音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第4話

「改めて自己紹介をさせてもらうよ、シンボリルドルフだ」

「エアグルーヴだ」

「ンで俺は沖野だ、よろしくなマッハチェイサー」

「チェイスで結構です。私にとっては其方の方が馴染み深いので」

 

家へと上げて貰った一同はそこで一先ずマッハチェイサーへの挨拶を行った。本人もそれを受け取りながらも自分のことはチェイスで良いと返す、其方の方が呼ばれているらしくこの町では基本的にチェイス呼びでマッハチェイサーと呼ぶ時などは病院などに診療を受けた時ぐらいしかないらしい。

 

「沖野さん……で宜しいのでしたか、天倉町に来て下さったのは嬉しいのですがお連れがいるのは何かご理由が?」

「あ~……やっぱ分かる?」

「何となくですが」

 

チェイスはそれなりに勘が利くので何かを意味しているのは分かる、別段ウマ娘を連れてくること自体は何とも思わないしむしろこの町を多くの人に楽しんで貰えるという点においては大歓迎なのだが、それにしては如何にも沖野の表情が優れないというか違和感を覚える。何か後ろめたい事を考えているように感じられると素直に伝えるとバツが悪そうにしながらも如何して分かるのかねぇ……と溜息をつきながらグラハムが淹れてくれた緑茶を口にする。

 

「おっ美味いなこのお茶……じゃねぇな悪い、今度は純粋に楽しみに来るって言ったんだが……今回は仕事で来たんだ」

「仕事、ですか。天倉町に何の御用で?そもそも沖野さんは何のお仕事を」

「おいおいここまで来てすっとぼけるのはそっちが野暮……っておい気づいてないのか?」

「?」

 

信じられないと言いたげな沖野に対して逆に何を示しているのか全く分からなそうな表情を作るチェイス。まさか本当に分かっていないのか、家族の二人が分かっていないのはまだ解る、だがウマ娘である当の本人が何も分かっていないのか―――皇帝であるシンボリルドルフと女帝エアグルーヴが目の前にいるのに全く理解すらしていない。

 

「あ~……俺は中央のトレセンでトレーナーをやってんだよ」

「トレーナー……ああそういえば、お会いした日に私の中学校にスカウトが来たとか如何のこうのとクラスメイトが言っていた気がします。沖野さんの事でしたか」

「そうだよ俺だよっというかあの中学校だったのかよ!?如何してあの日いなかったんだよ」

「色々ありまして」

 

その一言で終わらせてしまうチェイスにがっくりと項垂れる。これは、本当に何も分かっていない。つまりグラハムとクリムの態度も一切の演技などではない、彼らはウマ娘の走る舞台について全く知識がないのだ。皇帝ですら知らない世界の有名人でしかない、いや有名人とすら見ていない。ウマ娘としてしか見ていないのだ。

 

「あ~……チェイス、トゥインクル・シリーズというものは知っているかな」

「島根トレセンの友人が出ているらしいローカル・シリーズと同じウマ娘のレースの舞台とだけ」

「ま、まさか本当にそれしか知らないというのか……?」

「逆に聞きますが、それ以上の知識がいるのですか?」

 

皇帝は思わず口角を痙攣させたかのように引き攣った笑いを浮かべ、女帝は本気で頭を抱えてしまった。自分達が死力を尽くして走っている舞台であるトゥインクル・シリーズ、ウマ娘にとっての聖戦といっても過言ではないトゥインクル・シリーズ(それ)について名前しか知らないうえに詳しく知ろうと思ったこともないと言われてしまった。色んな意味で辛い、そんな物が込み上げてくる二人に代わって沖野が流れをぶった切るかのように話を進める。

 

「あ~つまりだチェイス!!俺達はお前をスカウトに来たんだよ、中央トレセンに来ないかって!!」

「スカウト」

「ああ、こっちで走らねぇか!?」

 

これは兎に角シンプルに行くしかない。彼女にどれだけ中央の魅力を語った所で彼女には理解出来ない、クラスメイトのウマ娘からある程度聞いている程度しかない。スポーツ新聞の見出しにある野球の記事程度の認識なのだろう。だから率直に、自分が彼女を欲しているということを強くアピールするしかない。シンボリルドルフとエアグルーヴもその方が効果的だと思う。咄嗟にその判断が出来るのは凄いとすら思う。

 

彼女のそれは自分たちのプライドを著しく刺激するものだからだ。といっても本当に興味もなくて理解しようとも思っていなかったものだったのでこれは怒りに抱いてもしょうがないので誇りは捨てるしかない。だがそれでも二人からすればショックだった、これでも有名な自覚はあるし多くのウマ娘に夢を与えてきたつもりだったのに―――彼女にはそれが届かないどころか範疇外にあったのだから。

 

