音速の追跡者   作:魔女っ子アルト姫

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その戦いに勝てれば、やめてもいいと言うウマ娘がいる。
その戦いに勝ったことで、燃え尽きてしまったウマ娘もいる。
その戦いは、私たちを熱く、熱く狂わせる。
勝負の誇りの世界にようこそ。
ダービーへようこそ。



―――URA日本ダービー記念CMより



第55話

『全てのウマ娘が挑む頂点、日本ダービー!!この大舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰なのか、本日此処東京レース場には大観衆が歴史的瞬間を目に焼き付けようと押し寄せております!!』

 

この日がやってきた、クラシック三冠の2戦目。ウマ娘、トレーナー、出身地……関係者全ての最大の目標ともされるGⅠレース。その世代の頂点を決めるとも言われる祭典、東京優駿。このターフの上に立つ全てのウマ娘が放つ熱気はこの東京レース場に集った16万人よりも強い。ターフを駆けるウマ娘にとってダービーウマ娘というのはそれほどまでも栄光ある物なのだ。今日走る全員が―――それを求めて、此処に立つ。

 

「……」

 

あと少し歩けば日の光を浴びる、この先はターフ、戦うべき場が広がっている。今日、自分はそこで走る。日本ダービー、これを征するのは容易ではない、だが自分は征する為に此処に来た―――その先の景色を見る為に。

 

「力、入り過ぎ」

「わっ!?」

 

不意に背中を押されて軽くつんのめる。転びはしないが吃驚してしまった、振り向いてみるとそこにはお世話になった先輩、ミスターシービーが笑顔で此方を見つめていた。

 

「いよいよだね、どんな気持ち?」

「……思ったより緊張、してますね」

 

流石のチェイスも緊張を隠しきれていない。皐月賞は取った、だがこのダービーは違うと空気で分かる。あのシンボリルドルフもダービーは違うとも言っていた、そんな舞台で走る、ゴルドとの約束を果たす為の関門の一つと考えていたのに気付けばそれ以上に意識していた。

 

「一度だけのレース、その舞台で私は―――」

「はいっそこまでだよチェイス、難しい事は考えない」

「むぎゅ!?」

 

不意に抱き寄せられる、それ以上はいらないよ。と言わんばかりの行動。

 

「チェイス、貴方はもう如何すれば良いかなんて分かってる。後はそれに徹すればいい、一生に一度しかないレースを走るんだから貴方らしく走ればいい。自分だけの走りをすればいいの、貴方の走りで―――勝てばいいの」

「っ……」

 

 

―――ダービーのコツはね、勝つって思う事。

 

 

以前、ミホノブルボンと共に走った時にそう言われたのだ。勝つという執念をエンジンにくべて、歓声も、限界も、運も全て飲み込む。全てを今此処に置いたっていいという全力を込めて走る。それがコツだと。

 

「そう、貴方は貴方らしくでいい」

「―――私らしくですか、何とも……私好みの答えですね」

「うんっ何時ものチェイスらしくなってきたね、私が好きなチェイスに」

 

悪戯が成功したようにミスターシービーはクスクスと笑いながらチェイスを離した。そして改めてその背中を押してあげる。

 

「行っておいで、そして楽しんでおいで、勝っておいで―――マッハチェイサー」

「行ってきます、楽しんできます、そして勝ってきます―――ミスターシービー」

 

偉大な先輩の声を受けた新星は今―――ターフへと脚を踏みいれた。

 

『さあ二番人気の地方からやって来た桜吹雪ことサクラハリケーン!!皐月賞ではマッハチェイサーとの激戦を演じてみせました!!今回はリベンジなるか!!』

「此処だって私のステージだ!!」

 

ターフへと姿を現したハリケーン。皐月賞でその強さを見せつけた事で二番人気をもぎ取っている。そしてその後に姿を現したのは―――

 

『さあやってきた、やって来たぞぉ!!!此処まで8戦8勝、負けを知らない無敗の音速の追跡者、マッハチェイサー!!!!』

 

誰もが待っていた、今日君の走りを見に来たんだと言わんばかりの会場が揺れる。皐月賞を征した無敗のウマ娘、マッハチェイサー。そしてターフに姿を現した彼女は何時も通りに連続バク転からの大跳躍、そして捻りを加えてからの見事な着地からのキレッキレのポーズを取って観客を沸かせる。

 

「キャアアアアアッ!!チェイスさんカッコいいいいいいい!!」

「ホントビルダーはチェイスにぞっこんだなぁ」

「全くですわ、ハリケーンさんだって出ますのに」

 

大きく手を振って観客達にアピールするチェイスの姿に沸騰するビルダー、倒れそうになるが気合で持ちこたえる、がまた倒れそうになって持ちこたえるの無限ループに入っている。

 

「バカ」

「まあまあまあ……」

「にしても本当にあのパフォーマンス忘れないわね」

「足挫かねぇとか考えないとかねえのかな」

 

ウオッカの心配も分からなくもないが、その辺りは確りと心得ているのだろう。まあ本当に挫いたら笑えないが……ハリケーン曰く、島根でのライバルウマ娘が一回選抜レースでやらかした事があるという話を聞いて僅かながらに心配の種が増えたのは内緒である。

 

『矢張り期待が集まるのはマッハチェイサー、此処で勝利すればミホノブルボン以来の無敗での二冠ウマ娘の誕生となります。誰もがその瞬間を心待ちにしていますが、レースに絶対はない。その絶対を生み出すのか、それとも他のウマ娘達がその絶対を打ち砕くのか、間もなくレース開始です!!』

 

そうだ、レースに絶対なんて存在しない。それを覆したのはシンボリルドルフ位だろう。このダービーで全てが分かる、試される。

 

「……チェイスは絶対に勝つ……絶対に負けない」

 

そんな言葉を呟いたのはバジンだった。胸の前で硬く握り込んだ両の手がそこに込められた思いを物語っている。ハリケーンもダービーを取るだけの力はある、だがチェイスだってそれは同じ。どうなるのかは運命の女神しか知りえない……だから―――

 

「チェイスゥゥゥゥ!!!ハリケェェエエエン!!!どっちも負けるなぁぁぁぁ!!!」

『どっちも勝てぇぇぇぇえ!!!』

 

沖野の声に釣られるようにスピカの面々も更に応援の声を大きくさせる。その応援の中、遂にファンファーレが鳴り響きゲートインが始まっていく。間もなくだ―――もう、始まるんだ……。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

「チェイスさんっ……勝って……!!」

 

バジンのそんな願いが合図になったかのように音を立ててゲートが開け放たれ―――

 

『ウマ娘の祭典、日本ダービー!!今、スタートしました!!』


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