは言ってない、というか何なんだこの記者は!?私の発言を正しく取材する気はないのか!!?」
最優秀ウマ娘に選ばれたウマ娘は、超絶パワフル且つ妄想の入った解釈をする記者に全力で振りまわされていた。