「なんでこんなにあっという間に大騒ぎになってるんですかね」
「他の子にはいい刺激になるから元々タイキとエルの模擬レースの予定は告知はしてたのよ」
「いやそっちは良いと思いますよ、問題なのは……」
デカデカとやたら達筆な字で書かれた看板が置かれている事だった。ついさっき一緒に走る事が決まって途中でドリンクを買ったりタイキシャトルやエルコンドルパサーとのスリーショットを撮ったりしたりしている間にこんな看板が何時の間に準備されたのだろうか。というか、リギルは元々自分を走らせるつもりだったのだろうか。
「らっしゃいらっしゃいおせんにキャラメル、焼き立てホカホカでボリューム満点のゴルシちゃん特製焼きそばは如何かな~!?」
「ニンジンセットもあるぞ~!!」
「如何して私まで……はい、焼きそばが5つで1500円ですわね」
「ゴルシ先輩にターボ先輩……それにマックイーン先輩まで」
「やっぱりゴルシかぁ……」
思わず頭を抱える沖野。一体どこで聞きつけたのか、此処に来るまでの短い間に看板と弁当やらの販売物の準備とツインターボを味方につけている。しかもスピカメンバーもそれに巻き込まれている……というか一緒になっている。主にメジロマックイーンが巻き込まれている。
「あっトレーナーさん!!ゴールドシップさんからチェイスちゃんがタイキシャトルさんとエルちゃんと走るって聞いて応援に来ました!!」
「おう、それは結構だな。既に焼きそばで腹が膨れてるのが無けりゃな」
満面の笑みを浮かべながら特盛焼きそば弁当を抱えているスペシャルウィーク、それさえなければチームメイトの応援に来た美談になっていたかもしれないのに……。
「よぉっチェイス!!ちょいと小耳に走るって話を挟んだから広めておいてやったぞ」
「ああはい、えっとお礼を言うべきなんでしょうか……」
「気にしなくていいぞ~天倉巻を何時までもくれない事への意趣返しだかんな」
「根に持ってんじゃねえよ……」
「そうそう、チェイスちゃん何で天倉巻作ってくれないんですか!?」
如何やら割と本格的に根に持たれているらしい。
「いやだって……ぶっちゃけ、拉致られて入ったチームにどんな顔して持って行けばいいんですか、なんか素直に持って行きづらいんです」
「それ言われると辛いけど……もうチームメイトだから気軽に持って来て良いのよ?」
「それじゃあ明日もって行きますね」
「やりましたわっ!!ツインターボさんから散々美味しいと自慢されていた天倉巻を遂に食べられますわ!!」
「やった~!!」
「フフンッ!!それだけチェイスはカノープスに馴染んでいるという事だな、やっぱりカノープスに」
「駄目だっつの!!」
まあ取り敢えず禍根の一つのような物になっていた天倉巻の問題は片付いたという事にしておこう……因みにツインターボは純粋に散歩中に出くわし、ゴールドシップに看板ウマ娘として手伝って欲しいと頼まれて快諾したらしい。
「何か想像以上に凄い大騒ぎに……」
「まあいいじゃねぇかチェイス、こういうのは盛り上がった方が上がるだろ?」
「否定はしませんけど……」
「HAHAHA.まあいいさ、頑張ってきなさいって!!」
一先ずジャージに着替える為に更衣室へと向かって行くチェイスを見送る。まあ単純に考えてみてジュニア王者とも言うべきチェイスがリギルが誇るメンバーであるタイキシャトルとエルコンドルパサーと対決するのだから話題にならない訳が無い。
「んでトレーナーさん、其方の方は?」
「ああ、チェイスのご家族で今回の取材を申し込んできた方々だ」
「チェイスさんのご家族の方々なのですか!?」
「そゆこと~ユニークな勧誘したらしいな」
「HAHAHA.元気があって結構結構!!」
そう言われて何処かぎこちない笑いを浮かべながら本当にやめておこうと……改めて心の中で誓いながらもそれを誤魔化すようにスペシャルウィークは今回のチェイスの勝率について尋ねるのであった。
「チェイスちゃん、タイキシャトルさんとエルちゃんに勝てますかね」
「いやぁレースに絶対はないって言いたいけど流石にきついと思うぞ、タイキシャトルもエルコンドルパサーもチェイスよりも遥かに格上だ。純粋な実力だけじゃなくて経験値でもな」
タイキシャトル、エルコンドルパサー。何方も既に多くのGⅠレースを走ってきているウマ娘、実力は言うまでもないし経験値の差もエグい程にある。何よりチェイスはマイルの経験は少ない。勝てないとは言うつもりはないがそれでも勝率は相当に薄い。だからこそどこまで追い迫る事が出来るかがカギになるしこれで走りの向上をしてくれればいいと思っている。
「改めてみせて貰うわよ、貴方が見込んだチェイスの走りって奴を」
「さて、俺も楽しみだよ」
「先輩方、本日はよろしくお願いいたします」
「YES、手加減せずに行きまマスヨ~!!」
「着いて来れますかね~?」
「行きます」
少しばかり挑発染みた視線を投げかけるエルコンドルパサーの言葉に強い言葉と視線で返すと、へぇっ……と言いたげに見返す。唯の幸運で無敗でジュニア王者になった訳ではない、それを証明すると言いたげなそれに二人は楽しみが沸き上がってくる。踏みしめるとウッドチップが割れる音がする、1600のマイルレース。経験はハッキリ言って薄い―――だが、拒否する理由にはならない。
「それでは準備は良いな、位置について―――」
東条トレーナーが声を張り上げる、それに合わせて体勢を作る。剛もハーレーも見ている、無様な姿など見せられない。無敗だのは正直如何でもいい―――ただ、走り切るのみ――――!!
