音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第5話

縁側に座り込みながら景色を眺めつつも思わずそんな声が漏れ出てしまった。美味しい最中と緑茶の組み合わせが正しく極上だった、それで幾分か心持は穏やかになったがそれでも何とも言えない気分は晴れる事は無かった。まさか此処までウマ娘の世界に理解がないと思わなかった、そういう世界がある事は知っているが本当に初歩しか知識がないのが彼女、マッハチェイサー。これまでのスカウトとは全く違う、興味を示した事すらない相手に話を持ち掛けるなんて難しいなんてレベルではない。

 

「強敵、だなぁ……」

「全くだ……何なのだあのウマ娘は、いやたわけというつもりはないのだが」

「気持ちは分からなくはない。だがこうもはっきりとされると少し凹むな」

 

素直にテンションが落ち込んでいる皇帝と女帝。それは自分とて同じだ、スカウトに当たってある程度の経路を立てていたつもりだったが道筋を組み立てる所か材料にもならないと来た。難敵過ぎると溜息を吐いているとチェイスが此方へと近づいてきた。

 

「夕食は午後6時半を予定しています、何か苦手な物やアレルギーなどはありますか?」

 

どうやら夕食の確認に来てくれたらしい、特に好き嫌いもないしアレルギーが無い事を伝えると直ぐに調理に入るとそのまま家の裏側へと入っていった。良くも悪くも自分達の常識が通用しないウマ娘、どうやって口説き落とすべきかと……と改めて沖野は思案を巡らせるのであった。

 

「シンボリルドルフとエアグルーヴ……何か聞いた事があるような、ないような……何だっけな、皇帝と帝王の流れが良すぎるってのは聞いた事がある気が……」

 

そんな事を呟きながらも食事の準備に取り掛かっているマッハチェイサーことチェイス。彼女には秘密がある、誰にも言っても信じないかもしれないが、ウマソウルなる物があるという研究結果があると言われるこの世界ならば受け入れるかもしれないものがある。彼女には前世の記憶がある、しかもその前世にはウマ娘の元になったであろう馬が存在した世界の記憶が。

 

 

「競馬だって全然知らないのに……」

 

自分が知っている馬の名前なんてハルウララとディープインパクト、後はゴールドシップとステイゴールド辺り。尚、後でスマホで調べてみたらその馬と同じ名前のウマ娘は実在した。というか自分の名前のマッハチェイサーからして完全に馬の名前ではないのでその辺りは気にしない方が良いのかもしれない、というか競馬の知識もない自分からしたらそれって本当に馬の名前か?というのが多すぎる。

 

「もう少し調べるべきだったかな……まあ興味なかったから調べなかったんだが」

 

競馬の知識もなければクラスメイトのウマ娘の進路にも大して興味が無かった。自分が生きたいと思う道を既に定めていたのもあるせいだとは思う。

 

「俺の名前なんて完全に仮面ライダーだしな、この世界にないけど……ないけど……」

 

マッハチェイサーは仮面ライダードライブのVシネマで登場したマッハの形態の一つの名前だ、個人的にはチェイサーマッハの方が好きだがどっちも好きなので問題はない。そもそもベルトさんが父親になってる時点で大分凄い世界だと言うしかない。その上であの乙女座が兄なんてもう胃もたれしそう。

 

「スカウトねぇ……アスリートになるって事だよな、全然実感沸かねぇ……後でもう一度詳しく聞いてみるかな」

 

一先ず自分の人生に関わる事だから詳しくは聞いておきたい、変態兄貴が煩いせいで区切られてしまったので余計に聞いておきたい。

 

「チェイス、少しいいだろうか」

「―――シンボリルドルフさん、何用でしょうか」

 

やべぇ、なんか皇帝様の顔がなんかシリアスっぽいぞ。俺なんかやっちゃいましたってうん、やらかしてましたね。

 

 