「クリム父さん、スカウトというのは当然凄いのですよね」

「うむ。私もそちらには明るくないので何とも言えないが……野球で考えるといい、プロ球団のスカウトが来ないかと言ってきてるような物と思えば解りやすいのではないかな」

「……凄いですね。でも何故私なのですか、島根にもトレセンはありますので其方の生徒をスカウトするのが当然では」

「俺は一瞬しか走る姿を見てねぇが解るんだ、チェイスお前は間違いなく凄いウマ娘になれる!!三冠ウマ娘だって夢じゃない位の逸材だ!!」

「すいません三冠ウマ娘って具体的には」

 

取りあえず三冠の凄さ位しか分からないチェイス、彼女のマイペースさと知識のなさが合わさって極めてやりづらい……そんな時にグラハムが思わずテーブルをたたきながら叫んだ。

 

「スカウトなどこのグラハム・スタインベルトが断固として認めん!!!!」

「兄さん」

 

クリムがスカウトの凄さを語っている隣で大きな反応を示したグラハム、如何やら此方は此方である程度分かってくれているらしい。それが反対の意見だとしても有難いと思えるほどに沖野達はチェイスのマイペースさに煽られてしまっていた。だが反対ならばそれを確りと受け止めて理解を勝ち取れる様に努めなければならないと背を正す、そしてそれに対して皇帝が切り込んだ。

 

「理由を聞いても宜しいでしょうか」

「そんな物一つしかない!!チェイスにあのような破廉恥な衣装を着せて大衆の前を走らせるなど言語道断!!」

「「は、破廉恥!?」」

「……あ~……」

 

ウマ娘の二人からすれば驚きの理由だった。だが一方の沖野としては一定の理解を思わず示してしまった。

 

「そんなものを着て走ってたのか兄さん」

「ああ、以前配達に行った時に中継を目にした。その時に驚愕した!!男装の麗人と言った素晴らしい衣装ではあったが、年頃の乙女ともあろう者があれほど大胆に胸元を開けるなど……破廉恥だ、破廉恥だぞウマ娘ェ!!!」

 

それを聞いて思わず二人は硬直した、グラハムが語った破廉恥なウマ娘というのに思い当たる節がある。同じチームリギルに所属するフジキセキ、彼女が纏う勝負服の特徴に驚くほど合致する。まさかスカウトの拒絶の理由がチームメイトの勝負服だったとは……しかも破廉恥云々には如何にも反論しづらい、何故ならばウマ娘の勝負服にはかなり攻めたデザインが多くあるからだ。

 

「チェイスにそのような服を着せるなど、神や法律が許してもこのグラハムが許さん!!着せるのであれば着物だ、そちらの系統の方が絶対にチェイスには似合う!!!」

「あ~……安心してくれグラハムさん。あれは勝負服っていうんだが、G1っていう最上位レースでしか着ないしそもそも全部が全部そういうデザインって訳じゃない。あんたが言うように着物みたいなのもある」

「何そうなのか!?だとしても乙女が容易に柔肌を晒すなどあってはならない事には変わりはない、しかも胸元をあんな大胆に(はだ)けさせる等……!!」

「落ち着きなさいグラハム」

 

フジキセキがクローズアップした場面を見ただけなのと余りの衝撃にそれ以降の映像が頭に入ってこなかったグラハムにとっては中央に行くということは愛しい妹がそんな衣装を着て走るのでは……という不安があるのだろう。兄としてはある意味当然の不安なのかもしれない。

 

「兄もこう言ってますので、取り敢えず保留ということでいいでしょうか」

「ああうん、ひとまずこの話は置かせてもらおう、かな……二人もそれでいいだろ?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

「そうしよう……」

「ではお茶請けに最中を出しましょう、兄さん、煩くした罰だから兄さんの秘蔵最中を出して」

「何ぃ!?あれは今夜月見をしながら食べようと思ってた物で!!」

「私を訪ねてきてくれた人達にあんな声をあげた罰」

「何とぉぉぉっ!!!」

 

一先ず小休止という事で今のところはスカウトの話はやめておく事にした。これは思った以上の難関スカウトになりそうだ……トゥインクル・シリーズをローカル・シリーズと同じ物としか知らず、誰もが知る筈の皇帝すら知らないウマ娘(チェイス)と娘ほどではないが其方について知らない、だが中立だと思われる父親(クリム)、そして最大の反対派であり偏見なようで偏見ではない部分で大反対の(グラハム)

 

「どうすりゃいいんだこれ」

 

沖野の本音に答える者は誰もいなかった。




なんかね、グラハムが出てきた理由はこれなの。なんか即座に破廉恥だぞガンダムゥ!!!がウマ娘ェ!!!に脳内変換された。

そして会長&副会長、自分を全く知らないどころかトゥインクル・シリーズすらまともに知らなくて大ショックなところにチームメイトのことを言われて大打撃。

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