音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第51話

『さあ今ターフへとやって来たのは大本命、一番人気のマッハチェイサー!!おっと此処でもバク転、そこから大ジャンプ!!さらに着地からの見事なポーズ!!なんというサービス精神、会場のボルテージはMAXを越えてオーバーヒート中!!』

 

ターフへと姿を現したチェイスは平常運航、サービス精神旺盛なエンターテイナー。手を振る所かド派手なパフォーマンスで全ての視線を釘付けにしてやると言わんばかりの行動である。

 

「せぇの……」

『チェイス~!!!』

「ヘヘンッ!!」

 

カノープスからの応援が耳に入ると直ぐに其方に向き直りつつメットを外し、笑顔とウィンクをしながらポーズを取って声援に応える。

 

「いいぞチェイス~!!」

「いやはや凄い人気だよね~」

「うんうん、カノープス名誉メンバーなのは伊達じゃないよね」

「圧倒的な一番人気、流石としか言いようがありません」

 

それを聞いたバジンはどういうことなのかと沖野へと視線を送った。ツインターボからはことある事にチェイスをカノープスに!!という話が持ち上がったので妥協案というか、名誉メンバーという形でチェイスをカノープスに加入させる事になったとの事。

 

「……アリなのそれ」

「まあ便宜上な、実際はチェイスはスピカのメンバーのままだしいわば口約束みたいなもんだ」

「……なんというか、バカばっかだな本当に」

 

呆れたようにスピカに入ってから口にする頻度が激増し、すっかり口癖のようになってしまった言葉を口にしてしまうのはある意味当然なのかもしれない。と思う一方であそこまで誰かを魅了するチェイスというウマ娘の凄さに納得の息が漏れる、自分もその一人なのだから。

 

「―――頑張れチェイス……さん

「ッッッ!!おやおやおやぁぁぁ~?聞きました、確かに聞きましたよオートバジンさん。何だ貴方もやっぱりチェイスさんのファンだったじゃないですかぁぁああん!?なんだ何だ何ですかそれならあなたもチェイスさんのファンになったのかな?なんて言わなかったのに~って痛ったい!?なんで脚踏むんですか!?やめてくださいウマ娘の力で踏まれると最高に痛いんです!!!」

「うっさいっ……死ね!!」

「いやぁぁぁぁトレーナーさん助けてぇぇぇぇ!!!」

 

 

「何やってんだろあれ……」

「さあ……じゃれあってるんじゃね?それか、ビルダーにちょっかい出されてキレたとか」

「ありそうですねそれ」

 

ゲートに向かっている最中、何やらバジンがビルダーに強く威嚇している姿が見えた。まあ彼女は何が怒りの糸に触れるのか分かりにくいが、騒がしいからキレたというのもありそうだ。ゲート前に到着すると凄まじいプレッシャーを向けられた。最早殺気にも等しく、他のウマ娘まで怯えて委縮してしまっている。そしてそれを向けてくるのは隣のゲートに入るウマ娘であった。

 

「マッハチェイサー……この日を待ちわびたぞ」

「リードオン」

 

その殺気はたった一人に捧げられている、だがその殺気はあまりにも強すぎる為に周囲にも漏れてしまっている。

 

「今日こそ、今日こそ貴様を下す……私はその為に今日を待ったんだ……!!」

 

鋭すぎるその瞳、そしてその中に炎を燃やしているリードオンは地面に置いた足を擦るようにしながら前から後ろに掻いた。所謂前掻きである、前掻きとは分かりやすく言えばウマ娘が幼い時に行う欲求不満を示す行動。こうして欲しい、構って欲しいというのを現す行為で本来は歳を重ねて自制を覚えていくとすることはなくなっていくが―――前掻きは幅広い欲求を示す行動でもある。不快である、体調が悪い時にもこれは行われる。

 

「リードオン―――貴方」

「これで分かる、私の真価が……!!」

 

全て言い終わったと言わんばかりに自分のゲートの前へと歩いて行く、如何にも様子が可笑しい。これまで何度も戦ったがあんな姿を見た事は無かった。ハリケーンも心配そうな視線をやるとそこへジェットタイガーがやってくる。