「すまないな、私達の為の食事の準備をする所だというのに」

「お気になさらず。私はいわば宿の従業員です、それがお客様の料理の準備をするのは当然なのですから」

 

思わず後を追いかけてしまったシンボリルドルフ、沖野とエアグルーヴも続いており先程の話の続きをしようという事なのだろうとチェイスは解釈をする。

 

「先程は兄が申し訳ありませんでした、私の事を想ってくれてはいるのですが如何にも行き過ぎているようで」

「いや、良いお兄さんじゃねえか。あんだけ妹の為になれる兄貴ってのはそうはいないぜ。それに……ウマ娘の勝負服はぶっちゃけ、俺も少し思ってた」

「思われていたのか……」

 

沖野の言葉に若干ショックを受けたのか、エアグルーヴのやる気が下がる。咳払いしつつ本題に話を戻す。

 

「改めて、君はスカウトについては如何思っているのか聞かさせて貰えないだろうか」

「正直な話……良く分からないです、光栄な事だと思いますが」

 

自分達からすれば理解出来ないかもしれないが、彼女からすれば唐突にやって来た知らない世界からの誘い。困惑して当然。

 

「お前はクラスメイトのウマ娘と走ったりはしなかったのか、それならばレースへの興味などは当然あるだろう」

「走った事はありますが、そこまでは。身体を動かすには良いかな位にしか」

 

それを聞いて言葉が詰まった。ウマ娘には本能として走る事への執着のような物がある、走る事に喜びを感じ、そこで発生する駆け引きなどには強い闘争心を掻き立てられる。だが目の前のウマ娘(チェイス)は走る事への拘りは希薄で走れるのであれば走る程度にしか思っていないように感じられる。ウマ娘としては相当に異端な部類だ。

 

「ではチェイス、君の夢を聞いてもいいかな」

「夢、ですか」

「ああ。私達はトゥインクル・シリーズ、自分の走りに夢を載せる。その夢を叶える為、誰かに夢を見せる為に走っているといっていいだろう、私は全てのウマ娘が幸せになれる時代を作りたいと思ってる。だから君の夢を聞かせてくれないか」

 

夢の為に走る、それがウマ娘だと言わんばかりの言葉。実際、多くのウマ娘にとって走る事はそれだけ重要な事なのだ。それに興味を示さないチェイスの夢には酷く興味をそそられる。それを問われると即答した、夢があるのならばそれを中央で叶えないかと言おうとも思ったが……

 

「私の夢は警察官になってこの町の人たちに恩返しする事です」

「警察、官……だと?」

 

思わずエアグルーヴが声を上げてしまった。とても立派な夢だとは思う、そして生まれ故郷に恩返しをしたいというのも素晴らしい夢だと思う。三冠ウマ娘になる、日本一のウマ娘に、天皇賞連覇などなどの夢とは大きく離れている為に少し、予想とは違った物で驚いてしまう。

 

「警察官、そうなのか……いやすまない、少し意外とは思ったが素晴らしい夢だ」

「有難う御座います」

「だが、警察学校に入る為には確か18歳位からだった筈だ。入学までの間、トレセンに入って身体を鍛えるというのも悪くはないと思うが」

「……一先ず、夕食の後にもう一度お話を聞かせてください」

 

そう言って頭を下げてからチェイスは夕食の準備へと取り掛かっていった。軽い足取りで向かって行く彼女を見送りながらも沖野は思わず心底意外そうな声を上げる。

 

「警察官、警察官か……ウマ娘の警官はいない事もないけど最初からってのは珍しいな」

「私も引退後の進路としてそちらの道を考えるというのは聞いた事はあるが……」

「それについても夕食後に尋ねてみよう。彼女の名の通り、これは私達と彼女のチェイスだ」




シンデレラグレイを2巻まで読んでみました。
それで、オグリの勧誘の時の会長が何か……それはあかんやろ……ってちょっと思っちゃった。

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