音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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第54話

「セイハァァァァァァ!!!」

「ずっと―――マッハッ!!」

 

コースを駆け抜け続ける二人のウマ娘、ハリケーンとチェイス。スピカから日本ダービーへと参加するメンバー、間もなくに迫っているダービーに向けて最後の追い込みをかけ始めている。

 

「凄い気迫……」

「うん、チェイスさんもハリケーンさんも……」

 

両者ともに気合が入っており、練習にも途轍もない熱が込められておりそれはキタサンブラックとサトノダイヤモンドも圧倒されてしまう程。

 

「二人とも競い合えるから負けたくないって想いもある、それがチームスピカでもあるの」

「スズカ先輩、競い合えるライバル……」

「そう、キタちゃんとダイヤちゃんもそうでしょ?」

 

そう問いかけられると思わず顔を見合わせながらも笑顔でハイっ!!と応えて返す。それを横目で見つつ一人でチェイスの走りを見続けるバジン。ビルダーは激しい接戦を繰り広げている二人、曰くハリチェイに興奮して倒れた。それを見てバカと呟く彼女は既にスピカでは見慣れるようになった。

 

「二人とも良い仕上がりだな、これならダービーも最高の状態で臨めるな」

 

横目をやると沖野がストップウォッチを構えながらも二人の走りを見て満足気な笑みを漏らす、トレーナーとしては三冠に挑む二人が誇らしいと言った所だろうか。だがバジンとしてはそれがいまいち信頼できないというか、分からない。

 

「……何でハリケーン出すの」

「何でって……そりゃあいつが出たいって言うから」

「普通、無敗を邪魔しようとするのは出さないでしょ」

 

ハリケーンのポテンシャルはチェイスに匹敵する。島根のトレセンに通っていた分技術的な面では勝っているし経験も秀でている。なのでハリケーンがダービーを制する事だって考えられる。だとしたら普通は無敗のままダービーに挑戦するチェイスとは一緒に出すべきではない、と考えている。

 

「まあ考えなくはなかったな、前にも無敗のテイオーと連覇を狙うマックイーンが天皇賞春に出る時は俺も少し悩んだ」

「ンじゃ何で」

「ハリケーンが勝負したいって言うんだし、チェイスもそれを望んでる。それじゃ足りないか」

 

足りないというかよく分からないというのが素直な感想。勝負したいというのは分かるが……態々栄光が潰れるかもしれない時にするべき事なのか、そんなにまで勝負が大切なのかとも思う―――ライバルもおず、明確な目標を抱いた事がない自分にも理解出来ない物だった。

 

「チェイス、聞いていい」

「なんですか」

 

ハリケーンが坂路トレーニングに入り、一人になっている時に声を掛ける。

 

「ハリケーンがダービー出る事、何とも思わないの。負けるかもしれないのに」

「前にも言いましたが私は三冠なんて如何でも良いんです、その先にある為の前哨戦に過ぎませんから」

「それは聞いた。それが叶えられなくなるかもしれないのにって話」

「その時はその時です」

 

あっさりと答えてみせるチェイスにバジンは驚いた。

 

「ハリケーンの方が強かったというだけです、その時はそうですね……菊花賞で挽回してからゴルドに挑むだけですかね」

「……なんでそんなに走れるのか、分かんないな」

 

ウマ娘だから走る、何処か漠然とした思いだけでトレセン学園にまでやって来たと言っても過言ではないバジン。自分の夢なんてなければ目標もない、そういう存在だから来ただけで走る。

 

「……夢なんてないって言ったら大体の奴は勿体ないとか言うんだよ、私なら三冠ウマ娘だって目指せるとか最強のウマ娘になれるとかほざく。意味分かんない、興味ないって言ったらギャアギャア騒いで……煩わしくてしょうがなかったんだよ。夢なんてなくても走っちゃ駄目なのかって思ってる」

 

オートバジン、彼女のポテンシャルはそれ程までに高い。彼女の指導役として共に走ったりメニューを見ているチェイスにはそれが良く分かる。

 

「気軽に走るの好きなんだよ、自分の為だけに走るのが」

「だからスピカに」

「……三冠ウマ娘にするとかってさ、つまりトレーナーとかの夢も背負うって事じゃん。無理だよ、気楽に行きたい私には」

 

夢を持てないでいる事は自覚している、だがそれを周囲から激しく言われた事で何処か強いコンプレックスになってしまった。だから何も背負わない自分のままで居たいと思ったのだろう。ウマ娘の意思を尊重して自主性を優先するスピカに入ったのはある種の必然だったのかもしれない。

 

「私には夢があります、夢というか……憧れですね」

「……何」

「警察官になる、それが私の夢です」

「―――ハッ?」

 

思っても見なかったコメントにバジンは大きく口を開けてしまった。トゥインクルシリーズのクラシックに出ていて、しかも三冠ウマ娘の最有力候補とも言われている存在が目指しているのは警察官なんて……何の冗談かと思えてしまった。

 

「私はスカウトされるまでレースに興味を持ったことは全然ありませんでした、だからトレセン学園に来たのも見聞を広める為……というべきですかね」

「何それ……そんな感じで来た訳?」

「だからレースでの目標はあっても夢は私もないですよ。夢なんてそんなので良いんですよ、夢は自分で持ったり誰かのお陰で持てる物です。私の場合は両親です」

「誰かのお陰で……」

 

その時に初めて見たチェイスの走りを思い出す、ホープフルステークスであんなにも凄い走りを見せたチェイスの事が気になった。カッコいいと思った、柄にもなく……憧れた。あの背中を追いかけたらもしかしたら……夢を持てるんじゃないかとも思った。

 

「知ってますか。夢を持つと時々凄く切なくなりますけど、時々凄く胸が熱くなる―――らしいですよ」

「らしいって……」

 

カッコいい事を言いながらそれかよ、と思ったが直ぐにチェイスは立ち上がった。そして自信に溢れた表情のまま軽く笑った。

 

「私はレースに掛ける夢はない、でも……こんな私でも誰かが憧れたりしてくれる人はいます。だからその為に走ろうと思ってます、故郷の人が応援してくれるなら私はその応援に応える為に走る―――それが私が走る理由、ですかね」

「走る、理由……憧れた人……って」

 

不意に顔が赤くなった。もしかして自分が憧れている事がバレたのかと顔を上げると既にチェイスは次のトレーニングの為に走り出してしまった後だった。ものすごい羞恥に襲われる。だが……同時に胸が凄く暖かくなった。夢がなくても理由があれば走れる……それが答えなのかもしれない。そう思いながら、沖野の元に向かう。

 

「……トレーナー」

「何だよバジン」

「―――私、クラシック三冠を目指してみる。チェイス……さんと同じ道を走ってみたい」

「そうか、立派な目標が出来たな」

 

赤くなった顔を隠すようにそっぽを向きつつも頷く。安易に夢だと言わない沖野もバジンはある程度気に入っている、彼の元なら走れそうだ―――あの、憧れた背中に向かって。

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