 

「……すまないチェイスさん、気分を悪くしないでやって欲しい。リードオンは如何しても貴方に勝ちたいのだ、その為に今日まで必死の努力を重ねて来たんだ」

「タイガーさん……」

「えっと……」

 

ハリケーンにもジェットタイガーは挨拶をすると事情を話す。これまで何度も敗れてきたリードオンはチェイスに勝ちたいと強く思っていた。だが前回の弥生賞で自分はチェイスと対決するまでもなく敗れてしまった。それが自分の不甲斐無さを更に浮き彫りにさせ焦ってしまっている。そして、対決する今日の為に猛特訓を重ねて来た。同室のジェットタイガーも不安になる程の特訓を。

 

「貴方が悪いわけではない、彼女は自分の弱さに飲まれている。レースに勝つのではなく貴方に勝つ事に固執している」

「私に……」

「だから―――貴方はありのまま走ってくれ、そして目を覚まさせてやってほしい」

 

それだけを伝えるとジェットタイガーは丁寧に頭を下げてから自分のゲートの前へと移動していく。それを見て改めてチェイスは思う、トゥインクルシリーズというのは様々な思いが、決意が、覚悟が交錯するのだと。今日この舞台の為に重ねた努力がこの場で発揮される、だがレースに絶対はない。どんな錬磨も発揮される事も無ければ発揮しても届かない事もある―――だが、それがレースだ。残酷な事だが、それがこの世界の真実だ。

 

「ハリケーン、改めて勝負です―――このレースで、皐月賞のこの場で」

「分かってる―――勝つぞ」

 

互いの顔を見る事もなく腕をぶつけあう、戦友同士のような雰囲気を醸し出す二人。チェイスはメットを被り直すとバイザーを降ろして―――準備を整えた。

 

『最も速いウマ娘が勝つという皐月賞!!成長を見せつけるのは誰だ!!』

 

ファンファーレが鳴り響く、同時に次々とウマ娘達がゲートインしていく。

 

『優しき巨人は力強い走りで上位を狙います、三番人気ジェットタイガー!二番人気、リードオン!!本日は凄まじい気迫とやる気に満ち溢れているように見えます!!本日の主役はこのウマ娘を置いて他にいない!!スタンドに押し掛けたファンの期待を一身に背負い、今、無敗で三冠に挑むのはジュニア王者マッハチェイサー!!』

 

冷たい空気が周囲に満ちていく、そして―――今

 

『クラシック初戦、皐月賞!スタートしました!!』

 

『いっけぇ~チェイスぅ!!!頑張れハリケーン!!!』

『マッハチェイスでブッチギレ~チェイスゥゥゥ!!!』

 

一瞬の静寂の後、ゲートが開きウマ娘達が一斉にスタートを切った。歓声と拍手が鳴り渡り、ウマ娘達を応援する声が轟いて行く。それらを受けながらそれぞれのウマ娘達の脚が唸りを上げながらターフを駆けていく。

 

『さあ先頭に飛び出したのは矢張りこのウマ娘!!2枠4番リードオン、今日も初っ端から飛ばして行きます!!それに追走するのは5枠9番のジェットタイガー!!この二人が矢張りペースを作ります!!』

 

「今日こそ、今日こそお前に勝つ!!!」

「全く―――本当に君は!!」

 

このウマ娘、リードオンの戦術は常に変わらない。メジロパーマー、ツインターボの如くの破滅逃げ。破滅逃げとはいうが恐ろしいのはレースが終わるまでそのスタミナが持ってしまう事だろう。だが今日は何時もに増してスピードが早め、その背後でスリップストリームで走りやすさを作っているジェットタイガーはこのペースで走り切れるのかという疑念すら浮かべる。

 

『そして中団、地方からやってきたサクラ軍団からの刺客、サクラハリケーンも良い位置についています』

『マッハチェイサーと同じ島根からやって来たらしいですね、しかし力強い良い走りです』

『そして最後尾、7戦7勝のジュニア王者マッハチェイサーが続きます。今日もマッハチェイスは炸裂するのか!!』

 