「スタート!!!」
合図とともに飛び出して行く各馬、先頭を行くは矢張りタイキシャトル。凄まじい加速力を見せ付けながら最前線でレースを引っ張る。その背後にエルコンドルパサー、その背中につきながらチャンスを伺う形。そしてそこから数馬身差離れた位置に付きながらもピッタリと付いて行くチェイス。
「OH~チェイスちゃんがウマ娘として走るのは初めて見るけど、なかなかいい走りをするねぇ~」
「相変わらず綺麗なフォームで走りやがるよな~う~んいい被写体♪」
逃げを打つタイキシャトル、その背後に付きながらも脚を溜めつつチャンスを待つエルコンドルパサー。最後にチェイスという状態、此処からどうなるのか。そんな思いが強まる中で先頭が更に加速する、エルコンドルパサーに挑発的、ついて来られるのかと言いたげなそれに不敵な笑みを浮かべながらもスリップストリームで風の抵抗を軽減しつつも追従していく。
「逃がしまセ~ン!!」
「フフンッまだまだまだぁ~!!」
まだまだスピードは上がっていく、これが数多くのレースを経験しGⅠレースにも多く勝って来たウマ娘の走りだと言わんばかり。それについて行くチェイスはその実力を身を持って体験しつつも最も身近とも言える先輩、ツインターボとは全く違うスピードを感じていた。
「凄い……!!」
ウッドチップを踏みしめながらもチェイスは追走する、ツインターボとは全く違うスピード感。付いて行くという普段通りの戦法でも全く感覚が違う。気を抜くと一気にふるい落とされそうになる。
「ずっとっ―――チェイサー!!!」
「チェイスが仕掛けた!!」
「でも、ちょっと遅くねぇか!?」
矢張りマイルのコースに慣れてない故か、勝負に出るのが僅かに遅いように感じられる。既に最後の直線に入ったタイキシャトルとエルコンドルパサー。それに追いつく事が出来るのか。
「いっけぇっ~チェイス~!!!」
「まだまだまだ行けるぞ~!!
「ウマ娘は度胸だぁ~ブッチギレぇっ!!!」
「ターボ全開だ~チェイス~!!!」
誰もがタイキシャトルとエルコンドルパサーの一騎打ちに注目していた時に一気にギアを上げて猛追し始めたチェイス。それまで維持していた差、約8馬。それが縮まっていく。
「きましタネ!!」
「さあ、此処から来れますか!」
試すかのように二人も脚に力を入れる。こうなった二人に追い付ける訳がない、誰もが既に思う中で自分を応援するチームスピカ、ツインターボの言葉は確かに届いた。此処から捲れるか、いや捲ってみせる。そう言わんとするかのように少女の瞳に二つの光が宿る。
「ずっと、マッハチェイサァァァァァ!!!」
―――そう、それだよ。
誰がそう呟いた途端、チェイスは凄まじい剛脚を発揮し始めた。著しい加速を行いながらもタイキシャトルとエルコンドルパサーを食い千切らんとするようなとんでもない気迫を纏いながら迫ってくる。その気迫は二人をして冷や汗を出してしまう程のもの。
「ラストスパート―――全開デース!!」
「私も続きマース!!」
振り切るかのような最終加速、これが本当の全力だと言わんとする二人の走りにチェイスは喰らいつく。そしてあっという間に1600mという距離は走破された。一着はタイキシャトル、二着は1馬身差でエルコンドルパサー。三着はチェイスだが―――8馬身あった差は4馬身差まで追い迫っていた。
「お疲れ様、如何だった二人とも。チェイスの実力は」
「ベリーベリーストロング……マイルでしたから優位は保ててまシタ」
「これが中距離だったら、負けはしなかったと思いますけど、ギリギリまで来たと思いマス」
「……スカウトできなかった事が改めて悔やまれるわね」
勝利はしたが、今回はタイキシャトルの調整の為にマイルでのレース。本来のフィールドである中距離ではない。ならば其処での勝負だったなら?正しく、沖野が言った通りにレースに絶対はなく、彼方が勝っていた事も考えられる。最後の末脚はとんでもない、そして恐らく彼女はゾーンへと半身が入りつつある。これでクラシックに挑戦するのだからどんな結果になるのか……。
「チェイスお疲れさん。焼きそば喰うか?」
「ハァハァハァ……せめてドリンクを……」
「あるぞチェイス!!今度はターボが膝貸そうか?」
「すいませんターボ先輩……お膝は、また今度……」
「如何だった、あの二人との対決の感想は」
ターフ上では倒れこみながらもスピカから健闘したと褒められている姿が見える。本当に此処からどうなるのか、楽しみでありつつも少し怖くもある。