自分の戦法は何も変わらない、時が来たら全てを抜き去っていくだけ。何も考えずに坂を上ってコーナーへと入っていく、最初の坂で僅かに減速しているようだがリードオンは一切減速せずにむしろ加速し続けているような印象を受ける。本当に何も考えない破滅逃げ、ペースもへったくれもない。

 

「さあ上げて行くぜ―――此処からは私のステージだ!!!」

『此処でサクラハリケーンが仕掛ける!上がっていく、上がっていくぞ!!』

 

コーナーを越えた先の下り坂、下り坂で一気に加速するように駆け出して行く。チェイスが坂路が得意なように彼女も坂路が得意―――と言ってもハリケーンの場合は下り坂は独壇場に近い。抜群の体幹とバランス感覚の持ち主である彼女は下り坂で一切減速せずに行ける。

 

『サクラハリケーン凄まじい加速力だ!!一気に中団から抜け出してリードオンとジェットタイガーに追い付いたぁ!!』

 

「チェイスだけが敵だと思ってんなら―――誤算だったな」

「くっ……!!」

「手強い……!!」

 

あっという間にトップに食い込んできたハリケーン。独走状態だった筈のリードオンに並び立っている、ジェットタイガーはあっさりと抜かれたがまだまだ戦いはこれからだと思っているが同時にハリケーンの強さも感じる。

 

「(ふざけるな、ふざけるなよ……お前なんぞに負けて堪るか、マッハチェイサーでもないお前なんかに!!!)」

 

「マッハチェイスを実行します―――ずっと……チェイサーッ!!!

 

第3コーナーへと入った時、チェイスは仕掛けた。お前が負けたくないというのなら勝ちに行ってやる、勝ってみせろと言わんばかりに一気に駆け上がっていく。思わず追い抜かれていくウマ娘達は無理ぃ~!!という諦めの声を上げてしまう程に爆速の追い抜き。そして第4コーナーへと入った時―――

 

『さあ来たぞ来たぞ来たぞ、マッハチェイスが遂に巻き起こったぁぁぁ!!!』

「いいぞチェイスゥゥゥゥッ!!!!そのままブッチギレぇぇぇぇぇぇえええ!!!!私の姫ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「……グラハム」

 

何処からか奇声が聞こえたような気がしたが恐らく気のせいだろう。そんな事を放置してチェイスはトップ集団へと到達した。

 

「来たかッ!!だが、負けん!!」

『ジェットタイガーも上がっていく!』

 

「負けねぇよ!!だって、此処はもう私のステージだぁぁ!!!」

『サクラハリケーンが猛烈に上がっていく!リードオンを追い抜く!!』

 

「ふざけるな、ふざけるなぁぁぁ!!!」

『リードオンも上がるが苦しそうだ!!ペースが速すぎたか!!』

 

「―――ずっと……マッハッ!!!

『マッハチェイサーが追い掛ける!!ジェットタイガーとリードオンを抜くか、抜いた抜いたぞ!!!』

 

争いはこの4人になる―――と思われたが、二人を置き去りにしてハリケーンが一番先に飛び出し、それを追い掛けるようにチェイスも抜けていく。最後の坂に入った時、既にハリケーンとチェイスの一騎打ちとなっていた。

 

「如何して―――どうして私は、お前と走れない……あいつめぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

『さあ中山の坂へと入ったサクラハリケーンとマッハチェイサー!!!このまま桜吹雪が逃げ切るか、それとも音速の追跡者が桜吹雪を捕まえるのか!!?』

 

「おおおおおおおっっっ!!!私のステージは私だけのものだぁぁぁぁ!!!」

「此処は―――お前だけのステージじゃない!!!」

 

完全な一騎打ち、互いに坂路が得意とするウマ娘が激突する。一方はその身を中心にしたサクラの花びらの嵐を纏いながら激進する、そして一方は―――瞳から光が溢れ、二筋の光の残滓を残しながら疾走する音速の追跡者。互いに溢れ出して行く勝利への渇望、だがそれはお互いへの物ではない―――このレース、皐月賞に勝つというものだ。

 

「いっけぇぇぇチェイスゥゥゥゥ!!!」

『坂道を抜けてサクラハリケーンとマッハチェイサー、完全に横並び状態!!このままいくのか、一体どっちが速いんだ!!?どちらが勝利をもぎ取るんだ!?』

 

最後の直線、坂を上がった直後に負荷が軽くなった時に―――チェイスは更に加速した。目の前に見えた、桜花賞を取ったゴルドドライブの姿が。待っている、あのゴールの先で―――自分を待っている。だったら行ってやる、最速で駆け抜けてやる、だから待っていろ……今度も自分が勝つ!!!

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

「うあああああああああああっっ!!!!」

 

『抜けた抜けたぞ!!マッハチェイサーがサクラハリケーンを越えた!!!速い速い!!2身から3身差!!!駆け上がった、マッハチェイサー無敗のまま最速のウマ娘である事を証明した、今ゴォォォォオオオル!!!マッハチェイサー、トウカイテイオー、ミホノブルボンが成し遂げた無敗での皐月賞制覇を成し遂げた!!このまま無敗で三冠に挑みます!!』

 

「やったぁぁぁぁ!!!見た見たチェイスのお父さん、チェイスが勝ったぞ!!まずは一冠だ!!!」

「あ、ああっ!!凄いぞチェイス……流石は我が娘!!」

「素晴らしいぞヂェイズゥゥゥゥゥ!!!!」

 

「すげぇ……あれがチェイスさんのマッハチェイス……」

「どうどうどう!!?あれが私の憧れたマッハチェイスなのです!!どう、これからマジでチェイスさんのファンになって―――いってぇ!?」

 

先頭でゴールしたチェイスにスタンドは総立ち。スピカやカノープスもお祭り騒ぎである。走り切ったチェイスは脚を止めながらバイザーを上げ、深々と息を吐き出して呼吸を整える事に従事する。

 

「くっそぉぉぉ……やっぱりチェイス強いぃ……」

 

それは2着だったハリケーンも同じく、彼女の場合は悔しさもあって崩れ落ちてしまった。だがその表情は何処までも晴れ晴れだった。悔いもない走りが出来たという喜びに満ちている。そして―――

 

「―――また負けた……ハハハハッまた負けたか……」

 

最終的に4着になってしまったリードオン、チェイスそしてハリケーンに抜かれた時に精神的に敗北を認めてしまったのか、それ以上前に行く事が出来ずに前に出たジェットタイガーに敗北してしまった。虚しさが出てしまってる笑いにジェットタイガーが心配そうな顔をする。

 

「リード……」

「……笑えよタイガー、あれだけ勝つと言ってこれだ。笑ってくれ」

「笑いませんよ、私は貴方の努力を誰より知っているつもりだ。誰かの努力を笑う事などしません」

「……ふふふっバカ真面目女め―――鍛えますか、タイガー付き合え」

 

だが直に顔を明るくして次こそはという闘志を燃やし始めた、それを見てジェットタイガーは矢張りこうでなければと笑みを深めたのであった。そして―――

 

『8戦8勝、無敗での皐月賞制覇!!このままの勢いでシンボリルドルフの無敗三冠に並べるか!?トウカイテイオー、ミホノブルボンが成し遂げられなかった三冠を手にするのか!?』

「するさ、だがそれすら過程―――なぜなら私は―――!!!」

 

ターフの中心で思いっきりメットを脱ぎ捨てながらチェイスは大きな声を張り上げながらポーズを取る。

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも―――……」

『マッハ!!!』

「ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

観客たちも叫ぶ、スピカもカノープスも、クリムもグラハムも叫ぶ。皆の心は一つになりながらチェイスを祝い、それを胸にチェイスは叫ぶのだ。

 

「如何だい皆さん、無敗での皐月賞制覇―――良い絵だったでしょう?これからも爆走してくんで宜しくぅ!!!」




今更ながらの名前の元ネタ。

リードオン→野球のリードオフマンから。でも調べてみたら普通に競走馬で居たのでちょっと弄った。

ジェットタイガー→ゴジラに出て来たジェットジャガーから。

モニラ→モスラ。

私の奴って結構単純だからね。アニメのモブウマ娘より簡単だと思う。ニシノダイオーをニシヤマザグレートにするとか普通分かんないって。

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